Kei Koba's website in CER, Kyoto University ~ Ecosystems Ecology with Isotope Techniques ~

木庭の教育研究内容(2016年12月5日追記中):ご興味あればお気軽に是非ご連絡下さい!(特に学部生・大学院生の皆様)

安定同位体の自然存在比を用いた様々な生態系における生態系構造・生物環境相互作用・物質循環の解析

2016年2月に京都大学生態学研究センターに異動してきました(これを書いているのは2016/12/5とだいぶたってしまいましたが、ちょっと落ち着いたので書いています)。いろいろな学生さんと何かおもしろそうなことをやっていけたらと思っています。

まず、学生さんとの研究(卒論、修論、D論)についてですが、なにかやりたいと言うことがあればそれに120%何かしらの形でサポートできるようにするというのが、教職に就いてから一貫して変わらないスタンスです。何かやりたいというテーマがあれば、それを最も尊重した形で、実際に「研究」として手を動かせる形に一緒に調整しながら学生さんの自主性を尊重しやってゆく、一言で言えば「自分の研究を自分でやってゆく」のにつかってもらう、というのがいいと思ってやってきました。

とはいえ、修士ででる人はほぼ1年くらいしか研究に時間を割くことができないのが現状です。そのなかで、問題発見から解決法の選定・発見、得られたデータの吟味、発表、といった研究の流れを一通りやってもらう、ということを考えると、研究というはしごを登ってもらう第一歩については、足をかけてあげる、つまりは、ある程度のテーマの流れを提示してあげる、ということも学生さんの考え方に応じてやってきています。大事なのは修士、博士の間で自分達の能力を確実に伸ばすこと、どこまでどうのばすのかというのは一人一人違います。新幹線でも自家用車でも自転車でも東京には行けますが、その時の目的が違いますよね。その目的を話し合いつつ、どうやっていこうかというのを考えていけたらと思っていますし、これまでずっとそうやってきました。もちろん「研究」の進みとしては大変遅くなりますが、研究が進まなくても学生さんの研究力、もっと具体的には理解力、類推力、思考力などが発展することに重きを置きます。

2017年度は学生さんがまだ少ないので、余裕を持っていろいろな種をまきながら進めてゆこうと思っていますし、他学部、他大学(国外含む)からいろいろな人がやってきていろいろな視点で同位体などのツールを使ってくれる予定です。

 

で、、、、

これからやって行きたいことは

生態系を丸ごとみたい

です。個々の生物、個々の環境、という小さな枠ではなく、システムとしての生態系をなんとか手触りのあるものとして理解していきたい、と思っています。そのためのツールとして、または環境と生物の共通言語、共通通貨としての生元素(NとかPとかCとか)に着目するという立場をとっています。もう少し具体的に書けば

安定同位体の技術を用いつつ、生態系の機能に様々な生物がどのように関連しているのか
その結果、生態系機能の一つである生元素の循環がどのように変わって行くのか
またその生元素の循環が生物個体、生態系全体へどのように(進化的に、も含め)影響して行くのか
    を明らかにする

ということになります。これまで生態系の一番根底をなす(trophic levelでいえば1より下の、ゼロ、である)、一次生産者に利用できる窒素源(アンモニウムイオンや硝酸イオン)から生態系を上に見上げてきました。これからはその視点に加えて、高次の生物(特に動物)からトップダウンで生態系を見てゆくことで、どのように生態系を理解してゆけるかについて挑戦してゆきたいと思っています。もちろんこれまでの微生物や微生物と植物の関係(菌根とか)についても、とくに同位体比を駆使しておもしろおかしくやっていけたらと思っていますが、それはまぁ、すでにやってきていることなので目星はつくのです。ここからもう一歩、今の自分の知識・経験では簡単にできるとは思えないけれど、でも、挑戦しがいがありそう、な研究テーマを考えて、実際にやって行きたいと思っています。

常に頭にあるのは

* 新しい測定法の開発を通じた新しい生態系の見方を創り出す
* 一側面だけでなく様々な側面から生態系を見る

です(後者は授業(環境生態学)でも何度も強調した点ですね)。 キーワード・キータームとしては、たとえば

* 生態化学量論と安定同位体のマッチング(異なる手法で生態系を観る)
* 高解像情報(時間分解能、空間分解能) をどう取得するのか(新しいデータの取得・解析法の開発)
* 微量試料での環境測定(これまでできなかった分解能でデータ取得を実現する)

