京都大学 生態学研究センター

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第261回 2014年11月21日(金)14:00~17:00

修士課程1年 平野友幹

今回の生態研セミナーでは東京大学大学院新領域創成科学研究所の奈良一秀さんと京都大学生態学研究センターの佐藤博俊さんにご講演頂いた。

奈良さんは「外生菌根菌の機能と生態」というタイトルで外生菌根菌を対象とした様々な研究を紹介してくださった。外生菌根菌は植物の根につき光合成産物をもらう代わりに栄養塩を渡すという共生関係を結んでいる。まずは大規模な攪乱が起こった地域における菌類遷移と植物との関係を調査した研究を紹介していただいた。調査地である宝永山ではミヤマヤナギが攪乱後に最初に見られる樹木であるが、この植物はパッチ状に点在している。調査からはミヤマヤナギの生長と共に菌類の種が変化すること、初期に出現する菌類は後に出現する菌類と比較して寿命が短い、菌糸が小さい、胞子繁殖であるといった特性に大きな違いが存在することが明らかになった。また、ミヤマヤナギの実生は既にミヤマヤナギが生育するパッチの近くでないと生長できず、後の植生遷移で森を構成する樹種も同様の場所でしか実生が確認されなかった。パッチの地下部では菌根菌による菌糸ネットワークが存在し、このネットワークの存在下では植物の実生は直ちに菌根菌と共生関係を結べるために植物の実生が生育しやすいと推察される。菌類の遷移が明らかになると、攪乱後に植生が無くなってしまった土地に特定の菌類を順番に用いることで植生を素早く回復させるといった応用的な側面が期待されると感じた。

また、奈良さんは絶滅危惧植物と共生する菌根菌の研究も紹介していただいた。北米とアジアに分布するトガサワラ属植物においては寄主特異的な菌類が存在することが明らかになり、植物と菌類の分岐年代が一致することから菌類の分子進化速度を推定することができたという。植物の絶滅危惧種に限らず、まだ説明されていない植物の隔離分布は特定の菌類の種の有無によって説明できるのではないかと感じた。またこれらの種特異的な菌類の存在に関する知見は絶滅危惧種の保全に大きく貢献することが期待される。

佐藤さんは「国際塩基配列データベースを活用した菌類の分布推定」というタイトルで広域分布になりやすいというBaas-Becking仮説を検証した研究を紹介していただいた。調査は屋久島で採集した菌類のDNAの塩基配列情報と、国際塩基配列データベースに登録されている塩基配列の情報を照合すること屋久島で採集された菌類の世界的な分布を明らかにすることであった。屋久島で見られた菌類を外生菌根菌と腐生菌に分けて世界的な分布をみると、外生菌根菌は東アジア地域でしか見られない一方で腐生菌は東アジアからオセアニアにかけて多くが分布するもののアフリカや南米にも分布することが明らかになった。これらのデータから外生菌根菌は距離が大きくなると腐生菌と比較してより菌類の構成種が変化することや、外生菌根菌の分布は特定の植物が存在するかどうかが重要である一方で、腐生菌の分布は環境が大きく関与することが示唆された。この解析では外生菌根菌と腐生菌にしか分類していないため、種ごとの特性を考慮していない点に問題があると感じた。しかし、海外へ行かなくとも世界的な情報が得られる国際塩基配列データベースは有効なツールであり、生物の分布推定だけでなく菌類の多様性の網羅的な調査を行なうなど様々な可能性を感じた。

佐藤さんはさらに外生菌根菌の多様化と寄主転換についての研究を紹介していただいた。オニイグチ属の菌類は寄主が地域によって異なり、その対象はアフリカではMonotoideae、東南アジアではフタバガキ科、東アジアではブナ科やマツ科といった植物であり、この順に寄主転換が起こったことが推定されている。このオニイグチ属の菌類を用いて種分化率を推定するとブナ科やマツを寄主とした後に大きく多様化していることが明らかになった。この原因はまだ解明されていないが、私はブナ科やマツ科を利用する菌種では他の科の植物を利用する菌種に比べて種特異性が高いため、ブナ科やマツ科植物を寄主として利用するようになってからさらなる寄主転換によって多様化が促進されたのではないかと感じた。この研究は生物多様性という生態学の大きな疑問に応える研究であるため、今後はこの多様化の原因を探るさらなる研究が期待される。

修士課程1年 札本 果

今回の生態研セミナーでは、東京大学大学院新領域創成科学研究科の奈良一秀氏と、京都大学生態学研究センターの佐藤博俊氏にご講演頂きました。

奈良氏は、さまざまなアプローチで外生菌根菌の研究を行っています。今回はその中でも「外生菌根共生の機能と生態」というタイトルで、一次遷移への菌根菌の役割や、菌根菌の多様性とその分布を決める要因についてお話しして下さいました。

菌根菌は栄養塩の輸送により宿主植物の成長を促進することが、奈良氏の過去の室内実験により示されています。では、野外においてその共生関係はどのような役割をもつのか。奈良氏は攪乱地(富士山火山荒原)に注目し、目視などにより分布調査を行いました。結果、菌根菌は初期に定着するミヤマヤナギの近くにしか存在せず、カラマツやダケカンバ等はその菌根菌の存在する地域(荒原全体の約1%)にしか定着できない事を明らかにし、加えてこの地域で菌根菌自体も3段階で遷移することも明らかにしました。

次に、奈良氏は菌根菌の繁殖機構の多様さについて研究例を交え紹介したのち、菌根菌の多様性と分布についてお話しして下さいました。菌根菌の分布は主に宿主によって決まると考えられていますが、奈良氏は富士山と石鎚山という狭いスケールでの菌根菌と宿主の分布比較により、菌種が標高に沿って連続的に分布し、その分布が気候によって説明される事を明らかにしました。一方、同時に調査した土壌中の埋土胞子の分布は宿主によって説明され、これらの結果から、菌種ごとに適した環境があり、環境によって優占種が変わる事が示唆されました。奈良氏はDNA解析により、さらに広い空間・時間スケールで研究を進めています。今回は日本固有種で絶滅危惧種であるトガサワラとそれに特異的なショウロ属(菌根菌)の共進化や、比較的隔離期間の浅いスマトラマツの菌根菌のITS領域の変異が少なかったといったものなど、最新の研究結果を紹介して下さいました。

奈良氏の研究は、攪乱地や日本固有種などへの着眼により、菌根菌の機能的役割や菌根菌と宿主の共進化関係などについて新たな知見を蓄積しました。特に攪乱地の研究結果は、共生と独自の遷移という植物と菌根菌の複雑な絡み合いが、森林形成における重要な要素である事を明確に示しています。さらに、菌根菌の分布決定要因の解明は、遷移初期に限らず森林生態系への菌根菌の機能的な役割の理解につながると感じ、さらに詳細なメカニズムの解明に着手してほしいと感じました。今後、菌根菌の機能的な役割の理解と同時に、基礎的なデータの集積によって菌根菌の多様性と分布の解明が解明され、森林生態系のさらなる理解にまでつながっていくことを期待します。

