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29/11

    現金が無くなってきた(アメリカの銀行口座)。アメリカは最低口座保管預金残高が極めて高い。まずい。昨日は結局8時半まで仕事。一緒にやろうと言ってくれる人がいるので、とても面倒くさいチェック実験を立ち上げる。と言うことでその続きで、今日は朝7時には実験スタート。
    昨日Gusに、来年の夏は、今出しているProposalが通らなくてもアラスカへのエアチケットと滞在費を2人分確保できるだろう、、と言われて、あまりのことに驚いていた。夢かもなと思っていたら、今日朝Knuteにも同じことを言われて、ああ、本気なんだなと実感した。今年全然仕事できなかったのに、といったら、彼はそうは思わないといってくれたが。「なにをしようとしているか分かっていれば、それがサイエンスだ」というアインシュタインの言葉が合い言葉ではあるのだけれど、ちょっと、、、。
    買い物に行く時間が無く、非常にいけない食事を続けている。きょうは、、ううん、料理をちゃんと作ろうという時間には帰れるのかな。あ、銀行、やばい。


28/11

    大測定週間。及び大準備週間。朝からあれこれ。測定器械落ち着かず、測定できない。まあ予定どおりか。前処理、ものがまだ届かずはじめられない。予定通りではない。こまった。困ったが違う仕事に着手。それも終わらない。ふむ。まあ、今週はがんばるしかないのだ。何でもかかってきなさい。
    いま、ドーナツルームでGISの講習会のパンフレットを見つけた。http://campus.esri.com/ で、webでも勉強できる。これはよろしい。アメリカに来る必要がないからね。でも、arc/info無いとだめなのかな、、、あとで見てみよう。あ、ダウンロードできるんだ、期間限定で。ふーーん。
    今週から、気分を改め、家では違う勉強だけして、朝なるべく早く来て(といっても7:30だけれど)、メイル、このレポートの時間を8時半までに前倒しにしようとたくらんでいる。5時半にはどうせ帰ってしまうのだし、前倒ししか策はない。だらだらしている時間をもっと短くするしかないんだな。当たり前だけど。
    昨日はめぼしい論文なし。あえて言えば、New PhytologistのForumでの、菌根の影響を養分利用効率でとらえるというものくらい。さあ、実験実験。


25/11

    気分が乗らないので、ドライブ。途中でロブスターロールなど食して見るも、あまり美味でなく、ただ、また「はじめて」が一つ減ってしまったと言う悲しさだけが残る。どこのモールも人でいっぱい。朝7時頃からセールがあるのである。この休日は。気分一新して、かえっておべんきょう。


24/11

    だらだらとした休日。やはり、日本語ですら電話恐怖症である。明日はボストンまで行こうかと思いきや、トイレの水漏れ再発。実は3回目。今回は気をつけていたものの、それを上回る現象が起きていて、気がつかなかった。むむ。恐るべし。


23/11

 Thanksgivingである。一大イベントである。MBLの数少ない連休でもある。アメリカには連休がほとんどない。と言うかいらない。うだうだおきて、シャワーを浴び、コーヒーを飲み、おっしゃぁと肉じゃがづくりに励む。しかしプレッシャーに弱いので、おいしくない肉じゃがができる。不安を抱えたまま1時半にJohnHobbie宅へつく。昼間見たHobbie宅はなんと庭に池があった。冬はスケートするそうな。はぁ。
    3人息子。1人は論文の共著者でもあるEric Hobbie。K君から別刷りが届いたが、とても良い内容じゃないか、と電話をもらう。今後のことをちょっと話す。K君は学振取ったから、呼び寄せてもお買い得でっせと宣伝しておく(K君はアメリカには興味ないだろうけど)。彼は今マックスプランク研究所(ドイツ)にいるので今日はいない。彼とそっくりの大学の助教授、弁護士。その奥さん達。子供たち。そして弟とJohnの奥さんのお母様がいらっしゃる。ああ、またなんて所にいるんだろう。ええぃままよ。
    ワインを飲みくつろぐ。助教授の奥さんはロシア人である。ロシア人の体操選手のイメージよろしく、頭ちっちゃくって足長くって細い。その奥様にさんざんつっこまれる。ロシアとアメリカと日本の教育システムについてである。

    問題が一つ。このごろ、薄々感じていたことであるが、日本の良いところが見えにくくなってきている。complainしているように取られているのではないかと思うのだが、それを覆すだけの日本のシステムの長所を指摘できない。無理矢理指摘してみたら、やっぱり矛盾があってとても気持ち悪い。アメリカが良いのではなく、日本を悪いと感じているこのこのごろの僕は、とっても悲しいではないか。

    聞かれたこと:

    ボストン美術館にある陶器の枕は、首にかけるのか?頭なのか?
    日本人はcreativeではないのか?
    green tea と black teaその他の違い
    神戸牛は本当にビールを飲むのか、もまれるのか?
    勉強のすごくできる生徒と、できないまたは何らかのdisabilityがある生徒に対する日本のカリキュラム
何でそんなに背が高いのって聞かれない?(なんでっていわれても、、、、)

    Turkeyを食べ、海までみんなでお散歩し(デザート前の風習だそうですが)、さむさむさむ(今日は0-1度くらい)と言って帰ってきて、パイを食べる。そのあとビオラとピアノの演奏(息子とおかあさん)、ビオラ、チェロ、ピアノのトリオ(息子、両親)があり、ジェスチャーゲーム英語版をやり、帰ってきた。暖炉、やんちゃだが、ちゃんと言うことをきく幼い子供、演奏、グランドビアノ、広い家。ブルジョアである。

    ジェスチャーゲームであるが、はて、アメリカの大人は一生懸命こういう場でも遊ぶよなと思った。子供がよくする「〜〜ごっこ」というのは、「〜〜ごっこ」をやっている人間が1人でも冷めてしまうととたんに成り立たなくなるのだというのを、ずっと昔に現代思想だったか、心理学の教科書だったかで読んだことがある。それから、子供と遊ぶときは、真剣に、つまり周りの目を気にせずに遊ぶことに決めている。子供の「ごっこ」に入り込むために。

    恥ずかしげも無く懸命に子供と遊ぶ大人達を見ていると、そして大勢の前でも何であろうとほめるときはほめ(恥ずかしげも無く)、怒るときは怒る(恥ずかしげも無く)大人を見ていると、それはいいのではないだろうかを思うのである。

    帰り、やはり星が降るように輝いている。Johnの奥さんが、1月中に日本の教育システムについてのレクチャーを高校でしてねと言っていたのが、ちょっと気になる。彼女ならやりかねない。問題を僕は整理できるのか?自分なりの意見はあるが、そのバックグラウンド情報は的確に押さえているか?

