研究内容

ここでは、私の研究をご紹介します。

(1)生態学研究センターにおける研究内容(新しい年代順)
(2)生態学研究センター着任前の研究内容(古い年代順)

(1)生態学研究センターにおける研究内容 (2008-)

(1-1)地球生態系の謎解き

 「私たちの生きる地球生態系とは総体としてどういう世界なのか? 生命という現象が地球という惑星に展開した地球型生命の世界とはどういうものなのか?」という問題意識の下で進めている研究です。

 以下に、生態学研究センターにおける私の研究活動の概要をご紹介します。(A) 個人ベースで進めている研究、(B) 学部学生・大学院生の研究と区別しています

(A) 多細胞生物成立の謎解き(2021-)

 多細胞生物は、クローン細胞集団の利他行動によって「個体」としての統一性・機能性を維持しています。では、(1)多細胞生物の個体性(individuality)の成立過程において、自然選択(マルチレベル選択)は、遺伝子、細胞、個体の各階層にどのようにはたらいたのでしょうか?(2)多細胞生物の特徴(ゲノム、多細胞体制、有性生殖、 発生と生活環、免疫、老化・死)は、どのように獲得され、相互にどのような関係があるのでしょうか?(3)多細胞生物の出現は、微生物が支配的だった生態系をどのように改変したのでしょうか?(4)微生物と多細胞生物(巨視的生物)の間の非対称な相互作用は、どのように 進化し、現在の生態系の機能と安定性に関してどんな影響を与えているのでしょうか?
 多細胞生物は、有性生殖をおこなうとともに、多様なボディプラン・ボディサイズを創出することで、生物界の多様性を飛躍的に高め、現在の生物の多層的な時間空間パタンの形成に大きな影響を与えたと考えられます。多細胞生物の本質と地球生態系の骨格を理解することを 目標に、理論的な視点から、上記の問いに対する諸仮説の検討を進めています。

(A) 葛藤行動の「解放」を起源とする相称的なディスプレイの進化に関する理論的研究(帝京科学大学 薮田慎司氏との共同研究:2015-)



(B) 学部学生・大学院生中心の研究

 学部学生・大学院生との出会いを大事にして進めています。学部学生・大学院生の研究では、まず、学生・院生の皆さんの興味・関心を活かせるように研究テーマをいっしょに考えていきます。 この研究では、理論的なdiscussionと数理モデルを使った研究(生態・進化・環境・保全)が中心になります。

2023年度の研究室のメンバーと研究テーマ

 ・修士課程2年 山村 大樹 「中間宿主への適応を組み込んだ病原体のspillover過程の数理的考察」

 ・修士課程2年 楊 霽(Yang Ji)「学習プロセスを取り入れたベイツ擬態ダイナミクスの数理的解析」

 ・修士課程2年 林 息吹「確率論過程と決定論過程が創発する代替的な細菌群集の解析」(東樹宏和氏と共同指導)

これまでの研究内容

・卒業論文「空間構造を考慮した多種ホストに感染する病原体の毒性の進化について」(2021年度学部学生:山村大樹(曽田貞滋氏(主指導教員)と共同指導))

・修士論文「豊かな土壌栄養循環は作物の生育を促進するか?: 環境保全型農業の数理的検討」(2019-20年度 修士課程:武田結花)

・修士論文「森林の景観構造が野生動物に与える影響 〜数理モデルによる解析〜」(2018-19年度 修士課程:菅野友哉)

・卒業論文「Consideration of the mechanism of seasonal phytoplankton dynamics in Lake Biwa: Validity of Huisman and Weissing model」(2018年度学部学生:武田結花(渡辺勝敏氏(主指導教員)と共同指導))

・卒業論文「Community formation pattern when species modify the habitats」(2018年度学部学生:岩下源(曽田貞滋氏(主指導教員)と共同指導))

・卒業論文「気象および複数の環境条件が浅い湖沼におけるアオコの発生パターンに及ぼす複合的な効果のシミュレーションによる検討」(2016年度学部学生:中山日出海(曽田貞滋氏(主指導教員)と共同指導))

