「河川生態系の環境構造と生物群集に関する基礎実習」

奥田昇(京都大学生態学研究センター)

 

実習期間:2006729日(土)〜85日(土)

開催地:京都大学理学部木曽生物学研究所(木曽福島町)

講師:永田俊・陀安一郎・山村則男(京都大学生態学研究センター)

受講者:喜田力文京都大・理・3年)・原口岳京都大・農・3年)・門馬栄子東京海洋大・水産・3年)・嶋津信彦琉球大・理・4年) 計4名

 

当センターの公募実習と京都大学理学部の陸水生態学実習の合同により、表記の実習を開催した。本実習の目的は、身近な自然である河川生態系の環境構造や生物群集について、体験を通じた学習を行い、生態学的な自然観を養うことにある。初日に陸水生態学に関する基礎的な講義を行い、2日目に野外で環境計測と生物採集を行った。採集試料は研究所に持ち帰り、藻類の現存量推定や水生昆虫の同定、細菌の顕微鏡観察などの実技講習を行った。3日目から、受講者各自が設定した課題に沿って研究を進め、最終日に研究成果発表会を行った。

本実習を担当するのもこれで2回目となり、右も左も分からぬまま開講した前回と比べると幾分のゆとりをもって実習に臨むことができた。折からの集中豪雨の影響で長野県各地では大水害が発生し、当初は開講も危ぶまれたが、実習開催までに増水が治まったのは幸いだった。とは言え、河川水位は平時よりも高く、例年の実習項目である流量測定を受講生が行うのは危険との判断から、私が代わりに測定を行うほどだった。この増水の影響は、受講生の自由研究の内容にも如実に反映された。昨年は、陽が高くなって気温が上昇すると堪らず川に飛び込んで水中観察会が始まるというのがお決まりのパターンだったが、今年は水温が低く、肌身で入水するには少々冷たかったのか喜々として潜る受講生の姿は見られなかった。そのため、今年は魚類を研究材料に用いる受講生は皆無であった。代わりに、物理的撹乱に対する微生物や水生昆虫群集の回復過程に着目した研究が目立った。増水の影響で付着藻類も水生昆虫もかなり流されていたため、当初は研究材料として不適かと思われたが、その状況を逆手にとって、研究課題に活かしてしまうあたり学生の思考の柔軟さを感じた。「転んでも只では起きない」という精神は研究者にとって必要な資質の1つである。近頃の若者も、まだまだ捨てたものではなさそうだ。

近年、木曽川の実習地周辺では毎年のように集中豪雨が起こり、水害が発生しているそうである。もちろん、度を過ぎれば、人命に関わる由々しき事態として捉えねばならないのだが、そうでない場合であっても河川の生物群集には甚大な影響が及ぶ。付着藻類が減り、それを食べる水生昆虫が減れば、それらの食物網の頂点に立つ魚類も減るわけである。魚が減れば、太公望の足は遠のき、遊漁証収入や観光収入を当て込んだ地元の漁協や観光業者にとっては大きな経済的損失となる。地球温暖化と集中豪雨の因果関係が示唆されているが、もし、それが本当なら、地球規模の人為撹乱が局所的な生態系サービスに影響する一例と言えよう。本実習に毎年協力してくださっている木曽川漁協の組合長さんから、実習で得られた成果を地元に公開して欲しいとの要望があった。なぜ、魚が減ってしまったのか?河川生態系がどのように変化してしまったのか?その理由が知りたいとのことだった。釣客収入を生業としている方々にとって河川生態系の劣化は切実な問題なのである。

当センターが公募実習として本実習を開催するようになってから、環境計測・生物採集データが研究所に毎年保管されている。国際的な動向として、地球規模の環境変動および生態影響を観測・予測する長期生態学的研究(LTER:Long-Term Ecological Research)が注目されている。日本での整備は遅れているが、全国には生態学関連の実習を定期的に実施する施設が数多くある。これらの実習施設で標準化された手法に基づいたデータ収集を長期的に続けることは、単なる教育サービスとして実習を運営すること以上に、生態学の将来にとって計り知れない価値をもたらすだろう。残念ながら、本実習は今年度以降、隔年開催となることが決定したが、今後の課題として、実習データの収集・保存・公開というシステムを構築することを早急に検討したいと思う。

今回は、受講生が少人数だったこともあり、安全管理面では大変やりやすい実習だった。全日程を通して付ききりで受講生の面倒を見てくれたアシスタントの西村さんと石川君、毎日美味しいご飯を作ってくださった管理人の山田さん、そして、野外採集調査を許可してくださった木曽川漁協の皆さんに、この場を借りて感謝の意を表したい。

