京都大学 生態学研究センター

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第282回 2016年12月16日(金)14:00~17:00

修士課程2回生 甲野裕理

今回の生態研セミナーでは、農研機構北海道農業研究センターの杉浦綾さんと東京大学大学院農学生命科学研究科の田野井慶太朗さんにご講演いただきました。

杉浦さんからは、「UAVからのフィールドモニタリング」という演題で小型無人航空機(UAV)を用いた圃場空撮によるフェノタイピングの技術等についてお話をいただきました。日本最大の畑作地帯である北海道の十勝においては、耕作面積が非常に広大なために作物の生育状態を綿密に管理できないという問題が何年も言われていました。そこで杉浦さんは自律飛行型無人航空機(UAV、通称ドローン)を用いて上空から圃場の撮影をし画像解析を行う方法を開発しました。これはハイスループットフェノタイピングと言われ、人力の観察による労力を大幅に削減し、また観察者の主観を取り除くことでより客観的な観察が可能になりました。また、撮られた画像から植生を自動で検出する方法を開発し、広大な圃場の植被率の時系列変化を可視化することに成功しました。さらに植物の病害の検出も画像から自動検出し、その植物の色の状態から病徴の程度の評価ができる機能も開発されました。二次元だけでなく、地形の把握や草丈推定、倒伏の検出を画像から三次元で再構成する方法も見出されました。これらの高度な技術を用いることで、生育推定モデルを生成することにより圃場内の作物の収量や品質の推定や病害発生の予測が可能になることが示唆されました。そのためには、これらの技術の中で使われる人工知能に学習させる項目をより増やすことが課題となっています。

機械にたくさん学習させれば、「人間の目で識別できるものは機械でもできる」ほどに機械工学は発展してきているそうです。機械工学を専門とする方々はロボットを作る技術があってもその応用先に困ることが往々にしてあるようで、今後、生態学の中でも多岐にわたる応用が非常に期待されます。

次に、田野井さんからは、「放射性同位元素を用いた植物におけるイオン等の分布変化の可視化」という演題で放射性物質を用いた可視化技術等についてお話をいただきました。研究と並行して放射性同位元素施設にて放射線教育も行っている田野井さんですが、まず初めに肥料学や植物栄養学の観点から、放射性同位体でラベリングした肥料中の無機元素が植物体内をどのように移動するのか、また、土壌栽培と水耕栽培ではその移動にどのような違いが生まれるか、シロイヌナズナを用いて調査した結果をお話されました。光環境下でも時系列的に非破壊で同位体元素の移動を追えることができる物質動態のライブイメージングに成功し、何種類ものラベリングした無機元素について調べることで植物体の中を根から葉へ素早く移動する元素、なかなか移動せず末端に溜まる元素など、元素により様々な動態を示すことが分かりました。また、組織レベルでの観察では、サンプルを凍結したまま切片の固定からアイソトープの検出までを行うことで、水が溶け出すことによるイオンの流出を防ぎ、その観察を可能にしました。この観察では「ミクロオートラジオグラフィー」という古くから言われている手法によって解像度を上げ、組織のどの部分に元素が分布しているのか観察できます。

植物体を破壊することなくその体内のイオン動態を観察できる方法は、とても画期的に思えました。土壌栽培と水耕栽培を比較されていたように、おかれた環境の違いによって元素の動態に違いが出ることは、非常に興味深かったです。可視化されることによって得られる情報量がぐんと増し、実験によって分かることが増えることは重要なことであると感じました。