・修士論文「連結された捕食者-被食者系の理論的研究:競争の非対称性が個体群動態の安定性に与える影響」(2014-15年度修士課程:稲葉優太)

・卒業論文「生息環境に応じて変化する植物と菌根菌の共生関係」(2015年度学部学生:佐藤正都(曽田貞滋氏(主指導教員)と共同指導))

(1-2)流域生態系の管理

 「多様な利害関係者が関わり、しかもさまざまな事情から不確実性を前提とせざるをえない、流域、熱帯林、海洋といった複雑適応系の持続的なマネジメントはいかにして可能なのか? どのような条件の下でマネジメントは実現可能となるのか?」という問題意識の下で進めている研究です。

 20世紀も後半に入ると、森林、草原、流域、海洋、そして地球に代表される大きな空間スケールを単位とした生態系の持続的な管理が重要な社会的課題とされるようになりました。
 この課題の解決には、人間社会からの生態系への影響評価とともに生態系の変化に伴う人間社会への影響の検討も不可欠となります。そこで、生態系と社会をさまざまな時間・空間スケールで相互作用している不可分な「社会-生態システム(social-ecological system)」と捉える視点や学際的・超学際的な研究プロジェクトが提案されてきました。

 以下に、生態学研究センターにおける私の研究活動の概要をご紹介します。(A) 個人ベースで進めている研究、(B) プロジェクト研究、と区別しています

(B) 生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会-生態システムの健全性:奥田昇代表(2014-2019)

 総合地球環境学研究所(地球研)と生態研との機関連携プロジェクトです(プロジェクト代表:奥田昇)。

・脇田健一・谷内茂雄・奥田昇(編)(2020)『流域ガバナンス-地域の「しあわせ」と流域の「健全性」』454ページ 京都大学学術出版会

lambirforest

(B) 森里海連環再生プログラム-Link Again つなごう森里海-(2018-2019)

 「森里海連環学教育研究ユニット」が中心となって実施された学際的な研究プログラムです(ユニット長:山下洋フィールド科学教育研究センター長)。

 この共同研究では、海(沿岸域)と森・里(陸域)を結ぶ重要な要因の連鎖の解明プロセスに関して、解析班のアドバイザーとして参加しました。

(A) 生物多様性理論・モデリング研究センター(CBTM)との研究交流(2015-)

 フランス(Moulis)の生物多様性理論・モデリング研究センター(Center for Biodiversity Theory and Modeling: CBTM)を2015年に訪問し、Michel Loreau教授、de Mazancourt博士らの理論グループと意見交換をおこない、生物多様性および社会-生態システムの理論的研究について研究交流を開始しました。

 CBTMは2012年に設立され、生態系の劣化や生物多様性の喪失がもたらす多様な時間・空間スケールにおける生態学的・社会的な影響の理論的研究に取り組んでいます(http://www.cbtm-moulis.com/)。また、2015年には社会-生態システムの理論的研究を推進する研究グループ(human-nature interactions group)を立ち上げています。
 関係する研究者とともに、2017年10月にMichel Loreau教授、de Mazancourt博士のお二人を日本に招へいして理論生態学のワークショップを開催しました。

・谷内茂雄(2018)理論生態学の展望:生物多様性から生態系の持続的な管理まで.京都大学生態学研究センターニュース 139:8
・谷内茂雄(2016)ピレネー山麓の生物多様性理論・モデリング研究センター(CBTM)を訪ねて.日本数理生物学会ニュースレター 80:11-15

(B) IPBESに関わる活動(2014-)

 生物多様性及び生態系サービスに関する政府間プラットフォームであるIPBES (Intergovermental Panel on Biodiversity and Ecosystem Services)の活動に参加しています。