佐藤氏には「国際塩基配列データベースを活用した菌類の分布推定~菌類は汎世界的な分布をもつのか~」 というタイトルで、菌類の世界規模での分布推定の話に加え、現在進行中の外生菌根菌の多様化の起源に関する研究を紹介して下さいました。 菌類は広域に分布し、分解者として重要な役割を担っていますが、互いに形態が類似している別の種(隠蔽種)の存在や、発見の難しさから、菌種の分布範囲は明らかとなっていません。佐藤氏はこの課題に対し、国立生物工学情報センターの提供するblastを使い読解したITS領域の塩基配列の類似性検索することで、屋久島で採集された外生菌根菌と腐生菌の分布の推定を地球規模で試みました。結果、外生菌根菌の分布には宿主植物(ブナ科)の在・不在が影響し、その大部分の分布は東アジア地域に限定され、一方で腐生菌は、気候・環境の影響をあまり受けず、分布もアジア~オセアニア・アフリカ・南米と広範囲に及ぶという、2タイプで分布様式が異なることが示されました。

次に、佐藤氏は、裸子植物から被子植物への宿主樹種の転換が外生菌根菌の多様化を促進したという仮説の検証研究について話して下さいました。佐藤氏はフタバガキ科・ブナ科・マツ科といった幅広い宿主範囲を持つオニイグチ属(外生菌根菌)の分子系統樹から種分化率と絶滅率から多様化率を推定しました。オニイグチ属の宿主の違いと多様化率との関係を検証したところ、温帯のブナ科・マツ科を宿主に持つものでの多様化が高い結果となりました。

いずれの研究も菌類の種ごとの分布に注目しており、前半は国際的なデータベースを使い外生菌根菌と腐生菌の分布傾向の調査を試みたことに、後半は幅広い宿主を持つオニイグチ属を対象にしたところに新奇性がありました。しかし、前半の課題に関しては、登録率の影響を補正しているとはいえ、それによる効果は無視できない以上、登録データを増やすのはもちろん、存在が予想された分布で菌種を調べるなど、分布の正しさを検証する方法の工夫が必要だと思いました。後半の研究に関しては、質疑の際に意見が出たように、宿主の分布面積を考慮し、面積当たりの種分化率で解析しなおしてから再度議論する必要があると思いました。これらの研究は、菌類の多様性の普遍的なメカニズムの解明に関わる内容であり、さらなる工夫のもと、謎を解き明かしてほしいと思いました。

第260回 2014年10月17日(金)14:00~17:00

修士課程2年 岸本 結

神戸大学大学院人間発達環境学研究科の丑丸敦史さんと独立行政法人森林総合研究所の滝久智さんにお話し頂きました。

初めに、丑丸さんに都市における花の表現系形質の多様化についてお話頂きました。都市は土地利用の変化が激しく生物多様性が減少する場所であり、最近になってその生態系が注目され始めました。研究は欧米等の都市の規模が小さい国中心で、メガシティと呼ばれる「大都市」を持つモンスーンアジアでの研究が全く進んでいない状態です。その中で、植物―送粉者(雄花の花粉を雌花に届ける動きを行う昆虫等)の関係の変化についての研究は、二つの反する研究のみだったこともあり、丑丸さんは、送粉者と配偶者の制限の有無による花の形質の変化についての研究を日本のメガシティ「神戸―大阪―京都」で行うことにしたそうです。「神戸―大阪―京都」の一帯は、かつて水田が広がり、水田生態系が都市化によって変化した姿であると考え、水田で一般的な植物のツユクサ(Commelina communis L.)を丑丸さんは研究対象とすることにしました。ツユクサは、自家和合性(同じ植物個体の雄花と雌花同士で受粉し種子を作ることができる性質の事)であり、ハナアブ・ハナバチを媒介者とする一年生草本です。その特徴は、雄花の雄蕊(花粉をつける葯の柄)に多型があり、短いものは花粉を作らず、中間のものは送粉者への報酬としての花粉をつけ、長いものは別の花に運んでもらいたい送粉用の花粉をつけるというものです。このように、自殖(同じ個体内で繁殖すること)可能である一方で、他殖(他の個体と繁殖すること)の形質も持っています。丑丸さんは都市の中心部から里山近くにかけてのそれぞれに生えているツユクサの花の形質と訪れた送粉者を調査しました。その結果、都市部では開花数や送粉者数、持ち出される花粉の量が少なく結実率が低く、都市部と里山付近では送粉者に違い(里山:ホソヒラタアブ・トラマルハナバチ、都市部:ミツバチ)がありました。花の形質については、大きさや葯高は変化ない一方、送粉者が多いほどめしべとおしべが長くなり、花粉の生産量は特に傾向が見られなかったが、送粉者の多い方が雄花率は高いことが分かりました。上記の様に、都市部では送粉者と配偶者に制限が生じていたものの、場所によっては送粉者が多く、予想に反して他殖形質が維持され、花の形質にも大きな変化は見られなかったそうです。 私の感想としては、都市でも送粉者が多くいるのが意外でした。しかも、ミツバチとのことで、質問でも出たのですが、都市で見られたミツバチは養蜂家のミツバチではなく、野生のミツバチだそうです。納骨堂等に住み着いており、駆除対象になっているそうです。

次に、滝さんに日本の農林業と送粉者の関係についての研究を紹介して頂きました。主な農作物種の約75%は花粉媒介者を必要としています。例えば、キウイフルーツ・カボチャ・スイカ・リンゴ等です。イネやムギは風媒なので花粉媒介者は必要ありません。花粉媒介者は人間(手で一つずつ受粉させる)・管理送粉者(人間が管理している送粉者:セイヨウミツバチ)・野生送粉者の3つに分けられ、どの花粉媒介者が用いられるかは、栽培方法、経営規模、求められる質、農薬の使用等によって選択されます。滝さんはソバ(普通ソバ:Fagopyrum esculentum)を研究対象としました。ソバは中国を原産地とするタデ科の一年生草本です。異形花柱性の自家不和合性のため、花柱が長い花のめしべと花柱が短い花のおしべ、又は、花柱が長い花のおしべと花柱が短い花のめしべ同士でなければ実がつかないという特徴があります。栽培において農薬や肥料はほとんど使われず、花が小さいことから、受粉は人間ではなく、野生送粉者に頼っている農作物です(管理送粉者を導入している所はあまり一般的でないようです)。送粉者の種類を調べると、70種以上の送粉者がソバの花を訪れており、特にミツバチが多く、46.8%を占めたそうです。ソバ畑の近くの森林面積の割合と結実率に正の相関が見られ、森林が近くにあると、野生送粉者がやってきて受粉が促されると考えられます。そのため、滝さんは森林の種類と送粉者についても研究されました。天然の二次林では二ホンミツバチが多く、森林が若い方が送粉者の種数が多いということが分かりました。間伐を行うと、直後は間伐した森林の方が送粉者の種数が多いのですが、3年後は間伐をしなかった森林との差がほとんどなくなりました。間伐の影響が3年でなくなるというのは予想に反しており、間伐直後は日光が林床まで届き、林床の植生が発達するため、生物の種数が増えるものの、3年程度で林冠部が伸びて再び日光を遮ってしまうために、差がなくなったのではないかと考えられるそうです。