    今日は、英語の問題と言うより、僕の内面の問題であった。このごろなにを思い悩んでいるかと言えば、この、日本をうまくとらえられなくなっていること、ここに偉そうなことを書くようになり、それがきっかけでちょっと可能性が広がったはいいが(本当に感謝しております、Y中様、どう展開できるか分かりませんけど)、よく考えたら、論文だって全然書いてないし、そんな偉そうなことばかり言っていて良いのか、京都でどこに住めばいいのか、実験が終了するのか、論文はいつ提出できるのか、我々のproposalは果たしてacceptされるのか、等々です。大したこと無いことばかりだけど。ちょっと書いてみた。

    日本社会で、体裁を整えるという状況は、会社の上下関係がわかりやすいのかな。それなら、上司の前でも、子供と遊ぶときは体裁を気にせず懸命に遊ぶような、部下の子供と遊ぶときは、部下に「ええっ」と言う目で見られても懸命に遊ぶような大人でいたい。この例では、ぼくにはぜんぜんわからないのだけれど。でもそんなことを思うのである。どうなんだろう。誰かご意見ください。

    もうちょっとだけ。長年の家庭教師を通じて、最も簡単だった相談は「息子がどうしたいか全然分からないんです」と言う相談だった。僕の答えは一言「奥さん(旦那さん)が考えていること分かります?分からないですよね。自分がどう考えようとしているかさえわからないことおおいですよね。それなのに、相手のことなんて本当には分からないですよ。ましてや、自分の子供とはいえ、年も考え方も全然違うのに、分かるわけないでしょ。違うことを考えましょう。それは進むべきベクトルではないです。」というと、ほとんどの方は、ふむという顔をしてくれた。

    押しつけるでも、受け入れるでもない。共通の土俵の上で、最善の策を模索するには、土俵の上で相打ち死にをする覚悟をお互いもてるような関係を持つことである。問題なのは、子供に対する大人、部下に対する上司、学生に対する教官は、関係性の維持管理、さらにはその構築をなんとなしに受け身で行いがちであることである。つまり、「奴らが言ってくるべきである」のような言動である。そういう人はそれでもよろしい。私はそれには与さない。私の目標は、関係性の維持管理ではなく、その先の、その関係性が生み出す新たな次元の仕事である。だから、待っていられない。もっと素直に言えば、関係性を持ちたいからこっちからどんどんアプローチしようと思う。どんどんしたところで、多かれ少なかれ、たとえば僕の現状で言えば、学生に対して、教官と言う立場は消えやしないのである。だから、どれだけ努力したって、足りることはないのである。どれだけ手をさしのべてみても、彼らの躊躇を取り除くことは容易ではない。しかし、そのうち、うまくいけば、この人は自分と同じ土俵で話してくれる(子供との関係で言えば、遊んでくれる)人なのかもしれないと思ってくれる。そこではじめて、やっとちゃんとした関係がはじめられるかもしれない。僕の考えはそういう考えである。ほかの考え方ももちろんあるだろう。たとえば能力があれば、完全トップダウン的な教育というのも可能であるし。それにはとてもあこがれる。しかし僕には残念ながら、全く残念だがその能力はない。だから仕方なく、今の僕の考え方に至った。それぞれのやり方でやればよい。でも、僕はそう考えていると言うだけだ。そしてもちろん間違えもあるだろう。それを受け入れて直していこうという勇気は持っていようと、いつも気をつけるだけである。できるだろうか。毎日それも不安である。

    最後。正論、正しいこと、そんなこと星の数ほどあると言うことが分からない人がなんて多いことか。正論と正論がぶつかり合って、現状把握があって、ようやく進むべき道への糸口が生まれるというのに、正論を述べることすらはばかられるような現状は、全くひどい。「正論を述べても仕方ない」なんて言う人は、おかしい。正論すら述べられない、可能性すら、理想すら描けない人は、ただの批評家でしかない。行動に向かうためにはステップを踏むと言うことは分かっているはずなのだろうが、その本質は分かっていないのだろうなあ。正論を述べることは大事なステップであると言うことを、逃げてしまうから。逃げたければ逃げたいだけ逃げればよい。それだけ自己認識のチャンスを失えば、自己も他者もなにもなくなり、全く気楽で良かろう。

   「共通の土俵の上で、最善の策を模索するには、土俵の上で相打ち死にをする覚悟をお互いもてるような関係を持つことである」 そう上に書いたが、来年かえってやりたいことは、これの環境問題版である。僕は研究を通じていろいろなことを学びたい。道というのはそういうものであろう。道(どう)と言う英語はないであろう。小林秀雄の言う意味の天職と言う英語も無かろう。日本語はやっぱり良い。そういうことにしておこう。


22/11

    これですよこれ。へえ、邦訳がでてるんだ(ついでで引っ張ってきたので、良いリンクではないが。すぐ切れちゃうだろうし)。これを毎晩、何とか目が開いているうちは、ベッドの上で読んでるんです。アンカレッジで買ったんだけど。英語全然難しくないし、慎重な科学者がややもすると危険な思想と取られがちな意見を丁寧に述べてゆくのが分かってとても好感が持てる。今半分くらいかな。Knuteも絶賛している本です。やっぱりピュリッツァー賞だなあと思わざるを得ない。

    今日は、みんな全くやる気なし。Diffusionを再始動して、砕こうと思ったら、いつもまにかくだらない話をしていて、BushとGore、森と加藤、どっちが良い??4時にかえって、気を取り直し、電話。以下、今日分かったこと(何で昨日までわかんなかったんだ???)。

    たとえ、違う会社、違うコーリングカードを使おうと、この部屋の電話からかければ、その時間はチェックされている。以前書いた安いコーリングカードを使っても、その時間はちゃんと記録されていて、つまりは、先月だけでなく、今月の時間も超過していて、それでまた止められていたというわけだ。むむむ、恐るべし。(誰にそんなに電話していたんだ、、、、電話大嫌いなんだが、、、まあemergencyだったからと言うことで)

    ということで、来週末にBillが送られてきて、それを送り返せばまたオッケーよ。というお返事でした。でもいやだぁ。それじゃあ、電話しなきゃならないところに間に合わない、、といったら、元々かかっているtoll capの$200はちょっと変更すれば無くなるらしい。おっと、勧誘か、怪しいぞ、でも、それじゃあ、それに加入しよう。

    アメリカの電話はややこしいと以前書いたが、更にここの近くはややこしく。マサチューセッツの東側で、また中途半端な、Long-distanceよりは短いが、localよりは長い、というエリアがあって、そこへのアクセスをV社にすればいいらしいということである(ということを完全に理解した気になったのは、電話を切ってからだいぶたってからのことである)。それを了承したら(そして様々なサービスを いらない!!!! と言い続けていたら)、あら、AT&Tがつかえるようになったわ。ありがとう、おねいさん。きょうはいいひとにあたったわ。

    アメリカの長距離電話業界の競争はすさまじく、勝手にキャリアーを換えられて知らない会社からbillが送りつけられることなど多々あるらしい(slammingと言うそうな)。それではなかったものの、AT&Tもいろいろ変なことをやっているらしいし、まあ、気をつけて使えと言うことだな。なににつけても。

    今日の論文コーナー:INTRA- AND INTERSPECIFIC VARIATION FOR SUMMER PRECIPITATION USE IN PINYON JUNIPER WOODLANDS. David G. Williams, James R. Ehleringer, pages 517-537. Ecological Monograph これはお金が足りなくてコピーできず、まだ読んでいないけど、ものすごい。でも僕らでもできること。方法論としてはありふれているし、測定器械だって、彼は手仕事でやっている。日本のような湿潤な環境では、サンプルは多くとれるし(水)、自動で測定できる器械は京大にはある。でも、すごい。はまってる。これは読んだら うーーん ってうなりそうな論文だ。植物がいつ降った雨を使って生きているのかというとてもシンプルな問いに、圧倒的な仕事量で挑んでいる。すごい。Ehleringer Groupは、ほんとにすごいな。いい仕事ばっかりだ。コピーペーストする内容を間違えてはいけない。たとえば同じことを日本でやっては失敗する。しかし、その本質的なアプローチの仕方は学べる。日本の自然環境では、このアプローチでは不十分だから。でも、でも、これは必読では!でも誰にとって??とりあえず僕にとっては。