・H. R. Akçakaya, H. M. Pereira, G. A. Canziani, C. Mbow, A. Mori, M. G. Palomo, J. Soberón, W. Thuiller and S. Yachi, 2016: Improving the rigour and usefulness of scenarios and models through ongoing evaluation and refinement. 255-290. In IPBES (2016): The methodological assessment report on scenarios and models of biodiversity and ecosystem services. S. Ferrier, K. N. Ninan, P. Leadley, R. Alkemade, L. A. Acosta, H. R. Akçakaya, L. Brotons, W. W. L. Cheung, V. Christensen, K. A. Harhash, J. Kabubo-Mariara, C. Lundquist, M. Obersteiner, H. M. Pereira, G. Peterson, R. Pichs-Madruga, N. Ravindranath, C. Rondinini and B. A. Wintle (eds.). Secretariat of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services, Bonn, Germany. 348 pages.

lambirforest


 この本は、IPBESの活動のひとつとして「生物多様性および生態系サービスのためのシナリオ解析およびモデリングの方法」の現状と将来展望についてまとめた報告書です(https://www.ipbes.net/assessment-reports/scenarios)。 分担執筆した第8章では、1章―7章の内容を受けて、今後進めるべきシナリオ・モデルの改良・発展の方向、および政策に関する意思決定の上でシナリオ・モデルの有用性を高める事項について展望してまとめました。
 特に、研究者がステークホルダーとのコミュニケーション・サイクルを通じて、モデル・データとシナリオが改良・発展されていくプロセスの重要性が強調されています。

・S. Yachi (2015) What activities is IPBES promoting now?- Case of deliverable 3(c) -. DIWPA News Letter 33:5-7

(A) 流域再生における人間社会と生態系の相互作用の解明(2013-)

 地域の多様な生業や経済活動は、その地域の生態系や生物多様性にどんな影響を与えているのでしょうか?地域に住む人たちは、どんなときに生態系を大切に感じて保全・再生活動を始めるのでしょうか?生態系・生物多様性の保全・再生には、生態系の研究に加えて、地域社会と生態系の相互作用を理解することが大切になってきます。

 この共同研究では、地域社会が生態系・生物多様性から受け取る多様な恩恵(生態系サービス)を媒介として、地域社会と流域生態系の相互作用のエッセンスを数理モデルで捉えます。モデルを解析することで、生態系の存続や再生には、地域社会と生態系の間にどのような関係があることが大切なのかを解明します。
 特に、生態系サービスを媒介として、1)流域の生態系再生と地域再生のミスマッチが解消するための条件、2)地域のステークホルダーの生態系サービスへの選好の多様性が流域生態系のレジリアンスを高める条件、についての解析を数理モデルを使って進めています(龍谷大学 脇田健一氏との共同研究)。

・谷内茂雄・ 脇田健一 (2018) 地域再生と流域生態系再生の結合ダイナミクス 日本生態学会, 20180316
・谷内茂雄・脇田健一(2017)地域再生が流域スケールの生態系再生を促進するメカニズム 日本生態学会, 20170315
・S.Yachi & K.Wakita(2016)Stakeholder diversity and long-term ecosystem resilience: reunion with the insurance hypothesis. 5th International EcoSummit -Ecological Sustainability Engineering Change-  Montpellier, 20160826
・谷内茂雄・脇田健一(2016) ステークホルダーの多様性が生態系のレジリアンスを担保する条件 日本生態学会, 20160322

(B) Future Earth(フューチャー・アース)に関わる活動(2012-)

 Future Earthは、持続可能な地球社会をつくるのに必要な研究を国際的に推進する組織です(2015年-2025年)。その活動は、研究を遂行することだけでなく、理念に共感し協力してくれるサポーターの獲得、研究課題の募集と決定、研究資金の獲得と配分、研究成果の還元にまたがります。この広範な活動を世界の研究者コミュニティ、国連機関、政府機関や資金を提供するスポンサー、事業者、NGOなど幅広い関係者と相談しながら運営しています。研究活動を推進する側面からは、さまざまな関係者が情報交換して意思決定するための共通の広場としての役割を担うので「プラットフォーム」とよばれます(http://www.futureearth.org/)。

