京都大学 生態学研究センター

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第308回 2019年7月19日(金)14:00~17:00

修士課程1回生 堀 淑恵

今回の生態研セミナーでは、長谷川元洋さん(同志社大学理工学部)と金子信博さん(福島大学食農学類)にご講演いただいた。

  まず、長谷川さんは「中型土壌動物の群集構造と様々な森林攪乱の関係」を演題に、日本の森林林床でのトビムシおよびササラダニの群集構造についてお話しされた。まず、落葉層は落葉・落枝(リター)とその分解途中の有機物の堆積物を指し、森林土壌の表面から4cm程度の深さの層である。落葉層の下は有機物が少なく、鉱物質の層であるため、有機物が豊富なリター層に多様な生物が生息している。その中でも分解者として土壌中に高密度で生息するトビムシとササラダニを長谷川さんは研究対象とされている。私はトビムシやササラダニの知識が全くなかったため、少し調べたところ、トビムシとササラダニはともに最も個体数の多い土壌動物であり、その群集構造解明により土壌環境の生物指標としての可能性があるそうだ。特にトビムシは多くの土壌動物の餌となるため、土壌のプランクトンとも言われ、長年にわたり調査研究がなされている。
  これらの生物の群集構造の生態を明らかにするため、長谷川さんは落葉分解実験と落葉遮断実験を行い、食性と生息場所の分化による群集構造の変化を調べた。落葉分解実験では、落葉の分解過程においてトビムシの食性の変化をみている。まず、リターの分解が進むにつれ菌糸がだんだん長くなり、2年で菌糸長がピークを迎え、その後は崩壊していくことが分かった。それぞれの分解過程におけるトビムシの消化管の内容物からは、分解初期では菌食であったのに対し、分解が進むにつれ腐植食に移行し、この食性の変化によりトビムシの種も遷移していることが明らかになった。
  次に、落葉遮断実験では、森林で新たなリターの蓄積を5年間人為的に遮断し、対象区と比較することで、自然界における新たなリターの流入が土壌動物の群集構造に及ぼす影響を調べた。本実験では、実験区と対象区との距離を考慮した群集構造の経時変化とリターを1cm毎に分割して抽出することで得られた深さ指数での群集構造の変化をみている。その結果、トビムシではリターの流入遮断による影響が表層では大きく深層では小さいという仮説が示されたが、ササラダニではそうとも限らないことが明らかになった。長谷川さんは今後さらにトビムシとササラダニを種ごとの特性に分けて解析を行い、遮断効果と種ごとの特性を紐づけていく。長谷川さんが調査において捕獲・分析された個体数は438,000という圧倒的なデータ量である。生態学研究におけるデータ量の重要性とそれに伴う地道な研究についてお聞きし、長谷川さんを見習って自分の研究でも地道な情報収集と実験作業を進めたいと改めて感じた。

 第二部では、金子さんが「土壌生態学からみた保全農業の設計」をテーマに、これからあるべき農業の手法について野外での実験データに基づきお話しくださった。長谷川さんの話にあったように、有機物に富んだ土壌表層には様々な土壌生物が住んでいるが、金子さんは農業によってその有機層が貧栄養になり土壌が劣化し、持続的な農作物生産が難しい現状があるという。慣行農業により肥料を入れた「良い土」ほど土壌の劣化が早く、収量の減少に繋がりやすいため、栽培継続のための肥料こそがさらなる森林破壊へとつながっているという因果関係には驚いた。では、どのような保全農業が求められているのか。
 金子さんは農業によって土が耕されることが土壌生態系にとって最も有害であると主張している。耕起によって土が撹乱されるとそれまで構築されていた土壌生物同士の繋がりが切れ、分解者の多様性が失われ、特に作物栽培に重要なミミズがいなくなってしまうという。ミミズがたくさんいることはその土地の肥沃さを表している。ミミズはフンとして無機窒素を排出し、これを自然の肥料として植物が利用する。そのためミミズのいる土壌では、植物の生育が良いのである。ここで、土壌には、アーキアやバクテリア、カビなど微小な生物がまず定着し、小型節足動物、大型土壌生物(ミミズ)の順に一次遷移が進む。逆に、無機(化学)肥料や耕起などの人為的撹乱の影響を最も受けやすいのは大型土壌生物で、遷移の逆順に受ける影響が大きい。つまり、肥沃な土壌に欠かせないミミズは土壌撹乱にもっとも弱い上に一度撹乱が起きた土地には戻って来にくいのだ。
  アメリカの土壌は乾燥しており砂嵐を防ぐため不耕作が進んでいるそうだが、日本では伝統的に耕起栽培が普通であり、有機農業でも耕起栽培が一般的である。金子さんは農地管理の手法を評価するため耕起、肥料、除草の有無による野外操作実験を行い、作物収量を比較した。その結果、不耕起・肥料あり・草生という組み合わせで最も収量が多かった。耕起だと土中の微生物が1/3減少するそうだが、不耕起だと作物の根部バイオマスが圧倒的に多い。また、雑草は刈り取って地面に置くことで作物の窒素源となる。アメリカでは不耕起の場合除草剤を散布することが多いが、実験の結果不耕起と除草剤の組み合わせが最も悪かったそうだ。また、日本の有機栽培では雑草を除去した上で堆肥を使っているが、そうすることで害虫・病原菌の被害が大きくなり、収量が非常に低く、そのために有機栽培が避けられる傾向にある。耕さず雑草との競争にさらされれば確かに最初の数年間は収量が少ないが、4年後には耕起と変わらなくなる上、土壌の劣化もしないため土地利用も長くなるという。このように、土壌の生物多様性を保ち、自然本来の機能を活用するような保全農業の普及が今後求められていると金子さんは締めくくった。

  私は修士での研究テーマとして土壌中の植物共生菌を用いて農作物の生育を高める実験をしており、今回の講演は農業管理の手法を科学的に調査するものとして非常に勉強になった。私も自分の研究を通し、土壌の生物多様性を高め持続可能な農業に寄与しうる植物共生菌の可能性を模索していきたい。

   
修士課程2回生 藤田博昭

今回の生態研セミナーでは、同志社大学理工学部の長谷川教授より「中型土壌動物の群集構造と様々な森林攪乱の関係」というタイトルで、主にご自身の研究に基づいたトビムシの動態についてご講演いただき、福島大学食農学類の金子教授からは「土壌生態学からみた保全農業の設計」というタイトルで、土壌生態系の概要から今後の農業の在り方についてご講演いただいた。

  長谷川さんは、トビムシとササラダニの群集決定機構を解明するために京都市近郊にて研究をおこなった。トビムシとササラダニは生活史や食性、住み場所によってその群集を決定していることが知られている。トビムシやササラダニが生息している森林土壌は、落葉層と鉱質土壌層に分けられる。また、落葉層は分解過程によって大きく3つの層(L、F、H層)に分けることができる。この3つの落葉層の中で、トビムシの住み分けがあると考えた。そこで、落葉の分解速度が遅くて群集の変化を観察しやすいアカマツ、ヒノキ林を調査地とした。また、土壌動物の研究課題として観察の困難さや未知種の同定があげられる。その点を克服するため、トビムシの生態データが得られている京都市上賀茂において調査を行った。
  はじめに、土壌動物群集の多様性の調査をおこなった。まず、落葉につく菌糸を観察したところ、菌糸は3ヶ月で落葉の表面を覆うほど成長し、2年目には落葉が崩壊するほど分解を行なっていた。窒素、リン含有量は多くなる傾向があったが、これは菌糸が取り込むこむことによって窒素とリンが濃縮されたと考えられる。次に、トビムシの優占種について観察したところ、落葉層の分解過程によって推移することがわかった。菌食性の種は主に分解され始めの菌糸が多い浅い層にいて、腐食性の種は深いところにいることがわかった。また、菌食も腐食も行う中間的な種は分解過程が進むにつれて、菌食から腐植へと食性をスイッチすることがわかり、分解過程が多様性に貢献していることが示唆された。
  しかし、この調査では常に新鮮な落葉が供給されていた。もし、落葉の供給がなければ菌糸が育たず、表層の種組成が変化すると予測される。そこで、落葉を遮断し落葉層の構造を変える操作実験を行ない、異なる視点からの分解過程が多様性におよぼす影響について調査した。表層から等間隔の深さごとに土壌動物を採取し、合計で458×103個体を得た。群集の変化の動態を見るために、Principal Response Curve (PRC)による分析を行った。これはコントロールを0としたときに、どれだけ離れた動態を示したか知ることができる。目レベルの動態を見た時、コントロールから離れていく動態を示し、落葉の供給があるときとないときで異なる種組成を示すことが分かった。また、種ごとにどの深さのリターを好むかを示す深さ指数(i番目の深さ×ある種のi番目の深さにおける個体数/ある種の全個体数)を算出し、落葉遮断の影響について定量した。その結果、多くの浅い所に生息する種では、落葉遮断の影響は大きかったが、トビムシやササラダニなどのいくつかの種では予想と異なり、深いところに生息している種にも大きな影響を及ぼした。そこで、それらの種の生態的形質によって重み付けして、PRCによる分析を行なったところ、形質によって説明できた種が増えたが、ササラダニは説明できなかった。
  植生の変化が多くの節足動物の多様性に影響を与えることが知られており、トビムシも例外ではない。そこで土壌ブロックを異なる森林土壌に移植する実験を行なったところ、植生の影響はあったが土壌の効果は薄いことがわかった。
  以上から、中型の土壌動物の群集は落葉分解過程によって決定することが分かったが、その影響については十分に説明できなかった。影響を明らかにするためには、生態的形質などの種の特性を知る必要があることが分かった。長谷川さんは、群集の変化を定量化するために安定同位体を用いる予定である。