21/11

    昨日はMigraineで休む。ああ、この忙しいときに!! 今日、何とか復活。週末珍しく勉強したのが当たったのだろうと思い直す。でもまだしんどい。
10時までばたばた。あ、K君。おめでとう!!!学振!!!Bug-shirts, Lobster, Airticketを探す。え、、高いよ、帰りの飛行機。嘘でしょう!。ね。13時。試薬を確認するが、足りない。ということで作らなければ。月曜日、みんなにヘルプを頼もう。そして2週間の培養が終わり、サンプルがでてくる。ああ、大丈夫なのかなあ。サンプルの処理を全く勘違いしていたりして、手こずる。そして最後に、廃液をどうしたものか。誰もよく分からない。とりあえず、濃縮しておこう、、、ってそんなんあり??論文も月曜日まで戻ってこないようだ、、、。むむむ。
    朝Legal Seafoodsに打ったメイルの返事が来る。Legal Seafoodsとは、僕とT田君お気に入りのボストンでもええとこに入る(はずの)レストランである。以前、そこのお兄ちゃんに「日本に送りたいんやけど、検疫とかなんとかで、あかんのやけんど、あんちゃんなんとかできへんか?」と聞いたら「うちが何とかしてるはずでっせ」と教えてくれて、後でよくよく地球の歩き方を見たら、おやなんと、Legal Seafoods、日本に送れると書いてあるじゃないか(個人情報だから怪しいが)、ああ、情報のみなさまごめんなさい、、、、とアラスカから帰ってきて知ったので、一応確認しよっと、、と思いメイルを打ってみたのだった。ところが

    「うちでは日本には送れません」

    の一言。あんた、カスタマーサービスでしょ。なんかほかに言うことないのかいな。ええっ!うそっ!
ちぇ、、、ということでばたばたした1日を終え、部屋に戻り、ええい、歩き方に載っている電話番号に電話してみよう、と思い電話をかける

    「申し訳ありません、、、」

    あ、これなんだかきいたことあるな、、、って、ええい。まだ解除されてないじゃないか!どういうことだ!!!ええい、V社に、、ああ、だからもう5時すぎてるって、、、。朝はばたばたしているし、日中私用電話なんてかけている暇なんてこれっぽっちもないんだよう。むむむ。ええぃ。明日は天下の宝刀

I will sue you !

    を言わなければならないのだろうか。しかしいったい誰が妨害しているんだ?とにかく、、、いや、時間ないや。やめとこ。

ということで、今日の悲しい現実コーナー
    ロブスターを送ることはとても困難である / 帰りの飛行機代はとても高い。車を売って帰ろうね、、、1500ドル、、ううう / 誰かが私の電話を傍受している(ちがうって)  論文コーナーはお休みです。今日やったこと 1. UVを使ってDON breakdown 2. アンモニアの同位体スタンダード回収 3. 12月のさらなる実験打ち合わせ 4. 来週月曜日から大変なことをみんなに伝えて助けを求める 5. 硝酸の同位体比測定に砂糖を使えるか、確認  6. 論文の手直しは月曜日までおあづけだろう、、ああ

追伸:H井君が「学生が論文を必死に書いたのに、教官の机の上で止まっちゃうって、どういうこと?って思わない?それを見る以上に大切なことってあるのかな?」といっておりましたが、全くそうだと思います。いえ、Knuteを責めているのではなく(彼は、僕を学生とは見てないでしょうし、良い意味でですが)、それはいつも気をつけようと思いここに書いておこうと思ったのです。そりゃそうだよね。


18/11

   電話。前に書いたように、今私のlong-distance/internationalはresearchされていて、使えない。どういう状況下といえば、日本またはボストンなどにかけると

「申し訳ありません、あなたのかけた電話に対して、キャリアーが選択されていないか、ラインがリサーチされています。つながりません。」

という冷たいアナウンスが、けたたましい発信音の後に流れてくるのである。

   先週急いでbillを払ったのに、まだ使えない。今日は時間があるのでlocal companyに電話してみたが、なんだか要領を得ない。AT&Tにも電話をする。「まったくこまったものなんですよ、、」とかいってくれて、怪しい10-10-288を教えてもらう。あやしい。10-10-???とかいう電話は、安さを売りにしているcarrierで、確かにアラスカに行く前はいっぱい宣伝をテレビで見たけれど、そういえばこのごろそんな宣伝やってないぞ。まあ、いいやこれで電話がかけられる、、、と安心していて、さてかけようかと思ったら使えない。10-10-288って、怪しいのかとwebで探すとAT&Tにダイレクトにつながるやつだから、大丈夫だろう(分かるように僕はAT&Tがどんどん好きになってゆくわけです。ローカルの某V社と比べると)と思い、再度挑戦。しかしつながらない。こ、これはやはりV社の陰謀なのだろうか。ええい、カスタマーセンターにかけてやるぅ、、、

「ただいまお休みをいただいております。Office hourは土曜日は5時までとなっています、、、、」

    ああ、やっぱりV社、いやだ。さすがすばらしいAT&Tは24時間やっていらっしゃる。また電話する。10-10-288が使えないときはオペレーターに聞きなさいと書いてあったので。

「うーーん。分からないですねえ」「でもストップされているんでしょ」「そのようですね」「でもVはストップしてないっていうんですよ」
「でもこっちには連絡が来てないんです」「何かできることはないですか」「なんにもないんです」「仕方ないですね。待ちますわ」

     うう、やはり長距離電話に乗り出そうとするV社の陰謀としか考えられない。電話を切り、メイルをつなぐとV社からメイル。

「あなたには200$の制限がかかってますけど、Billは0$なので、使えるはずですよ。だめだったら1-800-...    .に電話してください」

   おお、V社。昨日のメイルに対応したな。よしよし。これで大丈夫、って、またつながらないじゃないか!!!!ええぃ、カスタマーに、、、、あ、休みだよね。もう。くぅん

   と、全く不毛な1日である。とことん不毛にしてやろうかとも思ったが、ちょっと思い直し、今肉じゃがを作っている(肉じゃがで不毛からぬけ出せるのか??)。夜は勉強するかな。。昼全然しなかったし。電話と、動かないversion6のおかげで、本当に気分が悪くなってしまった昼間でした。吐きそうだった。肩こってるんだろう。

   今日読むはずの文献コーナー。西田さんも絶賛(?)のWaring&Running "Forest Ecosystems"のremote sensingの所を読みたいんだけどなぁ。この本、というか、Runningさん。全く私同意見であります。分子のレベルからスケーリングアップするときに、同位体はとっても役に立つはずなんです!ああ、会いに行きたいわぁ。