第280回 2016年10月21日(金)14:00~17:00

修士課程2回生 山方政紀

今回の生態研セミナーでは、農研機構中央農業研究センターの日本典秀氏と京都大学生存圏研究所の杉山暁史氏にご講演いただいた。

日本氏のご講演では、害虫防除技術確立のためのDNAマーカーを用いた天敵評価というタイトルで、従来の生物的防除にDNAに関する技術を取り込むことにより生まれた進展をお話しいただいた。天敵を用いた害虫防除は害虫の進化への対応や受粉昆虫への影響といった点で優れた技術として注目されているが、特にサイズの小さい種に対しては防除に必要な生態学的な基礎データが集めにくい。この状況に対してDNAを用いた解析を行うことで、形態ではわかりにくい種を区別するだけではなく、食べた側のDNAサンプルから食べられた側のDNAが出ることにより、それらの被食‐捕食関係まで明らかにできるという。またDNAマーカーを用いることで、放流した集団が実際に害虫を捕食しているのかという生物的防除の有効性を検証することもできる。このようにDNAによる種同定がより精密なデータを提供するため、移動分散などの基礎データと組み合わせることで、場所や作物ごとに綿密な防除戦略を立てることができるようになるということである。

日本氏のご講演から、特にサイズの小さな生物に対するDNA利用の効率性と得られるデータの有用性に感銘を受けた。ご所属が農業系の研究機関のため、生物的防除という応用的な側面がモチベーションにある研究ではあったが、その中からは基礎科学にも大きな貢献を与えるデータが得られる可能性を感じた。基礎と応用の両輪が科学を進める原動力であることを改めて感じることができた。

次に杉山氏の講演では、根から分泌される植物代謝物の根圏生態系での機能というタイトルでお話しをいただいた。根圏では生息する微生物の組成や代謝速度が全く異なることが知られており、その要因として植物から分泌される一次・二次代謝物の存在が挙げられるという。例として、イソフラボンの分泌が植物の生長に合わせて大きく変動することが述べられた。その中で、イソフラボンの分解産物であるダイゼインが土壌中に蓄積されることや特定の最近の生育が促進されることが示唆されており、今後の研究からその詳細なメカニズムが明らかになることが期待される。またカフェインについての紹介もあり、こちらは生長初期、特に種子圏での役割が期待されるとのことだ。

杉山氏のご講演でも、根圏の微生物という目に見えないところに迫っていく基礎科学的な興味深さに加え、植物の生育から作物の栽培に繋がる応用的な側面でも興味深さを感じることができた。お話しを聞くにつれ、根圏生態系と植物との関係はまだまだ未解明のものが多く、基礎と応用両面の興味から今後も研究が進展していくことを期待したいと感じた。

第278回 2016年7月15日(金)14:00~17:00

修士課程2回生 山岸栄大

今回の生態研セミナーでは、国立遺伝学研究所の中井享佑氏と滋賀県立大学のリュウ・キン氏にご講演いただきました。 中井氏のご講演は、生物の極限という視点を軸にした、「極小サイズで生活を営む生物」および「極限環境に生きる生物」という二つのテーマに関するものでした。体サイズが極小の生物としては、河川水から単離されたAurantimicrobium minutumの生態やゲノム情報を中心に調査結果を報告されました。生物の体サイズは理論上0.14μmを下回ることはないそうですが、この生物は生活史を通して0.2μmを下回るということで、まさに極小に迫るサイズの生物と言えます。海洋で広く見られ、同じくサイズの小さなPelagibacter ubiqueとの共通点にも触れ、体サイズ・ゲノムサイズが小さなことが繁栄のカギである可能性にも言及されました。また、培養条件によっては極小サイズとなる種として、サハラ砂漠の砂から単離され、新たに記載されたOligoflexus tunisiensisの生態についてもお話しされました。既知種とのDNA一致率は83%を下回り、新たな綱をなすほどの発見ということで、大変驚きました。いずれの種も、分布域が極めて広いながらも優占度が高くないという点が印象的で、体サイズとの関連性が非常に興味深いところです。「極限環境に生きる生物」としては、主に夏季の南極における微生物相の調査についてお話しされました。極寒かつ極乾の地である南極にも、多くの微生物が存在するばかりか、それが系統的にも極めて多様なことを示されました。 キン氏は、地球温暖化と富栄養化が水圏生態系へ与える影響に関心を持たれ、特に湖沼生態系の一時消費者であるカイアシ類に対する影響について研究されています。二つの環境変化が琵琶湖に生息するカイアシ類(Eodiaptomus japonicus )へもたらしうる影響を検討するため、繁殖効率と代謝速度の温度・餌濃度依存性に関する操作実験をおこない、本講演でその結果をお話しされました。キン氏の実験によれば、温度上昇に伴い繁殖効率が向上する一方で、代謝速度は減少し、繁殖効率が餌濃度に依存する傾向も強くなるそうです。これは環境変化がカイアシ類に与えうる影響に対応しており、現在の温暖化傾向が続けば密度が増加し、一時生産者が減少した場合にはカイアシ類の密度も減少に転じるという可能性を示唆しています。単なる温暖化による密度変化の予測にとどまらず、他要因への依存性の変化に触れ、さらに代謝速度の変化という具体的なメカニズムまで明らかにされていることで、新しい予測が力強く主張なされているように感じました。

