京都大学 生態学研究センター

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生態研セミナー

生態研では、8月と3月をのぞく毎月の第3金曜日(変更になることがあります)に、外部の方をお招きして生態研1階第2講義室において生態研セミナーを開催しています。そのほか、不定期に生態研セミナースペシャル、また独立した公開セミナーを開催することがあります。開催については、HPのイベント欄でお知らせします。

◆2020年度以降、一部の講演はセンター外の登録者にオンライン配信しております。オンライン配信は状況に応じて、ZoomかYoutubeを使用しています。オンライン配信をご希望の方は、下記web視聴に関する説明(PDF)をご一読の上、 PDF記載のメールアドレスまで事前に申請をお願いいたします。(2023年4月27日)

・京都大学生態学研究センター主催・生態研セミナーWeb 配信の視聴について(PDF)

第355回 2024年5月17日(金)14:00~17:00

河野美恵子(総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

三者共生系の確立と地衣類イオウゴケの極限環境適応(The tripartite symbiosis of the lichen Cladonia vulcani Savicz that drove the adaptation to an extreme environment)

 共生は生物の進化において様々なイノベーションに関わってきた。地衣類もまた共生系を確立したことで極限環境を含む多様な環境に進出した。長らく共生体を構築する共生菌と光合成産物を供給する共生藻の二者共生であると考えられてきた地衣類だが、近年では第三の共生者の存在が注目を集めている。しかし未だ共生系にとって必須な第三の共生者は報告されていない。そこで我々は硫化水素を含む火山ガスが噴出する噴気孔周辺にのみ生息するイオウゴケに着目し、本来生物にとって有毒である硫化水素環境への適応に第三の共生者が関与している可能性を調べた。日本各地(北海道、青森、群馬、栃木、神奈川、鹿児島、熊本)の硫化水素噴気孔周辺でイオウゴケを採取し共生系を構成する生物のゲノム情報を調べた。その結果、全てのイオウゴケには共通する単一のバクテリアが多量に存在することが明らかになった。バクテリアのゲノム中には硫化水素をエネルギー源として炭水化物を合成する代謝経路に関わる遺伝子が存在する。このことからバクテリアはイオウゴケが硫化水素環境に適応する上で必須な第三の共生者である可能性が高いと考えられる。本セミナーではゲノム解析の結果明らかになってきた極限環境における共生菌・共生藻・共生バクテリアの三者関係や日本の火山地帯に点在するイオウゴケの分散の歴史について紹介する。


壹岐朔巳(京都大学ヒト行動進化研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

遊びと好奇心の進化(Evolution of play and curiosity)

 ヒトを含む多くの哺乳類が遊びを行う。しかし、動物界全体で見れば、遊びを行う種はごく一部に限られている。遊びは生存や繁殖の成功に直結する即時的な利益が不明確な、一見したところ非機能的な行動である。多くの遊び研究者は、たとえ遊びが行為者に即時的な利益をもたらさないとしても、のちの生活で必要になるスキルを練習・学習する機会となり、長い目で見れば生存率・繁殖成功率を向上させると考えてきた。しかし、この仮説を検証した研究の結果は一貫していない。もし遊びが適応価を持たない「役に立たない」行動であるならば、遊びはどのように進化したのだろうか? 本発表ではまず、遊びの機能に関する最近の実証研究を概観する。その上で、進化初期における萌芽的な遊びは好奇心に動機づけられた内発的な探索行動の副産物として生じたという仮説を考察し、この仮説を支持する生態学的・行動学的な知見を紹介したい。

第354回 2024年4月19日(金)14:00~17:00

大竹裕里恵(京都大学生態学研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

長期データが切り拓く、動物プランクトン生態学:湖沼積物による過去復元と、現在・これからの長期モニタリングのために(Zooplankton ecology with long-term observation data: retrospective analysis with lake sediments and attempt for present and future long-term monitoring)

