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東南アジア熱帯雨林の霊長類の群集生態学: 一斉開花結実の影響

 ボルネオ・スマトラ・マレー半島などの、東南アジア熱帯雨林には、一斉開花・結実という現象があります。1−5年の予測不可能な周期で、森林全体の樹木の多くが同調して開花し、その後結実します。その一方で、それ以外の時期の果実生産は、中南米やアフリカの熱帯に比べて低調だといわれています。

 このような強い季節性に対して、果実食の動物はどのように反応しているのでしょうか?とくに、霊長類は果実生産の中心である林冠を利用できる、数少ない大型動物のひとつです。霊長類は、大型類人猿であるオランウータン、小型類人猿のテナガザル、マカク、リーフモンキーなど数種類が同所的に生息しており、彼らが一斉開花・結実のある独特な環境で、どのように資源を分割させながら共存しているのかを明らかにするのは、たいへん興味深い問題です。

 わたしは、東南アジア熱帯雨林の霊長類群集の共存のメカニズムを明らかにするため、2006年9月から2008年12月までマレーシア領ボルネオ島・サバ州のダナムバレー森林保護区で調査を行いました。ダナムバレー森林保護区には、オランウータン、ミュラーテナガザル、カニクイザル、ブタオザル、レッドリーフモンキーの5種の昼行性霊長類がおもに生息しています。


1. 霊長類5種の土地利用とその季節変化

 調査地内に総延長10kmの調査トレイルを設け、1月にそれぞれ7回程度歩いて、発見した霊長類を記録する調査を行いました。それぞれの種が好んで利用する場所とその環境の関係や、一斉結実に対する数の反応の有無を種間で比較した結果、この5種は水平的には生息環境の分割を行っていないことがわかりました。一方、利用する木の高さは重なってはいるものの種によって異なり、垂直方向には生息環境を分割していました。オランウータンのみが、果実生産のピークに対応して数を増やしており、これは10qあまり離れた2か所の調査地で同時に起こっていました。この結果は、American Journal of Primatology誌に発表しました。


2. 霊長類5種の出会い

 ダナムバレーの昼行性霊長類5種について、異種間の出会いの頻度と継続時間が、ランダムに出会っている場合に生息密度や移動速度から予測できる値と異なっているのかを検証しました。ルートセンサス中に2種が同じ場所で発見された回数は、偶然で起こる頻度を超えてはいませんでした。レッドリーフモンキーの追跡中の異種との出会いは、テナガザルとカニクイザルについては予測値よりも頻度が低く、オランウータンについては、非結実期のみ、高くなっていました。オランウータンについてのこのような傾向は結実期には見られず、この2種は積極的に一緒にいるのではなく、それぞれ独立に結実木に集まってきているのだと考えられました。この結果は、アジアの霊長類群集での、積極的な混群形成を定量的に否定する、2番目の研究です。この研究は、International Journal of Primatology誌に発表しました。


3. 一斉結実に対する反応: レッドリーフモンキーの場合

 5種の昼行性霊長類のうち、レッドリーフモンキーを対象として、直接観察による調査を行いました。2006年12月から2008年12月までの、約2年間の調査期間中、1回の一斉開花結実が見られました。

 レッドリーフモンキーは、果実の多い時期には種子を食べ、果実が少ない時期には、マメ科のSpatholobus macropterusというつるの葉を食べており、これがレッドリーフモンキーのフォールバック食物になっていました。レッドリーフモンキーが食べる新葉は、食べない種に比べてたんぱく質が多い傾向があり、食べる種の中では、生息地内に多く存在している種を多く食べる傾向がありました。不適な時期が長く続くボルネオの低地熱帯林では、量を確保できる、それなりに質の高いフォールバック食物が必要なのでしょう。この結果は、Internatinal Journal of Primatology誌に発表しました。

 レッドリーフモンキーの種子食に当てる時間は、月によって18倍もの違いがありました。また、結実期には採食する種子の種数・総採食時間は増えるものの、1種あたりの採食時間には結実フェノロジーと明確な関係はありませんでした。一斉開花結実の進化を説明する有力な仮説として、「捕食者飽和仮説」というものがあります。これは、同じ時期に一斉に果実が実ることによって、捕食者に食べられる割合を低くすることができる、というものです。わたしの結果は、捕食者飽和がレッドリーフモンキーでは起こりにくいことを示しています。これは、レッドリーフモンキーは、種子がない時期には新葉という別の資源に食性を転換するため、非結実期に結実するからといって、必ずしも全部食べつくされてしまうというわけではないからだと考えられます。この結果は、Tropical Ecology誌に発表しました。

 種子と新葉が、レッドリーフモンキーにとって重要な食物であることはわかりましたが、これらは食物としてどのような特質を持っているのかを比較しました。新葉のほうが利用可能性が高い一方、食物・非食物を合わせると、とくに栄養的なメリットはなく、逆に種子は脂肪を多く含み、エネルギー源として優れていることが分かりました。ところが、レッドリーフモンキーが新葉を食べるときには、非常に選択性が高いため、食物に限れば、葉のほうがミネラルや消化可能なたんぱく質が多いなど、種子とは栄養的に相補的な役割があることが分かりました。この結果は、Internatinal Journal of Primatology誌に発表しました。

 調査対象のレッドリーフモンキーの群れは、21.4 haというきわめて狭い遊動域、一日当たり平均1160メートルという比較的長い遊動距離を持ち、季節変化がほとんどないという、遊動の特徴を示しました。一斉結実があるにもかかわらず、遊動に関しては反応が見られなかったのは興味深いことです。これは、森林に多くあるが、一つ一つは小さいためにすぐ枯渇してしまうSpatholobus macropterusというつるの新葉をフォールバック食物とする、ダナムバレーのレッドリーフモンキーの採食戦略と関連していると考えられます。この結果は、Internatinal Journal of Primatology誌に発表しました。

 ダナムバレーのレッドリーフモンキー。ボルネオ島の固有種です。ニホンザルの場合、研究を開始するにあたって、何十もの(時には百以上の)先行研究にあたる必要がありますが、こういうマイナーな種は、楽なものです。レッドリーフモンキーの先行研究は、1980年代に、同じサバ州のセピロクでDavies博士が採食生態、特に種子食や土食についての研究を行っており、わたしが研究を開始した当時に存在していた先行研究は、これら数本と、インドネシアのTanjung Putingでの萌芽的な研究だけでした。わたしの最初の論文の出版から1年ほど遅れて、泥炭湿地林という、わたしの研究している低地フタバガキ林とはまったく異なる環境でのこの種の論文が出ました。いつか論文の著者と会うことができるか、出るのが楽しみです。

 5種の中から、おもにレッドリーフモンキーを調査することにしたのは、らくだからということに尽きます。わずか400メートル四方あまりの狭い遊動域、しかも屋久島と違って平らな森です。レッドリーフモンキーを見ながら、これに慣れてしまったら、屋久島での調査はできなくなるかもしれないな、とよく思いました。


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<文責: 半谷吾郎 (hanya.goro.5z<atmark>kyoto-u.ac.jp)>
<問い合わせ先:半谷吾郎 (hanya.goro.5z<atmark>kyoto-u.ac.jp)>
<最終改変日: 2021年2月22日>