修士課程1回生 永田隼平

2016年7月の生態研セミナーでは、国立遺伝学研究所系統生物研究センターの中井亮佑さんと滋賀県立大学環境科学部のXin Liuさんにご講演いただいた。

中井亮佑さんの講演タイトルは「辺境に生きる微生物たち」であり、(1)超微小細菌の探索と、(2)南極微生物の多様性の2つの軸に沿った講演だった。北極や南極、砂漠などの地球の辺境に生きる極限環境生物の生き様やその適応と進化を明らかにすることで、生物の生育の限界が明らかにされる。 (1)について、超微小細菌とはモデル微生物である大腸菌よりも極めて小さな細菌のことである。演者は、ろ過除菌に用いられる孔径0.2 μmの除菌フィルターを用いてろ過性細菌を発見した。河川水のろ液からは常に極小サイズで存在していてC字の形をしている真の極小細菌を、サハラ砂漠産砂礫の懸濁ろ液からは生活史の一時期に細胞が矮小化する極小細菌を発見した。前者は、世界各地の淡水環境に分布しているLuna2系統であることが分子系統解析から明らかになった。そのゲノムサイズは巨大ウイルスよりも小さく、共生・寄生性を示す細菌と同じくらい小さい。ゲノム中のGC含量が近縁種に比べて低く、また、メチオニンに関しては合成酵素遺伝子をもたないために他者依存であるという特徴もある。この超微小な細胞サイズの利点として、代謝機能の単純化によってエネルギー消費が減少すること、細胞表面積/体積比の上昇によって効率的な栄養吸収ができること、捕食者や溶菌ウイルスが減少することが挙げられる。この極小細菌はロドプシンをコードする遺伝子をもち、光環境下において光駆動ポンプによるATP合成が可能である。また、同種内におけるゲノム配列の類似度が小さいため、同種内の機能の差異を詳細に調べたいと述べておられた。後者の極小細菌は、細胞の形が時間変化して矮小化し、ゲノムサイズは大きい。さらに、既知の最近の16S rRNAとの類似度がかなり低いため、綱レベルでの新種とされた。この新綱細菌は、不栄養培地では生育しない、低栄養細菌である。分布域は極めて広範囲ではあるが、検出することが困難であるために希少な細菌であると考えられる。不完全な脱窒遺伝子を持つことが明らかになったため、本当に脱窒は不完全なのかを丁寧に調べたいと演者はおっしゃっていた。(2)の南極微生物の多様性について語るために、南極の環境の季節変化について簡単に知る必要がある。南極では夏になると雪解け水を利用して藻類が繁殖し、藻類と微生物が層状になったマットと呼ばれる構造体が雪解け水の湖の底に形成される。マットにコケ植物が混在した塔状の構造物はコケ坊主と呼ばれ、およそ300年で20 cmの高さを成す。このコケ坊主の外側と内側では酸素や光などの環境がかなり違うために、コケ坊主の中では微生物のすみわけが起きており、それは多様な生物群にわたっている。例を挙げると、海洋性であるラビリンチュラや、クマムシが存在している。また、外側には超微小細菌が存在しており、これを詳しく調査したいと演者は述べられていた。確かに、極限環境に生息する生物の研究は興味深いものである。生物の生育の限界が分かると地球外生命体についての存在条件などが明らかになるのかもしれない。超微小細菌は火星にいたりはしないのだろうか。