私の感想としては、受粉すれば良いというものでもないというのを初めて知りました。リンゴでは、質を高めるために特定の枝の花のみに受粉させるのが望ましく、他の花は受粉しないでほしいそうです。木の伐採方法として皆伐と間伐があり、間伐の生物多様性への影響について様々な研究が行われていますが、送粉者については3年程度で影響が無くなってしまうというのは残念な結果の様に思います。

修士課程2年 望月昂

今回の生態研セミナーは「送粉と人との関わり」というキ-ワードで神戸大学大学院人間発達環境学研究科の丑丸敦史氏と森林総合研究所の滝久智氏にご講演頂いた。

丑丸氏は都市から田舎に広く生育するツユクサを材料に、「都市化」が植物の繁殖や花形質の進化にどのような影響を及ぼすか、というテーマで研究をなさっている。

都市には田舎と比べて限られた数と種類の生物しか見ることはできない。それは、都市には生物の生存・生育に適したハビタットが少ないことが大きな理由であるが、特に花粉の授受を動物に頼る送粉様式を持っている植物にとっては、繁殖の鍵を握る送粉者がどれほど存在するかが重要な要因になっていると考えられる。

丑丸氏の研究によると、都市と田舎部では訪花昆虫相が異なり、訪花者の訪花頻度や持ち去る花粉の量が都市部で低下することが明らかになった。また、都市部の集団ほど自殖をしやすい花形質であることから、ツユクサは訪花昆虫が少なく十分な送粉ができない都市部では、自家授粉で種子を生産するように進化している可能性が示唆された。

このように、「都市化」は訪花昆虫の種類・量を介して植物の花形質の進化を促すことが明らかとなった。しかし、丑丸氏が調査をされた地点は都市の中にある公園など緑が残った場所が主で、路端にポツンと生えているようなツユクサがどのように繁殖を行っているかは明らかでない。そのような、まわりに緑や土のない土地に生きる個体・集団と、まわりに公園や林があるものを比べることで、真に送粉者層が貧弱な環境と、そうでない環境にどのように植物が適応し、進化していくかということにアプローチできるのではないだろうか。 さらに、都市にどの程度“緑”があれば植物がうまく生存できるかなど、審美的価値以外で都市における緑地の必要性についても考察できるという応用的な側面のある研究である。花形質の進化、人と自然との関りというふたつの大きなテーマを考えることができる興味深い研究である。

滝久智氏は日本の農業と林業のあり方について、送粉サービスという視点から研究をされている。 日本は国土の68%が森林という世界有数の森林大国である。その半分近くは一度切り開かれ、植樹を受けた人工林であるが、林業活動は1950年代から激減し、老成した人工林が非常に多い状況である。老成したスギ林などは更新頻度が低く、環境が均一である。林業が活発に行われると、植樹された木が伐採され、新たな環境が次々生み出されるため、様々な生物がすむことができる。

こういった森の姿が実は、農業に大きな影響を与えうることが滝氏の研究から示唆されている。農作物の多くは結実に送粉者を必要とし、セイヨウミツバチやセイヨウオオマルハナバチのように管理されたもの以外にも、野生の送粉者が重要な役割を担っている。滝氏の調査によると、一般に送粉者として重要と考えられている単独性ハナバチ類の種数が人工林伐採・間伐後に増えることが明らかとなっており、森の管理が農作物の結実へ影響を与える可能性が示唆された。

どの農作物がどの野生の送粉者にどれほど依存しているかを明らかにし、どのような森林管理をすれば種々の送粉者をうまく管理することができるかを調べることで、より効率の良い農業システムと各地域に根付いた森林管理の在り方を提案することができるかもしれない。

第259回 2014年9月19日(金)14:00~17:00

修士課程2年 山村駿太郎

今回の生態研セミナーでは、California 大学Santa Cruz校のAdina Paytan教授と、京都大学生態学研究センターのAbigail Parcasio Cid博士にご講演いただいた。

Adina Paytan さんは、「Tracing the Sources and Biogeochemical Cycling of Phosphorus in Aquatic Systems Using Isotopes of Oxygen in Phosphate」という題で、海洋におけるリンの循環についてご講演いただいた。リンは、生命に必須の元素であり、水域生態系での一次生産や富栄養化に影響を与えていると言われている。また、炭素や窒素と違い、大気からの獲得ができない元素でもある。この講演では、リンの循環に関して安定同位体を用いて明らかにする方法について学んだ。リンは安定同位体が一種類しかないので、リン酸として結合している酸素の安定同位体比を用いるというものであった。その方法を用いて研究されたサンフランシスコ湾とモンテレー湾、土壌中の例についてご紹介いただいた。

Abigail Parcasio Cid さんは、「Stoichiometry among bioactive trace metals in the Bering Sea and the Arctic Ocean」 というタイトルで、北極海とベーリング海の微量元素の分布についてご講演いただいた。数多くの金属元素について、地点ごとの量を測定し、元素ごとの相関関係とその流入源について考察されていた。

元素の分布が生物群集の組成にどのような影響を与えているのかに興味を持った。特定の元素に耐性のある生物により、群集組成が変化することがあるのだろうか。また、北極海とベーリング海の例では、採集は一度しか行っていなかったので、季節変動の有無があるのか疑問に思った。さらに、一次生産に影響を与える太陽光の強さ等を考慮したうえで、海域の食物網が微量元素やリン酸の循環とともにどのように描かれるのかが楽しみである。

第258回 2014年7月18日(金)14:00~17:00

修士課程2年 望月 昂

今回の生態研セミナーは東邦大学・理学部の西廣淳氏と京都大学・生態学研究センターの加藤義和氏にご講演頂いた。

西廣氏は「日本の湖沼における水生植物多様性の変化と回復可能性」というタイトルで、日本の湖沼において非常に多くの維管束植物が絶滅または絶滅の危機に瀕しているという現実と、その保全方法についてご紹介してくださった。生物の“種”の減少はあらゆる分類群で普遍的にみられ、その多くは生息・生育地の破壊や汚染、外来種の導入、過剰な採取などの人間の活動と密接に結びついている。湖沼生態系における維管束植物も例外に洩れず、ある湖沼にもともと生育していた種の数十%が姿を消す、あるいは干拓により湖沼ごと消滅するということが戦後急速に起きている。このような現状を受け、種を保全する取り組みが国策として始まっている。その国策とは科学的かつ戦略的に保全を行うために、保全すべき湖沼を選定する、というものである。水草の種を絶滅から守るにはどの湖沼が重要かという評価に対し、西廣氏はある湖沼に1.どれくらの種数の水草があるか、2.絶滅危惧種の有無、3.昔から絶えず残っている種の有無(種の残存性)、という3つの指標を用いることで保全すべき湖沼の順位化を行った。これにより全国221の湖沼から21の湖沼が選定され、それらの環境を守ることで現在日本に生育する水草の種を絶やすことなく存続できる。理想的にはすべての湖沼の環境を保全することが種の保存につながるがそれはあまり現実的ではない。

