あなたの安定同位体比はいくつ?

 
 
 

  生物の体を構成する元素は、バクテリアからカビ・キノコ、植物、動物、もちろん私たち人間も含めてほぼ共通であり、水素(H)、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、リン(P)、イオウ(S)といった元素に加え、カルシウムやマグネシウムといったミネラル類です。生態学研究センターでは、これらの元素に含まれる「安定同位体比」を解読する「安定同位体生態学」をひとつの研究手法として、多方面への研究に応用しています。まず、簡単な安定同位体生態学の説明を読みたい方は、こちらを参照してください。

 私たちは、食事からこれらの元素を取り入れているので、私たちも生態系の食物連鎖のなかに位置づけられることになります。これらの中には安定同位体や放射性同位体が存在するものがあり、その挙動を追うことで私たち人間がどういった物質循環の中で生活しているのかが分かってきます。あなたの炭素・窒素同位体比は、ここ数ヶ月間の食生活を反映した同位体比を示します。「健康診断」のように「どの値なら良い、どの値なら悪い」という訳ではなく、あなたの同位体比から「あなたが生態系の循環中でどのような位置にいるか」を考える手助けになるものです。

 私たちの体の主成分であるタンパク質は、食事に含まれるタンパク質中のアミノ酸の炭素や窒素を元に作られます。実際には、人間が合成できない「必須アミノ酸」は食べ物の中に含まれるアミノ酸をそのまま用いることしかできませんし、人間が合成できるアミノ酸は食べ物中に含まれる元素を元に再構成されます。他の動物も同じように、餌となる植物や動物の炭素や窒素を利用してその体が作られています。ところで、日頃の食事といっても、毎日同じものを食べるのではないでしょう。昨日の晩ご飯は何でしたか?では一昨日は?日によって肉を食べることもあれば、魚を食べることもあるので、「あなたの体は、何を元に作られていますか?」と聞かれても、自信を持って「ほとんど魚」と答えられる人はないと思います。また、魚好きな人であっても、実際に体どれだけの部分が魚由来なのかということは容易には判断できません。そこで、元素の安定同位体比を用いた解析法で食生活の一端を解析してみました。

 現代の人間の場合は、採集するのが簡単な髪の毛を用いるといいでしょう。髪の毛の場合は、Minagawa (1992)による推定値を用いると、炭素の濃縮係数を約2.5‰、窒素の濃縮係数が約4.1‰と読み替える必要があります(濃縮係数に関してはこちらを参照)。この手法は、遺跡などから骨や毛髪が出土すれば、昔の人類についても応用できます。骨の場合は、コラーゲンというタンパク質を抽出する手法がよく用いられ、その場合の炭素の濃縮係数は約2.8‰、窒素の濃縮係数は約5.3‰と読み替えることが必要になります(南川2001)。髪の毛の炭素・窒素同位体比を用いることで、私たちの日頃の食生活が平均的にどのような傾向にあるかがわかることになります。どのような同位体比であれば、どのような食べ物に依存しているかを考えるには、まさに生態学の分野の研究(安定同位体生態学)が必要になってきます。

 では、あなたの同位体比はどうでしょうか?

引用文献

Minagawa, M. (1992) Reconstruction of human diet from δ13C and δ15N in contemporary Japanese hair: a stochastic method for estimating multi-contribution by double isotopic tracers. Applied Geochemistry 7: 145-158

南川雅男(2001) 炭素・窒素同位体分析により復元した先史日本人の食生態 国立歴史民俗博物館研究報告 86:333-357.

 
人間の髪の毛の炭素・窒素同位体比からみる食生活
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