こちらに来てから part 3 ・車と住むところを探す(の更につづきです)
14日、車の手続きをしました。以前試乗させてもらった車がこの日に直ってくるので、契約と、registrationと保険を何とかしなければなりません。ところが、タイヤがなかなか来なくって、実際に乗れる状態になったのは午後でした。3時に保険の人と待ち合わせをして(まあこれもいろいろあったのですが)、保険の契約と、registrationのお願いをして、この日は終わりでした。
マサチューセッツ州の自動車保険はいろいろ変わっていて、まず住んでいる所でだいぶ違います。Falmouthのような田舎では保険料は安く、逆にボストンなどでは高くなります。車の色でも違いがあって、僕の車は白かったので安かったはずです。
しかしそれでも1200ドルほどかかってしまいました。高い!これは国際免許で保険にはいるからというのが一番大きくて、マサチューセッツ州の免許を取れば安くしてもらえるそうです。AAAにも入ったのですが、僕の保険会社は割引がありませんでした。
分厚い辞書を持参して、何とかいろいろと考えようと思ったのですが、あまり変更点もなく、あっという間に終わってしまいました。これは反省しています。日本で自動車に乗っていた人は、何とかして保険会社に過去履歴を書類にしてもらった方がいいと思います(上手くゆくにせよ行かないにせよ)。
車はFordのEscortという車です。1994年製で128000マイル走っています。約3000ドルでした。リサーチする時間が足りなかったので、安いのか高いのか分からないのですが、まあ、払える範囲で探してもらい、結構信頼できる(と僕の英語力で思われる)Dealerだったので、良しとしています。特に日本車と変わった点というものはないのですが(シートベルトが自動で締まるくらいでしょうか?)、もそーっとした走りが京都で乗らせてもらっていた官用車と一緒で、とてもうれしいです(写真が小さければ、あらも見えにくいでしょ?)。車、保険、登録併せて4500ドルです。保険料を一刻も早く下げなければ!
15日の夕方、ポスドクの人に車に乗せてもらって、Dealerの所まで来て、titleをもらい、これでほとんど完了です(inspectionはdealerのところでやってもらいました)。15日の朝、今まで住んでいたところ(MBL Brick apartment)を追い出されたので、荷物満載で、いざ新しい下宿へ出発です。
車については、16日に、今度は保険会社の要求するinspectionというのがあって、違うところへ車を持ってゆきました。おねいさんがいろいろ聞いてきて(車のシートは皮なのか、布なのか、エアバックはついているのか?パワーシートなのか)、ほとんど内容が分からないくってpardon???を連発しましたが、おねいさんが外観などの写真を撮って はい、おわり でした。お金も取られませんでした。書類のコピーを保険会社に送って終わりのようです。
住むところですが、こんな所です。車の写真の後ろに移っている道路がメインストリートからボストンへ向かう大きな道路なのですが、そこから少し入った一軒家の1階を借りています。8日に一ヶ月分のdepositを払い、15日に最後の月の分のdepositなどを払い、契約書のコピーを取ったことを確認して、やっと住むところが決定したわけです。
部屋は前回書いたように、こんな感じです。後キッチンと、キッチンの横のドアを入ると、衣装かけのスペースがあり、更に入ると洗面所とトイレ、シャワーがあります。
2日目になって思うのですが、antiqueという物は、動かすのも怖いし、でも邪魔だし(失礼!)という、結構厄介な代物ではないでしょうか?掃除機をかけるときも怖いし、基本的に古いから丈夫ではないし。ちょっと考えようと思い始めました。
16日はいろいろと足りないものを買いに行きました。フライパンがなかったり、電話機がなかったりといろいろ細々したものがなくって困りはしましたが、すべて「誤差範囲」だと言う友人の言葉を聞いて、確かにそうだなと思います。もう物はあまり買いたくないので、furnishedを選んで正解だったなとつくづく思います。
それと、どうしても部屋の中では靴を履きたくないので、部屋の中を徹底的に掃除して、土足厳禁体制を(自分なりに)作りました。Knuteの家に呼ばれたときに彼の家庭では靴を脱ぐことにしていると言うことを知り、ああ、絶対そうしようと思ったのです(ところが、スリッパが売っていないのです、、)。Brick apartmentでもそうだったのですが、アイロン台は大きな物が置いてあるのに、アイロンはありません。これはアメリカ全土の傾向なのでしょうか?なんだかちょっと体調が絶好調ではないなと思い始めたのですが(すぐおなかがすく、すぐ眠くなる、いわゆるエネルギー欠乏状態)、それはお米を食べていないからだと言うことに気づきました。以前京都の頃はお鍋で炊いていたのですが(はじめちょろちょろ、なかぱっぱ、、、、)、今の忙しいときにお鍋を見つめていてあげられる自信がありません。これは何とかしなければと思い始めました。
大家さんはとっても強面の人で、いかにも海軍上がりのがっしりした方なのですが、「何でも聞いてきなさい」とか「君の残りの人生ではここはもう第2の家だからいつでも帰ってきなさい」などといってくれて、とってもなんだか有り難いです。とりあえず、「日本とアメリカの教育システムと基本的方針の違いについて」お話を聞こうと思っていて今から楽しみです。
これで一応、立ち上がったのではないかと思っています。銀行とちょっとやり取りが残っているとか、電話のdepositをまだ払っていない、などの細かいことはありますが、大まかな生活体制が整い始めました。KnuteにもKeiはfastだといわれ、自分でも、ああ、何とかなるもんだなと思ったりしています。もちろんいろいろな方の助けがなければなにもできなかったのですが。1ヶ月で生活、研究の両方を立ち上げ、生態系が動き始める3月にはこちらも何らかのレスポンスをとる、という目標達成へ、ちょっとずつですが動き始められているような気がしてきました。
そんなことを思いながら、うれしくなって「濃い」コーヒーを飲もうと浮かれていたら、缶切りがなくって、また現実に戻されました。
次の生活目標は、今週末なんとしてもロブスター購入(果たして日本に送ることは出きるのでしょうか?)、炊飯器を買うこと、そして早いうちに免許取得です。その間に研究目標としてpresentation、論文再投稿という大問題が控えているのですが。