 金子さんは、保全農業の有用性を土壌生態学の観点より研究されている。土壌生態系には様々な大きさの生物が含まれており、生態エンジニアやドライバーの働きの役割を持つものが多い。そういった種々の生態系機能(multi function)が一次生産に寄与していると考えられている。農業において、緑の革命以降は化学肥料の使用が当たり前になっているが、農地での窒素の動態を見てみると、流入量より流出量のほうが大きいことがわかり、窒素の投入はコストの増大につながっていた。しかし、農地という撹乱が多い土地では、土壌の劣化が激しいため、生産力の低下を招かないために窒素の投入は必要である。そこで、化学肥料ではなく生態系を操作することで、持続可能に農業を行うことが提案されている。その一つが不耕起農法である。
農地での撹乱の一つに耕起があげられる。耕起は表層の植物をなくすだけでなく、土壌中に大きな影響を与えて土壌生態系を低下させる。土壌のエンジニアとしてミミズは重要な種で、炭素の貯留機能や窒素の無機化を促す。しかし、ミミズは有機物の量では多様性を変化させないが、撹乱に対する影響を受けやすいことが知られている。また、耕さなければ作物と雑草で資源競争が起きると予測されるが、作物を植える時に、その周囲を刈ることで競争を起きにくくすることができ、生葉を地面に放置することで窒素の供給源ともなる。実際に、大豆で耕起、不耕起栽培でその収量を比較したところ、不耕起では耕起よりも炭素量が増え、ミミズの存在が確認でき、収量が多いという結果になった。植物種が多いため、multi-functionalityも高い傾向にある。食物網にも影響があり、除草した土地ではコガネムシの幼虫が増えて、作物の根と土壌中の有機物を食べて、農作物へ悪影響を及ぼす。   数理モデルの作成方法やその意味するところを理解することは難しかったが、複雑な生態系をモデル化して考える手法はとても興味深いと感じた。
  これらのことから、不耕起栽培の有用性が見えてきた。今後は、生態学的アプローチより生産性や安定性、復元性、コストの面を考えて、持続可能な農法を構築していく必要がある。

  今回の講演において、長谷川さんからは種特性の重要性を学んだ。私の研究の対象は複雑細菌群集で、その種組成や個体数変動に着目してその群集構造や群集動態を解明しようとしており、各種の特性についてあまり考慮していなかったが、今回の講演から種の情報を知る必要があると感じた。また、金子さんの講演では、当たり前と思っていた耕起栽培にもデメリットがあると知り、生態学の知識から既存のものを見る重要性を学んだのと同時に、最後の安定性の話においては、多様性と安定性の関係についても興味があるので、どのように発展していくかが楽しみに思えた。

 

第305回 2019年4月19日(金)14:00~17:00

修士課程1回生 中村友美

「水域生態系の真菌類:多様性、時空変動および生態系機能」 鏡味麻衣子さん
  陸域では菌類の重要性や機能がよく知られているが、水域の研究はバクテリアが主で菌の多様性やその働きは未解明である。水生菌類はデトリタスなどを分解して増殖する腐食性のものだけでなく、特定の生物に寄生する種も含まれると考えられる。しかし、次世代シークエンスで検出されるにも関わらずその生態が未だ分からないDark matter fungi(DMF)と呼ばれる種が多く存在する。これらのDMFの生態を明らかにする手法としては、単一の遊走子嚢由来のDNAの解析(Single spore PCR )と次世代シーケンシングを組み合わせるのが効果的である。
  鏡味さんが主な研究の対象としている水性菌類はツボカビであり、藻類や他の水生生物に寄生する種が報告されている。寄生性のツボカビの遊走子が宿主の細胞に付着すると、仮根状菌糸を伸ばし細胞内の栄養を利用して成長、宿主の細胞外に遊走子嚢を形成し、再び遊走子を放出するという生活環を持つ。寄生性のツボカビは宿主特異性が高いと言われているがその程度は種によって様々であり、宿主と1:1の関係を持つ種(スペシャリスト)もいれば、2種以上のホストと関係を持つ種(ジェネラリスト)もいる。なぜスペシャリストが進化するのかは、ジェネラリストには成長が遅いというコストがかかっているので、同じ1つの種のホストを巡ってスペシャリストとジェネラリストの競争が生じた場合、成長の速いスペシャリストが有利なためと考えられている。印旛沼では同じホストを巡りスペシャリストとジェネラリストが競合していたのに対して、Stechlin湖では優占するツボカビの季節的な変化が見られた。また、大型の植物プランクトンはミジンコやワムシなどに捕食されにくく、時間が経つにつれて湖底に沈降し、その分解の過程で湖底の酸素を減少させる。一方、ツボカビが大型植物プランクトンに寄生すると、その遊走子をミジンコは食べることができる。このようなツボカビを介した物質の流れはMycoloopと呼ばれている。また、花粉などのミジンコが利用しにくい有機物もツボカビを介して利用可能になることも示された。
  私はツボカビと聞くと両生類に感染する良くない菌というイメージを持っていたが、今回の鏡味さんのご講演によりツボカビに対する印象が大きく変わった。生態系について考える時、一箇所における捕食―被食の関係、宿主―寄生の関係を見るだけでなく、広い視野で考えることが重要であると学んだ。

「水域生態系における細菌の群集集合と炭素蓄積のフィードバック」 三木健さん
 生態系はダイナミックな複合体であり、生物と環境の相互依存なフィードバックが成立している。しかし、我々は環境が生物に一方的に決めつけている様に見えるために一方向的なモデルや理論を考えがちである。三木さんは海洋の微生物群集と炭素循環過程の関わりを示した「微生物炭素ポンプ(Microbial Carbon Pump)」仮説に焦点を当てておられた。この仮説は微生物群集によって難分解性の有機物が生産されていること提唱したものである。生理学的視点からすれば、このようなバクテリアにとってコストのかかる微生物炭素ポンプが成立する理由として、バクテリアが個体の生存を最大にするためにRDOM(例えば安定な構造を実現できる細胞膜成分)を産生しているからだと考えるが自然である。今回のご講演では、バクテリア-炭素循環間のフィードバックを考慮した数理モデルの解析を通して、微生物炭素ポンプ成立の進化的意義について考えた。三木先生はこのような数理モデルの解析と海洋の有機炭素データを組み合わせたメタ解析によって、海洋における炭素蓄積に対する群集生態学機構の影響を示すことを目指しておられた。
  数理モデルの作成方法やその意味するところを理解することは難しかったが、複雑な生態系をモデル化して考える手法はとても興味深いと感じた。

 

