タイでの研究概要
熱帯季節林:
東南アジアの熱帯に位置するタイでは、年平均気温が27℃、年間の降水量が約1,600mmあります。ここではモンスーンの影響を受け、11月から2〜3
月まで、ほとんど雨の降らない明瞭な乾季があります。森の中を歩いていていると、雨季には湿ってやわらかい土も、乾季には乾いてかちかちになっています。
タイには明瞭な乾季があり比較的低地の森林には、同じような年間降水量で、同じような降雨の季節パターンをもっているにも関わらず、場所によって常緑樹林
も落葉樹林も見られます。明確な乾季の入る低地林(標高1000m)には、Dry Evergreen
Forest(DEF)と呼ばれる常緑樹林があり、一方、Mixed Deciduous Forest(MDF)と、Drought
deciduous forest もしくは Dry Dipterocarp
Forest(DDF)と呼ばれる二つのタイプの落葉森林があります。気温、年間降水量、降水の季節性も似ているのに様々な森林タイプが存在するのは、土
壌の厚さや栄
養塩といった、土壌特性の違いによって、成立できる森林タイプが異なるからだと、考えられます。また落葉樹林(MDF,
DDF)は、乾季に山火事が入りやすく、火の影響も強く受けている森林です。
地質的には、タイの西側は、インドプレートがユーラシアプレートがもぐりこみヒマラヤ造山運動による褶曲を受けています。そのため中生代の石灰岩層があ
ちこちに見られます。西側の川の支流は、チャオプラヤ川やクワイ川につながります。また火山はありませんが、その褶曲の影響で温泉が沸く場所も見られま
す。一方タイの東側は、その褶曲の影響を受けておらず、土壌の深い基盤は、地球でもっとも古いゴンドワナ大陸の地盤からできています。東側の川の支流は、
メコン川につながります。
Dry
Evergreen
Forest(DEF) 乾燥常緑樹林:
DEFは、タイ東北部、古生代以前の古い土壌基盤からなり、砂質の貧栄養土壌の場所に成立しています。土壌は深く、pHは、4.5と酸性に傾いています
(多くの植物では、pH7の中性付近の土壌が、栄養塩吸収面から見ると適しています)。この森林の樹高は30m以上と高く、主に常緑性のフタバガキ科の
Hopea ferrea、Shorea henryana
が優占し、比較的少ない樹種によって森林が構成されています。DEFでは、乾季でも山火事が入ることはありません。
右写真は、バンコクから北東約180kmにあるサケラート環境研究ステーション(Sakaerat
Environmetal Research Station)にあるDEFです。ここではHopea ferrea が優占していま
したが、46樹種が観察されました。(14˚29’
N、 101˚55’
E, 標高563 m)。
Mixed
Deciduous Forest(MDF) 混交落葉樹林 :
混交落葉樹林と呼ばれていますが、ほとんどの樹種は、乾季に葉を落とす落葉樹から構成されています。
MDFはタイ北西部の、中世代以降の比較的新しい石灰岩の多い、土壌に比較的リンの多い豊栄養土壌の場所に成立しています。土壌のpHは、6.5と中性に
近い値でした。
この森林の樹高は25mと比較的高く、比較的多くの樹種から構成されている林です。しかしフタバガキ科の樹木は少なく、チーク(Tectona) は
MDFの典型的な樹種です。右は、バンコクから北西約250kmにあるメクロン水文研究ステーション(Mae-Klong
Watershed Research Station)にあるMDFです。ここでは157種の樹木が確認できました(14˚34’
N、 98˚50’
E, 標高160 m)。
写真は、1年でもっとも乾燥の厳しい乾季後期(2月)に撮られた写真です。ほとんど乾季に葉を落とす落葉樹から構成されていますが、その落葉し
ている期間は樹種によってまちまちです。写真からも、新葉を芽吹いている木(浅緑色の葉)、深緑色の旧葉を付けている木、落葉している木などが、同時に見
られま
す。新葉を芽吹くには、水が必要です。しかし乾燥の厳しい時期に芽吹くことが可能なのは、タイの落葉樹では、乾季でも木部道管のキャビテション(水切れ)
を起こしていないからのようです。日本のように冬に落葉する樹木では、一般に冬季に木部道管のキャビ
テション(水切れ)が起きることが知られているので、タイと日本の樹木の落葉には異なったメカニズムが働いているようです。このように乾季に葉を出してし