 京大でも、まず学内のFuture Earthに関する情報共有・意見交換の場として、「Future Earth 研究推進ユニット」が2015年9月に設立されました(東南アジア研究所、生態学研究センター、地球環境学堂、情報学研究科をはじめ12の部局が構成員)。2016年12月21日には、「FutureEarth 国際シンポジウム 持続可能な地球社会にむけて -京都からの挑戦-」が、Future Earth 研究推進ユニットと地球研Future Earth アジアセンターとの共催で開かれました。私はシンポジウムでの発表や関連会議・ワークショップ等の活動を紹介しています。

・S. YACHI (2016) How can community revitalization lead to watershed-scale ecosystem restoration? - A nested governance approach in the Lake Biwa watershed – Kyoto 20161221
・谷内茂雄(2016)Q. 私、Future Earthに関心があるのですが…-Q&Aで読み解くフューチャー・アース-.京都大学生態学研究センターニュース 134:5
・S. Yachi (2012) Belmont Forum Workshop at RIHN. DIWPA News Letter 26:6
・谷内茂雄・奥田昇(2012)Planet Under Pressure会議報告.京都大学生態学研究センターニュース 117:5

(B) 温暖化による琵琶湖の湖底生物の絶滅リスク解析(2011-2015)

 環境省・環境研究総合推進費S9-4(2011-2015年度:高村典子氏代表)の「(6)空間的異質性と長期変動からみた大規模湖沼・琵琶湖の生物多様性評価班(京都大学分担)」に所属しました(生態研・水域生態系グループとの共同研究)。

 人間活動が湖沼生態系に与える影響評価の一例として、温暖化と富栄養化が琵琶湖の底生生物の絶滅リスクに与える影響を取り上げました。「温暖な年一回循環湖」である琵琶湖は、温暖化が進行すると冬季の鉛直循環が弱まるため、低層水の溶存酸素濃度の低下などを通じて底生生物への悪影響が懸念されています。そこで、温暖化の進行により琵琶湖の冬季循環が停止して貧酸素化が生じるリスクを琵琶湖の底生生物すべてに影響するリスクと捉えて、琵琶湖の冬季循環が停止する確率をPVAの手法で評価しました。

 温暖化のゆらぎの大きさを変えて、1980年-2050年の70年間について各10000回ずつ計算したところ、ゆらぎが大きいほど最初に全循環が停止するのは近い未来になる、という結論をえました(2015年)。この計算では、温暖化のゆらぎは自己相関のない独立なノイズとしたので、そのまま現実のプロセスの評価につながるわけではありませんが、ゆらぎの大きさ(分散)が循環停止までの期待時間に大きく効く可能性を指摘できました。

・S. Yachi (2015) Population viability analysis of Lake Biwa benthic fish, Chaenogobius Isaza under the progress of global warming. CJK/JSMB Kyoto, 20150826.
・S. Yachi, D. Kitazawa, S. Nakano, Y. Sakai and N. Okuda (2014) Toward the evaluation of extinction risk of Lake Biwa benthic species due to global warming. JSMB/SMB Osaka, 20140729.

(B) 地域住民による琵琶湖沿岸の<生命の賑わい>総合調査の方法論と具体的手法の確立(2010-2012)

 基盤研究(B)(2010-2012年度:川那部浩哉氏代表)において、地域住民と研究者が連携して総合調査をする上で不可欠となる住民による調査の方法論に関する調査を担当しました。NPOなど市民が主体となる地域調査団体のワークショップへの参加、NPO代表への聞き取り、市民科学の研究集会などの調査結果をまとめました。

 その結果、持続可能な地域社会の構築には、異なる立場や動機に立つ専門家・行政と市民が相補的な関係を構築するしくみが重要であること、市民参加型の調査を設計する上では、市民が参加する多様な動機・楽しみをくみ取るしくみが重要であること、などが明らかになりました。

(A) 「破堤の輪廻(はていのりんね)」の社会ダイナミクスモデル(2008)