 生態学や進化学の主要な問いの解明、及び、生態系管理において、長期観測データは有効である。しかしながら、その取得には時間・金銭などのコストを要するため、取得例が限られる。古陸水学的分析手法は、湖沼堆積物とそこに保存される生物由来の遺骸や休眠卵を用いることで、過去に遡り長期的な生態系動態の復元を可能にする。代表的な動物プランクトンの一つである枝角類(ミジンコ類)は、殻などが生物遺骸として湖沼堆積物中に長期的に保存されるに加え、丈夫な休眠卵を産む。休眠卵を利用することで、遺伝的分析や孵化個体を用いた室内実験も可能になるため、古陸水学的分析の対象生物として優れている。今回は、枝角類群集とミジンコ(Daphnia pulex)個体群を対象に、集団遺伝構造・個体群動態・群集動態にわたる複数の生態系構成要素の長期変動を分析した例を報告する。加えて、ミジンコの複数遺伝子型の共存機構の推定と、複数湖沼での比較分析によるミジンコ個体群の集団遺伝構造形成機構の推定についても紹介する。
 これらに加え、現在・将来における持続可能なプランクトンモニタリングの実現に向けた、高度画像解析による自動種判別・計数システムの構築、及びその構築に不可欠であるプランクトン画像データベースの作成について紹介する。最後に、継続的な長期モニタリングの例として生態学研究センターで1965年から続けられている琵琶湖の定期観測と、動物プランクトンの生態学的分析におけるその活用展望について話したい。


中村航(東京大学大気海洋研究所・滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

気候変動緩和に資するマングローブによる土壌と海洋への炭素貯留機構(Mechanisms of long-term carbon sequestration in the soil and in the ocean by mangroves as a countermeasure to climate changes)

 マングローブ、塩性湿地、海草藻場などの沿岸海域に形成する植物群落は大気CO2を同化し、100年から1000年スケールで土壌に有機炭素を貯留するブルーカーボン生態系としての働きが期待される。特に、マングローブは地球上で最も炭素貯留効率が優れている生態系として知られている。2010年以降の研究の蓄積により、マングローブや塩性湿地内での最も大きな炭素フローは、土壌から海洋への無機炭素の流出であることが明らかになった。これは、一次生産を通じて土壌内部に隔離された有機炭素は、大部分が土壌内部で分解され、潮位との相互作用により沿岸海域へと流出していることを意味する。マングローブ土壌からは無機炭素と共にアルカリ成分も流出するため、海洋へ流出した無機炭素の多くは海洋へと留まることが示唆されている。そのため、大気から直接CO2を同化するマングローブや塩生湿地からの海洋への無機炭素の流出は、新たなブルーカーボン機能となることが期待されている。本発表では、最新の研究を基に、マングローブ土壌に供給された有機物の長期安定化メカニズムと、土壌内の有機物が分解され海洋へ流出するまでの時間スケールについて紹介する。また、気候変動緩和策の観点から今後行うべきマングローブ研究の指針(私信)について提案する。

第353回 2024年2月16日(金)14:00~17:00

ハフマン マイケル A.(京都大学野生動物研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

私のスリランカ霊長類研究 - 過去、現在そして将来の展望(My Sri Lankan primate research - past, present and future prospects)

 この18年間、私はスリランカと日本の同僚と緊密に協力しながら、スリランカ固有のトクモンキー(3亜種)、グレーラングール(1亜種)、カオムラサキカラングール(4亜種)を対象に研究を行ってきた。 スリランカは南アジアにおける生物多様性のホットスポットのひとつとして知られており、低地の熱帯雨林から海抜2,400mに達する高地の雲霧林、低地の乾燥したサバンナや森林地帯まで、多様な生態気候の生息地がある。この島の生態学的・生物学的多様性により、スリランカは、霊長類の進化のみならず、非ヒト霊長類ー人類の共存を研究する上で理想的な場所となっている。 私たちのこれまでの研究は、主に上述の3種の昼行性霊長類の全島分布、系統地理学、多様な生態気候条件への形態的適応、人獣共通感染症、行動生態学および保全に関する知識を広げることに重点を置いてきた。 本日の講義の目的は、みなさんにスリランカとたくさんの興味深い研究対象を紹介することである。


桂 有加子(京都大学ヒト行動進化研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面のみ(zoom配信はセンター外には非公開)となります)

XY染色体とZW染色体を同一種内にもつ日本生息のツチガエルのゲノム・性染色体解析(Genome and sex chromosome analyses of Japanese frogs carrying both XY and ZW chromosomes within the same species)

