保全生態学分野

 

保全生態学の目標は、ヒトと自然の持続的な共存を可能にする生態系の在り方を問い、共存を実現するために人間が為すべき道を探ることにあります。生態系は水、土壌、気候などの物理・化学的条件と多くの生物の営みによって成り立っています。そのため、生態系は場所ごとに異なるだけでなく、ある場所に形成される生態系自体も生物の成長と生物間の相互作用によってダイナミックに変化します。生物多様性とは、生態系を構成する生物の遺伝変異や生物群集の種構成の変化だけでなく、生態系そのものの時間的・空間的な変化も意味します。

地球上に生息する多様な生物は、生態系の空間的な多様性とそれぞれの生態系内で起きた生物進化の歴史が生み出したものにほかなりません。残念ながら、この地球上には人間活動の影響が及ばない生態系はもはやほとんど残っていません。これからは原生の自然を人間活動から隔離する発想ではなく、人間を含む生態系内でヒトと自然の共存をはかる現実的な道を模索していかねばなりません。

私たちは、生態学以外の様々な分野とも連携を図りながら生態系の仕組みについての理解を深め、それを生物多様性の保全や野生生物の生息環境の修復に役立てることを大きな課題としています。その対象は洋の東西を問わず、集水域に焦点を当てた研究を展開しています。ヒトを含めた地球上のあらゆる生物にとって、水は必要不可欠です。したがって、集水域は生物活動が最も盛んな場であると同時に、人口が集中しやすい場でもあります。私たちが生活の利便性や快適性を追求しようとすれば、様々な形で集水域の環境に影響が及びます。例えば、土地利用の変化は、野生生物の生息地を物理的に改変するばかりでなく、水域に流入する物質の様態の変化を通じて、野生生物の生息環境を化学的に改変します。また、流通の発達は、生物本来の分散能力を超えた地域間移動を可能にするため、少数の繁殖力の大きな種が世界中に分布を拡大し、各地域の固有種に絶滅の脅威をもたらします。これらの人為撹乱は、野生生物の行動に変化を与え、その個体数を変動させ、種構成や生物多様性を変化させることによって、最終的に生態系の機能に影響を及ぼします。人為撹乱の多くは生態系機能の劣化をもたらしますが、それは私たちが生態系から享受できる恩恵を失ってしまうことを意味します。

人間活動に対する野生生物の応答を遺伝子レベルから景観レベルまで様々な時空間スケールから捉えるために、野外観察はもちろん、遺伝子解析や安定同位体解析など最新の分子解析技術も導入しています。人間活動の影響が少ない山地の森林や渓流、かつてはヒトと自然が共存していたといわれる里山や水田、さらに、人間活動の影響が集積する湖沼や沿岸海域などを主なフィールドとしています。

 

 

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