などでしょうか。それなりに高いレベルを目指します。高いレベルで研究を進めることで、分かることがたくさんあるからです。そのような状況で研究を行う空気なり環境なりを整える、準備することが、学生さんに対する礼儀だと思いますので、、、。

 

漠としたことを書いてもよくわからないと思うので、なんとか具体的な研究案として挙げてみます。

生態化学量論と同位体比の(丁寧な?)マッチング

生物の生態を考える際に、生態化学量論(Ecological Stoichiometry)という考え方はとても強力で、様々な生態情報解析を可能にしてきています。 授業ではRedfield比やC/N比の話をしましたね。あれはほんの入り口です。ごくごく簡単に言えば、生物のC/N/Pといった生元素の割合、その変化から生物の生態(繁殖、防御、環境との応答など)について情報を得るという手法です。

一方でこばがやってきた安定同位体というツールも、それなりにいろいろなことを教えてくれます。たとえば栄養段階とか栄養源判定など。

では、この両方を合わせて生物の生態を解析したら・・・・と思ってきたのですが、実はあまり進んでいないのです。「両方やってみたいなぁ」と思い始めたのは、たしか、博士課程のころ、それこそ生態研セミナーで占部さん吉岡さんが発表したときに、所属していた農学部森林生態学研究室の川口さんが「二人ともすごい。けど、もしかしたら同じようなことを違う手法で言っているのかもね」とつぶやいたときからでした。川口さんの(相変わらずの)洗練された視線はすごいなぁとおもいつつ、そうだよな、この2つ、何とか合わせていったらおもしろいんだろうな、と思い始めたのでした。もちろん、この両者、つまり"ecological stochiometry"と"stable isotope"の組み合わせ、というのはいろいろな人が考えるわけです。が、ずっと検索していても、あまり「がっつり」この両者を使ってやっている研究が見あたらないのです。ずっと頭にある論文としては、Ecological Stoichiometryという名著(といっても読み切れていないのですが汗・・・)の著者の一人であるSternerさんの論文(Adams and Sterner 2001 Limnology and Oceanography)になるわけですが、、、もうちょっとなにかできないかなぁ、、または、こういう仕事をもっと丁寧にやってゆけないかなぁ、、と思ってもう20年近くになります。そろそろやってもいいんじゃないかしら、と。

 

より具体的(具体的になっていないという危惧が・・・)トピックとして

【プランPO】昆虫、土壌動物、動物プランクトンなどの「個体」ごとについての生態化学量論データ+炭素窒素安定同位体比の取得を可能とする測定技術の開発

たとえばミジンコのC/N/Pを測定する、さらにはその炭素や窒素の安定同位体比を測定する、ということは世界中で盛んにやられていることです。目新しいことはあまりありません。ですが、その実際はかなり大変です。先に挙げたAdams and Sterner (2001)では10匹くらいのミジンコをまとめて窒素同位体比測定をしています。炭素同位体比測定はしていないのかもしれませんし、ミジンコ自体の炭素窒素濃度も10匹まとめて測定しているようです。Pについては実験系で変動させていないこともあり測定されていないようです。

まずは生態化学量論の方でも「CとNとPを1つのサンプルから測定できないのは・・」ということらしく、2015年には、それを何とかしましょう、という論文(Gibson et al. 2015, L&O Methods)が出ています。がんばってます。でも、これでは同位体比が測れない・・・・

そこで、Gilson et al. 2015でも使われている湿式酸化(persulfate oxidation method) を用いて、まずはミジンコのような柔らかい生物を分解し、そのCを溶存CO2ガスとして、Pをリン酸イオンとして、Nを硝酸イオンとして回収できるように湿式酸化を改良し、その上で、CO2の同位体比を測定できるようにすることで炭素の同位体比を、さらに残った硝酸イオンを特殊な脱窒菌により一酸化二窒素(N2O)ガスに変換して窒素同位体比を測定できるようにしたい、と考えています。これは、簡単そうですが、まだ世界でこばの知る限りできていない測定技術だと思います。CO2にしてしまえば、名古屋大学の角皆研究室で行われているように(Ishimura et al. 2004, 2008など)、cryofocusして導入したらCO2は微量で測定できるはずです。あそこでできることがうちでできるかというととてもできないので、まぁ、その1/10位でいいので、、それでもいけるかと、、、、

ハードルはたくさんあります。ミジンコをどう洗うか?試薬ブランクの問題、CO2の測定(濃度・同位体比)、リン酸濃度定量の安定性、などなど、、、、しかし、湿式酸化は長い歴史がありますし、頑張れば何とかなるのではないか、、、と。