 「破堤の輪廻」は、淀川水系流域委員会の立ち上げに尽力された宮本博司さん(元国交省近畿地方整備局淀川河川事務所長)が提唱されました。私は生態系と人間社会の相互作用がもたらす深刻な帰結だと感じて、そのメカニズムを数理モデルで表現することを試みました。

・谷内茂雄(2008)近代治水における「破堤の輪廻」の社会ダイナミクスモデル 数理生物学会, 20080916
・谷内茂雄(2008)「破堤の輪廻」におけるレジスタンスとレジリアンスのトレードオフ・メカニズム 日本生態学会, 20080317

(B) 総合地球環境学研究所のプロジェクトへの参加および推進(2008-)

 生態研への着任後~2010年頃までは、おもに研究プロジェクト1)の成果発表や著作、関連した活動(講演、滋賀県環境審議会委員など)を中心におこないました。 その過程で、関連するプロジェクト2)~4)へアドバイザーとして参加しました。プロジェクト5)では、1)の上流側に位置する愛知川流域(土地改良区)の調査に参加しました。
 2013年以降は、野洲川流域の流域ガバナンスを主題のひとつとするプロジェクト6)にサブリーダーとして参加しました。

1)琵琶湖-淀川水系における流域管理モデルの構築:和田英太郎・谷内茂雄代表(2002‐2006年度)
2)病原生物と人間との相互作用:川端善一郎代表(2006‐2011年度)
3)社会・生態システムの脆弱性とレジリアンス:梅津千恵子代表(2006‐2011年度)
4)人間活動下の生態系ネットワークの崩壊と再生:山村則男・酒井章子代表(2007‐2012年度)
5)統合的水資源管理のための「水土の知」を設える:渡邉紹裕・窪田順平代表(2011-2014年度)
6)生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会-生態システムの健全性:奥田昇代表(2014-2019年度)

(2)生態学研究センター着任前の研究内容 (1985-2007)

 理論生態学(数理生態学)のアプローチにより、進化生物学(行動生態学)、生態学(疫学動態、湖沼生態系、草本生態系)、地球環境問題(生物多様性、社会-生態システム、流域管理)のテーマに取り組んできました。

 生態学研究センター着任前の研究は、(A) 個人研究が主な時代(1985~1996)、(B) プロジェクト研究が主な時代(1997~2007)にわけられます。以下に、私がおこなってきた研究の概要を年代順にご紹介します。

(A) 狂犬病の空間的伝播過程の解析 (1985-1987)

キーワード:疫学、Host-pathogen dynamics、個体群動態論、反応拡散モデル、アカギツネを宿主とする狂犬病の空間的伝播、閾値定理、カオス的挙動、進行波解、伝播速度の評価

・S. Yachi, K. Kawasaki, N. Shigesada and E. Teramoto (1989) Spatial patterns of propagating waves of fox rabies. Forma 4:3-12

 大学院修士課程で最初に取り組んだ研究です。1970年代~1980年代のRoy Anderson, Robert Mayによる一連の優れた理論的研究によって、それまで主に人間の感染症の疫学の中で扱われていた寄生体や病原体は、野外の生物個体群の動態にも大きな影響を与えることがわかってきました。この研究では、第二次世界大戦後、東欧のポーランドに発生し、西ヨーロッパに拡がったアカギツネを主宿主とする狂犬病の空間的伝播メカニズムの解明を主題としました。この狂犬病が通過した地域では、牛など家畜の死亡被害をもとにした詳細な疫学的データがとられています。

 狂犬病のHost-pathogen dynamics(Anderson et al. 1980)をもとに、反応拡散モデルへと拡張することで狂犬病の空間的伝播を記述しました。実際の伝播データ、数理解析とコンピュータシミュレーションによってモデルを解析することで、狂犬病の伝播パタン、狂犬病侵入の閾値性、伝播パタンの進行波への収斂、進行波の速度などを具体的に評価・推定することができました(修士論文:狂犬病の分布圏形成過程の解析 1987年度)。

(A) 移動分散する幼生の最適停止戦略 (1990-1991)

