京都大学 大串研究室

研究概要

主要な研究テーマ

研究内容を示すキーワード

動物と植物の相互作用、個体群生態学、生活史の進化、間接相互作用網、群集生態学、生態系のネットワーク構造、生物多様性、野外操作実験、植物の防御戦略、生物の侵入、生態系エンジニア、地上部と地下部の相互作用

1.生物多様性と生態系ネットワーク:間接相互作用網

生物多様性は種の多様化と生物の相互作用によって生み出されています。なかでも地球上の生物種の80%以上を占める植物と昆虫の相互作用は、陸上生態系のきわめて高い生物多様性の維持に大きな役割を果たしています。生物間の相互作用には、被食-捕食関係、競争関係、共生関係などがあり、これらの関係を通して生物群集(コミュニティー)が成り立っているのです。生態系における生物間相互作用を理解するための食物網アプローチは、被食-捕食関係ではない相互作用(non-trophic interaction)の重要性を見過ごしてきました。しかし、陸上生態系ではこの関係が卓越しており、それに基づく間接効果を通して生物群集の種と相互作用の多様性が生み出されているのです。

私たちの研究から、ヤナギやセイタカアワダチソウを舞台にして、そこで暮らしている植食生昆虫や捕食性昆虫の間に、これまでには知られていなかった相互作用の「網の目」が存在することが浮かび上がってきました。たとえば、ヤナギの葉を綴って「葉巻」を作るガの幼虫、「葉巻」を住みかにするアブラムシ、アブラムシを訪れるアリ、アリによるハムシの攻撃、といった具合に、植物の形質の変化を介して、異なるタイプの生物間相互作用が組み合わさって、複雑な生物群集が維持されている様子が明らかになったのです。これまでの研究では、生物群集の構造は、主に被食-捕食関係に基づく食物網(Food Web)によって示されてきました。これに対して、これまで注目されなかった被食-捕食関係以外の生物間相互作用が、生物群集の成り立ちのうえで大変重要な役割を果たしていることがわかってきました。このようなネットワーク構造は、陸上植物によって支えられる節足動物群集では普遍的に生じている可能性が高く、これを「間接相互作用網(Indirect Interaction Web)」として新たに概念化するとともに、生物多様性の維持・促進の重要なメカニズムとして、その解明をすすめています。

間接相互作用網
昆虫 植物 昆虫
昆虫 昆虫

この「間接相互作用網」の考え方に基づいて、以下の課題について研究を行っています。

(1)植物-昆虫-捕食者・捕食寄生者のボトムアップ栄養カスケード
(2)植物の表現型可塑性と昆虫群集
(3)植食性昆虫と菌根菌・根粒菌の間接相互作用
(4)植食者と送粉者の間接相互作用
(5)帰化植物上に形成される昆虫群集
(6)アリ-アブラムシ共生系によって作り出される昆虫群集

「間接相互作用網」の意義と研究アプローチに関しては、以下の総説と単行本をご覧ください。

Ohgushi, T., Craig, T.P. & P.W. Price (2007) Ecological Communities: Plant Mediation in Indirect Interaction Webs, Cambridge University Press, Cambridge, UK.

Ohgushi, T. (2005) Indirect interaction webs: herbivore-induced indirect effects through trait change in plants. Annual Review of Ecology, Evolution, and Systematics 36, 81-105.

大串隆之 (2003) 『生物多様性科学のすすめ』,丸善,東京.

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2.動物と植物の生物間相互作用

この地球上には数多くの生物が暮らしています。現在知られている種類だけに限っても、150万種にも及びます。しかし、いかなる生物も単独で暮らしているのではなく、被食-捕食関係、競争関係、相利共生関係、片利共生関係などのさまざまなタイプの相互作用を通して他の生物に影響を与え、あるいは与えられる関係を進化させてきました。

私たちは、複数の栄養段階を通した「たて」の関係と同じ栄養段階の「よこ」の関係に注目して、自然生態系における生物間相互作用について研究してきました。中でも、ヤナギをめぐる植物と昆虫の相互作用の研究を精力的に進めています。ヤナギは多様な摂食タイプの昆虫に利用され、これに対して、フェノール配糖体などの多様な化学的防衛手段を進化させていることで有名です。また、ポット植えや挿し木などさまざまな野外操作実験を行える都合のよいモデル植物です。植物と昆虫の相互作用を総合的に理解するために、以下の課題について解明を進めています。

(1)植食性昆虫の産卵選好性と適応度の相関
(2)植食性昆虫に対する植物の反応
(3)植物の形質の変化を介した間接的相互作用
(4)植食者間の共生的な間接的相互作用
(5)植物-昆虫-天敵の相互作用の多様性と可塑性を生み出すメカニズム

ヤナギマルタマバエ ヤナギアブラムシ ナカグロモクメシャチホコ
ヤナギマルタマバエ ヤナギアブラムシ ナカグロモクメシャチホコ
ヤナギハムシ コウモリガ ハマキハバチ
ヤナギハムシ コウモリガ ハマキハバチ

「動物と植物の相互作用」の意義と研究アプローチに関しては、以下の単行本と総説をご覧ください。

大串隆之 (2001) ダイナミックな生物間相互作用 -昆虫と植物との関係-.『群集生態学の現在』(佐藤宏明・山本智子・安田弘法編),pp.25-49, 京都大学学術出版会,京都.