第303回 2019年1月18日(金)14:00~17:00

修士課程1回生 菅野友哉

今回の生態研セミナーでは時田恵一郎さん(名古屋大学大学院情報科学研究科)と望月敦史さん(京都大学ウィルス・再生医科学研究所)にご講演いただいた。

 時田さんには種個体数分布(SAD)の理論的理解がどう発展してきたのかについて解説いただいた。そこに生息する種の個体数を大きい順から並べたグラフであるRank-abundance分布を作製すると、様々な生態系で共通する形状が現れる。元村によりその形は等比級数であると示されたが、そのような形になる理由は分かっておらず、生態学における未解決の問いとなっている。さらに縦軸に種数、横軸に密度をとってヒストグラムのように表すSADとRank-abundance分布は互いに変換可能な関係にある。SADは対数正規分布に近い形をとることが分かっている。これまではネットワーク内の全種が関係を持つ群集を想定してSADを解析してきたが、リンクが疎なスペシャリストの多い群集では多峰型のSADとなることが示された。また時田さんらが群集の安定性をシミュレーションによって解析した結果、ネットワーク内に競争や共生などの対称な関係が多い場合は系が不安定になり、多種の共存が難しくなる。一方捕食などの非対象な関係が多い場合は系が安定して多種の共存が生じやすいことを示した。
 生態ネットワークのシステムに関する研究は群集生態学の根幹を成す分野であり、それらの解明は複雑に絡み合った生態系を理解するための大きな手掛かりとなると感じた。

 望月さんには関数やパラメータを仮定しない制御ネットワークの構造だけから重要な要素を特定する理論について解説いただいた。この方法ではまずネットワークから一方向的なリンクを取り除き、リンクを介して互いに何らかの関係を及ぼしあうノードのみから構成されるネットワークを作る。次にそこからそのノードを取り出すことで、ループ構造がなくなる最低数のノードを見つける。その取り出されたノードの集合がFeedback Vertex Set(FVS)である。このFVSはネットワークのなかで重要な役割を持つ。
  望月さんは発生の専門家と共同で、この方法によりホヤの初期発生の制御実験を行なった。FVSとして定められた遺伝子を活性・抑制する制御実験の結果、正常な発生でみられる7種の組織のうち6種の組織を発生させることに成功した。さらにこの実験で唯一発現しなかった筋肉組織の発現方法を探すために、既存のホヤの発生ネットワークが不完全であると予想し、新たなFVSを構成する可能性のあるノードを探し出した。その結果、候補に挙がったノードから新たなリンクをみつけだすことが出来た。そして新しく出来たFVSによる実験では筋組織を含むすべての初期発生形態を得ることが出来た。理論から新たなリンクを予測することができたというのが衝撃的だった。
  FVSを使って重要なノードを決定する方法では、関数やパラメータを仮定する必要が無いため、この方法を適用できるネットワーク解析では非常に強力なツールとなると思った。

 

第300回 2018年10月19日(金)14:00~17:00

修士課程2回生 福田恭平

今回の生態研セミナーでは広島大学環境安全センターの梅原亮さんと滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの石川可奈子さんにご講演頂いた。

 梅原さんにはアオコ毒素の環境動態についてお話し頂いた。アオコは主に湖やダムに多く生息しており、富栄養化や地球温暖化の影響により今後の更なる増加が懸念されている。Microcystis属などの有毒なアオコ (シアノバクテリア) が生産する毒素であるミクロシスチン (MCs) は哺乳類に対する肝臓毒性があり比較的に安定的で分解されにくい特性を持ち、希釈や微生物の分解によって濃度を下げることが出来る。諫早湾での調整池の4地点においてELISA法 (酵素免疫測定法) を用いMCs濃度測定することによってアオコの発生条件を調査した結果、春と秋に有毒アオコのブルーミング (アオコの大発生) が起こることが分かった。水質条件としては透明度、塩分濃度ともに低く、栄養塩濃度は高いという特殊な環境下であり、特に透明度は極めて低い。水温が上昇する夏季のアオコのブルーミングの時期はDIN (溶存態無機窒素量) は枯渇しているが、DIPはブルーミングが落ち着く冬などに枯渇状態になる。これはアオコがDINを窒素源として利用していることと、珪藻類がDIPを消費したものだと考えられる。さらに調整池の栄養塩収支から見積もることでアオコのポテンシャルの増殖から生産量に変えた値から、水中におけるMCsの変化量を差し引くことによって野外でのMCsの生産量および沈降量を測定も行った。降雨によりDIN濃度が高く、かつアオコがブルーミングしていた夏季に3時間間隔で24時間 (9:00~翌9:00) MCs濃度の測定を行った結果、アオコの鉛直移動をクロロフィルaおよびMCs濃度から把握することができ、野外におけるアオコのMCs生産量およびMCsの池底への沈降量の多さを調査結果から明らかにした。この他にも梅原さんは多くの野外調査を行い、有毒アオコの発生要因及びブルーミングを維持するための栄養塩の供給源だけでなく、MCsの環境動態に関して、有毒アオコが生産するMCsが諫早湾へ流失し、沿岸海域において広く拡散し、環境中に蓄積していることを明らかにされた。あくまでもこの結果は諫早湾でのものなので、今後は他のフィールドで野外調査を行い、再現性を得ることや、ベントスでの毒性、環境中におけるMCsの分解について解明していくことが課題である。

 石川さんには琵琶湖南湖における水槽管理に関する研究についてお話し頂いた。琵琶湖南湖は琵琶湖の富栄養化が進んでいる南部領域で広い沿岸域を指しており、最大水深は14mで平均水深は3.5mであり。琵琶湖の富栄養化は1970年代に起こり、その後富栄養化防止条例が制定され、窒素やリンの制限がされてきた。その成果として、長期的にみていくとTN (総合窒素量) やTP (総合リン量) は下がってきた。琵琶湖南湖では1994年から2014年にかけ透明度が上がる生態系レジームシフト (10年以上持続する突然の自然環境の変化) が起きたと考えられている。生態系レジームシフトは一度起こってしまうと、大きな負荷をかけないと元の環境状態には戻らない。琵琶湖南湖表層調査におけるクロロフィル濃度分布によれば、1994年から2009年ごろにかけてはアオコよりも水草が優勢であり被覆率は90%に達した。北湖は南湖と比較すると大きな変化は見られず、沈水植物体の面積変化は南湖で顕著であることがわかった。水草量としては1930~1950年代の繁茂面積20~30㎞2が適正といわれているが、量としては2017、2018年の現状でも問題はなく繁茂面積についても過多というわけではないが、水草組成が悪い方向に変遷している。水草大量繁茂の原因としては複合的なものが考えられ、1930~1950年は湖の人為的な富栄養化は進行せず透明度も高かったというように、適切な人間活動によるバランスが取れた水草環境であった。しかし1960年代にはいると、埋め立て工事などの負荷が大きくなり、湖底の泥質化や湖中の栄養塩の蓄積によって水草の分布域が沿岸域に限られてしまい、徐々に水草の大量繁茂の環境が形成されていった。そして1994年の大渇水が大量繁茂の最終的な引き金となったと考えられている。1994年以降、南湖では植物プランクトンの減少や、琵琶湖開発事業の終了による濁水の減少に伴った透明度の上昇によって繁茂面積が拡大していった。植物プランクトンの減少は湖水中の栄養塩濃度が原因ではなく、水草繁茂面積の拡大そのものが引き起こしたものであると考えられている。
  水草繁茂による生態系への悪影響として考えられることは、アオコの発生や湖底付近の酸素不足による生物多様性の低下、悪臭などが挙げられる。この他にもクロロフィルや溶存酸素量と水草の関係性も調査が進められている。また、琵琶湖南湖の流況の特性はあまり知られていなかったが、実際にADCPを使用して調査を行ったところ。4月と9月の繁茂前後の流況を調査した結果、PVI (水草が水塊に占める割合を100分率で表したもの) と湖流の関係にはPVIが60~80%の時に、流れが強くなることが分かった。このように大量に繁茂しすぎた水草は様々な影響を引き起こし、その影響を軽減させるためには、地道な作業しかない。
  大量に繁茂した水草を除去するために、地域の方々の協力、スーパーかいつぶりⅡ、Ⅲ号やゲンゴロウ号などの水草除去専用船、マンガンを使用した化学的な除去などが行われている。刈り取る時期にも影響があり、2月に刈り取ると7月までは水草量は低く保たれ、水草が増え始める6月に刈り取るよりも効果が大きいことが分かった。この取り組みもあって、貧酸素エリアがピーク時と比較して減少し始めている。
  近年、湖底で増加しているマット状の糸状藻類は富栄養化した湖底で頻繁に発生しており、海外では皮膚毒などの産生を行う危険な種として認識されている。最適温度は26℃で水草の下で発生するというように弱光下にも対応し、窒素固定能を持っている。琵琶湖では現在毒性のあるものは確認されていないが、素手では触れないよう注意喚起している。
  浅い湖沼の生態系は環境変化によってレジームシフトを生じる。澄んだ系から濁った系への移行、または逆プロセスに対する十分な知識がないので注意をしながら順応的管理が必要である。また成長モデルによる物質循環のシミュレーションの構築し予測してくことが大切であり、水草の組成を見るために広い水深スケールで調査を行うことが重要だと考えられる。