キーワード:分散戦略、プランクトン幼生、自由定着、逐次定着、リコール不可能、理想自由分布、最適停止戦略、ES停止戦略

・谷内茂雄 (1991) 移動・分散する幼生の最適停止戦略. 数理解析研究所講究録 762:219-228

 生物は資源を消費して増殖するので、そのハビタット(生息地)は更新されない限り資源が枯渇し劣化していきます。本テーマでは、幼生期の浮遊生活時に海洋を異動・分散し、生息地に着底後に変態して成体となるフジツボなどの海洋のプランクトン幼生の最適着底戦略・ES(進化的に安定な)着底戦略を解析しました。

 海流に受動的に流されるプランクトン幼生では、いったん通過した生息場所は能動的に変更できない(リコール不可能)上、同種の幼生が好適な生息場所に多数着底した場合には、資源を分割することが必要となり適応度が下がります。このような制約の下でES停止戦略を求めると、理想自由分布を実現する混合戦略がES停止戦略となることがわかりました。

(A) 忍び寄り型捕食者の攻撃距離はどのように決まるか? (1990-1991)

キーワード:忍び寄り型捕食者(stalking predator)、攻撃距離、近接のメリット、先手のメリット、後手のリスク、多段階意思決定、確率的動的計画法

・S. Yachi (2000) What determines the attack distance of a stalking predator? Evolutionary Ecology Research. 2:957-964

 サバンナに生息するチータやライオンなどの大型のネコ科の捕食者は、獲物の草食動物を捕らえる際に、できるだけ気づかれないように忍び寄って距離を縮めてから一気に襲いかかります。本テーマでは、忍び寄り型捕食者の狩猟行動パタンを理解する上で、捕食者が獲物へ近づく各ステップで攻撃(attack)あるいは忍び寄り(stalk)のいづれかを選択する多段階意思決定過程と捉えて、その攻撃距離を決める要因が何かを解析しました。

 捕食者は獲物に近づけば近づくほど狩り(hunt)の成功率は上がります。一方で近づく過程で獲物に気づかれると狩りの成功率は一気に下ります。このような制約の下で確率的動的計画法によって最適な攻撃距離を求めました。解析結果はたいへん明快で、クモのように捕食者が待ち伏せし獲物が近づくと襲いかかる待ち伏せ型捕食者(sit and wait predator)にも適用できます。

(A) 生物間のシグナルとコミュニケーションの共進化 (1991-1998)

キーワード:シグナル、コミュニケーション、正直シグナル(honest signaling)、共進化、ハンディキャップ原理、警告シグナル、初期進化、連想学習、ピークシフト、汎化、間接学習効果、擬態

・S. Yachi (1995) How can honest signaling evolve?-the role of handicap principle. Proc.Roy. Soc. Lond. B. 262:283-288

 生物間のシグナルを使ったコミュニケーションシステムは、種内・種間を問わず、闘争・配偶行動・捕食など生物の意志決定において基本的な役割を担っています。本テーマでは、生物シグナルの特徴である「正直さ(honesty)」の初期進化を、シグナルの発信者と受信者間のコミュニケーションシステムに、ハンディキャップ原理を組み込んだ共進化モデルを構築して解析しました(博士学位論文:正直なシグナルはいかにして進化しうるか?-ハンディキャップ原理の役割- 1995年)。


・S. Yachi and M. Higashi (1998) The evolution of warning signals. Nature 394:882-884

 生物間のシグナルによるコミュニケーションシステムの理論的研究の一貫として、捕食者の連想学習と汎化を取り込んだ新しいモデルを開発することで、警告シグナルの「派手さ(conspicuousness)」の初期進化の問題に取り組みました。モデルの解析から、警告シグナルの派手さの初期進化には、間接学習効果が重要であるという間接学習仮説を東正彦氏と提唱しました(東正彦氏と共同研究)。

(B) BIODEPTH(EU国際共同プロジェクト)(1997-1999)