Xin Liuさんの講演タイトルは「淡水産カイアシ類Eodiaptomus japonicusの異なる温度・餌環境に対する生理的応答;琵琶湖における人為的影響に対する評価」であり、博士論文の内容をご講演くださった。E. japonicusは日本の固有種で、琵琶湖などの湖沼生態系における一次消費者であり、水圏食物網の要である。そのため、E. japonicusへの環境変動の影響を評価することにより、最近注目されている、人為的活動による地球温暖化や富栄養化が水圏生態系における一次生産や食物網に与える影響を評価することができる。演者の研究は、研究室内で水温や餌密度を変化させたときのE. japonicusへの影響を調べることである。第一章では、水温を変化がE. japonicusにどのような影響があるのかを報告した。個体群の成長率は水温の上昇に伴い増加し、8.6℃以下では個体群は成長しないことが明らかとなった。第二章では、さまざまな水温や餌密度におけるE. japonicusへの影響を調べ、個体成長には餌密度の方が影響することや、水温が高いほど餌密度に対する応答が起きやすいことを明らかにした。後者は代謝が影響しているのではないかという推測の下、水温と代謝速度の関係に関する第三章の研究に進んだ。第三章では、異なる温度環境における呼吸速度(代謝速度)を測定し、酸素消費量が温度増加に伴って指数的に増加することが明らかとなった。すなわち、水温が高いほど代謝が活発であり、第二章の仮説を裏付ける結果となった。第四章では、第一章から第三章までの結果を用いてE. japonicusの長期変動個体群解析を行い、琵琶湖における富栄養化と温暖化が与える影響を餌指標と温度の関係を用いて評価した。餌指標に対して種の成長速度は直線で表せることが明らかとなった。結論として、琵琶湖におけるE. japonicusの生産は、21世紀末までには餌密度が不変であれば温暖化によって促進されるが、温暖化によって一次生産が減少することを仮定した場合には抑制される可能性が示唆された。もしも温暖化によってE. japonicusの生産が減少するならば、それと競争関係にある種の生産が増加して二次生産が減少しない可能性もあるだろうから、そのような状況に関する研究も必要であるかもしれない。

第277回 2016年6月17日(金)14:00~17:00

修士課程2回生 山方政紀

今回のセミナーでは、同志社大学の山村則男氏と滋賀県立大学の吉山浩平氏にご講演をいただきました。 山村氏のご講演では、トキと里山の自然再生というテーマで、実際に観察されたパラメータを基にした数理モデルによる佐渡島のトキの個体群存続可能性についてお話しいただきました。数理モデルと聞くと少し身構えてしまうところがあるのですが、トキの個体に関する単純なモデルに環境要因など複雑さを付け加えていく流れにより非常にわかりやすく感じることができました。また今回のテーマはトキという地域に根差した社会貢献的な要素が強いものであると思うのですが、トキの存続について、モデルにより営巣地など鍵となるパラメータの候補がはっきりと絞り込まれるので、学術界のみならず今回の取り組みで協働している行政や地域住民の方々に対しても説得力があると感じられました。今回のケースではトキの営巣可能環境の数が重要な要因の一つとなっていましたが、住民の方に実際に何かしてもらわないといけない場合に、数理モデルにより明確に示された解答を通した納得は、目的の達成への強い後押しとなることだと思います。さらに、日本と中国間で差異の見られたトキの生態についてのパラメータが、存続可能性に大きく影響をしていることが明らかになりましたが、数理モデルから野外へのフィードバックとして、この要因についてさらなる観察が期待されます。