   さ、砂糖とみりんでも入れるかね。H井君は車も部屋も見つけたそうです。僕の車はどうやって売ろうかな。そろそろ片づけを考え始めないと。


17/11

   Netscape 6にしたら、composerまともかと思いきや、やっぱりだめね。これを読んでいる方。読みにくくってまことに申し訳ないです。今日はなにをしたんだ?ふて寝して、マスのリークはおさまらず、ちょっと仕事して、午後は光合成モデルのパラメーターについての検討をして(ていっても、僕にはよく分からないが)、3時からセミナーを聞いたら今日はおしまいになってしまったじゃないか。まあいいや。

   今日の論文コーナー:京大にいても3日に1度は図書室はチェックしていましたが(気分転換もかねていたし)、ここの設備にはかなわない。最新巻は新巻と別の部屋にあってそこをチェックすれば済むし、ほとんどはダウンロードできる。ということでここにあげているのは、読んでも良かろうと思う、毎日選ばれた最新の論文達です。日本で手にはいるのはちょっと遅くなるんでしょうね。どうしたものでしょうか。

   "A review of rhizosphere carbon flow modelling" Toal et al. (2000) Plant and Soil Killhamが書いている。
   "Dynamics of mineral N availability in grassland ecosystems under increased [CO2]: hypotheses evaluated using the Hurley Pasture Model" Thornley and Cannell (2000) Plant and Soil  Thornleyはacclimationのいい仕事をしている人ではないかと思い、見たらそうらしい。やっぱり。
   "Effects of elevated [CO2] on forest growth and carbon storage: a modelling analysis of the consequences of changes in litter quality/quantity and root exudation" McMurtrie et al. (2000) Plant and Soil. Root exudation(根っこからしみ出る炭素)をどう扱っているのか知りたかったので。

   個人的にはこの雑誌、レベルが高いと思わないし、嫌いだが、この特集号はそれなりのレベル。地下部への炭素供給をどうモデル化するか、後2本拾ったがそれはgeneralではないのでここには載せない。

    Thanksgiving、John Hobbieの家に行くことになった。さあ大変。どうなることやら。週末こそ勉強するか。おーーし!って、つづくかね。。。


15/11

    コンピューターを家に持って帰らないようにしたので、今これを書いているのは16日の朝です。勉強に集中しないといけませんし。また試料を砕き、砕き、砕きました。質量分析機のリークは、どうやらヘリウムから来ているようだということも分かりました。DON(溶存有機態窒素)の測定に使う器具もようやく注文できました。植物、土壌中の水の同位体分析に向けての準備も、やろう!ということになりました。ちょっとずつ、ちょっとずつですが、前進していると感じられる日で、Martinも僕も、at the end of the dayには、ちょっといい気分になりました。勉強しなければならないのですが、バスケットなどをし、へとへとになって帰ってきて、勉強しなければならないのでこーぴーをのんだら眠れなくなりました。ということで、今日は8時15分にオフィスについてしまい、駐車場は満杯です。

    さ、きょうも砕くか。砕きながら教科書を読むということはできるかな?エタノールで教科書が溶けると困るが。

    今日の論文コーナー(忙しいのでアブストラクトと図をちらっと見ただけ)
    "A mechanistic model for interpretation of hydrogenand oxygen isotope ratios in tree-ring cellulose"  Roden et al. (2000)Geochimica et Cosmochimica Acta 非常に良いデーターを自分で作った実験設定で取り、そのデーターを元に解析のスケマチックモデルをたてる。まったくEhleringer groupは止まらない。すばらしい。データーが、彼のは全くすばらしいんだな。しかしこれで、かなり問題は解けてしまった。後はどれだけ測るかになってくるだろう。もうやってるんだろうな。自動化。
   "Carbon metabolism of the terrestrial biosphere:A multitechniqueapproach for improved understanding" Canadell et al. (2000)Ecosystems 以前から知っていたけど、やっぱりコピーしようと思った論文。問題となっているスケーリングアップをどうやるか。そうそうたるメンバー。
 



  14/11

    始めてのことであるが、今日はながーーい文章を書いたものの、消してしまった。時と場合を考えて、内容を練らないと行けないと反省したのである。今日も忙しかった。くだきと準備である。

     今日の論文コーナー
   "Modeling nitrogen content and distribution inCauliflower" Alt et al. (2000) Annals of Botany 植物体内の硝酸までモデルに入れているのは珍しい。シミュレーションのやり方は参考になるかな?
   "Differential effects of mineral and organic N sources,and of ectomycorrhzal infection by Hebeloma cylindrosporum, on growth andN utilization in Pinus pinaster"  Plassard et al. (2000) Plant, Celland Environment. 彼の研究目的は僕のと非常に似通っていて、とても参考になる。アプローチは違うけれど、考えていることは一緒だろう。って、あっちは大御所だが。
 



 13/11

    ああ、もう13日。週末はボストン。Toots Thielmans。おじさん生きてたんだ!!CDを買い、サインをもらい、握手してもらう。ああ、おじさん。4月に日本で会えるかしら。
今日は 8-9時メイル    9-12時植物サンプル砕き   13-15また砕き    15-17マススペックのリークチェック   17-18死んだように眠る    18-19夕食    19-21お勉強   21-22洗い物    22-23またお勉強    23-24読書でした。ストイックに砕いていかないと大変だ。毎日ノルマを3時までにはこなして、後の2時間をほかの準備に当てないと、、。だんだんとプレッシャーが。プレッシャーをはねとばすには、プレッシャーに立ち向かうしかないものねぇ。時間がほしい。

    今日の(コピーした)論文。Biosystemsは今ダウンロードできます。
    "Is there a biology of quantum information?" Matsunoand Paton (2000) 内容はそのタイトル通り。
    "The kinetic effect of product instability in aMichaelis-Menten mechanism with competitive inhibition" Garrido-del Soloet al. (2000) ミカエリスメンテンで前提となっている、反応物・生成物が安定であるという条件を見直すとどうなるのか。
    この雑誌は、ばりばり数学系なので、ほとんどちゃんと読めません。なので少しでも取っつきやすいものを選んで読もうとしています。 松野先生は「現代思想」誌上で有名でしょう。後は 郡司幸夫先生もいっぱいかかれています。この雑誌には。というのでちょくちょくチェックしているのですが、現代思想の方が日本語で読みやすい、、、。
 



 09/11

    Bon Joviはさすがだった。エンターテイメントだった。でも何でみんなでたり入ったりするんだろう。僕なんて、一瞬たりとも聞き逃すまいと、絶対席を離れたりしないのに。みんなポップコーン買ったりビール買ったりトイレに行ったり。ジョビをなんだと思っているんだ!踊った。明日にでも筋肉痛になるんだろうな。昨日そこでコーヒーを飲んでから、体がまたおかしい。Webで調べると、どうやら僕のずっと持っている症状は呑気症(よめますか?)なのだろう。のんきじゃないですよ。空気を食べちゃうんだよな。おいしくないコーヒーを飲み干さなければ!と思って無理に飲んだから、まったく身に覚えのあることである。心身症だからではないだろう。 頭痛大学とかいうWebPageを見つけて思わず勉強してしまう。なんだ、偏頭痛は60歳くらいまで続くんだ、、え、うそ!