キーワード:生物多様性、生態系機能、操作実験、選択効果と相補性効果、地理的勾配、保険仮説

・S. Yachi and M. Loreau (1999) Biodiversity and ecosystem productivity in a fluctuating environment: the insurance hypothesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96:1463-1468

 EU(ヨーロッパ連合)の生物多様性と生態系機能に関する国際共同プロジェクトBIODEPTHに参加しました。BIODEPTHとは、"BIODiversity and Ecological Processes in Terrestrial Herbaceous ecosystems : Experimental manipulation of herbaceous plants communities"というプロジェクトの略称です。参加各国の実験圃場において、共通のプロトコルに基いた草原生態系の操作実験を行い、生物多様性と生産性をはじめとする生態系機能の関係を、実験的・理論的に検証しました。国際共同研究によって、ヨーロッパの南北の地理的環境勾配の影響をも検討した点に特徴があります。

 私は、理論を担当するフランスのMichel Loreau教授の下でポスドクとして参加し、生物多様性が生態系機能に与える効果を数理モデルで解析し、選択効果と相補性効果(短期的)、保険効果(長期的)に関する理論枠組を共同で提出しました。

(B) 生物多様性と生態複合に関する日英米共同研究(1997-2000)

キーワード:生態複合(生態的相互作用と生息環境の不均一性)、生物多様性、生態系の安定性と効率、理論-制御実験-野外実験-野外調査、エコトロン、シンバイオトロン、フィールドステーション

・N. Yamamura, S. Yachi and M. Higashi (2001) An ecosystem organization model explaining diversity at an ecosystem level: coevolution of primary producer and decomposer. Ecological Research 16:975-982

 日本、米国、英国の3研究グループ間の「生物多様性と生態複合の関係」に関する国際共同研究に参加しました。この国際協同研究の目的は、1.どのようにして生態複合性(生態的相互作用と生息環境の不均一性)が生物多様性を促進するのか? 2.どのようにして生物多様性が生態複合と生態系の安定性・効率を促進するのか? の2つの問題に焦点を当て、3研究グループ間の相互訪問とインターネットによる情報交換・研究交流によって推進するものでした。

 私は理論班の分担研究者として、生物多様性、生態系の安定性に関する研究を東正彦氏・山村則男氏とともに推進しました。

(B) 生物多様性と生態系機能の関係の理論的研究 (2002-2006)

キーワード:生物多様性、生態系機能、光競争モデル、competitive imbalance, competitive relaxation, light complementarity index

・S. Yachi and M. Loreau (2007) Does complementary resource use enhance ecosystem functioning? A model of light competition in plant communities. Ecology Letters 10:54-62

・E. Vojtech, M. Loreau, S. Yachi, M. Sphehn, and A. Hector (2008) Light partitioning in experimental grass communities. Oikos 117:1351-1361

 BIODEPTH後の継続研究です。草本生態系を対象に、相補性効果と選択効果という2つの多様性効果の影響を理論的に評価する数理モデルを解析しました(Michel Loreau教授との共同研究)。その結果をもとに、草本生態系における操作実験結果の評価をおこなう統計的手法との対応を検討しました(Andy Hector氏らと共同研究)。

(B) 地球環境情報収集の方法の確立-総合調査マニュアルの作成に向けて-(未来開拓学術研究推進事業 アジア地域の環境保全)(1999-2001)

キーワード:地球環境情報、流域管理、アジア地域の多様性、流域管理のための総合調査マニュアル、指標、モデル、要因連関図式、GIS、安定同位体、環境容量

・和田プロジェクト編(共編・執筆) (2002) 「流域管理のための総合調査マニュアル」京都大学生態学研究センター発行 384pp.

lambirforest


(B) 未来開拓学術推進研究事業 複合領域6「アジア地域の環境保全」の6プロジェクトの1つです。物質循環の空間的なユニットである集水域を対象とし、自然界の物質循環とそれにかかわる人間の諸活動を包括分析していくことによって、自然システムと人間社会システムの共存の道を拓くことを目指したプロジェクトです。