次に吉川氏のご講演では、光と栄養塩を巡って競争のある2種の植物プランクトンの共存が可能となるしくみについての数理モデルをお話しいただいた。こちらも、単一種や均一な水の混合といった単純なモデルをご紹介いただいた後、それらを組み合わせながら考えていくことで、植物プランクトンの鉛直分布について既存の理論から2種間での資源競争へと発展していく流れを明瞭に捉えることができました。その中でも、上層の強い混合と下層の弱い混合とを組み合わせるという部分は、考え方としてシンプルに思えましたが、その分モデルの応用性や発展性がとても高く感じられました。モデルそのものや示された2種の動態の複雑さもさることながら、モデルで示された種間の増殖や消失の動態が実際の植物プランクトンに見られたことに感動しました。光と栄養塩のみのモデルでも非常に興味深かったのですが、動物プランクトンの補食などを組み込むことでより多くの動態、さらには多種共存もわかるのかもしれないと感じました。

二つの数理モデルの講演を通して、理論的な、単純なものから積み上げていく考え方のプロセスの明瞭さを感じました。シンプルなものを組み合わせて複雑なものに結び付けていくことは、自分の頭の整理もされ、説得力も増すと感じたので、数理モデルを扱う扱わないにかかわらず、強く心がけておきたいです。

第276回 2016年5月27日(金)14:00~17:00

修士課程1回生 甲野裕理

今回の生態研セミナーでは、Shixiao Luoさん(South China Botanical Garden)と、遠山弘法さん(九州大学大学院理学研究院)にご講演いただいた。

Shixiao Luoさんからは、中国のマツブサ科の興味深い送粉様式についてお話いただいた。まず、被子植物の多様化の背景には送粉者となる昆虫との相互作用が深く関わっており、被子植物と昆虫がどのような関係をもって進化してきたかが、被子植物の進化の理解に重要である。また、原始的な基部被子植物の送粉様式を調べることは、その後の進化の過程の理解の基礎となる。しかし、基部被子植物についての研究はまだまだ少ない。Luoさんは基部被子植物であるマツブサ科の植物について、送粉様式を研究されている。マツブサ科には、シキミ属、サネカズラ属、マツブサ属の3属があるが、いずれの属もある特定の属のタマバエ科昆虫よる送粉が観察された。さらに、タマバエは花の中で繁殖しその代わりに送粉するという非常に珍しい送粉を行っていることが明らかとなった。いくつかの先行研究では、タマバエは花粉を報酬に花に来ると言われていたが、Luoさんは先行研究を上回る丁寧な観察によって、見過ごされていた生態を明らかにした。マツブサ科の植物が訪花昆虫に対する報酬として、花粉や蜜だけでなく繁殖場所の提供もしていることは非常に興味深い。また、このような送粉様式が基部被子植物で観察されたのは新しい。Luoさんの徹底したフィールドワークと丁寧な観察によって、マツブサ科の送粉様式の詳細が明らかになった。

次に、遠山弘法さんに植物群集の多様性に関する研究についてお話いただいた。植物群集の多様性を決定する要因として、環境によるフィルタリングと種間の競争排他がある。遠山さんは、この環境によるフィルタリングが群集の組成に与える影響を、系統的なパターンによって研究された。調べられた環境フィルタリングとして、伐採、水質汚染、標高の3つがある。まず、カンボジアの熱帯林における伐採の多様性に対する効果として、伐採が進んだ地域では系統的に偏った分類群で群集が構成され、常緑原生林が乾燥二次林に近くなることが示唆された。逆に、新規移入の進む地域では豊富な分類群で、原生林に近い形で群集が構成されていた。次に、水草群集の多様性に対する水質汚染の効果として、アオコの量と水質汚濁によって種数と系統的多様性が減少することが示唆された。また、インドネシアの高山にて調査された標高による群集の多様性に対する効果として、標高が高くなるほど種数が減少し、環境ストレスによるフィルタリングによって群集の組成が決定されていた。さらに、DNAバーコーディングによる手法が分類学の手助けになると遠山さんは述べられ、特に種数が多く新種も多く見つかっている東南アジアの熱帯林では、この手法によって未同定であった植物が正しく同定された。さらに、花や実がなくても同定ができるという利点もある。遠山さんの熱帯林での精力的な調査が、東南アジアの植物の多様性の解明に役立っている。このように、多様性の解明には、多くの地域での基礎的な分類学的研究が必要である。

