「安定同位体分析が明らかにする動物の生息地間移動 −琵琶湖と周辺内湖における魚類の生息地ネットワークの解明−」
柴田 淳也
野外での動物の生息地間の移動の解明は、複数の局所個体群や局所群集からなる地域全体での多様性やメタ個体群の持続可能性を理解するうえで重要で、生態学的にも野生生物保全の観点からも最も注目されるテーマのひとつである。しかし、従来的な標識・再捕獲やテレメトリーによる調査は、多大な労力を要したり機具の装着に耐えうる体サイズの動物に対象が制限され、生息地間移動に関する実証的な知見が限られていた。そこで、我々は野生動物における生息地間の移動履歴推定の有力なツールとして安定同位体分析に着目した。生物の安定同位体比は生息地の物理化学的な特性を反映するため、対象生物の移動経路を推定する天然標識としての利用が期待できる。今回の発表では、安定同位体分析を野生動物の生息地間移動推定に用いた研究例をレビューするとともに、琵琶湖の魚類にとって重要な生息地ネットワークである琵琶湖と”内湖”という隣接するラグーン間での魚類の生息地間移動の実態解明を安定同位体分析を用いて試みた研究を紹介する。
従来、琵琶湖と周囲に点在する内湖は水路でつながり、魚類は繁殖や摂餌のためにそれらを往来し個体群を維持してきた。しかし、湖岸改修や水位管理のための樋門・堰の設置などにより琵琶湖と内湖間の生息地ネットワークが分断・単純化され、在来魚個体群の存続可能性に与える影響が懸念されている。その一方で、外来魚による琵琶湖−内湖間移動が、在来魚の繁殖適地としての内湖の好適性を低下させる可能性も指摘されている。そのため、在来魚と外来魚両者における琵琶湖−内湖間の生息地ネットワークにおける移動の実態解明は琵琶湖の在来魚保全において重要な課題となっている。そこで、本研究では在来魚のフナ類と侵略的外来魚のオオクチバス・ブルーギルを対象とし、琵琶湖および内湖の生息地を炭素・窒素安定同位体比で類型化することで、琵琶湖−内湖間の生息地移動の推定を試みた。安定同位体分析の結果、生産基盤の炭素安定同位体比が内湖では琵琶湖に比べ有意に低く、両生息地を識別する有効な指標となることが明らかとなった。そこで安定同位体分析を用いて琵琶湖全域における在来魚および外来魚による琵琶湖内湖間の移動の多さを調べた結果、1)内湖によって琵琶湖からの移入個体の多さが異なること、2)移入個体の多さと移動経路である水路の環境との関係において外来種とフナ類では明確に傾向が異なることが明らかになってきたので、それらの成果について発表する。