「湖沼の食物網や物質循環における溶存有機物の役割」

 

槙 洸

 

1.湖沼における微生物ループの古典生食連鎖への影響

微生物ループとは溶存有機物(DOM)を起点とし、細菌群集、原生生物へと波及する食物連鎖である。古典生食連鎖に対する微生物ループの役割は主に以下の2点である。1)DOMを動物プランクトンが利用可能な粒子態有機物(POM)へと変換する、2)アンモニウムやリン酸といった一次生産にとって必須な生元素を供給する。海洋表層では一次生産の50%がDOMとして細菌群集に消費されると言われている。一方、湖沼における微生物ループの重要性は、海洋のそれとは異なっていることが指摘されている。その理由は、海洋の細菌群集は植物プランクトンを起源とするDOM(自生性DOM)に大きく依存しているのに対して、湖沼の細菌群集は湖沼外を起源とするDOM(他生性DOM)も利用している可能性があるためである。よって、湖沼食物網における微生物ループの古典生食連鎖の影響を明らかにするには、外来性DOMが細菌群集を介して、どのように食物網全体に波及するのかを明らかにすることが重要である。今回のセミナーでは、13Cを用いた大規模なトレーサー実験を行った研究を中心にレビューし、湖沼食物網における微生物ループの役割について議論したい。

 

2.琵琶湖北湖における溶存有機物の動態

琵琶湖北湖において、溶存有機物は湖水中の全有機炭素の80%以上を占める巨大な有機炭素プールであり、生物地球化学的な循環や食物網の中で重要な役割を果たしている。湖水中の溶存有機炭素(DOC)は、1)数日以内の回転時間をもつ易分解性DOC、2)数週間から数ヶ月の回転時間をもつ準易分解性DOC、3)1年以上の寿命をもつ難分解性DOC、に区別することができる。このうちDOCプールとして湖水中に蓄積するのは、準易分解性および難分解性DOCである。Kim et al.(2006)は琵琶湖北湖のDOC濃度の時空間変動から、表層のDOCが冬季鉛直混合によって深層に輸送され、成層期に深層中で無機化されることを示した。このDOCの鉛直輸送の媒体となるのが準易分解性DOCである。DOCには他生性のものと自生性のものがあるが、準易分解性DOCの起源は不明である。セミナーでは、DOCの炭素安定同位体比を用いて、準易分解性DOCの起源の推定を試みた研究を発表する。