 性染色体の進化において、特に、未解明な“性染色体の入れ替わり“に注目している。性染色体の入れ替わりとは、性染色体システムがXY型からZW型(あるいはZW型からXY型)へ変化する現象、また同型(例えば、XY型からXY型)への変化であっても異なる進化的起源の性染色体が誕生する現象と定義される。日本に生息するツチガエル(Glandirana rugosa)は同一種内にXY型とZW型の性染色体をもち、XY型からZW型への性染色体の入れ替わりが観察されている稀有な種である。我々の研究グループは、ツチガエルを用いて性染色体の入れ替わりがどのように生じているのかを分子レベルで明らかにすることを目的に研究を展開している。これまでに我々はツチガエルで核ゲノムをショードリードシーケンスにより新規で決定した(Katsura et al. LSA 2021)。また、少なくとも3つの異なる染色体を起源とする性染色体が集団内で独立に誕生したことが示唆された(Miura et al. Mol. Ecol. 2022)。ツチガエルは13本の染色体をもち、2集団(東海地方・北陸東北地方)では、第7染色体がZWとXY染色体にそれぞれ形態的に分化していることが先行研究により報告されているが、他の集団では性染色体が形態的に分化していない。形態的に分化したXYZW染色体それぞれの配列比較の結果に加えて、これまでに行ってきたツチガエル集団とゲノム解析等の成果について紹介したい。

第352回 2024年1月12日(金)14:00~17:00

久保田茜(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス領域)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

野外環境下の気温変動に対する花成制御機構(Molecular basis of flowering regulation in response to temperature fluctuation under field environment)

 植物は、日長や温度などを感知することで花成時期を最適化し、生存戦略に役立てている。長日植物であるシロイヌナズナでは、日長の増加とともに花成ホルモンをコードするFT遺伝子の発現が誘導されることで花成が促進される。これまでに環境シグナルを起点とするFT遺伝子の発現制御機構が数多く明らかにされてきたものの、これらの制御機構が春先の季節性花成応答をどの程度説明可能であるかについては未解明な点が多い。そこで我々は、春先の野外環境を実験室環境下で単純化して再構成することで、複雑環境下の花成制御機構の分子実体を明らかにする取り組みを続けてきた。本セミナーでは主に1日の温度変動に着目し、いつ・どの範囲の温度変動が1日を通したFT遺伝子の発現を調節するか、最近の成果を含めつつご紹介したい。


吉竹良洋(京都大学大学院生命科学研究科)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

陸上植物の光周期依存的な成長相転換機構の進化 (Evolution of the photoperiod-dependent growth phase transition mechanisms in land plants)

 およそ100年前GarnerとAllard によって発見された植物が一定期間の暗期を認識し、花芽形成を促進するという光周性の仕組みは、様々な植物種において再検証され、その機構が明らかにされてきた。特にシロイヌナズナやイネでは光周性花成の分子機構が詳細に明らかにされているが、被子植物以外の系統における配偶子の形成や、その進化的な関連性についての知見はまだ不明な点が多い。我々は、コケ植物であるゼニゴケ (Marchantia polymorpha) において、遠赤色光に富んだ長日条件において生殖器托 (gametangiophore) が形成されること見出し (Chiyoda et al., 2008)、光周性受容体モジュールとしてシロイヌナズナと相同なGIGANTEA (GI)、FLAVIN-BINDING KELCH REPEAT F-BOX1 (FKF)、CYCLING DOF FACTOR (CDF)が機能的に保存されていることを明らかにした。すなわちこれは、光周性の仕組みはコケ植物から使い続けてきたことになる。では、”ゼニゴケの光周性生殖器官形成”と”光周性花成”の違いは何なのだろうか?我々は最近、確立したChIP-seq法に代わる手法として注目されているCUT&RUN (Cleavage Under Targets & Release Using Nuclease) 法により転写因子CDFの標的遺伝子を網羅的に探索した。本セミナーでは、その結果を中心に制御経路から見えてきた陸上植物の光周性応答の進化について議論したい。

第351回 2023年12月15日(金)14:00~17:00

秋田鉄也(国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産資源研究所)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

家系生態学:血縁関係から近年の生態情報を抽出する理論とその応用(Ecological inference in the recent past based on kinship assignment)