さらに、では、もっと小難しそうな、たとえば昆虫、土壌動物などはどうか。こうなるとなかなか難しいです。湿式酸化の威力がどこまであるか、、、素直な湿式酸化でだめであれば、UVを使ったり、もう一つ前処理を使ったり、、、というさらなる工夫が必要かもしれません。このあたりがまさに「研究」かもしれません。難しいに決まっていますが難しいだけに、ひとたび方法を確立したら世界でもそうそうまねされないものができると思います。

 

【プラン排出窒素】昆虫、土壌動物、魚類などから放出される窒素化合物の同位体比測定

最近、水域の動物が物質循環にも大きな影響を与えていると言うことがわかってきました(Allgeier et al. 2016, Nature Communications; Vanni and McIntyre 2016, Ecology)。簡単に言えば、魚類などが放出する窒素やリンという養分(その放出は生態化学量論に左右されるところがあるのですが)は意外なほどの量になるということなのですが、では、その窒素がどのように生態系の他の生物へと利用されているか、、、には安定同位体比が有効なツールになり得ます。しかし、、、どのような同位体比をとるのか、その同位体比がどのような要因に左右されるのか、はほとんどわかっていません。直接放出された窒素を測定した研究は、その放出窒素の測定が困難なために少ないのが現状です。なんと、食物網論文の金字塔であるMinagawa and Wada (1984) GCAではグッピーの放出窒素(アンモニア-->アンモニウム)を測定し、その15N濃度が低いことから、体が15N濃縮することを確かめています。こばが知る限り、他の直接測定例としてSteele and Daniel (1978) J. Agric. Sci.では尿の同位体比を、Checkley and Miller (1989) DSRで動物プランクトンの放出アンモニアを測定しているものくらいかと(もっとあると思うのですが)

放出される窒素は測定が極めて難しいのです。微量だし、ほうっておくと、微生物が変換してしまうし、、、、ただ、放出速度とその同位体比を調べ定式化することは、大型動物の水域における窒素循環へのトップダウン影響を査定するのに不可欠であり、何とかしなければなりません(陸上だとホットスポットとして見ることができるので比較的楽なのかもしれませんが・・・シカのフンの栄養とか)。

そこでこれまで開発(?)してきた微量溶存窒素の濃度及び同位体比測定技術を使って、どのような動物が、どのような餌、環境条件で、どれだけ窒素やリンを放出するか、その時の同位体比はどうなっているか、というのを定式化します。これは、上記の論文にあるように体サイズや栄養段階といった個体の状態(生態)と物質循環(そして物質を介した他の生物・環境とのつながり)を研究してゆく上で大事なリンクを提供することができるはずです。エネルギー転換効率とのかねあいとかね。

 

【プラン耳石】行動履歴を追跡可能にする新たな同位体比測定・解析手法の確立


動物の行動を追跡するバイオロギングがいま熱いのです。一方、じゃぁ、どれだけ動いているの、とか、どれだけそこで餌を食べているの、というような「定量的」な話をするときには安定同位体は有効であり(ほんまかいな)、これもあほみたいな話ですが、バイオロギングと同位体をうまくマッチングさせたらさぞかしおもしろかろう、と思って、いろいろやってきました。が、残念ながらバイオロギングの発展に対して、同位体の発展が遅々として進まず、、、見えてくる時間スケールがかなり違っているのが現状です。

四の五の言わずに、とにかく動物の行動履歴を追え!といわれたら、同位体比では骨のコラーゲンの酸素同位体比など、様々な手法があります。たとえばHobsonさんの仕事をおさらいすれば、どれだけ同位体が使えるかがわかるかもしれません(たとえば"
Tracking Animal Migration with Stable Isotopes"という本が入り口としてはわかりやすいかもしれません)。食物網なり餌資源の判定に利用されている窒素や炭素の同位体比についても様々な研究がなされています。で、では、どうするか。

魚の耳石、または鱗には魚の行動履歴が物質として保存されています。Sr/Ca比はよく知られたパラメーターですし、耳石の酸素同位体比からもいろいろなことがわかります。今回は、その窒素同位体比を何とか測定することで栄養段階の変化または餌資源の変化というものを追跡できないかと言うことを考えています。

 

【プラン窒素飽和】stoichiometagenomics(というかゲノム縮小)と同位体比のマッチングによる窒素という養分の過剰、不足がもたらす生態系全体への波及効果の追跡