    ということで体調すぐれず、仕事はかどらず。日本語でレポートとか書いて時間をつぶす。ゴアとブッシュの差は見る見る縮まり、帰る頃には400票差(フロリダ)。なにこれ。全く信用ならん。だらだらと時間が殺されてゆく。Martinの質問に答える。フィルターは、シリンジは、イオン交換カラムはなどなど。今我々は金銭問題にぶち当たってしまっていて、とても苦しいのだ。どんどんとやりたいことの中に隠し球があったことが分かってきて、お金がどんどん飛んでいってしまう。日本には「借金は財産だ」という格言があるんだよ(でもおれはないよ、借金、あ、うそ、ある)と教える。全然慰めになりやしない

    明日は休みだけど、今日休んでしまったし、午前中は働くか。午後はまたボストン行きだな。ぼくのページはみんな見づらいですね。申し訳ない。帰ったらちゃんと勉強します。今は砕かないと。。。。ああ、僕が砕かれてゆく。土曜日は調査にいけるかな?

    今アラスカは全く夜で、星とNorthern Lightだそうだ。すごいなぁ。

    今日の論文Australian J of Plant PhysiologyのPategroupの論文。窒素固定を同位体で査定。ライバルだからどきどきしちゃった。
 



 08/11

    マドンナを入れる。なんのことでしょうかねえ。Stellaというソフトはさすがにちょっと勉強するとあんまりにあんまりなので、次の一歩として、もうちょっと遊べるものにステップアップしたのです。それがBerkeley Madonnaというソフトで、ほとんど変わりませんけど、ちょっと計算が速いので、ちょっと細かなことができそうです。でも、中学生の夏休みの宿題になった程度ですね。というか、今やっていること、絶対中学生でもできる。

    まだ決まらないのか、、、大統領。うだうだしながらいつもは8時に仕事始めているのに9時に到着。砕き生活。今2時半。やめ。今日はボンジョビだし。
    昨日うだうだ書いていたからなのか、よく分からないけれど、予想しない方から連絡があって、ちょっと嬉しい。まあ、サービス業のなんたるかを知るためには、サービスしてみないとね。

    もちろん砕き生活をしていたので、むちゃくちゃ変なことばかり頭にあるのだけれど、それはいつの日か。とりあえず、なんの本を読んだら良いんだろうか。数理生態学、数理生物学、統計学、プログラミング、、、、。とかいったって、体系だって勉強するなんてできないし、とにかくやってみたいことをちょっとずつ具体的にしていって、その途中でぶち当たる様々な問題に、何とか仕方なく対処して行くしかないんだろうな。まあいいや。アルミと有機態炭素のモデルでも始めるかな。練習がてら。

    ですます調が変わることが多いこのレポート。ぱっと、「あ、今からあの人達に書こう」とか「今からはこの人達に」とかちまちま変わっていることがよく分かる。お恥ずかしい。

    今日の論文EcosystemsのAber group。DONの話。Sarahの分解の論文ものっていた。あとはExperimental Botanyの有機態窒素吸収論文も。


07/11

    いま、diffusionの準備が終わったところ。ああ疲れた。午後は砕き生活に戻らなければならないのだけれど、いやだなあ、、、と思いだらだら過ごす。2週間ほどつらかったし、きょうはいいよねぇ、、、と 西田さん 久保さんのwebpageを読みまくる。久保さんって、遠くから拝見したことがあるだけなんだよなあ、、、ああ、へたれってだめだなあ、、、、でも、すごいなぁ、、、かっこいい、、、、、。

    アメリカに来たらしてはいけないこと、それはhesitatingだろう。僕は何かと人にものを頼むのが苦手で、しかも一文無しだから、RAにどうやったらいいの?と聞くことさえ、彼らの時間をとるような気がして、気が引けてしまう。それはいけません。だめです。ばりばり、いやな人みたいに「おいらはこれがやりたいんだい!」といって「だめ!」っていわれるのを待つという信頼関係を勝手に想像しなければだめです。分かりましたね。H井君。
    あああああ、、時間が足りないんだけど、まあいいや。久保さんの仕事や、名波さんの仕事を考えたら、とてもなにをやっているんだろうと思うけど、まあいいやってMELで遊ぶ。MELの歴史は92年にEcology、97年にEcological Applications、99年にEcosystems、そしておそらく、、、である。見たい人は参照してください。全く夏休みの宿題レベルだと分かっているけど、そこから始めなくっちゃどうしようもないじゃない!と自分をなだめて、遊ぶ。

  zzzzzzzzzzz  zzzzzzzzzzz  zzzzzzzzzzz  zzzzzzzzzzz zzzzzzzzzzz  zzzzzzzzzzz  zzzzzzzzzzz
    たとえば自分のやっている研究なんて、今は植物根圏に滲出する有機態炭素の可給態とその動態 とか、分子内安定同位体分布を使った地球温暖化ガスの発生メカニズムとか、地域統合生態モデルの構築とか、書いてみるとなんだかとっても大仰で、とっても分からないようなものに見えてしまう。でも、やっていることなんて、たとえば、臼と杵のお値打ちバーションで植物や土壌を砕いていたり、とってもそんなに大したことがないことばかりである。
    なにが難しいんだろう?いんや、なんにも難しいことなんてないんです。と、高校生にいうためのwebpageを帰ったら作ろうとおもう。大学を選ぶときに、どう選んで良いものか(学力は棚においておいて)全然わかんなかった。あのころはヘリウム3を使った核融合と、SETIと環境保護の3つを考えていて、ニュートンとかブルーバックスとか読みまくると、どうも東大京大東北大名大が良いのかなあ、、、ということだった。というかそういうところの先生方がいっぱい一般向けに執筆されているから。基本的に情報ってほとんどなかった。大学院情報とかも読んだけど、更にわかんなかった。
    なんの運命か、うっかりはまった地学のおかげで京大に滑り込み、今ここに居候しているわけだけど、自分がどんなことを研究したいかなんて、まずどんなカテゴリーがあるかも知らないし、どんな人がどんなことをやっているのかなんて全く分からない。つまり人に話せるような状態ではなかった。とにかくちゃんと知りたいんだけど、、、というのがでる唯一の言葉だったけど、いったい何じゃそりゃ?植物は全然全然分からないし、困ったなあと京都に向かう新幹線の中で土の本を読んで、ああ、これならごまかせるかも、、、と思ったけど、土壌学は実は林学じゃなかったというのも知らなかったなあ、、、、。

    たしかに、たとえば、今なおしている論文は3年間のデーターを使って、4年間ねちねち直しているわけで、そういうのはなかなか高校生には難しいだろう。1本の論文に僕はだいたい今ざっと机を見ると120本くらいの論文の結果をバックグラウンドとして持って使っている。引用する論文はそのうちの5分の1くらいだろうけど。それが難しいのではなくって、何となく世界(この学問の世界)はこう動いているんだなあとか、今自分のやっていることはこういう意味があるんだなあというのをなんとなくつかむのが難しい。
    試しにやってみよう、ボトムアップでいってみよう。今やっているプロジェクトROOTSでいってみよう。

あっという間になくなってしまうらしいよー微生物はそれを使えるらしいー根っこが何か出しているらしいー炭素にもいろいろあるー土壌の中での炭素だ!ー見えないし分かっていないー土にはいっぱい炭素があるーアラスカはひろーーいー地球を暖めるのは二酸化炭素だー地球は暖まっている?