また、西廣氏は湖沼環境の“再生”も目標に研究をされており、水位や湖岸などの湖沼環境を復元し、そこへ埋蔵種子を播種することで姿を消していた複数の種の植物が芽をだすことを発見された。これは種の保存への大きな足掛かりであるが、それら姿を消した植物の種子には寿命があり、姿を消してから40年ほどで種子が発芽しなくなる傾向がある。そのため、戦後の高度経済成長期から40年が経過した現在においては、多くの湖沼において種子の期限が近づいていると予想され、早急な対策が必要である。 西廣氏の提案した保全すべき対象の順位化と埋蔵種子を用いた種の再生方法は湖沼の植物を保全する上で非常に有効で、可能性を感じるものである。しかし、保全順位が低いと判断された湖沼は保全の機運が低くなる危険性があり、地域の人々の保全への意識を高めることが重要である。また、今後は湖沼の保全を足掛かりに、現在注目されていない非維管束植物や、湖沼以外の河川・沼に息づく生物の保全の必要性を評価することが重要ではないかと感じる。

加藤氏は「深泥池における水生無脊椎動物群集の特性:生態系保全への取組み」というタイトルで京都市北部にある深泥池に浮かぶミズゴケからなる浮島の生物群集についての研究と、深泥池の保全にかかわる地域の取り組みについてご紹介された。深泥池は京都市内にありながらミツガシワ・ジュンサイなど氷河期からの依存植物が生育する貴重な環境である。そこに浮かぶ浮島はミズゴケが堆積した泥炭が水に浮かぶ湿原であり、泥炭層が水上にある高層湿原と、泥炭層が水中にある中層湿原が観察できる。高層湿原・中層湿原にはそれぞれの環境に応じた生物が生息し、異なる食物網を形成しているため、浮島は極めて狭いスケールで異なる食物網をもつという特殊性を持っている。このような特殊な生態系は世界的に大変貴重な環境であり、千年以上人が生活を営む京都市内に存在することは奇跡的である。しかしながら、深泥池は様々な要因でその生態系が脅かされている。深泥池には水道水や病院からの排水が流れ込み、すぐ横を走る道路に撒かれる融雪剤が流入しており池が汚染されているのである。研究者による精密な調査と地域住民の簡単ではあるが頻繁で定期的な水質調査を組み合わせることで汚染の長期的なモニタリングと生態系へのリスクを評価する試みがなされている。また、深泥池では水質のモニタリング以外にも生態系に関するセミナーの開催やなど地域住民の意識を高める活動がなされている。

現在、生態系の保全が世界的に必要視されてきているが、無数にある貴重な生態系を保全するには研究者だけでは人手が不十分である。重要なのはその生態系に接している地域住民がその重要性を理解し、保全への意識を高め、ともに活動していくことだと感じる。深泥池における生態系保全はそのモデルとなりうる例であり、このような活動が波及していけばと願っている。

修士課程2年 山村駿太郎

今回の生態研セミナーでは、2人の演者にお越しいただいた。まず、東邦大学の西廣淳さんに「日本の湖沼における水生植物多様性の変化と回復可能性」というタイトルでご講演いただいた。生態系サービスに必要な生物多様性の保全と再生に向けて、地域でどの種を残し、どのように管理するべきかの方法についてお話しいただいた。西廣さんは、湖沼の水生維管束植物の多様性を維持するため、データベースを用いて変化のパターンと要因、優先的に保全、調査、再生すべき湖沼をどう選択するかを示した。湖沼の水草の変化は、リン濃度とソウギョの導入歴によって説明された。また、優先的に調査、保全すべき湖沼を、モデル選択によって選択していた。湖沼の水草の再生は、埋土種子を用いることによって可能であることも示された。今後は、水質対策とソウギョの駆除が必要であり、体系的な調査の継続が必要であることを示された。多様性の回復のための方法として、埋土種子を用いることができることを新しく学べた。他にも、博物館の標本種子から多様性を回復させることもできるようである。

次に、京都大学生態学研究センターの加藤義和さんに、「深泥池における水生無脊椎動物群集の特性:生態系保全への取り組み」というタイトルでご講演いただいた。深泥池は、京都市街の北部にある湿地で、池には浮島と呼ばれるミズゴケ湿原がある。この浮島の水生無脊椎動物群集の多様性と食物網と、深泥池の生態系保全のためのお話をしていただいた。深泥池の浮島は、湿原の中でも二つの区分の性質を併せ持つため、種生物の多様性維持において重要であることを示された。また、生息場所に応じて食物網と栄養起源が異なることを安定同位体によって示された。さらに、地域の市民が参加した水質調査の実施についてお話いただいた。最後に、池の中だけでなく、池畔林の伐採による生態系復元についても話された。地域に密着した保全のための活動をされていることを示された。

お二方の公演を通して、科学者としての方向性を示すことの大切さを感じた。また、地域に根付いた保全活動をどう行うかが課題であると感じた。西廣さんのモデル選択の際にも、地域性を考慮した選択をする必要があると考える。さらに、地域住民を参加させるための方法を示す必要があると考えた。

第257回 2014年6月20日(金)14:00~17:00

修士課程1年 稲葉優太

今回のセミナーでは、東邦大学理学部の小沼順二氏と京都大学生態学研究センターの土岐和多瑠氏にご講演頂いた。

小沼氏は、「マイマイカブリにみられる形態分化とその遺伝的基盤」という演題で、陸貝食性のマイマイカブリにみられる形態の多型間に存在するトレードオフとその遺伝的側面に関する研究ついてご紹介された。マイマイカブリには、頭が細い狭頭型の種と頭が大きい巨頭型の二つの形態が確認されている。これら二つの型の捕食行動についてみてみると、巨頭型は顎の力が強く餌となる陸貝の殻を壊して捕食をする一方、挟頭型は殻に頭を突っ込むことで捕食をしていたという。この結果は、これら二つの型の間に行動のトレードオフがあることを意味している。自然界でみられるこれら二つの形質は不連続であり、遺伝的な制約により中間型が生じないのかと思われたが、実際に二つの形態をもつ個体を交配させたところ、中間型が生じたという。この結果は、中間型が自然界において適応的に不利であることを意味している。このとき、大型の陸貝と小型の陸貝に対する捕食率を各形態のマイマイカブリついてみてみると、大型と小型の陸貝の捕食率を合計した値は、中間型が低くなる傾向がみられたという。この傾向は、片方の形質に特殊化したほうがより捕食効率が高くなることを意味しており、マイマイカブリに対して分断化選択が働いている可能性が示唆される。