第275回 2016年4月15日(金)14:00~17:00

修士課程2年 蔡 吉(サイキチ)

今回の生態研セミナーは森林総合研究所の向井裕美さんと本センターの鈴木俊貴に講演頂きました。

昆虫学者である向井氏は「基質振動が一斉孵化を促進する:亜社会性ツチカメムシ類における親と胚の相互作用」というタイトルで、ご自身の研究を話されました。最初に向井氏はツチカメムシの一種であるフタボシツチカメムシを紹介されました。フタボシツチカメムシは卵が一斎孵化するという独特な生活史を持っています。しかし、卵が一斎孵化するのはメス親がいる時だけで、親がいないときはだらだらと孵化します。実験の結果、その原因はメス親による孵化前の激しい振動であることが判明されました。さらに他の近縁種でも同じような現象が見られました。ツチカメムシがこのような行動を進化してきた理由は、共食いの存在だと思われます。卵がだらだら孵化すると共食いが起きてしまうため、すべての幼虫のリスクとなります。ゆえに、メス親が卵の孵化を同期させることにより、将来の共食いを回避できます。また、卵はシグナルを受けるだけでなく出すこともできます。ツチカメムシはバッタなどと同じく、胚の成長と伴いリズムが形成されていきます。孵化前に、胚由来の振動シグナルを受け、親が振動を解発し、一斎孵化をさせます。そしてその振動受容器は、成虫の腿節内弦音器官であることが明らかにされました。

向井氏はこの発表で、亜社会性カメムシの振動受容システムを例に、親と胚の特異なコミュニケーション系の進化プロセスを説明しました。専門的な内容が結構多いですが、講演者の話し方上手かったので、すごく分かりやすいでした。

次の講演者である鈴木氏はシジュウカラの鳴き声を研究されている方で、「鳥たちに言語はあるか?」というタイトルでご自身の研究を話されました。シジュウカラは木の空洞に住む一夫一妻制を営む鳥類で、日本全土に分布します。鈴木氏は長年に渡ってシジュウカラの鳴き声を録音して、研究してきました。その結果、シジュウカラの鳴き声のレパートリーには、10種以上の音素が存在することが判明されました。例えば、シジュウカラは異なる捕食者が接近すると、その捕食者を示す音素を発生し、そして聞き手はそれに対応した行動を取ります。具体的に言いますと、鴉が現れた場合、巣にある雛は蹲って捕食者の嘴を避けように行動し、配偶者は地面を見張ります。それに対し、蛇が現れた場合、雛は一気に巣を飛び出して蛇の侵入を回避し、配偶者は首を振って見回ります。また、シジュウカラは異なる種類の音素を組み合わせて、そこから複合的な意味を引き出すことができます。例えば、音素Aが「警戒」、音素Bが「集まれ」を意味します。そして、ABを組合せた録音を野生のシジュウカラに聞かせると、野鳥は警戒しながら音源まで集まってきます。しかしその順序を逆転すると、野鳥はあんまり反応しません。つまり、音素の組合せにちゃんとした規則が存在します。この研究結果は、人類や猿類にだけでなく、鳥類にも言語が存在する可能性ことを示しました。

鈴木氏はこの発表で、鳥類の言語は、数少ない鳴き声のレパートリーを組み合わせることで進化してきたと指摘しました。この発表には専門的な内容がほとんどなく、かつ私自身も鳥類に興味があったので、すごく面白い発表だと思います。

