トップページ | プロフィール  | 業績 | 研究内容  | ヤクザル調査隊  | 写真集  | 講義  |  


屋久島上部域のニホンザルの採食生態と行動生態

 屋久島は、標高によって大きく異なる環境がすぐ近くに存在しているという、動物が生息環境から受ける影響を明らかにするには最適な場所です。博士課程で、「ヤクザル調査隊」の成果の上に立って、屋久島上部域での本格的な調査を2年間行いました。学位を取ってからも、半年間の調査を行いました。

 「ヤクザル調査隊」の調査が大人数のにぎやかな調査であるのに対し、ふだんは、誰にも会わないような山奥の林道の終点でキャンプして調査しています。大学院時代の2年間の調査では、合計400日ほどを山の中で過ごしました。このキャンプは、「ヤクザル調査隊」の隊員が大勢でご飯を食べている写真と同じ場所です。





1. 採食生態

 糞分析によって、ニホンザルの食性の標高による変異を調査し、その結果、食性が標高により連続的に変異すること、果実の利用可能性の変異が食性の標高と季節による変異をひきおこしていることをつきとめました。この論文はPrimates」誌に発表しました。

 さらに、屋久島上部域で一つの群れを人付けし、この群れを1年間行動観察して、上部域のニホンザルの食性をより詳しく明らかにしました。この地域のニホンザルは葉などの繊維性食物を非常に多く採食し、従来ニホンザルにとって重要な食物であるとされた果実や種子の採食時間はわずかでした。しかし、果実や種子の採食はこれらの食物の利用可能性と強い相関があり、ニホンザルは果実や種子を選好してはいるものの、利用可能性が低いために実際の採食時間は短くなっているものと考えられました。この結果は、高質の食物である果実や種子に対する強い選好性と、繊維性の食物に対する耐性は、果実生産量の少ない温帯の霊長類にとって必須の適応である可能性が高いことを強く示唆するものです。この論文はInternational Journal of Primatology」誌に発表しました。

 屋久島のニホンザルがどのように葉食物を選択しているのかについて、海岸部で調査していた後輩の清野未恵子さんらと共同で研究を行いました。上部域・海岸部ともに、タンパク質を多く含む種が主要食物として選ばれていましたが、上部域では、それに加えて縮合タンニンの多い葉を避ける傾向がありました。これは、上部域では葉の絶対的な採食量が多いため、タンニン含有量が多い葉を食べるとタンニンを過剰に摂取してしまうためであると考えられました。どちらの森林でも、主要採食種の中では、化学成分にかかわらず、密度の高い種の葉を多く食べる傾向がありました。探索のための時間コストの節約は、食物選択の上で栄養成分よりも場合によっては重要であることを示すものです。この論文はJournal of Zoology」誌に発表しました。

 同じ群れを対象に、活動時間配分の季節変異を引き起こす環境要因について分析しました。その結果、採食時間や移動時間には、採食速度や果実の利用可能性などの食物に関する要因だけでなく、気温が非常に大きな影響を与えていました。この結果は、体温調節のコストが 活動時間配分を決定する大きな要因であることを示唆しています。この論文は American Journal of Primatology」誌に発表しました。

 遊動パターンについても研究を行いました。対象の群れは、5月から9月は高標高で国立公園内の原生林を、そのほかの季節は低標高の伐採地周辺を利用しており、これはその時期に食物条件がよい場所を利用しているのだと考えらえました。また、遊動速度も、その月の食性と気温の影響を受けていました。この論文はAmerican Journal of Primatology」誌に発表しました。


2. 社会生態学: 食物が採食競合と社会関係に与える影響

 屋久島の上部域のニホンザルは海岸部と大きく異なる環境に生息していることから、生息環境が群れ内の社会関係を決定する、とする社会生態学の理論を、海岸部と上部域の比較によって検証しました。その結果、海岸部のほうが上部域よりも群れ間の直接的競合が強くはたらいていることがことがわかりました。これは、上部域が果実生産が少なく相対的に貧しい環境であるため、遊動域には防衛するほどの価値がないのに対し、果実生産の豊富な海岸部では、土地という豊かな資源をめぐって群れ同士が争っているからだと考えられます。一方、これらの違いにもかかわらず、群れ内のメス間の毛づくろい関係や攻撃的関係などの社会関係には、顕著な違いが見られませんでした。ニホンザルは、生態がたいへん柔軟であるのに対し、社会行動は可塑性に乏しいのかもしれません。この結果は、Primates」誌に発表しました。

 また、採食中の攻撃的交渉に、食物の種類と採食場所の数が影響していることを明らかにし、International Journal of Primatology」誌に発表しました。


3. 体温調節行動

 活動時間配分の研究からも明らかなように、温帯の特質として、果実生産の季節性が大きいことだけでなく、気温の季節変化が大きいこと、単純にいえば冬があることも重要です。低温に対する適応として、行動的体温調節について、海岸部で調査していた清野未恵子さんらと共同で研究を行いました。その結果、上部域と海岸部では、平均気温が7度あまりも違うにもかかわらず、日向ぼっこサルダンゴのような体温調節行動をする頻度は、変わりがありませんでした。これは、ニホンザルはそれぞれの地域の温度環境に順応しており、もっとも寒さの厳しい時期だけ体温調節行動を行っているのだと考えられます。また、体温調節行動によって、体表面の温度は1-2度上昇しており、これは体温維持に必要な生理的エネルギーを10%程度節約することになっているかもしれません。この結果は、American Journal of Primatology」誌に発表しました。

 カメラトラップを用いて、夜間も含めた活動パターンを分析しました。直接観察による研究と同様、気温が高い季節に撮影が多くなる傾向がありました。一日の中では、日の出後1時間と日中に撮影が多く、冬には日の出前1時間の活動が少なくなり、正午ごろへの撮影が集中する傾向があり、さらに午前から午後により撮影が多くなっていました。これらのことは、サルの1日の活動パターンが、基本的に温度条件に対応していることを示しています。また、ごくわずかな雨でも、活動には負の影響がありました。この論文はPLoS ONE」誌に発表しました。


戻る


<文責: 半谷吾郎 (hanya.goro.5z<atmark>kyoto-u.ac.jp)>
<問い合わせ先:半谷吾郎 (hanya.goro.5z<atmark>kyoto-u.ac.jp)>
<最終改変日: 2020年8月4日>