修士課程1回生 藤田博昭

今回の生態研セミナーでは広島大学環境安全センターより梅原亮さん、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターより石川可奈子さんにお越しいただいた。両者とも、水域系の環境・微生物に着目しており富栄養な水域で大量発生する水草や有害なシアノバクテリア(アオコ)の発生条件やその抑制について研究されている。

 梅原さんは水域系のなかでも、主に沿岸域の生態系について研究しており、今回は過去に行った、諫早湾におけるアオコ毒素の環境動態の研究についてご講演いただいた。
 九州西部に位置する有明海諫早湾に、干拓事業の一環としてつくられた調節池が淡水化して、そこに有毒物質のMicrocystin(MCs)を生産するアオコ(Microcystis aeruginosa)が大量に発生した。その調節池は、水位の調節のために、干潮時には池の水を排出しており、湾内への毒素の拡散が懸念されている。そこで、調節池の排水前後の、諫早湾内の環境特性を調査して、毒素の拡散や他生物への影響について調査した。
 諫早湾調節池内では、MCsの濃度の季節動態を見ると春と秋に上昇する。MCs濃度上昇時の溶存無機窒素(DIN)は減少傾向にあるが、これはアオコがDINを消費しているためである。調整池のアオコと窒素固定をするアオコの窒素同位体を見ても、大気中の窒素は使ってないことがわかり、アオコの発生はDINに依存する。水温は、アオコが発生する5月と10月で、17℃から33℃の幅を持ち、アオコの発生条件にはあまり影響がない。
 肝臓毒性をもつMCsは物理・化学的に安定な物質で、無毒化するには吸着させるか希釈させる必要がある。自然界においては、MCsはアオコの細胞膜が壊れることで流出し、底質や水生生物に蓄積して、捕食者に対して生物濃縮を起こす。アオコを含んだ池の水を放流することは、浸透圧によってアオコがこわれてMCsを放出し、沿岸域系全体の食物網に影響する恐れがあるため、MCsの動態を知ることは重要である。梅原さんはMCsの動態を明らかにするため、排水時の湾内9地点の水質ならびに底質の環境特性について短期的な動態の調査を行った。
 調節池の水を放流後すぐの間は、下層にいたるまで塩分は低い値を示したが、翌日にはもとに戻った。MCsは、放流ゲート近くと湾内外の境界あたりに高い濃度を示した。湾内外の境界あたりのものは、モニタリング前に放流したMCsを示しており、諫早湾から外界へと拡散されていくことが確認された。今後は、拡散されたMCsが海洋生態系にどのような影響を与えていくかを追跡する必要があると梅原さんは考えている。

 石川さんは、琵琶湖南湖における水草の変遷、水草除去による環境改善の取り組みなどについてお話し下さった。
 かつて、1980年以前の南湖は、富栄養化して植物プラントンが優占し、沈水生の背丈の低い水草が繁茂していた。80年代にはいると、徐々に全窒素や全リンの値が減少し始めて、透明度も高い値を示すようになった。しかし、クロロフィル濃度の分布を見てみると水草の分布は沿岸から内部へと遷移し、背の高い枝分かれ型の水草が優占して種組成が変化した。このような水草は船のスクリューに絡まったり、背が高いために湖水の停滞が起こし、アオコが発生して貧酸素状態に陥ったりするなどの悪影響を生じさせる。
 この変化は、1960年代にあった湖岸の埋め立て工事の際の濁水の流入が原因と考えられている。濁水が流入して、透明度の低下、湖底の泥質化による栄養塩の蓄積といった環境の変化により起こされた。この時、工事の前の全水草現存量と工事後の水草現存量を比較すると、工事後の水草現存量は工事前の3分の1にまで低下した。しかし、工事終了に伴い濁水の流入はなくなり、1990年代にあった大渇水により、湖水中への光強度の増加によって水草の増加、拡大が引き起こされた。
 水草の現存量の管理に一番有効なのが機械での刈取りであるが、その除去量は全体の12%程度でしかなく、効率的な刈取りが必要とされている。除去時期、除去強度について野外実験を行ったところ、2月に刈取りを行えば6月頃まで低い水草群落を維持することが分かったが、最終的には背丈が高くなった。また、低い強度(船1隻あたり4 ha)では水草群落高を低く維持することはできなかった。現状は、2月と、刈取り前と同程度の高さになる7月頃の二回の刈取りが有効と考えられる。また、水生生物について考慮すると、産卵時期を避けた秋季以降の刈取りが望ましく、検討の余地がある問題となっている。
 水草管理の指標に湖底の溶存酸素濃度やプランクトン量が挙げられる。水草を刈り取ることで貧酸素エリアが減少し、アオコの発生の抑制につながる。また、水草除去によって底生生物量は増えるという報告もある。
 南湖のような最大水深7mしかない浅い湖沼の生態系ではレジームシフトが生じる。レジームシフトが生じると、南湖のように水草の種組成が大きく変わり、水の停滞が生じるといった悪影響が及ぼす場合があり、注意が必要である。レジームシフトを生じさせないためには、その要因のモニタリングやモデルでの予測、適当なスケール実験などを行い、適宜、変化に対応していく順応的管理が重要であると、石川さんは考える。