    ああ、ぜんぜんわかんないね、これじゃあ。そのうち整理しておきたいことは、僕がやっていることなんていうものは、直接何か言えるだけの力は持てないんだよねということ。でも、それが重要ではないということではなくって、とっても細分化してしまっているということ。細分化しているものはなんだかとってもすごそうに、遠くの出来事のように思えたりするけど、大したことはない。やる気、いや、やりたいんです!!!なんて大変なものじゃなくって、やってみようっかな、、、位の軽い気持ちでも、とりあえずいっちょ前のことは言えるようにすぐなる。ぼくは自分のやっていることを、「いや、簡単に言うとですね、、」とかいって簡単にいうことを軽視するような口振りを使ったりしてしまうから、それにごまかされないでよく見れば、実は大したことなんてない。

    大したことはないというのは、自分については言えるけど、隣の人がやっていることや、ちょっと分野が違うと、科学者の中でも、とっても近い科学の分野でも遙か彼方の神様のような気がしてしまう。コンピューターと植物分類というこの2つの大きな僕のトラウマに、なぜかつきまとわれそうなのだけれど、つまりはこの2つの仕事は、僕には想像もできない世界で、誰がなんといっても、ああ、かんべんしてくださぃーーーーーとなってしまう。まあ、僕はそれで良いのだけれど、これから科学を志す人は、そんなことでひるむ必要はない。実はすごい仕事をやっている人も人間だし(たぶん)、1日は24時間と決まっているという常套句を、ここでは使っても良い。みんなそんなに違わないよ。だから一緒にやろうよ、、、ということを何とか伝えられるようなwebを作らなければならないなと思っている。

    公務員は、サービス業である。そして、大学、特に研究という側面は、サービスであるはずなのに、なんだか聖域のように、何となくアクセスしにくい。でも、知りたがっている人はいるだろうし、なにより、自分が税金を使ってこういうことをしているんだというのを、何とかして示しておかないと、何かあったときに言い訳が立たないなと思い始めているだけである。役所の職員の仕事ぶりを見ることはできるけど、大学での研究を見ることって、あんまりできそうな気がしないと思う(実はできるんだろうけど、何となく敷居が高いじゃないですか、大学って)。インターネットは、それをちょっと簡単にする道具でもあるはずだ。大学がいかに隔離されてしまっているかを日々認識するためには、頭が悪いんだから、外を見るしかないんです。

    あ、ちなみに、本当に僕がやりたいことは、仕事にはならないけど(サービス業として、僕が税金に値するだけのサービスを提供できると思えないから。今までやってきたことは、まあまあだと思いたいんですけど、、)、やっぱり「なぜ組織は人を幸せにできないのか」を考えることです。それを考えるツールとしての情報学だし、生態学だし、モデルだし、シミュレーションだし、窒素炭素循環だし、共生系だし、同位体なんです。でも、そんな命題を考えていてご飯が食べられるような天才にはなれないので、ちょっとぷらくちかるな命題にすり替えているだけなんです。それを考えるツールとしてだけでなく、「地球温暖化って本当?」とか「微生物って本当はどれだけすごいの?」とか「やっぱり植物はおなはしするんだ!」とか考えたり研究したりできるのは良いなと思っているのです。あと、こっちに来てからよく話をすることとして、本当は研究と一般の人との間の橋渡しをしたいんだけど、本を書いたりするためには、研究者としてかなりの評判を取らなければやっぱりだめみたいだから、それをがんばってみようかなぁとがんばっているんです、、、というのも本当です。研究そのものはかなり2次的なものです。論文を読むこと、先を読むことは、広く一般に今のEcologyの現状を知らせるときの正確性を期すために、大変重要だけれど、僕が論文を書くというその営みは、サービス業としての意味が大きいです。科研費を申請して、こういうことが大事だからこういうことをしなくちゃだめで、それは僕はできるから、お金をちょうだい、といってもらったお金を使って仕事をするという自然な営みです。そこの中に楽しみは見いだしますが、そこで止まります。

    そして、科学をやるということについても、科学知識を得ることが目的ではなくって、科学的思考を身につけるということが大事だと思っている。いろんな可能性の中から、どれか最も確からしいのか、それが確かだというためにはどれだけ必死にほかの可能性を消去しなければならないのか。日本語には 道 という良い言葉がある。科学研究をやることで、科学道 を学ぶとかいうとかっこわるい、、、、けどまあそういうことはあるんじゃないだろうか。何かを一生懸命やると、そこから直接的ではないにしろ、生きてゆくときの石杖みたいなものは得られることがあるからね。つまりは、社会生活の中で、問題意識を持って、問題を見つけ、それに対してどうやってアプローチしたらいいかを考えて、アプローチしてみて、解決できたかどうかをきちんと判断する。とかいうことを学生の時の就職面接で言ったけど、教授は寝ていたなあ、、、ちぇ、、、
 



 05/11

    突然レポートの温度が落ちているが、まあ、プレッシャーだということで。
 



 04/11

    なぜ僕はここにいるのだろう。今はH井くんのボスの家である。豪邸。部屋はいくつあって、トイレはいくつあるんだ??朝7時に出発、10時半に到着。家探しの前段階、どんな町があって、どんな雰囲気なのか、とりあえずくるまでぐるぐる回る。紅葉がきれい。Harvard Experimental Forestのすぐ近くである。空気がきれい。広い。良いところだ。ボス一家はロケットを飛ばしに行っているそうだ。今は上の息子の芝居を見に行っている。ちょうど奥さんの両親も来ている。俺はいったいなにをやっているのだろう?とにかくとても感じのいい一家。Woods Holeに以前住んでいたということだ。H井は良い先生を選んだ!とてもいい感じだ。一緒に食卓に着いている間、変な気分にとらわれて仕方がないが、アメリカ人はあまりそういうのを気にしないのかな?お客は歓迎。。。。ありがたい。
    しかし、、、、いえがひろい!!!!!!!! ひろーーーーーーーーーーい にわはもっとひろーーーーーーーーーーーーーーーーーーい いいなぁ。。。。
 



 31/10

    朝からリンの再々測定をするものの、ベースラインが落ち着かない。やっとの事で測り終わる。5時以降センターにいたのは初めてに近い。
    昨日からMELをいじって遊んでいる。やっとStellaに移植がほぼ完了。まだちょっと直すところがあるはずだが、大まかな傾向は論文とあっているようだ。これで遊べる。しかし、現在のMELはなにやらいろんなパラメーターが増えていて、とても理解できない。概念図から書き始めないと、とてもではないが追いつかない。しかし、追いつく必要もないなあ。tuningの方を考えなければならないかな。僕の来年からの目的を考えると。
    ハロウィーンはやっぱりよく分からない行事だ。雨では、trickする気にもなれまい。今週は暖かくならないようだ。H井は明日来米するはずだが、やっぱり寒いし暗いと思うんだろうなあ。しかしボート部同期が4人東海岸にそろってポスドクで集まっている奇跡を何かでお祝いしないとなぁ。もったいない。こんなことはもうないだろうし。
 