 生態学の文脈において血縁関係と聞くと、霊長類や社会性昆虫で観測される個体の振る舞いを想像する場合が多いでしょう。しかしながら、どのような生物集団においても、血縁関係に基づく家系構造は存在します。このことは、見出された血縁関係が集団に関する情報、例えば集団サイズや生活史パラメータの情報を持っていることを意味します。本発表では、水産資源解析の文脈で開発が進んだ個体数推定理論をはじめとして、生存率や移動率、直近の有効集団サイズなどの推定に血縁情報の利用が有効であることを、演者らの研究をもとに紹介します。また、ゲノム情報から親子・兄弟・半兄弟といった近親関係を判別する方法の理論的背景についても簡単に説明します。これらの理論開発は、標識再捕法の観点から集団遺伝学を再構築することに相当する「面白くて役に立つ」研究であることもお伝えできればと思います。


細木拓也(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 苫小牧研究林)

(この講演は、センター第2講義室における対面のみ(zoom配信はセンター外には非公開)となります)

交雑の帰結から追究する種の堅牢性を支える機構 (Toward understanding the robustness to species identity from hybrid genome studies)

 地球上に存在する多様な種は、繰り返す種分化によって生じてきた。したがって、生命の成り立ちを理解する上で、種分化のメカニズムを解き明かすことは重要な課題といえる。近年、種分化は常に二集団の分化が拡大する方向に進むとは限らず、しばしばゲノムが混合し、種は融合しうることが明らかとなってきた。「交雑後に二種が完全に融合するか、それとも遺伝的分化が維持され続けるか」といった対比的な帰結を制御する要因を調べることは、種分化を完成に導く要因を解き明かす鍵となりうる。本発表では、2011年の東日本大震災によって引き起こされたトゲウオ科魚類イトヨ属の交雑と引き続く急速な進化の例を紹介した上で、交雑後の帰結に関与した外因的・内因的な機構を議論する。次いで、雑種集団の野外進化実験や、野外集団における網羅的な交雑の痕跡の特定など、現在取り組んでいる課題を紹介する。

スペシャル 2023年11月27日(月)10:00~11:30

Biva Aryal (Tribhuvan University / Visiting Associate Professor, Center for Ecological Research, Kyoto University)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

Tree diversity, carbon stock and regeneration pattern in Shorea robusta Gaertn. f. forests along the altitudinal gradient in eastern Nepal

 The forest with good regeneration can store a sufficient amount of carbon. The Shorea robusta Gaertn. f. (Sal) forests of Nepal are facing the problem of poor regeneration. The present study aimed to find out the tree diversity, carbon stock and regeneration status of Shorea robusta forests along an altitudinal gradient in eastern Nepal. The study was conducted in three community forests of Sunsari and Dhankuta District. The forests were Ramdhuni Kalijhora community forest (82-170 m a.s.l.), Patrangbari community forest (440-695 m a.s.l.) and Khanidada Malbase community forest (650-990 m a.s.l.), which were regarded as lower, middle and upper altitudinal range forest respectively. The stratified random sampling method was used for the sampling. Circular plots of 7m radius were used for the study of trees. However, to study of regeneration, seedlings and saplings were quantified in circular plots with 1m and 3m radius respectively. Altogether, 90 circular plots (30 in each altitude) were laid for trees and saplings and 180 plots were (60 in each altitude) laid for seedlings. The present investigation has recorded 43 tree species under 25 families and 35 genera. The Dominance-Diversity curve showed the highest IVI of Shorea robusta in all three altitudinal ranges. The value of Shannon Diversity index was higher in high altitudinal range (1.07) followed by low (0.96) and middle altitudinal range (0.83). Species richness increased with increasing altitudes. The tree carbon stock ranged from 134 – 372 t ha–1 .Similarly soil carbon stock was higher in high altitudinal range (60.03 t ha–1) and lower in middle altitudinal range (27.69 t ha–1). The seedling of Shorea robusta was higher in low altitudinal range and lower in high altitudinal range. Contrast results were obtained for sapling i.e. lower in low altitudinal range and higher in high altitudinal range. The regeneration status of seedlings was healthy but poor in terms of saplings. Therefore, the establishment of seedlings to saplings in the study areas was very crucial for the sustainability of forests.