まうことは、雨季のはじめに降る雨を使って、すばやく光合成を行うことが可能であるといった利点があると考えられます。
Drought
Deciduous Forest または Dry Dipterocarp
Forest(DDF) 落葉フタバガキ林:

DDFは、母岩が露出し、土壌が薄く、乾燥しやすい場所に見られます。タイの東、西にかかわらず、あちこちに見られます。樹高は10m以下と低く、木の
本数密度も低くなっています。 Shorea
obtusa、S. siamensis、Shorea roxburgii、Dipterocarpus tuberculatus
といった数種のフタバガキ科の樹種によって優占される林です。ほとんどの木は乾季落葉樹です。
左はDDFの写真と同じ、サケラート環境研究ステーション(Sakaerat Environmetal Research
Station)にて、乾季後期(2月)に撮られた写真です。母岩は砂岩で、砂質の薄い土壌で、土壌pHは4.5と酸性に傾いています。乾燥と貧栄養ストレスのかかりやすい土壌です。木の根元には、乾季の山火事による焼けた跡(樹皮が炭)が見られます。
ここの落葉樹でも、新葉を芽吹いている木(浅緑色の葉)、深緑色の旧葉を付けている木、落葉している木などが、乾季に同時に見られます。
研究のトピック:
「土壌特性の違いが森林の植生タイプを決め、その違いが森林の機能を決めている」と仮説し、研究を進めています。異なった森林タイプで、それらの森林の
成立要因と機能を解明するため、森林総合研究所、産業総合研究所などと共同し、気象ー土壌ー植物の相互作用を明らかにしていく研究をおこなっています。
植物の生理特性としては、森林の中にタワーを立てたり、クレーン車のゴンドラに乗って樹冠部まで上がり、最上部の陽葉にアクセスできるようにしています。
そこで植物の光合成や光阻害耐性、水分生理特性の測定を行い、樹木の炭素、栄養塩、水の使い方の違いを、落葉樹と常緑樹の間で、比較しながら調べていま
す。またタワーを使って、気象特性や、森林全体の二酸化炭素フラックス、葉のフェノロジーの観測を続けています。またここでは、樹木の動態や更新特性、炭
素貯蔵量、土壌栄養塩、土壌呼吸、物質循環など、森林の特性と機能を総合的に評価できるよう研究を行っています。
社会貢献:
熱帯林は多くの生物種をはぐくみ、種多様性の宝庫になっています。しかし近年、開発により急速に熱帯林は失われつつあります。また熱帯林の減少は地球大気
の二酸化炭素濃度の急激な増加にもつながっていくと考えられます。
乾季を持つ東南アジアの熱帯季節林にはさまざまなタイプの森林が見られ、これらの森林は土壌特性と結びついて成立し、また樹木もそれぞれ独特の生理特性を
もっていることがわかってきました。しかし近年の土地利用の改変や、地球環境の急激な変化は、土壌ー森林ー大気の間の密接な関係を乱し、森林の劣化をもた
らしていくことが予測されます。そのため、熱帯季節林の成立要因と機能を明らかにしていく
ことによって、熱帯季節林の生態系を崩す要因を明らかにし、森林保全の技術向上を進めます。
現行のプロジェクト
1) 環境省環境研究総合推進費 H23−27年 「アジア地域における生物多様性劣化が生態系の機能・サービスに及ぼす影響の定量的解
明 (S9)」 課題代表者:中静透(東北大学) 研究協力
2) 環境省地球環境研究保全試験研究費 H21−25年 「温暖
化適応策導出のための長期森林動態データを活用した東アジア森林生態系炭素収支観測ネッ
トワークの構築」 課題代表者: 佐藤保(森林総合研究所) 研究協力
主な共同研究者(外部機関):
田中浩 ・ 高橋正通 ・ 原山尚徳 ・矢崎健一 ・
石塚森吉 (森林総合研究所)
前田高尚 ・ 蒲生稔 (産業技術総合研究所)
安立美奈子(国立環境研究所)
横沢正幸(農業環境技術研究)
中静透 教授 ・ 黒川紘子、饗庭正寛 (東北大学)
太田誠一 教授 ・ 神埼護 ・ 岡田直紀 准教授 (京都大学)
吉村仁 教授(静岡大学)
Drs. Sapit Diloksumpum ・ Dokrak Marod ・ Ladawan Puangchit (タイ Kasetsart
University)
MAs. Phanumard Ladpala ・Duriya Staporn ・ Samreong
Panuthai (タイ Royal Forest Department)