MacArthurにより、トレードオフが適応進化には一般的に存在するということがいわれ、生態的種分化等の数理的な研究においてはしばしばトレードオフが仮定されている。しかしその後、本当にトレードオフは一般的に存在するのか、トレードオフが存在することを証明するべきだ、といった問題提起がされている。近年では、実際にトレードオフはあまり見られないのではないか、といったことも提唱されているという。

また、小沼氏は近年進めている、遺伝的な側面からの研究について紹介された。量的なゲノム解析を行い、マイマイカブリの外部形態は少数の遺伝子により決定されている可能性があることを明らかにされた。また、QTLマッピングにより頭部の太さと胸部の大きさのあいだにトレードオフがみられることを明らかとされた。全ゲノム解読によって得られたデータも用い、これからのデータ解析が期待されるところである。

小沼氏のご講演より、これから自然界にみられる形態分化の遺伝的基盤に関する研究が蓄積されていくことで、適応進化におけるトレードオフの重要性や、形態の進化に対する生態学的要因と遺伝的要因の関係性などが明らかになっていくととても興味深いと思った。 土岐氏は、「ニホンホホビロコメツキモドキによる竹の利用:雌特異的に左右非対称な頭部形態と酵母との栽培共生」という演題で研究を紹介された。本種において、頬幅と大顎の非対称性はともに雌の成虫に顕著に現れていることを明らかにされた。ニホンホホビロコメツキモドキの雌は顎を利用し、竹の空洞へ貫通する孔を開け、そこに産卵管を通し竹の空洞内へ卵を産み付ける。このとき、雌に顕著な顎の非対称性は、産卵時に竹に孔を開ける際の効率に関係していると考えられた。これを示すため、シンプルなモデルにより、顎が左右対称の場合と非対称の場合での孔を開ける効率について比較された。その結果、顎が左右非対称である方が深い孔を掘る場合に効率が良いことを明らかにされた。

次に、ニホンホホビロコメツキモドキと酵母との栽培共生についてご紹介していただいた。栽培共生とは、主に自分の餌である生物の生存を助けることで餌を得ているような共生関係のことをいう。本種では産卵管に近接した部位に菌嚢を所持していることが明らかとなり、そこに存在した酵母は幼虫が育っている竹空洞内に存在する酵母と系統が一致したという。孵化した幼虫が竹空洞内を動くことで酵母を広範囲で繁殖させたり、竹空洞内という閉鎖的環境により外部から他種の菌の侵入を妨げたりすることで、酵母が高密度となり抗菌活性を示すなどで酵母の繁殖を促進する。そしてその繁殖した酵母を孵化した幼虫が利用することで成長できるといった栽培共生関係の存在を確認された。

土岐氏により、ニホンホホビロコメツキモドキにおける産卵形式がもたらす雌特異的な非対称性は明らかとなったが、同じような適応進化が異なる生物でも起きているのか気になった。異なる種においても同じ原理により非対称性が生まれるとすれば、それは一般性がみられて興味深いし、逆に同じ原理で非対称性が生まれていないとすれば、それはそれでなぜ本種のみ非対称性が生まれたのかという点で興味深く感じる。また、酵母との栽培共生関係については、酵母と本種の系統的な関係が気になるところであった。

修士課程2年 中村恭子

6月20日の生態研セミナーにて小沼順二様(東邦大学理学部)、土岐和多瑠様(京都大学生態学研究センター)にご講演いただきました。

マイマイカブリにみられる形態分化とその遺伝基盤 小沼順二様

貝食性オサムシはカタツムリを食べる為独自の進化を遂げてきた。その中の1種、マイマイカブリは形態上、狭頭型と巨頭型の2型に分けられる。

行動学的研究から、巨頭型はカタツムリの殻を強力なアゴにより粉砕、摂食し、一方で狭頭型は細い頭を殻の中に差し込み摂食を行う、という行動のトレードオフが認められた。

そこで地理学的視点から国内68地点からマイマイカブリのサイズとマイマイ類(主要餌資源)のサイズの関連性を調べた。その結果、大きいカタツムリが生息する地域ほど、細長いマイマイカブリが生息することが認められた。カタツムリは大型になればなるほど殻が頑丈になり、また殻の奥に逃げることが可能になるため、マイマイカブリの体の大型化、狭頭化がすすむと考えられる。

国内マイマイカブリ形態を比較したところ、一部不連続に形態が分化していた。そこで、頭の形態の異なるマイマイカブリの交配実験を行ったところ、雑種は中間形質を示した。さらに、巨頭型、中間型、狭頭型のマイマイカブリを対象に行動実験を行ったところ、中間型のマイマイカブリは他2型と比較し採餌成功率が低かった。以上の結果から、マイマイカブリの頭の形質は連続的な変異であるが、餌資源の特性から分断選択が起きやすい状況にあることが示された。 今後、現在カタツムリの形態変化が確認されている佐渡島でのマイマイカブリの頭の形態変化の追跡や、より詳細な遺伝情報の解析により、形質置換、トレードオフに関するさらなる研究成果が期待される。

<感想>

形質は連続的に変異しうるが、行動実験の結果から中間雑種は不利になりうる、という考察に興味をそそられました。生態学研究センター周辺にはまだ沢山いるようですが、全国的には大型カタツムリが減少している感覚があるので、このことがマイマイカブリの形態進化にも影響を及ぼしているのか、と少し気になります。

ニホンホホビロコメツキモドキによる竹の利用 土岐 和多瑠様

竹を利用する生物は比較的限られているが、ニホンホホビロコメツキモドキは幼虫の生育場所としてメダケを利用する。ニホンホホビロコメツキモドキは枯れて間もないメダケの中に卵を産み付ける。ふ化した幼虫は節の中で酵母の一種を栽培し、それを食べて大きくなり、成虫となると節間を脱出する。

以上の生活環中でニホンホホビロコメツキモドキ(以下ホホビロと記す)のメスは産卵時に竹の材を貫通する孔をあける必要があるが、一節の中で成長する幼虫数は一匹のため、メスにとりこの作業は大変な労力になる。加えてホホビロの幼虫サイズは生育する節の大きさと関連性があるため、材が厚いがより大きい節をもつメダケに産卵することができれば個体としての適応度が上昇すると考えられる。

ニホンホホビロコメツキモドキを含むオオキノコムシの仲間ではオスの頭部が非対称であり、このことは甲虫の非対称性が多くの場合オスに見られる点と異なっている。行動観察の結果、メダケの曲面に穿孔する場合、頭部の非対称性が効果的に機能することが確認された。ゆえに、ホホビロのメスの頭部の非対称性は、産卵行動と密接な関連があると考察される。

