「表現型可塑性が相互作用を変える −エゾサンショウウオ幼生とエゾアカガエル幼生の捕食-被食関係−」

岸田治

 

捕食の危険を察知した動物が被食を回避するために住み場所を変えることにより、この動物にそれまで捕食されていた餌種が危険から開放され、新たな住み場所では別の種が餌として利用されることがある。このように、食物連鎖の中間種による被食回避の行動が、その行動を誘発した上位の捕食者種と下位の餌種とを間接的に結びつける現象は、陸域と水域を問わず、様々な群集において普遍的にみられる。また、このような行動を介在する間接効果は、実際に中間種が捕食されることによって生じる密度を介在する間接効果よりも、群集構成種の個体数に対して大きな影響をもつことがあり、捕食−被食関係に基づいて群集の動態を解明しようとする研究者たちが注目する生態学的事象の一つである。しかし、動物たちは捕食―被食関係のなかで行動のみを変えているわけではない。近年、進化生態学者は、捕食者と被食者の双方が相互作用の強さに応じて形態や生活史を可塑的に変化させているという事例を数多く発見し、それらがもつ適応的な意味を次々と明らかにしてきた。行動と同じく形態や生活史の可塑性にも、個体数を左右するような、重要な生態学的な意味があるのではないだろうか? 多くの生態学者は、形態や生活史の変化が個体群動態に果たす役割を、明らかにすることの必要性を認識し始めた。私たちは、北海道の池の生物群集を構成するエゾサンショウウオ幼生とエゾアカガエルのオタマジャクシの捕食‐被食関係を対象とし、複数の形質にみられる可塑性の生態学的意義を解明するための研究を展開している。2種の幼生は、行動・形態・生活史において多様かつ明瞭な可塑性を示す。たとえば、オタマジャクシはサンショウウオ幼生の接触を受けると、頭胴部を大きく膨らませることで、サンショウウオ幼生に丸呑みされるのを防ぐ。一方で、サンショウウオ幼生は、同種やオタマジャクシの密度が高いときには、一部の個体が成長に伴って大きな口顎をもつように変化する。彼らはやがて変態により池の外へと出ていくが、そのタイミングは成長に依存した可塑性を示す。特にサンショウウオ幼生は、孵化した年のうちに変態することなく池の中で冬を越し、翌春も幼生として池に留まることがある。本講演では今年行った2つの研究の成果を報告し、この系の個体数の動態に個体の形質変化が強く関与している可能性を指摘したい。まず、防御形態を介した間接相互作用の実証例として、サンショウウオ幼生が誘導したオタマジャクシの防御形態が、サンショウウオ幼生間の共食いを強めることを示唆した実験研究を紹介する。次に、池の中で越冬し大型化したサンショウウオ幼生が、翌年に加入する2種の幼生の表現型可塑性に影響し、それがサンショウウオ幼生の個体数を決めることを示した研究を紹介する。