 

 

赤塩沢で水生昆虫を採集。小さな水生昆虫ばかりでソーティングに苦戦。

 

 

夕食後は眠気をこらえながら皆で調査結果についてディスカッション。

 

 

本実習の受講生の研究課題とレポートを以下に掲載する。

 

増水による撹乱後の付着藻類・付着性細菌の再定着過程

喜田力文京都大・理・3年)

<研究テーマ>

 僕の研究テーマは「増水による撹乱後の付着藻類・付着性細菌の再定着過程」です。これをテーマにしようと思ったきっかけは奥田先生の「今年の実習は長雨が続いた後の状態で、河川の生物がかなり流されている」というお話でした。生物が少なくて残念だとも思ったのですが、逆に大変貴重な状態なのではないかと考え直し、せっかくなのでこのチャンスを活かせる研究をしたいと思いました。

 方法ですが、環境の異なる4つの計測地点で、7/30、8/1、8/2、8/3のそれぞれの日に水温・水深・照度・流速・付着藻類量・付着性細菌数を計測しました。

<わかったこと>

・計測期間が5日間という短さにもかかわらず、付着藻類・付着性細菌の量が明らかに増えていました。計測前の予想の段階では「5日間で違いがわかるほど変化するのか?」あるいは「雨がやんでからすぐに回復してしまっていて、変化は見られないのではないか?」など、不安はあったのですが幸いうまく回復過程を記録できました。(できれば後2週間ほど居たかったですが・・・)

・同じ河川でも環境によって回復の過程が様々でした。水深・流速・照度等、物理環境の違いで付着藻類・付着性細菌の増加量が異なりました。ただ、それぞれの環境要因が回復過程に対しどういった作用を及ぼしているのかを解析するには、残念ながら計測地点が少なすぎました。(一応仮説は立ててみました)

―仮説― 山村先生に見せていただいた資料にある、「流速と光合成量の関係(流速が速い方が光合成量は増える)」を前提にして考えると、流速が遅いところは藻類の石面への付着は容易であり、増殖過程で流されるリスクも低いと考えられるが、光合成量は低いため、素早く回復し、絶対量は低いうちに頭打ちを食らって少ないまますぐに安定してしまうのではないか。逆に流速の速い所は、藻類は石面に付着しにくく、また増殖過程で流されるリスクも高いと考えられるが、光合成量が多いため、回復速度はゆっくりでも、順調に伸び続け、量の多いところで安定するのではないか。

・付着藻類量の増加と付着性細菌の増加の様子がかなり類似していた。それらは密接な関係にあるのではないか。もしくは増加する際に、環境要因から受ける影響が類似しているのではないか?

<感想>

 すごく楽しい一週間でした。ご飯もおいしかったですし、涼しくてよく眠れました。少人数だったこともあって、他の実習生ともすぐに打ち解けることができたと思います。また、講師の方々もすごく親しみやすくしてくださって、いろいろなことを教えていただきました。本当にありがとうございました。

 

「渓流に生息する造網性クモの空間利用について」

                  原口岳京都大・農・3年)

 谷筋という地形的要因が風向き・水流・動物の動線を規定しており、水流及び風に伴う撹乱及び餌としての動物の動きに対応する形でクモの網の空間配置には一定の規則性が存在するはずであるという仮説のもとで、実習中の自由研究期間を利用し、黒川に流入する細流であるアカシオ沢にて造網性クモの網の張り方を調べた。調査地では、主な造網性クモとしてタニマノドヨウグモ(円網造網型)・クスミサラグモ(皿網造網型)・コクサグモ(棚網造網型)の三種類が存在したので、これら三種のクモを中心に、網の短径長径・直下の地面(水面)からの造網高さ・河川から造網位置までの水平距離、水流に対してどの様な角度で造網しているか・網は水平方向に対してどれくらい傾いているか等を測定した。