幼虫の生育に目を移すと、ホホビロの幼虫は酵母を栽培・共生していることが示唆されている。 幼虫がいる節間からは特定の酵母が発見され、いない節間には糸状菌が蔓延していることが多かった。さらにホホビロ成虫が菌嚢を持つことが確認されたため、ホホビロは積極的に酵母を利用し、餌資源として利用していると考えられる。

<感想>

自らの実験中で細菌・植物プランクトンを単離培養する難しさを実感しているため、天然下の無菌環境であるメダケの節間で特定酵母の培養を行うニホンホホビロコメツキモドキの生態の謎は大変面白く聞かせていただきました。1匹の幼虫のために多大な労力をかける昆虫達の戦略がどのような過程をへて形成されたのか、という歴史が大変気になります。

第256回 2014年5月16日(金)14:00~17:00

修士課程2年 岸本 結

始めに、北海道大学低温科学研究所の白岩さんにアムール・オホーツクプロジェクトの概要とその結果についてお話し頂きました。海洋では、海水に含まれる塩分によって、鉄が凝集し、沈殿してしまうことにより、表層の植物プランクトンによる一次生産が鉄の量によって制限を受けていると考えられています。日本とロシアに挟まれたオホーツク海は生産性が他の海域より高い海の一つであり、オホーツク海に流れ込むアムール川が鉄を供給し、また、アムール川の鉄が沖合まで運ばれることにより、オホーツク海の広い範囲の生産を高めているという仮説が提唱されました。アムール・オホーツクプロジェクトは、この仮説を検証することを主として、アムール川流域からオホーツク海を通して親潮までの鉄の起源と移動について明らかにすることで、陸と海の繋がりを示すことを目的として行われました。白岩さんを含むプロジェクトのメンバーは、オホーツク海の海流は左回りであることから、樺太に沿って時計回りになるように地点を設定し、それぞれの溶存鉄濃度と溶存全鉄濃度を水深毎に測定しました。その結果、アムール川からオホーツク海の表層に放出された鉄は、アムール川から遠ざかるほど濃度が下がり、海水の塩分によって凝集し沈殿していることが分かりました。しかし、水深が深くなる外洋では、鉄は底層へ沈殿せず、中間層に留まることが分かりました。オホーツク海のような氷ができる海では、水が凍ることにより表層の海水の塩分濃度が高くなり、かつ、海水温が低下することにより、水が重くなって、底層に向かう水流が生じます。この水流は、海の浅い部分である大陸棚では底に沈みこんでいますが、水深が深くなる外洋に達すると、中間層に流れます。このことから、氷によって生じた水流によって、鉄は外洋まで運ばれ、中間層に留まると考えられます。この流れは、千島列島によって遮られることで曲がり、ブッソル海峡から太平洋の親潮に流れ込みます。千島列島付近では、底から巻き上がる水流が生じ、これにより中間層にあった鉄は掻き混ぜられ、表層まで巻き上げられます。この巻き上げによって鉄が表層に供給されるために、オホーツク海と親潮は、河川から遠い場所であっても一次生産が活発であると言えます。このプロジェクトでは、アムール川の鉄の起源についても調査されました。アムール川の鉄は、森林ではなく湿地から供給されていました。また、湿地が開発され水田や畑に変わっており、支流では鉄濃度が低下していました。将来的にアムール川の鉄は減っていくと考えられますが、本流の鉄濃度は年によるばらつきが多く、アムール川への鉄の供給は様々な要因に左右されると考えられます。アムール川の流域の開発によって、オホーツク海の一次生産性が減少するかどうかは不明です。

海水による化学的な凝集、異なる温度の水は混ざらないという物理的な特性に加え、地形が関わってくるというのが複雑ながら面白く感じました。陸地と海の繋がりについては、日本で古くから「魚附林」として知られていましたが、英語にはそれを表す言葉がないらしいです。白岩さんたちは日本のスケールより大きいので「巨大魚附林」と呼んでいるそうです。

次に滋賀県立大環境科学部の伴さんに琵琶湖の内部波と沖の生物の生産性についてお話し頂きました。湖では、冬場、表面の水が冷やされ鉛直方向に混合が生じます。一方、春から夏にかけては、冷たい水が底に溜まり、暖かい水は表層でさらに温められることにより、水は暖かい表層と冷たい底層の層を形成します。この時の急激な温度変化が見られる部分を水温躍層といいます。植物プランクトンによる一次生産は表面で行われるため、水温躍層の形成によって表層と底層が混ざらなくなると、一次生産に用いられる栄養塩は表層で枯渇し、一次生産を制限します。そのため、底層の栄養塩が表面に回帰する鉛直方向の混合により、一次生産が増大すると一般的に考えられていますが、それだけでは説明のつかない一次生産の増加が指摘されています。この一次生産の増加の理由として内部波による栄養塩の水平方向への運搬が提唱されています。伴さんは内部波と栄養塩を測定することで、内部波が岸辺の栄養塩を沖合へ運搬していることを証明するために研究を行いました。内部波は、風により生じた水の偏りが、水温躍層の存在によって混ざることがないために、反動で元の位置に戻ろうとして生じる水中の波です。また内部波は、岸の斜面に当たると、沖へ向かう流れに変わることが分かっています。伴さんはまず内部波が岸辺の栄養塩を巻き上げるだけの力があるかを検証しました。内部波の測定により、内部波には斜面の栄養塩を巻き上げるだけの力があることが示されました。また、メタン(CH4)、アンモニア(NH4)、農薬の濃度は、水温躍層付近で沖合まで帯状になっており、斜面の物質が内部波が作る沖へ向かう流れに沿って分布していると思われる結果が得られました。しかしながら、窒素の安定同位体を用いての栄養塩の起源の調査は上手くいかず、内部波によって栄養塩が運搬されているという直接的な証拠は得られませんでした。今後は、より直接的な内部波による水平方向の栄養塩の運搬の証拠を得ると共に、内部波の一次生産への寄与を測定する必要があります。

沖というと、岸から離れているため、岸の影響が無いと安直に考えてしまいますが、どのくらいの距離が離れれば影響が無いのかという問題があります。内部波が作る水平方向の流れが、どのくらいまで沖に影響を及ぼすのかはとても重要な研究だと思います。

修士課程2年 西村良太

北海道大学低温科学研究所の白岩孝行氏には、「巨大魚附林仮説:流域と外洋をつなぐ新たな環境システムの発見」という演題でお話しいただいた。

世界の海には、夏に栄養塩が余っているにも関わらず植物プランクトンの増殖が止まってしまう海域が存在しており、そこでは生物生産は鉄によって制限されていると考えられている。しかしオホーツク海や親潮域では栄養塩がほとんど余らず利用され、世界的に見ても植物プランクトンの生産量が高くなっており、鉄が供給されていることが予想された。供給源としては、アムール川、黄砂などが考えられた。