 多様な研究分野の研究者の連携による研究成果をふまえ、集水域(流域)を中心とする地球環境の適切な情報収集の具体的な方法を確立するとともに、成果物として、21世紀における地球環境に関する総合調査マニュアルを作成しました(『流域管理のための総合調査マニュアル』)。私は、リサーチ・アソシエイトとして参加し、主成果物である総合調査マニュアルの編集と執筆を共同でおこないました。


・谷内茂雄・脇田健一・原雄一・田中拓弥 (2002) 水循環と流域圏-流域の水環境の総合的な診断法-. 環境情報科学 31:17-23

 この論文は、この総合調査マニュアルのエッセンスを紹介したものです。主要成果物である『流域管理のための総合調査マニュアル』をもとに、アジア地域の多様な流域の水環境が抱える課題をいかに発見し、その現状を診断するかという流域診断の方法論について要約しました。文理連携、流域診断の主体、順応的管理、地域でのカスタマイズによるLinuxシステムの構築を提案しました。

(B) 価値観の変化が環境の改善・維持に果たす役割の理論的検討 (1999-2000)

キーワード:地球環境問題、価値観、効用、環境意識、エコ型・非エコ型ライフスタイル、社会学習、社会的な侵入安定性

・S. Yachi (1999) A co-dynamics model of sense of values, society and environment International workshop on sustainable watershed(大津)

・谷内茂雄 (2000) 価値観の変化が環境の改善・維持に果たす役割の理論的検討 (日本生態学会大47回大会口頭発表)

 上記の和田プロジェクトで、プロジェクト研究の一環としておこなった数理モデルによる理論的研究です。価値観のダイナミクスを効用関数と社会学習によって記述し、マクロな社会のエコ型ライフスタイルの頻度と環境改善レベルの相互ダイナミクスを、社会-生態システムのダイナミクスとして表しました。進化的安定性(ESS)にパラレルな社会的安定性を基準として採用し、環境改善が持続的に維持される条件を解析したものです。

(B) 琵琶湖-淀川水系における流域管理モデルの構築  (総合地球環境学研究所プロジェクト2002-2006)

キーワード:流域管理、階層性、流域ガバナンス、階層化された流域管理、環境診断、順応的管理、コミュニケーション、文理連携、琵琶湖-淀川水系、農業濁水問題、地球環境学

・谷内茂雄・田中拓弥・中野孝教・陀安一郎・脇田健一・原雄一・和田英太郎 (2007)総合地球環境学研究所の琵琶湖-淀川水系への取り組み:農業濁水問題を事例として. 環境科学会誌 20:207-214

・和田英太郎(監修)(2009)「流域環境学-流域ガバナンスの理論と実践」564ページ 京都大学学術出版会

lambirforest


 総合地球環境学研究所の最初期の5プロジェクトの1つです。流域管理の上では、流域の階層性に由来する多様なステークホルダー間の問題認識の違いが、トップダウンとボトムアップの対立を引き起こします。この問題を乗り越えるため、「階層化された流域管理」というしくみを提案し、琵琶湖流域における農業濁水問題を事例として、コミュニケーションを基盤とした環境診断・流域管理の方法論を開発しました。

 1)住民参加・ガバナンスを理念とした流域管理のための新しい方法論を、2)理工学と社会科学の連携による分野横断的なアプローチによって、3)琵琶湖流域の3つの階層(滋賀県:マクロスケール、滋賀県彦根市稲枝地域:メソスケール、稲枝地域内の集落群:ミクロスケール)での実践的な調査活動をもとに、4)時代の要請にこたえうる流域環境学・地球環境学をめざして推進してきた点に特徴があります。私は、サブリーダー(2002年4月~2004年7月)およびリーダー(2004年8月~2007年3月)として和田英太郎氏とプロジェクトを総括しました。

 著書は、このプロジェクトのエッセンスをまとめたたものです。また、論文では、地球研の概要、プロジェクトの問題意識と基本概念、方法、重要成果、成果と流域管理・地球環境問題との関係について要約しました。