簡単に言えば、人間活動によってもたらされる大量の窒素が、どのように生態系全体に影響を及ぼすのかを徹底的に追求したいと言うことです。これまでの研究は、植物、微生物、土壌養分などについて多くの知見をもたらしてきましたが、より高次の生物への影響はなかなか見ることが難しく、着目されていません。しかし、緩やかに変化が進行している可能性があるわけで、それが通常の観測では見えないと言うこともあり得るはずです。

たとえばNが欠乏する環境では、ゲノム縮小(genome streamliningであってますか?)が生じると言われていますが、微生物に限った話である、という研究例が近年出てきています。では、Nが過剰になるとどうなるのでしょう?その影響は、微生物にのみ?それとも高次の生物へと?さらに、実環境でのN欠、N過多というのは、生物だけでなく、環境にも物理化学的に大きな影響を与えます(たとえばカチオン流出とか、土壌酸性化とか;これも「環境生態学」でやりましたね)。その辺も含めて、「生態系」全体にどのような影響を与えるかというのを、むしろ分子生物学的なアプローチを主流においてやってゆくとどうなるか、というのを課題としています。


【プランTCEA】水素同位体比の食物網・行動履歴解析への利用

京大CERにある、TC/EA-IRMSを積極的に利用して、特に水素同位体比を用いた食物網解析を考えています。窒素炭素は今やだれでも簡単に測定解析ができるようになっています。今後の発展系として、他の元素、特にあまりやられていない水素については是非挑戦していきたいと思っております。動物の飼育実験から始めて、基礎の基礎から丁寧にやれたらと思っています。

 

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こばの ResearcherID をクリックしていただけば、情報が得られると思います。また weblog には(とくに昔のものについては)、色々と野外で何をやっているか、とか、教育研究活動が実際にどんな感じで進んでいるか(進んでいないか!)が記されていると思いますので、ご興味のある方は読んでみてください(この頃は はてな で書いていることが多いです)。

地味に「教育研究」と「研究教育」を使い分けていたりしますが,,,,

 

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木庭は、様々な「システム」全てに興味を持っています。会社の組織論(どのように会社は「死ぬ」べきなのかとかを考えています)、失敗学、流行りのネットワーク理論とか(理論が分かるわけではないのですが、、)などなど。いろいろな特徴を持ったシステムに、様々な形で研究者はアプローチしています。そして、自然生態系のことを考える際にも、異なるアプローチから学ぶことが大変多くあります。

物質循環研究とは、平たくいえば、ある環境の中に、ある物質が、どのように入ってきて(生産されて)、どのように出てゆくか(消費されるか)を見ているのです。窒素を考えると、森林生態系には、雨などで窒素が供給され、森林の中で微生物から動植物まで、様々な生物に利用され、一部は吸着のような、化学的変化を受けます。最終的には、たとえば渓流水に含まれた状態で、生態系から出てゆきます。ある元素の出入り、その元素が生態系の中でどのように循環しているか、その循環の仕組みが、生態系外の環境が変わったり、生態系内の様々な要素(たとえば動物相)が変化するとどう反応するか、などを研究しています。

様々な生態系(特に、森林 vs 農地 vs 河川 vs 湖沼 vs 湿地)を対象としているので、書き方が難しいですが、木庭の研究内容を表すキータームとしては以下のようなものがあげられます。

  • 微小環境での酸化還元状態
  • 植物の窒素利用
  • 硝化と脱窒
  • 微生物群集構造と物質循環のより積極的なリンク
  • 物質濃度とはなんなのだろうか?

2012年1月現在、行っている研究の一部を少し具体的に書いてみますと

  • 硝酸の窒素酸素安定同位体比を用いた森林の硝酸保持能力について
  • 森林窒素循環のopennessと土壌の窒素安定同位体比について
  • 植物および土壌の窒素安定同位体比と森林窒素循環の関係についてのシミュレーション
  • 土壌微生物バイオマスの窒素安定同位体比とストイキオメトリー
  • 土壌総硝化速度の決定要因
  • 窒素飽和森林での土壌硝化をになう微生物群集について
  • 温室効果ガス(とくにメタン、一酸化二窒素)の生成および消費プロセスについて
  • 植物の窒素利用と窒素可給性
  • 微量窒素化合物の窒素および酸素安定同位体比測定技術の確立
  • 湖沼・河川での窒素循環解析への、窒素化合物の窒素酸素同位体比の適用
  • 下水処理における窒素循環の同位体トレーサーを使った解析手法の確立