Ohgushi, T. (1997) Plant-mediated interactions between herbivorous insects. pp. 115-130. In Abe, T., Levin, S.A. & Higashi, M. (eds.), Biodiversity: An Ecological Perspective, Springer, New York, USA.

大串隆之 (1995) 植物を介する昆虫種間の相互作用.日本生態学会誌,45, 33-42.

大串隆之 (1993) 植食系と送粉系.『花に引き寄せられる動物』(井上民二・加藤真編),pp.233-251, 平凡社,東京.

大串隆之 (1993) 昆虫と植物の多様な相互関係を探る.『動物と植物の利用しあう関係』(鷲谷いづみ・大串隆之編),pp.9-31, 平凡社,東京.

M.D. Hunter, T. Ohgushi & P.W. Price (1992) Effects of Resource Distribution on Animal-Plant Interactions, Academic Press, San Diego, USA.

大串隆之 (1992) 昆虫と植物の相互関係.『さまざまな共生』(大串隆之編),pp.97-114, 平凡社,東京.

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3.植食性昆虫の個体群生態学

生物の個体群はさまざまな形質を持った個体により成り立っています。このことは、個体の形質が個体群の特性に大きな影響を与える可能性を示しています。しかし、これまでの研究はもっぱら死亡率や繁殖率などの個体群パラメタに注目し、個体群の変動様式や安定性のメカニズムを個体の形質にまで掘り下げて解析することはありませんでした。20世紀の最後の20年になって、ようやく個体の形質と個体群動態の統合の重要性が認識されるようになりましたが、両者の関係を解明する実証的研究はまだ十分とは言えません。私は行動生態学と個体群生態学の統合の意義と重要性を早くから認識し、アザミを利用しているヤマトアザミテントウ(Epilachna niponica)の野外個体群の生態学的研究を通して、以下のことを明らかにしてきました。

  1. (1)ヤマトアザミテントウ個体群は密度依存的な調節機構により、資源量に対する動的平衡状態が維持されている。
  2. (2)個体数の調節機構は、食物資源の質に反応した卵吸収と産卵密度の高い株を避けるメス成虫の産卵行動であり、繁殖率の密度依存的な低下をもたらす。
  3. (3)メス成虫の産卵行動は、時間的・空間的に変動する植物資源の効率的利用を可能にしており、個体の生涯繁殖成功度を高めるという適応的意義を持つ。
  4. (4)さらに、因果関係を明らかにするために導入個体群による進化実験を行い、適応的形質の変化が個体群の安定性を変えることを実証した。
ヤマトアザミテントウ(Epilachna niponica) ヤマトアザミテントウ(Epilachna niponica)
ヤマトアザミテントウ(Epilachna niponica) ヤマトアザミテントウ(Epilachna niponica)
ヤマトアザミテントウ(Epilachna niponica)

本研究の意義は(1)個体群調節の行動的・生理的メカニズムと、(2)個体の適応的形質が個体群動態に果たす役割を明らかにしたことです。本研究の概要は、以下の単行本に掲載しました。

Ohgushi, T. (1998) Bottom-up population regulation of an herbivorous lady beetle: An evolutionary perspective. pp. 367-389. In Dempster, J.P. & McLean, I.F.G. (eds.), Insect Populations: in Theory and in Practice, Kluwer, London.

大串隆之 (1996) 個体の適応形質と個体群の安定性:メカニスティック・アプローチ.『昆虫個体群生態学の展開』(久野英二編),pp. 30-52, 京都大学学術出版会,京都.

Ohgushi, T. (1995) Adaptive behavior produces stability in herbivorous lady beetle populations. pp. 303-319. In Cappuccino, N. & Price, P.W. (eds.), Population Dynamics: New Approaches and Synthesis, Academic Press, San Diego, USA.

Ohgushi, T. (1992) Resource limitation on insect herbivore populations. pp. 199-241. In M.D. Hunter, T. Ohgushi & P.W. Price (eds.), Effects of Resource Distribution on Animal-Plant Interactions, Academic Press, San Diego, USA.

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