実際には、アムール川は溶存鉄が多く、そのうちの一部は海に流れ出し、年間1.1×1011gの溶存鉄をオホーツク海に供給していた。また、アムール川の溶存鉄の大部分は河口で沈殿するが、海氷形成時に生じる高密度水塊に巻き込まれ、それが大陸棚に沿って流れ、親潮域に達すると海底地形の影響で海表面付近に運ばれることが海中の溶存鉄濃度測定によって示された。親潮域では秋に溶存鉄濃度の上昇がみられることから、この海水による溶存鉄の運搬が、黄砂よりも寄与が大きいことが示唆された。  アムール川流域においては、田畑より湿原で溶存鉄の濃度が高いことが分かった。これは、腐食物質と鉄が錯体を作ると沈殿しないことによる。湿原が農地に改良されると、アムール川への溶存鉄の供給が減り、さらに先のオホーツク海、親潮域にも影響を与える可能性が考えられる。

アムール川はロシア、モンゴル、中国にまたがっており、この研究を行うに当たり様々な障壁があった。今後研究を進めるためには、学術ネットワークやコンソーシアムを構成し、共同研究を行っていくことが重要である。

白岩氏のお話で、人為的な窒素やリンなどの富栄養化とは違い、鉄は自然な湿原より人の手の入った農地の方が水域への供給量が減るという点が興味深かった。鉄のように、人為影響で供給量の減る無機栄養塩は他にどんなものがあるのだろうか。また、河川、湿原、人間活動、海氷の形成、地形など様々な要因が現在の生物生産に影響を与えていることを改めて認識し、個別の地点の生態系や環境を考える上でも、このような大規模な研究が重要であると感じた。

滋賀県立大学環境科学部の伴修平氏には、「内部波による栄養塩輸送が琵琶湖沖帯の生物生産に与える影響」という演題でお話しいただいた。

春から夏にかけての成層期では、湖沼においては高温の表水層と低温の深水層の間に温度躍層ができ、表水層と深水層の混合が起こらない為、表水層の栄養塩が植物プランクトンに利用されて枯渇し、植物プランクトンの生産が止まると考えられてきた。しかし、琵琶湖において実際は成層期でも生物生産が起こっているようであり、その理由として風によっておこる内部波による水平・垂直方向の栄養塩の輸送が考えられた。

内部波は、北東方向沖向きに起こっていた。湖底直上では濁度の変化が起こっており、懸濁が起こっていることが示唆されたが、風との明瞭な関係は見られなかった。

農薬由来と思われるメタンやアンモニウムイオンが沿岸斜面から検出され、内部波によって沿岸から沖へ運ばれている可能性が考えられる。

窒素同位体比の分析では、アンモニウムイオン、硝酸イオンとも高い同位体比を示し、人為起源の窒素が供給されている可能性が示唆された。

伴氏のお話で、温度躍層、内部波という湖沼に特有の水の動きがあり、それによって生物群種が影響を受けているという点が陸水にあまり詳しくない自分としては興味深かった。それぞれの地形ごとに特有の現象を理解することも生態系を考える上で非常に重要だと感じた。

第255回 2014年4月18日(金)14:00~17:00

修士課程1年 平野友幹

今回の生態研セミナーは北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの岸田さんと京都大学生態学研究センターの井田さんに講演していただいた。

岸田さんは「食ってでかくなってまた食って-捕食者と被食者のサイズダイナミクスを調べる-」というタイトルで、エゾサンショウウオとエゾアカガエルの幼生(オタマジャクシ)を材料としてサイズの種内変異が捕食-被食の関係に及ぼす影響についての研究を紹介していただいた。捕食者であるエゾサンショウウオのサイズ変異が大きくなると捕食者は共食いするようになり、共食いを生き残った個体は著しく大型化し、その個体が捕食圧を高めることで被食者であるオタマジャクシを減少させたという。また、この結果としてオタマジャクシの行動が少なくなり、被食者の変態の時期が遅くなることが明らかになった。これらのことから、捕食者のサイズ変異は被食者の個体群動態や生活史にまで影響することが明らかになった。一方で被食者のサイズ変異が大きくなるとオタマジャクシに対する捕食圧は被食者の大小に関わらずに大きくなることがわかったという。これはオタマジャクシの大小の個体同士はお互いに捕食圧を高めあっていることを意味しており、小から大への効果は捕食者が小個体を捕食して大型化することだと考えられるが、大個体から小個体への効果は不明であるという。

これまでの研究において、捕食者と被食者の関係を形質の多様性をの側面から研究しているものは形質の種間変異を測定していたが、岸田さんの研究では種内変異を測定している点で従来の研究とは異なる新しい視点を取り入れたことになる。

岸田さんの研究は2種や3種といった狭いスケールでしか議論がなされていないため、今後は群集レベルや生態系レベルでの議論に発展することだろう。この研究が進むことで種内変異の重要性が明らかになり、群集生態学の理解がさらに深まるだろう。

井田さんは「シンクの要求が支配する資源分配によって決まる種子生産様式」というタイトルで植物の種子生産様式について貯蔵栄養に着目した研究を紹介してくださった。植物は光合成による当年の栄養源と根などに貯めている貯蔵栄養の二種類の栄養を保持しているが、多回繁殖する多年草を材料にして当年の栄養が生産されない場合でも種子の生産量は減少しないことが明らかになった。この結果は花粉制限と資源制限という種子生産の従来の考えに当てはまらない新しい現象であるという。また、自殖と他殖という観点からは自殖した種子に対する栄養の供給は他殖した種子と比較して少ないが、株全体で他殖率が高いほど一つ一つの種子に対する栄養の供給が高まることが明らかになったという。これは繁殖に対する投資が一定ではなく、繁殖に必要な栄養を優先的に当年栄養と貯蔵栄養から引き出していることが示唆される。雌雄異株植物を用いて雄と雌の繁殖に対する資源利用の違いを比較すると、雄は利用する資源は決まっているが雌は受精した胚珠数に応じて指数関数的に利用する栄養が増加することが明らかになったという。このことから、種子の生産に用いる栄養量は受精が終わってから変化させることが可能である柔軟性を持つ一方で、花粉の生産にはそのような柔軟性を持たないことが示唆された。

井田さんの研究では種子生産は花粉制限か資源制限であるという従来までの二者択一の考えだけでは十分ではなく、貯蔵栄養が重要であることを示したことが新しい視点である。特に樹木は多くの種が多回繁殖であるために、この貯蔵栄養の考えは重要であるだろう。また、他殖率が高いほど種子への栄養の供給量が増えるということは他殖した花粉が種子親の個体から意図的に多くの栄養を引き出している可能性があるため、雄機能に着目して考えても面白いと感じた。