第299回 2018年9月21日(金)14:00~17:00

修士課程2回生 福田恭平

今回の生態研セミナーでは農研機構農業環境変動研究センターの馬場友希さんと横浜国立大学大学院環境情報研究院の中森泰三さんにご講演頂いた。

馬場さんには「水田における環境保全型農業が生物多様性及び害虫防除サービスに及ぼす影響」を演題に、自身が分類と生態を研究されている捕食者であるクモに焦点をあて、ご講演頂いた。クモは陸上生態系の普遍的な捕食者であり、生態系の特定の害虫種の大発生を防ぐ。基本的に環境の変動に対して敏感な種が多く、種類によって反応も違うので指標生物としても研究が行われている。現在世界では約47000種、日本では約1600種が確認されている。多様な生活様式を持ち、捕食という観点では1つのギルドを示すが、捕食様式は地中性、徘徊性などに分類される。クモの性的二型がみられ、体サイズや形に大きな差異が見られる。
  イソウロウグモは盗み寄生性であり、他のクモを宿主として、宿主の餌や宿主さえも食べてしまう種もいる。なかでも、チリイソウロウグモは地域によって利用する宿主を変える。南西地域になると餌サイズが大きくなり、宿主の餌を奪いやすい。これは網構造に依存していると考えられる。また脚長にも差が見られ、これは宿主の網構造の密度によって変化したと考えられ網構造が複雑になるほど脚長が長くなる。これは網を早く歩行するための適応的変化であると考えられている。
  性的二型の例としてはアシナガグモが紹介された。アシナガグモは普通のクモよりも鋏角が著しく発達しており、雌雄差が見られる。これはアシナガグモの交尾様式が関連していて、鋏角が長いほうが雄の交尾においては有利であるが、雌側としてはコストの観点から交尾回数を抑えようとするので、雌雄間で交尾の利害の不一致が起こっていると考えられている。雄の鋏角が雌よりも小さくなると交尾は上手くいかなくなり、交尾中に雌の鋏角が雄の頭部に刺さり、死亡してしまう雄もいる。これは雌雄間の相対的な鋏角長には正の相関があると示唆されている。
  農業生態系は生物の住処としての重要な機能を果たしており、生物多様性とも深く関わっている。また農作物などの資源の供給サービスや害虫防除などの調整的サービスなどがある一方で、農薬の過剰散布や作業の機械化による土地利用の単純化などの環境の危機や農業の集約化で生物の生息地の分断化による生物多様性喪失が懸念されている。解決策としては環境保全型農業があり、欧州でも研究が進められている。環境保全型農業は生物多様性を高めることに有効であることが示唆されている一方で害虫の多発生のリスクもまたあり、農作物の生産性と生物多様性のトレードオフが存在する。この他にも農法や圃場管理、周辺景観の改善が、生物多様性と生態系サービスにプラスの影響を与える。欧州では以上のような研究が進められているが、アジアではほとんど農業生態系の進められておらず、特に水田の研究が少ない。このような研究を進めるためには、農法や景観構造の違いが水田生態系に与える影響を把握する必要がある。馬場さん等は、茨城県や栃木県などの環境保全型農業が行われている水田7か所の3年間調査した。調査対象主としてはクモだけではなく鳥類、水生昆虫、トンボ、カエル、植物なども含まれている。結果として、イトトンボやアシナガグモは有機農業でプラスになる一方で、水生昆虫はマイナスになった。水域面積などの景観要因を加味しても差は出なかった。脊椎動物に関しては、トウキョウダルマガエルと有機農業でプラスになり、アマガエルとドジョウは全く影響が無かった。これは水路が直接田んぼに繋がっていないと移入できないことが考えられる。全体的な結果としては、有機農業が様々な捕食者の個体数の増加に影響している。またアマガエルやアカガエルのように農法以外の要因に影響を受けるものもある。
  次に馬場さん等は捕食者による害虫防除サービスについて景観構造が及ぼす影響について栃木県の10か所において、7月と本田防除を行った直後に環境保全型農業下でコモリグモ、アゴブトグモ、コサラグモの4種のクモについて行動調査を行った。これらの餌として挙げられるのはヒメトビウンカで、近年北半島で多発生しており農薬であるフィプロニルに対して抵抗性を持つものも出現している。結果はアシナガグモ、コモリグモに関してはすべてプラスになり200mのスケールで森林面積が大きいほど個体数が増えた。アゴブトグモとコサラグモは景観に対するレスポンスはアシナガグモとコモリグモと逆になったが農法に関しては同様の結果になった。これらの結果より環境保全型農業は調査した4種のクモにとってプラスの効果を持つことが考えられる。農薬に関しては箱剤の方が本田防除よりもクモに対してネガティブに働く。景観構造はクモの体サイズで見られる効果が変化する。これは他種との種間相互作用であったり生息地の連続性であったり森林からの移入のしやすさが関係していると考えられている。餌資源として腐食由来の餌が重要である。これらの結果より森林の存在はクモにとって重要な要素でありグループによって異なる効果を及ぼす。また、森林が増えると害虫を減少させる方向に働き、環境保全型農法の方が害虫であるウンカの個体数が少なく、アシナガグモガ多くなるとウンカの数が減るというシュミレーションの結果となった。全体のまとめとしては、移入や餌の供給を介して周囲の景観が捕食者層に影響を与え、捕食者層の増加は農薬抵抗性がある害虫の密度抑制に有効である可能性がある。今後は実際にこのようなことが起こっているのかどうか、捕食実験を行い検証していく必要がある。

 中森さんには「菌類と菌食性小型節足動物の相互作用におけるキノコ形質の役割」という演題に菌類と菌食性トビムシとの相互作用に焦点を当てご講演頂いた。生物間相互作用は生物を結び付け、生態系の反応を左右し、生態系を特徴づけるうえで重要であり。生物間相互作用の有無やタイプが生物の形質によって決定すると考えられている。
  キノコは子実体から胞子をつくり、胞子が発芽した栄養菌糸体が集まり、再び子実体を形成する。傘型のキノコの胞子は風散布であり、子実体の形質はキノコの胞子散布効率を最大にするために適応してきたと考えられている。キノコに訪れる動物はトビムシ、ハエ、ナメクジ、サル、クマなど多数存在する。トビムシは多くの捕食生物の餌となり菌類などの微生物を食べ、捕食連鎖において微生物と捕食者との間で重要な役割を果たしている。 様々なタイプの形質を持っており、森林土壌に個体数、種数共に多く形質によって、生息する土壌の深さが異なり地下に近づくほど小型のものが多く、地表に近づくと大型のものが多い。キノコの子実体と相互作用しているトビムシは地表性のものか雨の日などに土壌から地表に上ってくるもので、全てのトビムシが子実体と相互作用をしているわけではない。トビムシは非常に多くの個体数で子実体に訪れ、1つの子実体に数千から数万匹訪れることもあり、胞子を接触する種もいるので、菌類の胞子散布が適応にも影響を及ぼしているのでないかと考えられている。トビムシによる胞子散布への影響としては被食散布と付着散布の2つが考えられる。トビムシは咀嚼器をもつ種ともたない種が存在し、前者ではほとんどの胞子が被食によって壊されてしまうが、後者ではほとんどの胞子が被食されても無傷の状態で消化管を通るため、咀嚼器を持たない種は胞子散布を助ける可能性がある。 トビムシによる胞子散布では、付着散布では被食散布よりも風散布において重要であると考えられている。トビムシの体に付着している胞子について調査した結果、付着頻度が高い胞子と低い胞子があることが分かった。この頻度の違いは、子実体の形質に起因しており、柄が長いものは動物付着散布でなく風散布を利用していると考えられる。また、付着している胞子はトビムシの腹部に付着している割合が高い。トビムシの腹部には腹管と呼ばれるほとんど機能が明らかになっていない器官があり、その部分に胞子が多く付着していたことから、腹管が胞子散布に重要であると考えられている。
  子実体形質の役割として、胞子を形成しない非生殖細胞であるシスチジアが動物付着散布に貢献していると考えられている。シスチジアの機能として、空気弁や隣接したヒダの分離、揮発性物質の蒸発を助ける、排せつ器官などが考えられている。中森さん等の研究では、ヒスチジアの機能としては、シスチジアの分泌腺から出る液体と共に胞子がトビムシに付着し子実体の形成を促すことであるという仮説が立てられた。その仮説を検証した結果として、シスチジアがあるほうが胞子のついている割合が高く、トビムシの体にも胞子の塊や液体が付着していたことから仮説は実際に起こっていることであり、シスチジアの新たな機能として考えられている。
  次に、シスチジアが被食防衛に貢献していることについてスギエダタケを例に挙げ紹介して頂いた。スギエダタケの子実体表面ではトビムシが死んでいることがしばしば観察される。このスギエダタケの子実体表面、傘、そして柄の部分までもがシスチジア細胞で覆われており、シスチジアの先にある液体にトビムシが触れると、死んでしまうことが分かっている。このことを検証するために、スギエダタケのヒダにシスチジアがあるものと、濾紙でシスチジアを破壊したものを用意して、それぞれをトビムシに与えた。結果として、シスチジアがある方が、トビムシの死亡率が高い結果となりシスチジアに殺虫作用があることが示された。さらに、シスチジアに防衛機能があることを検証するために、シスチジアがあるものと除去したものを用意してトビムシの2日後の様子を観察した。結果としてシスチジアがある場合ではヒダ上で生存しているトビムシは除去した場合より個体数が減少した。このことからシスチジアにはヒダ上で生存しているトビムシを減らす効果があることが示された。一方で野外でのスギエダタケ上での生存率は100%である種(ケセラトピ・ピローサ)も発見されている。この種を無理やりシスチジア上に5分間放置し48時間後に観察すると、死ぬという結果になったため生理的な耐性をもっているわけでないこともわかった。死亡率はシスチジアに触れている時間が長いほど増加し、短くなると減少することもまたわかった。この種はスギエダタケの内部に潜り込む速度が速く、1日後には大半が内部に潜り込んでいる。これらのことから、スギエダタケの表面を食べるトビムシは死んでしまうが、内部に素早く潜り込むトビムシはシスチジアに触れずに食べることが出来ると考えられる。またシスチジアの被食防衛という機能はトビムシの種類によって有効なものと無効なものがあることがわかった。また北は秋田から南は屋久島までの12地点でスギエダタケのトビムシによる食べられ方を調査した結果、ケセラトピ・ピローサは各地点でスギエダタケの内部を高い頻度で食べておりヒダは残っていた。他にもスギエダタケを食べる種も存在しており傘や柄の内部を食べている種も存在した。また、ヒダの縁部や基部を食べている種も見られた。これらの結果から、どの調査地点でも子実体を食べに来るトビムシはいるが食べない種もおり、地域によってスギエダタケを食べる種や異なり捕食様式が異なることが示された。今後はヒダを食べるようなトビムシが胞子にダメージを与えているのか胞子散布に貢献しているのかどうかの調査や、スギエダタケ間での形質の違いや遺伝的な隔たりがあるのかどうかを検証していく必要がある。
  最後に傷口から伸びる菌糸が被食防衛に貢献するかどうかの仮説をお話し頂いた。子実体の被食防衛には恒常的なものや創傷活性防衛があるが、誘導防衛は未だ報告されていない。子実体が外部刺激を受けると、子実体の組織が脱分化して菌糸が伸びてくることが知られている。人為的に子実体に穴をあけると、菌糸がその穴を覆うような現象が確認されている。子実体の組織は胞子散布のための器官で栄養摂取は行っていないと考えられているが、菌類の栄養菌糸は動物にとって卵を覆われ孵化を防がれるなど、脅威ではないかと考えられている。中森さん等は、傷口からの菌糸の被食防衛仮説としてトビムシが子実体内部に潜り込んだ際に菌糸を伸ばして内部のトビムシを殺す「食虫防衛」と菌糸で入り口を多いトビムシを内部に閉じ込め高濃度の二酸化炭素や匂い物資で殺す「閉じ込め防衛」を提唱した。現在この仮説を検証するために菌種に応じた菌糸の伸びる長さなどを調べている。オオキツネタケと呼ばれる菌種は穴をあけて1日目で菌種が伸び始め2日目で穴を塞ぐ。全ての菌種が穴を塞ぐわけではなく、ヘラタケは2日目でも穴を塞ぐ様子は見られなかった。これらの検証の結果、肉食菌とシアン生成菌が菌糸を伸ばすことがわかった。また、オオキツネタケの栄養菌糸はトビムシを麻酔して消化することやゲノム、動物由来の糖鎖を消化する酵素を持つことなどが知られている。オオキツネタケの傷口の菌糸の遺伝子発現を調べた結果、動物由来の糖鎖を消化する酵素や有毒レクチンの遺伝子発現量が増えており、前者は通常の菌糸と有意な差が出た。今後は有毒ガスでトビムシが閉じ込められるのかどうかや、トビムシが内部を進む速さ、菌糸の伸びる速さなどを検証していく。
  中森さん等はこれまでの知見を基にトビムシとキノコの器官相互作用に関して、さらに研究を進めていく。

