私たちの研究室は「野生生物のハビタット選択」を研究の中心テーマにしています。野生生物の保全にとって最低限必要な情報は、ターゲットにしている生物種の分布を知ることです。しかし、どんなに時間と労力を費やして動物や植物を探し、発見した場所の記録を集めてみても、その種に属するすべての個体の分布記録は得られるべくもありません。時間と労力の問題だけでなく、生物のほうにも問題があります。生物は増殖と死亡、移動を繰り返す「個体群」として存在しています。つまり、生物個体群の分布は常に変動しているのです。個体群が絶滅してしまう事もありますし、分布が拡大することもあります。したがって、個々の生物を発見した場所の記録を集めるだけでは不十分で、その記録をもとに、どんな条件の環境がそろっていれば、生物集団が継続的に存在できるのかを明らかにし、そんな場所がどこに存在するのかを地図上に描けるようになる必要があります。

 生物個体群はいくつかの小個体群によって構成されている事がよくあります。そのおもな理由は、繁殖に好適で子孫が増える場所と(source habitat)繁殖はできるが個体数が減少してしまう場所(sink habitat)、繁殖には不適で子孫が全くできない場所(non habitat)がモザイク状に存在するからです。生物集団が存続できるかどうかは、質の異なるそれぞれのハビタットでの繁殖がうまくいったかどうかを総合的に評価することで判断できます。野生生物の保全にとっては、source habitatを数多く維持する事が重要なのですが、同じハビタットがsourceになったり、sinkになったりする事もあります。どこがsourceでどこがsinkなのか、個体数の増減によって評価するのが正攻法なのですが、普通はそんなことを調べていたのでは間に合いません。もっと簡便な方法を採用するのが良いと思われます。動物の場合、どこが好適な場所なのかを動物に聞くという方法をとります。つまり、動物がどんな場所を好むか、その行動を見ることで判断しようというわけです。ハビタットの選択行動の結果は、その個体が残す子孫の数に大きく影響しますから、自然選択が強く働いて発達した行動形質だと考えられます。多くの場合は動物は好適なハビタットを正しく選択していると期待できれば、大まかな傾向はわかるはずです。

ハビタット選択には別の面白い側面があります。野生生物も全能全知ではないので、よく間違いも犯すことです。とくに、産卵数の多い種では「へたな鉄砲も数打ちゃ当たる」とばかり、とても好適とは思えないような場所に産卵することがあります。たとえば、ウスバキトンボは雨上がりの水たまりにも産卵してしまうのですが、とても次世代がそこで育つとは思えません。そこまで極端でなくとも、ハビタット選択は常に次世代を失うリスクが伴いますから、この行動が起きる場面は、現在も働き続けている自然淘汰が観察できる場面でもあるのです。

 ハビタットの選択行動を決めている直接の原因(選択のてがかり)を「至近要因」、自然淘汰が作用する行動を「究極要因」と呼ぶことができます。私達の研究室では、ハビタット選択行動を左右する要因(至近要因)を見つける事と、その行動に働く自然淘汰(究極要因)を測定・評価することを研究テーマにしています。最近私達が重要視している要因をいくつか挙げてみましょう。

(1)認識空間の大きさ

 動物がハビタットを選択するとき、空間スケールの異なるいくつかの手がかりをもとに段階的にハビタット認識をすると考えられています。第一段階は、森林とか湖沼、湿地など、大きな空間での生態系の違いにもとづくハビタット選択です。たとえば、アキアカネが数十メートルの上空から舞い降りて産卵場所に飛来する時、このようなスケールでのハビタット選択をしていると考えられます。第二段階では、流水か止水か、どのくらいの大きさの水面かなどによって産卵場所に接近しているようです。第三段階になると、産卵対象として何を選ぶかを決めていると考えられます(例えば植物体、水面、泥など)。このようなハビタット選択の段階によって、選択基準が異なることは非常に重要で、分布を説明する空間スケールによって、説明要因を変える必要があることを意味しています。

(2)光と陰

 太陽の光は植物だけでなく動物にとってもハビタットの質を左右する重要な要因です。植物にとっては光合成のためのエネルギー源ですが、動物にとっては体温調節と体色の目立ちやすさに影響する要因です。恒温動物であるほ乳類や鳥類は体内の代謝によって体温をほぼ一定に維持しています。一方、変温動物の昆虫などは日光浴をすることによって体温を上げ、日陰に入ることで体温を下げることができます。森林と草地の境界、森林と川の境界では昆虫の種多様性が高いことが知られていますが、その理由は日向と日陰が隣接して存在する場所が体温調節に有利だからなのかもしれません。

 動物は太陽の光によって体色が違って見えます。開放的な場所にとまっているチョウは太陽の光スペクトルをそのまま翅で受け、反射する光が翅の色として見えます。ところが、同じチョウが森の中に入ると翅の色は違って見えます。これは光が林冠部を透過するときに一部の光(おもに緑色の光)が吸収されるためです。このような場所による光スペクトルの違いは、捕食者からの発見率や異性との信号伝達に影響しているに違いありません。

(3)自然と人工

人間が手を加えていない全く自然な場所は、地球上にほとんど残っていません。広範囲にわたる人間の生産活動は、多くの野生生物に絶滅の危機をもたらしましたが、いっぽうで繁栄した生物も数多くいます。その中には、人間に好まれてきた生物もいれば、憎まれてきた生物もいます。里山は人工の場所と自然の場所が混在する空間です。そのため、里山は農業という生産活動を通じて、人間といろいろな生物が共存してきました。ところが、近年の農業の衰退と集約化によって、里山の生物に変化が起きつつあります。これまで何処にでもいると思われてきた動物や植物が次々にレッドリストに加わるようになりました。逆に害虫や害獣は増えつつあるようです。農業形態の変化がなぜ生物群集に変化をもたらしているのでしょうか。いくつか可能性のある説明はできるのですが、まだ十分な検証がなされていません。

都市環境も野生生物の分布に少なからず影響を及ぼしています。ある時は生物の集団間の連絡を絶つ分断要因として働いている場合がありそうです。また、都市環境への生物の特殊化も面白いテーマになりそうです。

ハビタット選択に関連しそうな要因は、ほかにもたくさんあります。たとえば、同種のライバルの密度、捕食者の存在、雌雄の出会いの可能性などなどです。動物によっていかなる要因がハビタット選択に重要なのかについて、その行動生理学的な根拠を明らかにすること、ハビタット選択の結果がどのように繁殖に影響するのかの評価などを通して、野生生物の生態を理解したいと考えています。

Yoshitaka Tsubaki ⓒ All rights researved.

研究内容