第350回 2023年11月17日(金)14:00~17:00

豊田 有(公益財団法人 日本モンキーセンター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

データ駆動型研究から見えてきたベニガオザルの知られざる社会生態(The socio-ecology of the stump-tailed macaque revealed by data-driven research)

 ベニガオザル(Macaca arctoides)は、オナガザル科マカク属に属するサルの一種である。この種が他のマカク属とは異なること、特に繁殖に関わる形質において特異な進化が見られることはかねてより知られていながら、野外の集団を対象とした社会生態学的な研究はおこなわれてこなかった。我々は、タイ王国にあるカオクラプック・カオタオモー保護区に世界初の野生ベニガオザルの長期調査拠点を構築し、2015年より継続して調査を実施してきた。本セミナーでは、本調査地でのデータ駆動型研究によって見出された多数の興味深い行動のほか、オスの繁殖戦略とオス間の協力行動を促進する社会生態学的要因に焦点を当てた研究成果(Toyoda et al. 2022: Frontiers in Ecology and Evolution)や、マカク属内でも本種にしかみられない特異な性行動(e.g.オスが発する交尾音声の機能Toyoda et al. 2020: Primates)などを紹介しながら、野生のベニガオザルの未知なる生態のアウトラインを俯瞰する。


半谷吾郎(京都大学生態学研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

屋久島のヤクスギ林に住むニホンザルの個体群動態 (Population dynamics of Japanese macaques in the coniferous forest of Yakushima)

 長い寿命を持つ霊長類の個体群がどのように変動するのかを明らかにするには、息の長い調査が必要です。われわれは、ボランティアの学生を募って毎年屋久島でニホンザルの個体数調査を行ってきました。「ヤクザル調査隊」と自称しているこの調査は、1989年に第1回の調査を行い、今年、35回目の調査を行いました。屋久島の様々な場所でどのようにサルが分布しているのかを調べる調査として始めたこの調査は、1998年以降、屋久島の瀬切川上流域を長期調査地に定め、伐採後の森林の移り変わりに応じて、どのようにサルの個体数と社会が変化していくのかを調べてきました。1970年代から調査が継続している、屋久島の西部海岸と比較しながら、われわれの長期調査が目指すものについてお話しします。

第349回 2023年10月20日(金)14:00~17:00

末次健司(神戸大学大学院理学研究科)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

光合成をやめた植物「従属栄養植物」をめぐる冒険(Diverse interactions of heterotrophic plants with their hosts, pollinators and seed dispersers)

 共生というと、お互いがお互いを助け合う仲睦まじい関係性のように聞こえます。しかしながら、相利共生でさえ、お互いが搾取しあった結果、たまたま両方のパートナーが利益を得ているに過ぎません。つまり共生関係は、実際は緊張感に満ちた関係で、すきあれば相手を出し抜こうとしている状態といえます。実際に、もともと相利共生のパートナーであった生物に一方的に寄生するように進化した生物が沢山存在しています。例えば、送粉共生系では、綺麗な花を咲かせるものの、実際には蜜などの報酬を与えず、送粉者を騙して花粉を運んでもらう植物が多数存在しています。また菌根共生系を見渡すと、菌根菌に光合成産物を与えないばかりか、光合成をやめ逆に菌根菌から糖を含む全養分を搾取する菌従属栄養植物が存在しています。また進化的なスケールを考えずとも、環境条件に応じて損得のバランスが変動し、相利共生や寄生と一概に定義できないような共生関係も知られています。つまり寄生と相利共生は対立する概念ではなく、表裏一体で連続性を持つ存在なのです。
  私は、陸上植物をめぐる三つの普遍的な共生関係、すなわち送粉共生、種子散布共生、そして菌根共生に関心を持ち、研究を進めてきました。本講演では、最近特に力をいれて研究を進めている光合成をやめた植物の特殊な菌根共生 (e.g., Suetsugu et al. 2020 New Phytol. 227: 1519–1529; Suetsugu et al. 2022 New Phytol. 235: 333–343) を中心に、生物間相互作用の奥深さを少しでもご紹介できればと思っています。