のようになるでしょうか。まだまだありますが書ききれません。ご興味のある方は是非ご連絡いただければと思います。また、具体的な成果については左上のCVにある情報、また、ResearcherIDからたどることのできる学術論文を参照していただければと思います。

いくつかについてもう少し詳細に書いてみようと思います。

安定同位体の自然存在比を用いた様々な生態系における物質循環の解析

 窒素循環に代表される生元素の生態系における循環は、たとえば窒素が陸上生態系の一次生産を制限する要因になることが多いといった特徴からもわかるように、生態系の基盤として大変重要なものです。しかし、どこまでわかっているのか?となると、ほとんどわかっていない、と敢えて言ってしまいたくなるほど、複雑なものです。近年では、窒素循環の中で「漏れ出て」くる一酸化二窒素のようなガスが、地球環境に大きな影響を与えていることが明らかになってきており、窒素循環という研究対象は、様々な側面において重要なのですが、窒素循環を制御しているものは、窒素だけでなく、水だったり、炭素だったり、ほかの元素だったり、はたまた全く別の化学的プロセスだったりして、窒素循環を解き明かすためには、その他多くの環境要因についても研究しなければならない、ということになるわけで、この困難さが、窒素循環研究の進展を阻んでいる一つの要因だと思っています。

 多くの生物にとって窒素が必須であることから、植物や微生物が利用可能な窒素(たとえば、アンモニウム、硝酸、アミノ酸など)の滞留時間は非常に短いことが知られています。土壌中のアンモニウムなどは平均数時間から数日でほかの物質に変わっています。そのため、ある時に採取した土壌の中に、どれだけ窒素があるか、ないかという情報(濃度情報)は、まさにスナップショット、写真でパチリと走っている馬を撮ったようなもので、どれだけ早く馬が走っているか、というような、本当に知りたい循環系、あるシステムの挙動についての情報はなかなか得られません。

 ということで、こばは、物質中に含まれている生元素(たとえば窒素)の安定同位体(14Nと15N)の自然存在比の変動をつかって、実際の野外で何が起きていたのか?を解析しようとこれまでやってきました。僕の髪の毛の中にも、宇宙空間に漂う隕石のなかにも、14Nと15Nは含まれています。が、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけその割合が異なります。それは、乱暴な言い方をしてしまえば、ある反応において14Nの方が15Nよりも、ほんのちょっとだけ「軽い」ために、速く反応することが多く、その結果、たとえば僕が食べる食べ物の中の14Nと15Nの比率と、僕の体の14Nと15Nの比率が、ある関係を持って変わってきます。この「ある関係」をうまく使うことで、逆に僕の髪の毛の14Nと15Nの比率を測定することで、和牛を食べているのか、アメリカ産の牛を食べているのか、といったことがわかります。自然生態系の窒素循環の例でいえば、ある渓流水中に含まれている硝酸のうち、何%が雨から直接北硝酸で、何%が、土壌で微生物によって生成された硝酸なのか、を区別することができます。

 同位体の自然存在比によって、上に書いたように物質の区別(色をつける)ことができます(赤い雨硝酸と青い土壌硝酸、という感じ)。また、何が起きているのかを区別することも可能です。硝酸の消費で考えると、脱窒で消費されているのか、微生物の吸収か?はたまた希釈か?を区別できる可能性があります。このように、濃度の変動だけではわからない、「何が起きているのか?」について、もう少しだけ詳細な情報を、、、ということで、安定同位体比のほんの小さなぶれを解析することで、実際の生態系の中で起きている現象を少しでも定量的に解析しようと日夜奮闘しています。。。

対象としている生態系は多岐にわたります。これは、いいことばかりではありません。ですが、多様な側面を持っている生元素循環をよりよく理解しようと思ったら、高層大気の反応から、何千年も土壌に存在している窒素の反応、そして深海のそこにある堆積物の間隙水中の窒素化合物の反応まで、色々なものを相手にしなければだめではなかろうかということで、降水、森林、湿地、農地、河川、湖沼、沿岸態の様々な生態系を研究対象にしています。研究の一部は、論文の中身や、左のリンクからたどれる weblog に色々書いてあると思いますので、興味のある方は見てみてください。 あまり写真をちゃんと載せてこなかったのがまずいのですが、たとえば、北アラスカツンドラ生態系の調査(2000年2004年2006年2007年)、モンゴルTuul川調査(2005年)、長野県木崎湖調査(2008年の一例)などが参考になるかもしれません。

 



 

(初出:2006年12月30日、追記2011年7月15日、2012年1月22日, 2016年2月21日、2016年12月5日、2017年1月9日)