第273回 2016年1月15日(金)15:00~18:00

修士課程1回生 甲野裕理

今回の生態研セミナーでは、農業生物資源研究所の今野浩太郎さんと大阪教育大学の乾陽子さんにご講演いただいた。

はじめに、今野さんから、これまで発見された多様な植物の防御と、それに対するスペシャリスト昆虫の適応の仕方をいくつかご紹介いただいた。 ひとつ目は、イボタノキの防御に対するイボタガの幼虫の適応機構である。イボタノキは、昆虫から食害された際に、強烈なタンパク質変性をもたらし昆虫内の必須アミノ酸であるリジンを減少させる化合物(オレウロペイン)を葉内から放出する。この化合物は植物にとっても有害であるが、植物側は食害時にのみに働く活性酵素を持つという区画化戦略をとっている。それに対しイボタガは、この化合物に対しリジンの代わりとして非必須アミノ酸(グリシンやガバ)を犠牲にし、反応を中和させ適応していた。

ふたつ目は、パパイヤなどの植物が食害されたときに分泌する乳液に対するイシガケチョウの幼虫の適応機構である。乳液に含まれるタンパク質分解酵素(システインプロテアーゼ)には捕食した昆虫の消化管を溶かす効果があり、また、耐虫性物質が高濃度に濃縮されて存在しており、特に小さい虫に対してわずかな量で最大限の防御効果が発揮されるしくみになっている。それに対しイシガケチョウの幼虫は、まず葉の主脈部分に穴をあけ乳液の通路を断ち切ったあとに、穴をあけた部分よりも葉の先端に近い葉身を食べるといった行動的な適応をしていた。 みっつ目に、クワの乳液には、糖代謝に必要な酵素の阻害剤である糖類似アルカロイドや囲食膜肥厚効果をもつタンパク質が含まれることが明らかになったが、クワのスペシャリスト昆虫であるカイコの幼虫は、この乳液に阻害されない酵素を糖代謝に利用しており全く効果がないそうだ。

このように紹介される中で、ジェネラリスト昆虫はこれら植物の防御を打破できずに成長が阻害されたり死んだりするのに対し、どのスペシャリスト植食昆虫も化学的もしくは行動的な適応をし植物側の防御を見事に突破しており、非常におもしろいと感じた。 ここで、今野さんは、スペシャリスト昆虫が植物の防御を打破しているにも関わらず、植物が昆虫に食い尽くされず陸上から植物がなくならないのはなぜなのか、という問いを提示された。食物連鎖を想像するとき、陸上生態系において生産者である植物がピラミッドの最下層であり最もバイオマスが大きいことには何の疑問も抱いてこなかった私にとって、この問いは衝撃的であった。

この問いに対し今野さんは、食物連鎖における各食物段階のバイオマスを物理的単位のつく量として予測できる新数理モデルを作り出した。すると、このモデルから陸上生態系において、消費者のバイオマスは非常に小さく、葉の被食率も年間数%程度と非常に低くなることがわかり、植物の栄養価が低いことと肉食動物の探索効率の高さから、植物が豊富な世界が成り立っていると予測された。

次に、乾さんからは「アリ植物をとりまく昆虫たちの化学生態」という題名で、アリ植物と共生している攻撃性の高いアリに対して、様々な擬態をしながらその植物を利用する好蟻性昆虫についてご講演いただいた。

まず、アリ植物の特徴として、匍匐茎の中が一部空洞になりアリが住処にしやすい「ドマティア」というシェルター構造をもち、アリが好む蜜などの餌を供給することが挙げられる。このように、アリは一生をアリ植物上で守られて過ごすのに対し、アリ植物を天敵から守ることで共生している。種によって違いはあるが、アリ植物側も共生するアリによる防衛が強いほど自身の化学的防御は弱まる傾向にあるという。

そこで、次に乾さんは、アリからの攻撃を避けてアリ植物を利用しようとする好蟻性昆虫の幼虫の、多様な化学擬態を紹介された。

それぞれのアリ植物に共生する「アリ」と、アリ植物を利用しようとする「幼虫」の体表炭化水素群を比較したところ、1)非常に類似、2)全く異なる、3)幼虫の体表にはアリとは類似しないが珍しいトリテルペン類が存在する、という結果が得られた。 1)は共生するアリが同胞認識に体表の化学成分を使うことを利用して、幼虫がアリに化学擬態しており、2)は幼虫がアリの好む蜜を分泌しアリを随伴させ攻撃を緩和していることが示唆された。しかし、2)での幼虫の出す蜜量は少なく、その蜜がアリに対する何か特別なフェロモン等を含んでいる可能性も考えられる。3)の幼虫の体表の化学組成は、アリではなくアリ植物が托葉から分泌しアリが餌とする「フードボディ」や葉や茎表面のワックスに類似していた。すなわち、3)では幼虫が植物に擬態しアリからの攻撃を避けていることが示唆された。

