「水に溶けた金属の「かたち」をきめるもの」
丸尾雅啓(滋賀県立大学環境科学部環境生態学科)
遷移金属は一般に水に溶けにくいですが、様々な化学形をとることで、可溶化し、それが毒性を発現したり、生物に利用できる形になったりしています。琵琶湖とその集水域で,発表者と共同研究者が得た化学的データについて報告します。
1.金属と結合している化合物について 〜電気化学法による錯化容量の測定から〜
水中の金属が生物に与える影響は溶けている全部の濃度ではなく、利用可能な形態として存在する濃度によって決まります。遷移金属でもっとも有機物との結合が強い銅については、水中でほとんどが有機物(あるいは一部分硫化物)と錯体を形成しているため、実際に生物に影響を与える形態の銅濃度は極めて低くなります。しかし琵琶湖の場合、単純に溶存銅濃度と溶存有機炭素濃度(NVOC)を比較しても全く関係は見られず、やはり配位能を持つ有機物の濃度を求める必要があります。電気化学法を用いて、配位子の濃度を測定してみると、6月頃(2004年)に最も高く、混合が始まる頃には減少し、冬に向けて深度に関係なく均一になっていく傾向を示しました。表水層の配位子濃度が季節と共に減少することから、配位子の供給源は河川よりむしろ湖内の自生性有機物の可能性が高いと考えることができます。実際に生物にもっとも影響を与える銅イオン濃度:[Cu2+]を計算すると、1×10-15
monl/ll以下の極低濃度であると推定されました。
2.金属の酸化数について 〜Fe(II)は、酸素が十分あっても存在する〜
鉄は植物プランクトンにとって必須元素ですが、好気的環境の水中(pH6〜8)では、殆ど懸濁態のFe(OH)3の形態であり、溶存Fe(III)は有機配位子と結合してわずかに溶存しています。より生物利用性が高いFe(U)は極低濃度ながら好気的環境にも存在することが明らかになっています。Fe(II)の生成過程には紫外線が影響すること、微生物の植物プランクトン分解過程や酵素還元などが指摘されていますが、細部の解明にはまだ至っていません。琵琶湖の表層に存在する極微量のFe(U)を測定するため、比色試薬であるPDTSがFe(II)と高い吸光度をもつ錯体を生じることを利用し、固相抽出法による濃縮定量を試みました。2005年の7月と9月の最表層でその直下の深度と比べ、Fe(U)濃度が高くなっていることを確認しました。太陽光中の紫外線により表層中の溶存有機物から生じたラジカルによるFe(V)の間接的還元反応や分子内電荷移動による直接的還元反応を示していると考えられました。また、同地点で採取した水深5mの試水を濾過し、石英瓶に移したものを太陽光に暴露したところ、日射が強くなるにつれてFe(U)の生成、濃度上昇がみられたことから、琵琶湖における表層の光還元によるFe(U)生成が支持されました。