 29/10

    まあ、これはレポートであって、外に向けての発信の場だから、自分との剥離が大きくなることもあるだろう。ということで、後3ヶ月続けようと思う。
    土曜日。起きれない。のろのろおきて、シャワーを浴びて、映画の情報を見ようとwebにつなぐ。が、freeze。まあ、分かるだろうと出発。1時間の道のり。結局どこの出口で降りたらいいか忘れていた。ガスを入れたり、お昼を食べたりしていたら、あっという間に1時からには間に合わなくなる。まあいい。本屋さんに寄り、また買ってしまう。Duchampのbiography。Mooreのカタログ(重いのに、、)、スタートレックカレンダー2つ。Sea Kayakの雑誌。ヘンリー・ムーアは、それほど大好きというわけではないが、彼が仕事場にいる写真がとても気に入って、衝動買い。ああいうところで、ああいう柔らかな彫刻が生まれてきたんだ、と思うとちょっと興奮する。
    映画館は全くすいている。昼間だから土曜日でも5ドルちょっと。しかも先週封切った人気の映画である。日本で映画を見ようとするときに、どれだけ並ばなければならないか、というので、僕はほとんど映画を見る人間ではなかったが、こちらでは(もちろん1時間以上もドライブしてやってきたのだけれど)気分良く楽にみれる。前回はAlmost Famous、今回はPay it Forwardという映画を見たのだが、本当におもしろかった。昨日は最後はいつの間にか泣いていた。アメリカらしい終わり方で違和感はあったのだけれど。
    土地が安いこと、それはいろいろなところに影響しているのだろう。映画にしても、もちろん部屋にしても、駐車場にしても、こっちは楽だ。ガスも安いし。日本に帰って、どこにすむか、車を持つか、などなどつらつら考える。というのも、昨日からコンピューターが全く死んでいたからだ。今やっと生き返った。ドライバーが突然壊れてしまったらしい。しかも大事なやつだったので、なかなか大変だった。
    失われた1時間が戻ってきたが、コンピューターに吸い取られてしまった。さて、もう一度モデルに戻ってみよう。今日の夜は雪になりそうだ。
 



 27/10

   朝からリンの測定。結局検出限界以下か、、、。0.1uMは厳しい。しかし、陸水の人はそれに挑んで、測定を可能にして、また分かることが増えたはず(最近どこかの雑誌にでていたはずだ、、、)。僕は陸水の研究が好きだ。がんばっている。レベルが高い。ふと京大生態学研究センターのHPを見ると、北山さんが助教授になっていた。お会いしたことはないが、彼は日本でもしかすると最も仕事のできる陸のbiogeochemist (orecologist)ではないだろうか。楽しみだ。
    今は金曜の晩。日本は土曜の午前中。とてもリラックスした、貴重な時間。しかも今週末はのんびり映画を見に行こうと思っているだけで、久しぶりにだらだらしよう。来週末はボート部の同期がUMassでポスドクを始めるので、それをちょっと応援しにゆくので忙しい。11月だ、もう。
   ふむ。ちょっと疲れているようだ。いっぱい考えたことがあるのだけれど、書いておく気になれない。がんばって仕事をしたからな。京都で住む場所をネットで探すものの、当たり前だが高い。今の生活になれるのは危険だ。といっても留学前の2万円下宿清貧生活にはもう戻らない。これから数年は必死で勉強しないと次に進めないのは明らかだから、その環境にはお金を使わないと。、??、、、、ふむ、これほど今考えていることを書かなかったレポートは今日が初めてだな。。。へぇ、どうしたものか。
 



 26/10

    Martin一家に遊びに行く。肉じゃがは大好評である。「肉じゃが女には気をつけるように」とMartinの息子に話す。ピアノを弾いたり、お馬さんごっこをしたり、折り紙を折ったり。テーブルマナーについて彼が息子を大変厳しくしかるのに好感を持つ。子供も泣きながらちゃんと聞いていた。偉いものだ。ご褒美にたくさん遊んでやった。人前であろうが何であろうが、怒るときは思い切り怒り、ほめるときは思い切りほめる。とても感じがよい。見習おう。やつはとても良いパパである。
    明日はリンの再測定。暇を見つけてMELをstellaで遊ぼうと移植中なのだが、結果が論文とあわない。結局論文では見えないところのプログラミングが問題なのだろう。週末勉強して、Edに聞いてみよう。それはとても勉強になるはずだ。
    このところ大変いい天気。潮の香りと日差しで気分がいい。海はやっぱり良いと心から思う。
    昨日は朝6時日本に電話、7時半には論文、12時からautoanalyzer、3時から砕き生活。5時20分帰宅。夕食後stellaの勉強。12時就寝。まあまあ充実。か?
 



 24/10

    朝7時半にオフィスに着き、論文を直す。午後は砕き生活。夕食を食べ、また論文を直す。といっても、Knuteが直してくれているところと言うのがたくさんあるわけではない。元々のDraftのできが悪いのかもしれないが、またはよいのかもしれないが(そうは思っていないが)、最初に見てもらってから、ほとんど直してなく、ただ何となくこちらの考えがクリヤーになりつつあるというくらいか。ただ、図についてはちょっと言われた。同じデーターを持っていても、図についてはもっと考えられるのだろう。考えよう。表現方法は重要だ。同じことを言うなら、わかりやすく伝える方がいいに決まっている。出す雑誌を決めたので、フォーマットを直したり、動向を調べたり、手紙を書き始めたりしている。僕なりの最終ドラフトを今週中に作って、KnuteがCrispy Englishにしてみようと行っている。彼はよく分かっているので、無理に自分の考えを押しつけようとしない。しないというレベルを超え、非常に慎重に、臆病に僕の考えを聞いて、自分はこう思うけど、それを判断するのは君だといってくれる。個人を尊重していると言えばそれまでであるが。彼に僕なりのベストを渡して、どう直そうとするのか、彼との違いがはっきり見えるはずだ。そこでまた話そうといってくれるのは、全くよい練習相手を持ったアスリートの気分である。今のバージョンは僕の現在の生態系生態学、窒素循環に対しての、まり誰も言わないような批判を入れてあるので、ちょっとだけリスキーであるとは思うのだが、彼は理論の筋道は非常によいといってくれている。まあ、がんばってベストを尽くし、結果を見てみよう。全力を尽くせば得るものは大きい。結果が良い悪いは、かなりpriorityの低いことだ。
    砕き生活は植物に入る。しかし、困ったことに、サンプルをひとつまみすると3種類くらいの植物がいることがあり、しかも葉っぱだけ、または光合成器官だけを試料としたいので、分けるのに手間取る。まあよい。あと320点。プラストレーサー100点。永遠だなこれは。


23/10

    週末はHead of the Charlesを見に行っていた。ボストンはすばらしい天気で、青空と紅葉を堪能した。ボストンへあがってゆく道すがら、だんだんと紅葉が進んでいく様を見ることができる。音楽を聴きながら、一人将来のことや過去のことをつらつら考えるのは、高校時代からずっと大事な時間であることを再認識する。

    Sケンさんには何年ぶりにあったのだろう。僕が1回生の時の4回生で、卒業されてから、あんまりあっていないから、かれこれ10年近いのだろう。うちのボート部には上下関係がない。ないわけではもちろんないけど、素直な尊敬からくる正当な上下関係があるだけで、○○先輩とは言ってはいけないことになっている。今でも気兼ねなく話をできるなんて、なんてすばらしいんだろうと思う。今までの重苦しい疲れがいっぺんに吹っ飛んでいったのを帰ってきてから感じた。レガッタ自体は世界中から様々なレベルのクルーが集まり、それはそれでとても楽しく、船と船がぶつかり合うのも、またそれなりに楽しい。ここで漕ぐのは大変な名誉であろう。それにつけても、美しい。ボートハウスがそれぞれのクラブの歴史を重く背負っていて美しく光っていた。いや、まったくたのしかった。4人のうち2人はアメリカに残るから、まあ来年も来れるかな?夜はRegattabarにJazzを聞きに行く。$13の演奏はとても真剣でよろしい。関西系ののり?おばちゃんのためのバンド?何とも言いようがないがおもしろかった。