 調査の結果、水流の上に造網するか、川岸の上に造網するか、という住み分けが観察され、タニマノドヨウグモ・クスミサラグモは前者であり、コクサグモは後者であった。また、鉛直方向の分布で見ると、クスミサラグモはコクサグモに比べて地上からの高さが高い位置に分布していた。一方、様々な角度で造網するタニマノドヨウグモについて造網角度を分析したところ、水流に対して横断的で鉛直な円網、水流に対して平行で鉛直な円網、流れに対して斜めに横切り、覆いかぶさるように傾斜した円網、の三通りの造網のタイプが存在する可能性が示唆された。しかしながら、造網の水流に対する角度の測定にあたっては、そもそも水流の方向をどのスケールで記録するかが問題であり、得られたデータの信頼性は疑わしい。加えてクモがフラックスを認識するとすれば、それは主に風によるものと推測される事から、今後、熱線風向風速計・超音波風向風速計等の、クモにとって有意なスケールでの風の動きを捉えられる測定機器を用いて、フラックスに対してクモがどの様な角度で造網しているのかを把握する事が望まれる。尚、仮説の段階では、水流の中央近くに分布する網と川岸付近に分布する網では、網の張り方(角度)が異なっている事を予想していたが、その様な傾向は認められなかった。

 以上の結果を総合すると、アカシオ沢のような林冠部が閉鎖された谷筋では、クモの造網に関して、谷の上空を覆うように多数の棚網ないし皿網が存在し、一方、谷の中では微細なフラックスに対応して前述の3つのタイプの造網が行われており、同時に、水流の上と岸の上では住み分けが見られるという構造が存在する事が示唆された。こうしたクモの分布がどの程度の普遍性を伴って観察される事柄であるか、また、前述のような適切なフラックス測定方法の確立、更にはクモ同士の種内、種間の関係などの研究が今後の課題である。また、体重に対する網の重量など、クモの個体にとっての造網コストの指標も合わせて測定する事で、クモの撹乱に対する対応も合わせて考えてみたい。

 

「流速からみた水生昆虫の分布〜カゲロウ目に着目して〜」

門馬栄子東京海洋大学・水産・3年)

私は、流速からみた水生昆虫の分布について取り組んだ。理由は、流速はそこに生息する生物になにかしら影響を与えているだろうなと思ったことと、実際に影響があるというデータを出してみたかったからだ。そこに、カゲロウ目を取り挙げ、カゲロウ目と相関関係を持つと思われる他の環境要因(水深・水温・照度・底質・石に付着するクロロフィル量・バクテリア量)との関係を調査した。

 調査方法は、長野県木曽福島町の黒川・赤塩沢で行った。調査地点は20ヶ所を様々な流速の地点で行い、水温・水深・照度・流速を測定し、300×300(mm)のサーバーネットを用いて水生昆虫を採取した。次に、そのサーバーネットを置いた地点の石を10個取り、その粒径を測定した。測定方法はB axisで行った。その後、水生昆虫の同定を行った。

(クロロフィル・バクテリアについては、この研究テーマの喜田君に協力していただきました。本当にありがとうございました!)

まず、流速とそれぞれの調査地点の総水生昆虫数の比較を行った。その結果、流速が速くなるにつれて水生昆虫数は増えるという正の相関がみられた。このことは、流速が速くなることで栄養塩やCOの供給が活発になりカゲロウの餌となる藻類が増え、カゲロウにとって増える条件ができ水生昆虫が増えた結果、このような正の相関がみられたのではないかと考察した。

次に、底質と水生昆虫との比較を行った。底質は粒径が128×128(mm)を大、90×90〜64×64(mm)を中、45×45〜32×32(mm)を小、22.6×22.6(mm)以下を砂とし、調査地点20ヶ所のそれぞれの底地の割合で何がどれほど占めているのかとその場所に生息していた水生昆虫数を比較した。その結果はっきりとした相関をもつようなデータはみられなかった。しかし、どの地点でも水生昆虫のうち、カゲロウ目が最も多くみられた。また、100%砂地ではユスリカがみられ、水生昆虫が住処としやすいような岩場がなくても約10mmのマダラカゲロウがみられた。このことから、砂地を取り挙げて水生昆虫の分布比較をしてみた。すると、やはり砂の占める割合が0%から100%と増えるにつれ水生昆虫は少しずつ減っていくというデータが得られた。よって、岩場という環境は砂地より水生昆虫にとって生息しやすい環境なのではと思った。しかし、砂が約80%を占める底質の地点でも水生昆虫が特に多くみられた。これは砂が全くない岩場のみの環境よりも砂が半分以上占める環境のほうが、水生昆虫は生息しやすいということも考えられる。このデータに関して、これは水生昆虫の種類が関係しているのではないかと考えた。カゲロウ目のなかでもコカゲロウ属やマダラカゲロウ属は岩場に限定することなく、さまざまな場所に生息するといわれている。しかしヒラタカゲロウ属は水流の抵抗を少なくするような平たい体の構造を活かして主に岩場に生息しているといわれている。この調査では、ヒラタカゲロウ属よりもコカゲロウ属やマダラカゲロウ属が多くみられたことから、必ずしも水生昆虫は岩場に多く生息するというデータが得られず、底質と総水生昆虫数がある決まった相関をもつということはなかったのだろうと考察した。また、その他の環境要因である、水深・水温・照度・石に付着するクロロフィル量・バクテリア量についてはステップワイズで相関を持つか解析した。しかし相関関係をもつという結果はでなかった。