     

第296回 2018年5月18日(金)14:00~17:00

修士課程1回生 鎌田一徹

今回の生態研セミナーでは、藪田慎司さん(帝京科学大学生命環境学部)と亀田佳代子さん(滋賀県立琵琶湖博物館)が講演された。

薮田慎司さんには「動機づけの葛藤行動と進化」という演題で、動機づけによる葛藤行動やディスプレイ行動と、それらの行動が進化的に維持されてきた理由を説明するための2つのモデルについてお話しいただいた。葛藤行動とは、攻撃と逃避のような両立することができない複数の行動の動機づけが同時に高まることで葛藤状況に陥った動物が、どちらでもない第三の行動を起こすことである。葛藤行動には大きく分けて4つの種類があるが、その中でも最も興味深いのは葛藤状況の原因となった行動と全く関係のない行動を起こす転移行動である。転移行動の一例として、薮田さんにシロガオリュウキュウガモの採餌中の羽繕い行動を紹介いただいた。信号機能を果たす定型的な行動であるディスプレイ行動の多くは、葛藤行動を起源とすると考えられている。これを葛藤仮説と呼ぶ。
  このようなディスプレイ行動を含む葛藤行動は様々な動物で観察されているが、葛藤行動を起こす理由や、一見あまり適応的ではないようにも見えるこのような行動が進化的に維持されてきた理由は詳細になっていない。また、葛藤行動には多様なタイプが見られるが、それぞれの葛藤行動には同じ、もしくは異なる選択圧がかかっているのかも明らかになっていない。動物行動学者のティンバーゲンは葛藤行動の問いに対して、排出仮説と信号進化による仮説を提唱したが、どちらも問題点があり葛藤行動全体を証明するには不完全な仮説であった。
  そこで薮田さんは「不確実性のある状況下で葛藤行動を行うことが正しい判断を行う確率を上げる」という仮説を提唱された。この仮説はそれぞれの行動を起こす傾向をスカラー量で表しモデルに組み込むことで意思決定の評価値を決めるものである。このモデルにおいて、どちらの行動の領域でもない間の領域に動物の内的状態がある時に動物はどちらも行わない、つまり葛藤行動を起こすと定義する。これにより動物はもう一度判断の機会を得るため、正しい判断を行う確率を上げることができると考えられる。この仮説は有名なタカ派ハト派のゲーム理論にも適応することができる。相手がタカ派であるかハト派であるか判断する際に、一度判断を留保し見定めることでより正確な行動を起こすことができる。判断を留保する時間を稼ぐための行動はどのような行動でもよいため、そこに葛藤行動が生まれたと考えられる。また、薮田さんは葛藤行動に多様なタイプが見られるのは、不確実性の元で正しい判断を行う確率を少しでも上げることは様々な状況で起こりうるからであるとし、その中で動物が偶然起こした行動がなんらかの形でプラスの面を持てば、それが選択されて定着してきたのではないかと考えている。
  動物の行動の理論やモデルと聞くと、個人的に難解で複雑なものであると捉えてきたが、薮田さんのお話しを聞いて、やはり理論生態についての知識を深めることは生態学を学ぶにあたって非常に重要なことであると改めて感じた。

 亀田佳代子さんには「カワウは害鳥か?益鳥か?―カワウの生態系機能と生態系サービス・ディスサービス」という演題で、水域から陸域への物質輸送機能を持つ水鳥であるカワウの人や森との関わりや、カワウによる生態系サービスとディスサービスについてお話しいただいた。広い範囲を移動し餌や住処として様々な環境を利用する鳥類は、ものを運び、繋げる機能を持つという点で周囲の生態系に非常に大きな影響を及ぼす。特に水鳥や海鳥は、本来水域から陸域への移動が起こりにくいリンなどの物質を系外に流入させるため、それらの鳥類の有無によって同じような条件の環境でも生態系の様相が大きく異なることが知られている。亀田さんが研究されているウ類のカワウも魚食性の水鳥であり、日本では本州から九州にかけて存在するいくつかの繁殖地にコロニーを形成して生息している。
  カワウが生息することにより、物質が水域から陸域へと物質が運び込まれて森が豊かになる。また、古くから人間はカワウの排泄物を採集し、農作物の堆肥として利用してきた。このようにカワウは様々な恩恵をもたらしている。しかし同時に、カワウの存在が森や人にとってマイナスに働く場合もある。カワウのコロニーの規模が大きいと営巣する際に多数の木の枝が消費されるほか、食べ残しや多量の排泄物によって土壌中のリン濃度が急激に上昇することで、樹木が枯死し森林が衰退していくことが知られている。他にも、カワウが大量の餌を消費することにより、アユなどの魚類の漁獲量が減少してしまうこともある。
  このようなカワウによる生態系サービスとディスサービスを理解し、両者のバランスを取るために亀田さんはカワウの生態や物質輸送機能、人との関わりを生態学的または社会学的に調査し、検討されている。今回のセミナーではいくつかの研究についてお話しいただいたのだが、その中でも個人的に特に興味深かったのが、カワウの生息により衰退した植生のその後の回復過程についての研究である。亀田さんが、カワウが継続的に営巣しており長期の観察記録もある愛知県の宇野山という場所の植生の状態を空中写真や現地での観察を元に調査したところ、カワウの生息によって一度衰退した森林も、約20年経つ頃には二次遷移が進みカワウが再び生息を始めていたことがわかった。また、人々が堆肥に用いるために排泄物を採集したり、カワウの営巣に用いるためのクロマツを植林していた区画では、森林の回復が早いことが明らかになった。以上のことから人の手が加わることにより、結果的にカワウによる生態系サービスを持続的に享受することにつながったと考えられる。そのため、カワウによる生態系ディスサービスを可能な限り減らし、生態系サービスを持続的に享受するためには、人とカワウが適度に関与し合うことが重要であると言える。
  生物の限られた種間や種内の関係を研究している自分にとって、異なる時空間スケールにおける生態系の変化を対象とされている亀田さんの研究は非常に新鮮で興味深いものであった。今後はこのような広い視野を持って研究に取り組んでいきたい。