     今日はKnuteと論文の話し合いをするので、朝から落ち着かない。落ち着かないまでも、科研費を仕上げ、コンピューターに柏手を打つ。隣でMartinが笑っている。そして、とりあえず新着雑誌を確認に行く。1週間で果たしてどれだけの論文が発表されるのか、全く分からないが、雑誌は月に30冊近く見ているはずだ。いやもっとだ。
今日は良い論文に出会えた。New PhytologistのGCTE conference特集号「地球環境変動と植物の根」、Knuteの論文は読んでいたのだが、よくよく特集号を読むと二酸化炭素の上昇に伴う窒素吸収の変化についてのよい論文がある(世の中にこんな細かいテーマでも論文は腐るほどあるが、よい論文は少ない)。それを見ると、引用文献にAdvances in Botanicai Research 1999の「植物のアンモニアと硝酸吸収について、、、、」というreviewがある。図書館のHPに行き、あることを確認して借りに行く。棚を見つけ、おおそうだと振り返り、Advances in Ecological Researchを手に取る。2000は見てないだろう、、、と思うと最初の論文がAerts&Chapinの「無機養分と植物、再検討、、うんぬん」とある。ああ、またこんなに、、、と思いながらコピーを取る。3つで200ページを軽く越えている。ああ、、、。

    我々の世界では、科学論文というのはどういうプロセスを経て世に出るかをここで書いておきましょう。まず、仕事をします。そしてその仕事が世の中の人が知るに値する仕事だと考えたら、出版しようとたくらみます。世の中には様々な分野の様々なレベルの科学雑誌があります。レベルというのは、実はきちんとしたものがあるわけではないのですが、その雑誌をどれだけの人間が読み、その仕事を重要だと感じ、その仕事の結果を引用して自分の仕事の妥当性を示すか、というときの、どれだけ引用されるかというものが、今のところレベルを判断する材料になっています。NatureやScienceという雑誌は非常にレベルの高い雑誌です。
    まあ、自分のレベルを考え、まあここくらいかな(という見極めは大変難しいのですが)という雑誌に投稿することを決意します。それぞれの雑誌はそれぞれのフォーマットを持っています。英語?日本語?フランス語?というところから、摘要(abstract)は何字まで、とか、引用文献の書式は著者、年代、雑誌名、、などなど様々な書式があります。分からないときは大学の図書室の中にスタイル一覧があります。そこにとりあえず体裁を整えて出します。出すときに僕は手紙を添えます。「僕の仕事を印刷してくれると嬉しいです」もちろんそれは最後のせりふで、「現在この分野ではこういうことが分からなくって、こういう問題がある。我々の論文はそれに対してこういうアプローチを取り、こういう結果がでた。この結果は世界的に見てこういう点ですばらしい。だからのせて」ということを書きます。そうすると、しばらくしてうまくゆけば「受け取りました、匿名のreviewerに渡しました。待ってなさい」という手紙が届きます。その手紙を出してくれるのはその雑誌Journalが選んでいるEditorial managerで(言い方はいろいろあるでしょうが)、その人が何人かに僕の論文を見てくださいと依頼して、その結果をまとめ、最終的に僕の論文が印刷するに値するかを判定します。だからとても偉い人です。論文の審査は公平を期すために複数人に依頼します。審査員にも僕の論文だと分からせないために、僕の名前は隠されます。隠されないときもありましたが。実際にはよく読めば誰の仕事であるかはすぐ分かってしまうので、まあどちらでもよいことです。みんながみんなすぐに「印刷しましょう」などといわれることは、僕は永久にないと思います。
    しばらくたつと(3ヶ月から6ヶ月、あるいは1年、2年、、、)、1次審査結果が帰ってきます。「だめです。これは印刷に値しません」と断られること、いわゆるreject、または、「まあ、なおしてみなさい」と様々な観点から見た疑問点が送られてくるか、どちらかでしょう。良い雑誌では全投稿論文の3割ほどしか最終的に印刷されないのです。僕は最初は思い切りrejectで、3人のうちの1人はレフリーは「あれもこれも中途半端じゃないかぁ、、、」と書いてありました。それを直して違う雑誌に投稿した論文ではeditorial manager(とても著名な科学者だったのですが)が「とっても重大な問題があるからなおしてみたら?」という手紙をくれました。匿名のreviewerの一人からは、微生物学的なところを様々に指摘され、考えても見なかったことばかりでびっくりしました。もう一人からはただ「すばらしい!」とだけありました。とっても重大な問題があるのか、、、と思いつつ、とにかくもらった疑問点に対して、あれこれと分かる限り答えるように論文を書き直します(数ヶ月)。そして再提出します。そうしたら、うまくゆけば「よくなったし、これは印刷しても良いでしょう」と言うすばらしいお知らせ(accept)が来ます。それからその仕事が印刷される前に、校正をして、やっと印刷です。どれだけの時間がかかるかと言えば、本当に長い間かかります。
    Reviewする方も大変です。基本的にボランティアです。rejectするのは簡単なように思えますが、科学的に正しい、間違っているということは、時に簡単に判断できるものではありません。

    いまKnuteに教えてもらいながら(といっても手取り足取りというわけではありません、1ヶ月に30分くらい)書いている論文は98年に某E誌に、99年に某O誌にrejectされたものです。98年は、自分のデーターをかなり拡大解釈して、とても魅力的な結論を提示しました。3人の査読者は、データーは良いけれどその結論は指示できない、もっと簡単にデーターを解釈してちょっとレベルの下がったところに出しなさい、という意見でした。でも、レベルは下げたくなかったので、次の年はほぼ同じレベルの雑誌に、がんばってデーター取ったけれど(すごいでしょ?という意味を含めて)、でも、魅力的な結論までは行かなかった、、とかなり自分を押さえて書きました。すると今度は「うちの雑誌はハイレベルだから、この程度の魅力では載せられません」といわれてしまいました。
    そこで、いまは、「一生懸命取ったデーターで、わかんなかったところがここまで言えるけど、でもここからは全く分からない」ということをclearにしようとしています。こう書いてしまえば全く簡単なのですが、そこの見極めは大変難しく、Knuteだって分かっているものではありません。この論文の仕事を始めた94年、最初に投稿した98年、そして現在では世界のトレンド、世界中の競争相手ができるようになったこと は、全く変わってしまっていて、みんないろいろなことを知るようになり、考えるようになり、するようになっているのです。その見えそうで実態のないトレンドを見ながら、自分の仕事のレベルを判定する、、というのが、論文の最も難しいところの1つです。

    ただ、この2つの雑誌に投稿して、本当に勉強になりました。rejectされるのは残念だけれど、自分の考え方がより妥当性をもてるならば、全く良い訓練だと思います。これをくぐり抜けてゆかなければ、生き残っていけないわけですし。研究で生き残っていこうと思う人は、絶対に高いレベルの雑誌に投稿することをおすすめします。論文が載ることももちろん大事ですが、論文を書いてゆくことで、一歩一歩科学者になってゆかなければならないのですから。


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