さらに、幼虫以外にも好蟻性昆虫としては多すぎる数の昆虫(ユモトゴキブリ)が、アリ植物である着生シダに生息していた。この昆虫は、同じシダ内に共生しているアリからはあまり攻撃されず、体表の炭化水素群もアリとよく類似していた。しかし、この昆虫の体表に存在する炭化水素群はアリのそれよりも量が多く、若虫や脱皮個体の体表面も同じ化学組成だったことから、むしろ昆虫の体表の化学組成がアリに移っている可能性も考えられた。また、この昆虫がいないとこの着生シダは枯死するのも確認されており、ユモトゴキブリが分解者としての役割をもって、この着生シダと共生していることも言及された。

このような、アリと植物との多様な関係に対して、好蟻性昆虫の擬態の多様さが増していくのは非常に興味深かった。特異的な環境で繰り広げられる独特の相互作用系の今後の解明に期待がかかる。

修士課程1回生 山方政紀

今回のセミナーでは、農業生物資源研究所の今野浩太郎氏と大阪教育大学の乾陽子氏にご講演をいただきました。共に化学生態学をベースにしたご講演ながら、目指すものが違うように感じられ、自分にもフィードバックできる有意義な時間を過ごすことができました。

今野氏のご講演では、まず植物の防衛とスペシャリスト昆虫の防衛打破にあるメカニズムを生化学的に解明された研究事例のお話がありました。植物が植食者に対抗するために実に多種多様な化学物質を生産していると共に、その物質に打ち勝つ手段をスペシャリスト植食者が獲得していることに驚かされました。植物の防衛の中では、平均的に化学物質を蓄えるのではなく輸送して食害部分に集中させる、という戦略が、方法としての鮮やかさだけではなく、防衛プロセスの初めからつぶさに見ることで初めてたどり着ける考え方であると感じられ非常に印象的でした。

ただ、今野氏のご講演の主題は、上記の状況がありながら植物が全く食い尽くされていない状況をどう説明するかという非常に広い問題についてでした。今野氏はこの問題に対し、各栄養段階を集合とし、その間の物質の流れに着目した新しいモデルを作られました。この中で挙げられた要因は、陸域と水域で違いのある一般性のある指標ばかりで、今後の展開が期待されます。

一方、乾氏のご講演は、オオバギ属と着生シダのアリ植物をそれぞれ特異的に利用する生物に関するものでした。植物が防衛に利用するくらい攻撃性の高いアリの目をかいくぐるため、シジミチョウが独自に形質を発達させていること、ごまかし方がアリの攻撃性の違いなどから様々であることは大変興味深かったです。また、特に着生シダアリ植物の研究でお話しされた観察対象に対する根気に大変感銘を受け、研究の中で見えてきたゴキブリ植物にアリが侵入してきたという逆転の発想にもつながっているのだと感じました。

お二人のご講演は共に化学生態学をベースにされていて、非常に細かい化学物質のスケールからメカニズムを明らかにすることは、個々の事例に対して大きな説得性が産まれ、自分にも付け加えたい視点です。ただ、生態学的にスケールの広い問題に対しては、個々の事例よりむしろ、今野氏のモデルのようなある程度単純化したモデルが強力であることも感じられました。しかし、個々の事例は生態系の中のリアルであり、一般性の中に組み込まれるはずのものです。自分の中で、どういうスケールのものを見ていて、どの方向に向いていて、その先に何がわかるのかという将来展望をしっかりと持ちながら、研究を進めていくことが出来たらと感じています。