「全国調査によるシギ・チドリ類の渡来状況の変化」

 

天野一葉

 

シギ・チドリ類は,干潟生態系の食物網の上位に位置し,より栄養段階の低い生物相(食物源であるゴカイ,甲殻類,二枚貝などや,その餌となるプランクトンなど)の変化の影響を受けやすいと考えられるため,干潟生態系の健全性を測る指標とされている。干潟は自然資源と生態系サービス,文化的サービスを提供する(@固有の生物相,A高い生産力,B高い水質浄化能力,C稚魚仔生育場,Dレクレーションの場)ために重要である。しかし,埋め立てや干拓などのために,第二次世界大戦以降,日本の干潟の約4割が消滅している。

また,日本で記録されたシギ・チドリ類73種の大部分は渡り鳥であり,その半数は主に春期と秋期に日本に飛来する。シギ・チドリ類の移動範囲(フライウェイ)のうち,日本を含む東アジア・オーストラリア地域フライウェイは,水鳥の保全のための情報が最も未解明で,最も絶滅危惧種が多く,また人口の多い地域であると認識され,主要な重要湿地の解明とその保全が緊急に必要とされている(Boere et al. 2004)。世界的にも干潟は人間活動の影響を大きく受けており,生息地の消失や環境悪化によりシギ・チドリ類の個体数が減少傾向にあることが報告されている。

全国規模のモニタリング調査は1970年代から行われてきた。モニタリング調査には@シギ・チドリ類で代表される国際的に重要な干潟(湿地)を抽出する,Aシギ・チドリ類の渡来傾向を解析するという二つの目的がある。重要な湿地の抽出として,これまでに『シギ・チドリ類渡来湿地目録』(環境庁1997)と『日本の重要湿地500』(環境省2002)がまとめられ,それぞれ78ヶ所と53ヶ所の重要なシギ・チドリ類渡来地が明らかにされている。

1973〜1985年に実施された一斉調査(『干潟に生息する鳥類の全国一斉調査』(日本鳥類保護連盟・日本野鳥の会 1973〜1979),『シギ・チドリ類全国一斉調査』(日本野鳥の会1980〜1985)では,115〜507ヶ所の調査地(平均351ヶ所,1977年除く)で,春期は平均約96,000羽,秋期は約51,000羽が記録されている。また,最近の1999〜2003年度の調査(環境省 1999〜2004)では,春期は平均約41,000羽,秋期は約18,000羽が記録されている。この調査では,過去の調査より調査地数が少ないが大規模渡来地はほぼ網羅されている。今回,調査地点数の少なさを補正するために個体数の累積曲線から対数近似を行い,調査地数が351ヶ所まで増加した場合の記録数を推定して比較した。すると春期は1.43倍の約59,000羽,秋期は1.49倍の約27,000羽になると推定され,これよりシギ・チドリ類の渡来数は,約25年間に,少なくとも春期で約4割(42%),秋期で約5割(51%)が減少していると考えられた。また,主な種では春w)期と秋期に記録されたシロチドリ、春期のオバシギ、キョウジョシギ、ダイシャクシギ、春期のツルシギ,秋期のハマシギに有意な減少傾向が見られた。また,春期と秋期のミヤコドリ,セイタカシギ,秋期のオオメダイチドリ,ダイゼン,ミユビシギは,補正を行わなくても有意な増加傾向がみられた。