修士課程1回生 鈴木紗也華

今回のセミナーでは藪田慎司さん(帝京科学大学生命環境学部)と亀田佳代子さん(滋賀県立琵琶湖博物館)が講演された。

藪田さんには「動機づけの葛藤行動と進化」という演題で、主に鳥類を例に動物の葛藤行動についてお話されていた。
  葛藤状況とは「複数の行動の原因因子が同時に存在する状態」のことを指し、葛藤行動とは「葛藤状態の時に葛藤している二つの行動と関係のない行動を行う」ことを指す。例えば、タゲリは抱卵中に驚かされると摂食時に見られるような地面をつつく行動を行う。これはこの時に、「抱卵」と「逃避」の二つの行動を同時に行おうと葛藤するために起こる。葛藤行動にはいくつかの種類があり、意図行動、転位行動、妥協行動、両義的行動などが挙げられる。これらの葛藤行動が進化してきた理由は全て別なのか、もしくは共通の選択圧によるものなのか。演者の意見としては、同じ選択圧によるものではないかということであった。
  葛藤行動が進化した理由についてはいくつかの仮説が提唱されている。一つ目は、葛藤行動についての研究の第一人者として知られるティンバーゲンが提唱した仮説として、排出仮説が挙げられる。葛藤状況においては相反する二つの行動を行うことができないため、衝動(ストレス)が溜まる。その衝動を解消(排出)するために葛藤行動が起きるという仮説である。この仮説は衝動がストレスになり得るのかという問題があるため、現在この仮説を支持する人はあまりいない。
  二つ目は信号進化として機能しているという仮説である。葛藤行動の多くはディスプレイとなっている。多様な葛藤行動(ディスプレイ)が進化してきたならば、それらは信号機能を果たしているという仮説である。例えば、威嚇などの攻撃的な要素を含む葛藤行動は、攻撃を行うという意思を相手に伝達するという可能性がある。しかし葛藤行動を正しく読むことができるとすると、「攻撃」のほかに「逃避」という意思と迷っていることを相手に読まれてしまう可能性がある。これが送り手にとって有利であるかは疑問である。
  コミュニケーション以前の段階で葛藤行動が有利になり得ることはないのか。演者が考えている仮説として、意思決定を迫られている葛藤状況において、判断の留保やためらいのために進化したという仮説である。留保やためらいによって、正確な判断を選択できる確率が上がということが考えられる。
  演者は数理モデルを用いて、判断の保留の有無が判断の正確さにどう影響するのかを調べた。結果は、判断を保留した方が正確さは上がるというものであった。
  行動生態学は専門外だが好きな分野であるため、非常に面白味があった。葛藤行動というのは一見意味のない無駄な行動のように思ってしまうが、その行動には判断の保留という「思考の時間稼ぎ」であるということが興味深い点であった。しかし判断を下す時間が遅くなるということは、時に致命的な状況では不利ではないだろうかと思った。最初の例であげたタゲリの葛藤行動については、抱卵中に現れた相手が捕食者の場合、地面をつついていては容易に捕食者に襲われてしまうのではないだろうか。この場合、逃避が最適な行動だと考えるが、どのような行動をとるのかが気になった。もしかしたら相手が捕食者と認識している場合は、葛藤行動は起こらず逃避一択になるのかもしれないが、致命的な状況において葛藤行動はどう機能するかについて興味深いと感じた。

 亀田さんには、「カワウは害鳥か?益鳥か?—カワウの生態系機能と生態系サービス・ディスサービス」というタイトルでお話されていた。
  カワウの特徴として内陸部の木々の上に営巣することが知られている。窒素やリンが豊富な糞をし、営巣の為に木々を使用するため森が荒れることが知られている。
  すでに営巣が確認されている場所を営巣区、営巣が確認されていない場所を対象区、以前営巣していたが移動していなくなった場所を営巣放棄区として調査を行なった。営巣区では土壌や植物体の窒素とリンの値が顕著に大きくなっていることが確認された。また営巣区だけでなく営巣放棄区においても窒素やリンが蓄積して大きい値を示すことが確認された。各調査区において生息している昆虫の多様度を調べた結果、営巣区よりも営巣放棄区の方が多様度が高いということが確認された。営巣中はシデムシなどの腐肉食性甲虫が多く見られるのに対し、営巣放棄後は木々が枯れることで開けた環境に変化するため、植食性昆虫が多く見られることが明らかとなった。
  カワウの営巣直後と営巣放棄後の森林の写真を拝見したとき、あまりの変化に驚いた。カワウという一種の鳥類のコロニーによってここまで森に影響が及ぼすとは思っていなかったため、話される全ての情報が初見で新鮮であった。講演の中では生態系サービスとしてカワウの糞を肥料として活用していたというお話もあり、カワウの生態系における影響や人間との関わりについて幅広く学ぶことができ、有意義な時間であった。

   

第295回 2018年4月20日(金)14:00~17:00

修士課程1回生 藤田博昭

今回の生態研セミナーでは中屋敷均(神戸大学大学院農学研究科)さんと小山耕平(帯広畜産大学環境農学研究部門)さんにご講演いただいた。

中屋敷均さんには「ウイルスは生きている」というタイトルで講義をしていただいた。生物と非生物の定義は曖昧なものであり、細胞をもつことや自己増殖機能をもつことなどがあげられ、エルヴィン・シュレディンガーは「負のエントロピーを食べる」ものが生命であると述べている。
  生物と非生物の議論によく出てくるのがウイルスである。ウイルスは自己増殖の機能をもたず、宿主細胞を通してのみ自己増殖を可能とする点で、生物でないと言われている。ウイルスの基本構造は核酸とそれを覆うタンパク質の殻であるキャプシド、宿主細胞に由来する生体膜(エンベロープ)などをもつ。エンベロープをもつことで宿主細胞との親和性が高くなり、宿主細胞に入ることを容易にする。ウイルスと普通の細胞との違いは、細胞の内外で環境がかわること、自己増殖機能の有無、遺伝情報がDNAであるかDNAもしくはRNAであること、代謝の有無があげられ、これらのことからも生物ではないと言われている。
  生物とそうでないものの境目は曖昧なものであることが生物と共生生物を見ているとわかる。例えば、ブフネラはアブラムシの共生細菌で、アブラムシに植物からのアミノ酸を得ることを可能とさせ、この2種は互いがいないと生存できない。ブフネラの分類は大腸菌に近いが、ゲノム情報は大腸菌の7分の1ほどで、生存に必要な膜形成に関する遺伝子が欠如している。このような点から、ブフネラはアブラムシの組織と化していると考えられる。また、キジラミと共生しているカルソネラは、大腸菌ゲノムの30分の1の遺伝子情報をもち、リボソーム構成に必要な遺伝子が15個ほど欠失している。カイガラムシの共生菌もゲノムサイズ、遺伝子情報が小さい。細胞内共生より発達したと考えられるミトコンドリアや葉緑体と比べると、ミトコンドリアの遺伝子数は共生細菌よりも少ないが、葉緑体は共生細菌と同じくらいの遺伝子数をもつ。
  オルガネラと共生菌の違いは、共生細菌の場合は繁殖時にのみ細胞外に出たり、菌細胞にのみ存在したりすることがあげられる。また、共生生物のゲノム数を見てみると、ホストへの依存度が高くなるにつれてゲノム数が減少する傾向が見られる。
  生物として扱われないウイルスにも、遺伝子数がバクテリアと同じくらいもつ巨大ウイルスが存在する。ミミウイルスは光学顕微鏡でも観察できるほどの大きさをもち、体サイズは400 nmほどで、普通のウイルスよりも9~10倍の大きさとなり、遺伝子数は910個となり、バクテリアの遺伝子数に近い。Pandraウイルスは淡水生のアメーバに寄生する。体サイズは大腸菌の半分ほど、遺伝子数は2556個で、これは古細菌と同じくらいの遺伝子数となる。また、キャプシドをもち、ウイルスとしての特徴ももっている。系統樹を作成すると、必ずしもドメインをつくる結果にはならないが、真核生物と古細菌の間に系統ドメインをつくる場合もある。
  ウイルスとの共生の例もある。ヒトゲノム内にDNAウイルス、RNAウイルスに由来するゲノムがあることは知られていて、それは胎児が非自己として排除されない理由となる。妊娠しているとき、母体の組織には胎児組織が根付くが、合胞耐性栄養膜がつくられているため、表面の細胞膜が一つになり、白血球が通れずに胎児は排除されない。この胎児組織と母体組織の膜融合はウイルス遺伝子が引き起こしている。寄生ハチは、体内のカリックス細胞内にポリゾナウイルスをもっており、ホストに毒液を注入するときにポリゾナウイルスも一緒にホストの体内に注入する。ポリゾナウイルスは侵入後、ホストの細胞核に寄生して、ホストの免疫を抑制するタンパク質を作らせたり、成長してさなぎにならないようにホルモン活性を抑制したりしてホストをコントロールする。しかし、DNAフラグメントはたくさんもつが、外皮タンパク質を構成する遺伝子がなく、その遺伝子は寄生ハチの遺伝子にコードされている。
  上記で述べたとおり、ウイルスは生物ではないと言われても、巨大ウイルスのように、いわゆる生物と似たような特徴もっている。また、共生細菌の中には、ホストの組織に同化しているように思える菌もいて、生物と非生物を分けるのは難しい。そもそも、生命の単位とは何なのか、個体としたらクローンは別個体なのか、竹は根を切れば別の個体になるのかという疑問も生じる。そして、最終的に、最初の「生命とは何か」という疑問に立ち返り、聴講者に投げかけて講義は終わった。
  この講義を聞いて、一概に生物と非生物は分けられないと思い、また、ブフネラなどの共生細菌を見ることで、ミトコンドリアや葉緑体などの、細胞内共生の進化の過程を推測することができて興味深く感じた。「生命とは何か」については、講義中にあった「生命は移りゆく現象」というのに納得できた。中屋敷さんの著書インタビューを見てみると、「生命は移りゆく現象」というのは、つまり「情報が発展・展開する現象」とあり、私はこれを、学術的に正しい使い方かはわからないが、進化と解釈した。講義の中の生物・ウイルスは、進化の過程にあるものが多いように感じた。共生細菌とミトコンドリアの違いとして、ミトコンドリアはこれ以上変化しないが、共生細菌はさらに組織の一部として同化していくように思え、進化をする余地があるものを生命と私は思う。