修士課程1年 札本 果

北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの岸田治さんには「食ってでかくなってまた食って‐捕食者と被食者のサイズダイナミクスを調べる‐」という演題でお話しして頂いた。今回、岸田さんは、エゾサンショウウオ幼生とその被食者であるエゾアカガエル幼生の種内サイズ変異に注目して行った操作実験を1~5のテーマに分けて説明して下さり、種内変異が群集動態に影響を与えるという新たな研究結果を紹介して下さった。

1では、捕食者であるエゾサンショウウオ幼生が集団内でサイズ変異がある場合、大型の餌であるエゾアカガエル幼生が減少するトップダウン効果があることを示して下さった。そして、その要因は捕食者集団内でサイズ変異がある場合に共食いにより一部個体が大型化したことにあるという仮説をあげ、2でその仮説を支持する結果を示して下さった。3、4、5では発展として、共食い集団内で排泄物の質が二型化することや、エゾサンショウウオとエゾアカガエルの孵化時期のずれの大きさが捕食者と被食者のサイズ関係を決定し、2種の相互作用に影響を与えるという新たな見解、被食者集団内のサイズ変異の効果を調べた実験により、大きい個体と共存すると小さい個体の被食率が上がるという種内での相互作用の存在などを紹介して下さった。加えて、サイズ変異の相互作用効果は次年度まで考慮すると結果が変化する可能性も提示して下さり、長期の時間スケールでの研究を進めることで個体群・群集動態レベルの議論につながっていく可能性を感じた。

いずれの研究も操作実験の質が高く、仮説・データ結果も明確であり説得力のある内容であった。操作実験における種内変異のエゾサンショウウオ幼生およびエゾアカガエル幼生の相互作用への効果は証明されたが、この研究は野外における実証につなげることで大きな意味をもつだろう。野外において群集動態に影響を与えるほどサイズの種内変異が集団間でばらつくのかどうかは不明瞭であり、その効果を野外で検証するには課題が多いと考えられる。しかし、この研究は孵化時期のずれによる種内変異に限らず、一般に知られている表現型可塑性による種内変異が個体群・群集動態へ与える効果やその生態学的意味の解明に貢献するものであり、今後のさらなる発展に期待したい。

京都大学生態学研究センターの井田崇さんには、「シンクの要求が支配する資源分配によって決まる種子生産様式」という演題でお話しして頂いた。植物の種子生産メカニズムの解明は植物の個体群動態への理解につながる重要なトピックである。従来、種子生産は花粉制限と資源制限によって決定すると考えられているが、その前提には繁殖資源投資量が一定であるという仮定がある。井田さんは一回繁殖型植物に対してはその仮定が当てはまるが、多回繁殖型植物では貯蔵資源の利用量を変えることで繁殖資源への投資量を変化させられる可能性があることに注目し、植物の種子生産に繁殖機能(シンク)の要求が関係するという新しい視点での研究を紹介して下さった。

同一個体の総状花序を上下で2つの領域に分け、様々な組み合わせで他家・自家受粉処理行った花序への資源分配を、13Cトレーサーを用いて調べた研究では、資源供給源との距離によって起きるポジション効果はみられず、他家受粉に成功した花序は自家受粉したものよりも多くの資源が供給されるという結果となった。そこからポリネーションに成功したシンクでの資源要求の高まりが、シンクへの資源分配量を増加させたという見解を示して下さった。 シンク要求により繁殖への資源投資量を変化させる種子生産様式は、植物の資源を有効利用する戦略の一つであると考えられ、種子生産のメカニズムの解明に大きく貢献する研究であると感じた。しかし、この種子生産様式では、シンクでの要求が高まり続ける場合に受粉した個体の繁殖コストは高まり続け、雌機能をもつ個体に大きな不利益を与えるだろう。繁殖コストの高まりに対し受粉個体がなんらかの制御を行うのか、行わないのであればそのような制御機構が進化しなかった意味など、進化的な側面からこの現象を検証することで植物の繁殖戦略への理解にもつながっていくことを期待したい。

第253回 2014年1月17日(金)14:00~17:00

博士課程1年 坂田ゆず

源さんには、環境DNAという最新の手法を用いた水中の生物相モニタリングの研究についてお話いただいた。水中に漂うDNA断片(環境DNA)を回収し、1. 特定対象種の在/不在判定、2. ユニバーサルプライマーを用いた種を限定しない在/不在判定、3. DNA量から生物量を推定する手法、そして最後に4. その応用面についてそれぞれ具体的な例を示しながら、ご紹介いただいた。1.と 2.に関しては、プライマーの設計に関してなど、技術的な工夫が必要ではあるものの確立した方法であり、今後多くの水中の生物種の研究において活用できそうだと感じた。3.に関しては、DNA濃度は水温に影響されるが、生物種のバイオマスと相関があることが分かってきたことで、生物量を推定法として確立しつつあるとのことであった。しかし、どの程度の精度があるかは、生物量が既知の系を用いて比較を行うなど、まだまだ多くの検証が必要であるようだ。最後に応用例として、タイ肝吸虫と宿主の生態を把握するために使用する研究例をあげられていた。このように食物連鎖や相互作用を1つ1つ解明しなければ分からなかった複数の生物種を利用する複雑な寄生虫の生態に関して、水を採集するだけで情報が得られることは興味深かった。DNAを生物の見える部位からしか抽出したことがない私にとっては、全体を通して環境DNAがそもそも生物のどの部位から得られたDNAなのかとても気になってしまったが、あえてそこをブラックボックスにしたままでも多くの研究に応用できるのかもしれない。"どこにどんな生物がどれだけいるのか"という基本的だが難しい問いに答えることに加えて、過去の生物の情報や生物の季節性を考慮した広い時間軸の情報など、今後、環境DNAの特性を生かしたような研究の発展が楽しみである。

酒井さんには集水域の土地利用が琵琶湖沿岸生態系に及ぼす影響についてお話いただいた。湖沼生態系への周囲の集水域からの懸濁物質の流入に関して定量的に示し、そのメカニズムを解明するために、琵琶湖の29もの地点において精力的なサンプリング行い、数多くのデータを解析されていた。また、各変数間の階層構造を利用したパス解析を行うなど、解析に関しても工夫されていた。その結果、プランクトン食物網のエサ資源となる陸起源の有機物は時空間的に大きく変動し、特に5月の水田の代掻きによって最も多く流入していることが明らかとなった。また、それらの有機物は1ヶ月ほどで堆積し、湖底のベントス群集の種多様性の低下につながっていることが分かった。さらに、波が強いところでは、再懸濁が起こることで懸濁態有機物組成が変化していた。農薬水軽減時の多様性予測や、農薬水以外の要因(市街地の細粒化)の影響に関する考察などが今後の課題のようである。生物多様性を駆動するメカニズムを明らかにするというプロジェクトの一貫で行われた研究のようで、微生物群集の多様性に人間の活動がどのようなメカニズムで影響しているかが分かり、多くの人に分かりやすく発信できる研究であると感じた。微生物群集を通して他の琵琶湖の生物群集の多様性を維持するメカニズムが明らかになることも期待したい。