 以上のことより、水生昆虫数と流速は正の相関を持つことから流速という物理的環境は水生昆虫に大きな影響を与えており、他の環境条件よりも顕著にみられるということがわかった。また底質との関係は「岩場であるならば昆虫数が増える」というように単純ではなく、生物自体の特性が関係するなど様々な要因があり複雑に分布しているのではないかということがわかった。流速と底質の分布の関係も調べたかったが、あまりはっきりと言えるような関係を見つけられなかった。今回、底質の石や砂を示す割合を目分量で測るなど、あいまいな部分が多かったことや、地点によって測定の基準を変えてしまったり、サーバーネットの使い方がうまくいかなかったりしたことが原因だと反省した。測定方法をもっと工夫することが必要だと感じた。

 今回の実習では、現場の調査や実験器具の使い方など初めてのことが多く、内心とても焦っていた。しかし、先生方やTAの先輩に、ほぼ付きっ切りで実験内容や同定作業を詳しく教えて頂いたり研究内容を見て頂いたり本当に良い経験になった。こんなにほぼマンツーマンの状態で教えて頂くのは滅多にないことなのに、さらに自分の好きなテーマで進めていいというのもすごい実習だと感じた。また、この実習では研究を進める楽しさや、実際に調査することやデータ解析をする大変さを感じた。自分で調査したいと思ったことでも、思い通りにいかないこともあり、助けてもらわないとできないことが予想していたより多かった。また、周りの方に助けて頂いてばかりだった気がする。このことを忘れずに、これからの研究に活かしていけたらと思う。

 

「アカシオ沢でカゲロウの移動と分布を探る!」 

嶋津 信彦(琉球大・理・4年)

実習前半に行う野外調査で、サーバーネットを用いたベントスの採集がありました。これは30×30 pの方形枠を河床に設置し、枠内の石などを手や足でごそごそとかきまわしてベントスを巻き上げ、水の流れを利用してネットに回収するというサンプリングです。そのとき感じたのは、サンプリングで攪乱されたこの場所がその後どうなるのだろうかということです。実習で採集された主なベントスは、カゲロウ目、カワゲラ目の川虫でした。カゲロウは石などに付いた藻類を捕食し、カワゲラはカゲロウを捕食します。このことから河床がひっくり返されれば石の上の藻類がはげるので、カゲロウがもどってくるのには時間がかかるのではないだろうか、逆に捕食者のカワゲラがいなくなったのでカゲロウが多く集まってくるのではないだろうか、また、藻類が多く付いた石を移入すれば、カゲロウが集まってくるのではないだろうかと予想しました。これらを明らかにするためにアカシオ沢で実験をしました。

まず、 90×90 pの調査枠を設け、枠内のベントスをサーバーネットで採集し、翌日に同じ場所、同じ方法で採集しました。1日で移動してくるのかという問題がありましたが結果としては戻ってきていました。ただし、個体数も種組成も攪乱の前後で変化があまりなく、狙いをはずした結果となってしまいました。その後、同じ調査枠内に藻類の多く付いた石と藻類の付いていない同じ大きさの石を置き、翌日にそれぞれの石を含む30×30 p内をサーバーネットでサンプリングしました。結果は、藻類の付いていない石より藻類の多く付いている石のほうにカゲロウが多く集まっていました。今回の実験では、90×90 p程度の攪乱であれば1日でベントスは移り住んでくること、カゲロウが藻類の多く付いた石に1日で集まってくることが明らかにされました。

この実習には、奥田先生に会うために参加しました。それは奥田研究室への進学を希望していたためで、自由研究は適当にすませて実習直後にある院試の勉強をしようと考えていましたがあまかったです。この木曽福島での実習は、院試で面接官となる先生方といろいろな話ができたり、講義の内容が専門科目の対策になっていたりするので、生態学研究センターへの進学を考えている人には3年生のうちに参加することをお勧めします。

 

今回の参加メンバー