 小山耕平さんには、「樹木の枝分かれ構造は、対数正規分布する末端枝サイズの差異を生成する‐「統計生理学」を目指して‐」というタイトルで講義をしていただいた。
  生理学の主流は還元論が基になっている。例えば、樹木において、枝の高さなどによって光合成速度は違うが、実際に全ての枝を計測するのは困難である。そのため、部分的に計測し全体を推測する。しかし、これで本当に全体の傾向が見られるのかに対して小山耕平先生は疑問にもった。
  そこで、樹木の自己相似性(ここではフラクタルと言う)に着目した。自己相似性は、自身の一部が生体と相似になる図形のことで、生物では多く見られる。自己相似性が対数正規分布をとることを示すことができれば、全体の傾向を統計的に推測することが可能であると考えた。
  対数正規分布(log-normal)は、多数の小さなものと、ごく少数の非常に大きなものが観察されたとき、その値を対数になおしたら正規分布になることを指す。対数をとらない正規分布は似たような誤差を足し合わせると、左右対称な山ができる。つまり、誤差の中を、各段階の平均的なずれと平均からのずれに分解すると、平均からのずれの誤差分布は正規分布をとる。対数正規分布は、同一の確率分布に従う確率変数を何度もかけ合わせたときに対数正規分布をとる。
  枝分かれすると、枝の長さが平均R倍になると考えたとき、実際には、枝分かれしたときに絶対にR倍になるわけではなく、平均Rからずれが生じる。そして、この階層が枝分かれするたびに、段々に続けていくのでかけ合わせが生じる。つまり、樹木の枝分かれは対数正規分布をとるので、そこから樹木全体の成長度合いが推測できることがわかった。
  生理学や統計について、詳しくないのであまり理解できたとは言えないが、今回の手法が他の生物でも適応できるのかが気になった。

 

第293回 2018年1月19日(金)14:00~17:00

修士課程1回生 福田 恭平

今回の生態研セミナーでは、九州大学大学院理学研究院の岩見真吾准教授と立命館大学文学部地理学教室の中谷友樹教授にご講演頂いた。

 岩見真吾准教授にはEcological Epidemiology:ECOEPI研究の展開に関して純粋科学と社会実装科学の両側面から、「南アフリカにおけるマラリア流行動態の解析及び予測研究」をテーマに、”南アフリカにおける気象予測モデルを基にした感染症流行の早期警報システムの構築”のテーマでご講演頂いた。
 マラリアは原因となる原虫を蚊が媒介することによって伝搬する感染症である。従って、マラリアの流行動態を解析するためにはヒト集団と蚊集団の両方の感染動態、また原因となる原虫の生態を考慮する必要があり、非常に複雑である。岩見さんらの研究チームはアフリカのGreater Giyaniにおける1998年から2015年にかけてマラリアサーベイランスシステムによって採取されたマラリア報告件数のデータを利用して97村でのマラリア流行動態の解析を行った。雨季と乾季をもつ気候域であるGreater 岩見さんは研究を社会に普及させ、ECOEPIに対する社会的関心を高めるためにVirtual Ecosystemと名付けた中高生向けの生態学・個体群動態に関するウェブアプリケーションの開発も進めている。Virtual Ecosystemでは生態学的、感染学的知見に基づいた生物のダイナミクスを表現している。これは研究目的としてだけでなく教育ツールとしても利用できる。
 以上の結果から、殺卵という行動の違いから、calは明確にquiとの種間競争で有利であることが示された。このことは、幼虫が孵化した段階で共存させる実験を行った場合、quiの死亡率は低下しなかったことからも支持される。

 中谷友樹教授には「感染症の過去・現在・未来をみる空間疫学」というテーマで感染症の空間疫学に焦点をあて、ご講演頂いた。空間疫学は近年GISの発達、地理情報の充実、空間統計モデルの高度化によって可能性が飛躍的に高まり、空間分析の高度化によって見えなかったものが見えるようになった。空間疫学のルーツとしては19世紀に欧米で始まった疾病地図が挙げられ、日本にも比較的早くに導入され、コレラやペスト、腸チフスなどに関して利用された。腸チフスの被害は大都市の中でも京都で甚大で、パンデミック型のコレラに対して腸チフスはエンデミック型である。患者居住地と注目すべき地域の関連性についてspace-time kernel densityやspace-time scan statistic in a space-time cubeを組み合わせた解析を行った結果、上水道は設置されていたが全世帯の40%は井戸水を使用しており、都心の裕福な地区ほど、安全な水が利用できたことが想定され、周辺部の不衛生な環境が感染症を拡大させたことが考えられる。これはGISも空間統計もなかった時代の先駆的な空間疫学の試みである。
 近年、梅毒患者数の急増が注目されており、急増した地域としては東京都や宮城県が挙げられているが、増加傾向の情報は地図化されていない。保健所管轄区単位の梅毒の新規発症率について階層ベイズモデルによる空間的平滑化とカルトグラムを組み合わせて解析を行ったところ、男性における新規発症率は新宿と大阪で突出して高く、女性では宮城の仙台で高いことがわかった。これは性産業が密接に関連していることが考えられ、男性に関してはホモセクシャルが都市部に集積していることも原因として挙げられている。仙台で女性の感染率が増加したことに関しては、2011年の震災後に人口が増加した地域での復興バブル効果が原因の一つとして挙げられている。これらの結果として梅毒患者増加の極端な地理的集積が見えてきた 。
 デング熱は温帯領域で拡大しており、日本でも2013年にドイツ人観光者の感染が確認され、2014年に東京で流行した。これに対して、空間疫学を利用してデング熱流行地の気候値と社会指標から作成された統計モデルを非流行地に当てはめることによってデング熱の流行リスクの地図を作成し流行リスクの分布把握を試みた。過去の流行発生状況を分析できれば多様な要因を考慮した経験的な予測も可能となる。統計モデルとしては台湾のデング熱流行モデルを使用し、台湾で当てはめたモデルを日本データに適用して予測値を得た。気候値と人口は2010年と2050年の予測値を利用。結果としてデング熱は2050年に全国に拡大することが予測された。温暖化とデング熱のリスクマップは身近に迫る新たなリスクを見て備えるべき時代の地図を象徴している。