松岡俊将(京都大学フィールド科学教育研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

群集生態学のアプローチから見てきた外生菌根菌の多様性パターン (Diversity patterns of ectomycorrhizal fungi evaluated from a community ecology approach)

 菌類は、腐生・相利共生・寄生などを通じ、生態系における物質循環や相互作用する生物の成長や生存に影響を与えている。菌類の多様性は数百万種にものぼると推定されているが、実際の多様性に関する知見は動植物と比べても乏しいのが現状である。演者は、群集生態学的アプローチを用いて、菌類の中でも特に樹木と共生する外生菌根菌に着目し多様性の時空間パターンやその要因に関する研究を行ってきた。本セミナーでは、まず菌類の多様性研究アプローチと外生菌根菌の多様性パターンについての知見を紹介する。続いて、演者が所属する京都大学フィールド研の研究林の特徴や研究林において取り組み始めた多様性研究についても紹介する。

第348回 2023年9月15日(金)14:00~17:00

服部 佑佳子(京都大学大学院生命科学研究科)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

生命の生存戦略の分子基盤解明に向けて(Deciphering the molecular basis of life’s survival strategies)

 生命はその生存のために多様な戦略をとっている。近年、マルチオミクスなどの解析技術の進展により、非モデル生物も含めた複数の生物種間の環境適応能力の違いや、生物種間関係を、分子生物学的な視点から理解することが可能となりつつある。我々は、食性の異なるショウジョウバエ近縁種群や、共生微生物に焦点を当て、生命の生存戦略やその多様性の分子基盤を解明することを目指している。本セミナーでは、ショウジョウバエ近縁種間の栄養適応能力の差を生み出す全身性およびエピジェネティックな制御機構に加え、自然界でショウジョウバエ幼虫の成長を支える共生酵母・細菌の役割について紹介する。さらに、今後の展望や課題についても広く議論を行いたい。


堀 知行(産業技術総合研究所環境創生研究部門)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

自然・工学的環境における微生物コミュニティの理解と利用 (Understanding and applicaion of microbial communities in natural and engineered environments)

 自然環境で複雑に交錯して起こる微生物酸化還元反応は地球の物質循環や恒常性維持に寄与するだけでなく、これら連続反応の一部を切り出し効率化することで水処理や土壌浄化等に利用されている。演者は、これまでに水処理槽や土壌・堆積物等の様々な自然・工学的環境における物質変換や動態の理解と制御を目指し、微生物コミュニティの研究を展開してきた。本講演では、Stable Isotope Probingと次世代シーケンサーの融合法等の環境微生物解析技術を駆使することで、水質汚染物質の分解促進や有価物変換等の社会課題に大学や企業とともに取り組んできた研究について紹介する。

第347回 2023年7月21日(金)14:00~17:00

佐野雄三(北海道大学大学院農学研究院)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

走査電子顕微鏡を使った樹木細胞の微細構造と機能に関する研究(Scanning electron microscopic studies of structures and functions of woody plant cells)

 走査電子顕微鏡(SEM)は、固体表面の微細構造を立体的に観察することのできる装置である。電子線の照射に応じて固体の表層から発するさまざまな信号を検出する機構を備えることにより、元素組成など、形態以外の特徴も分析することもできる。これまで演者は、この装置を存分に使うことのできる環境に恵まれ、樹木の組織・細胞の微細構造と機能に関する研究を行ってきた。本セミナーでは、走査電子顕微鏡の仕組みについて概説のうえ、SEMを使った研究により樹木細胞の構造と機能についてどのようなことを明らかにすることができたのか、数例を紹介する。木部組織における繊維細胞の壁孔の構造と水の動態に関する研究では、分化完了直後の木部組織において、壁孔の微細構造の違いに応じて含有水分が異なる挙動を見せることが示された。そのほかに、特定樹種の葉に特異な貯蔵細胞が存在することを偶然に発見したエピソードなども紹介したい。


伊豆田 猛(東京農工大学大学院農学研究院)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

植物に対するオゾンの影響 (Effects of ozone on plants)

 光化学オキシダントの主成分であるオゾン(O3)は、植物に害作用を発現するガス状大気汚染物質である。大気中のオゾンは、気孔を介して葉内に吸収される。葉内にオゾンが吸収されると、活性酸素種が生成され、光合成などの生理機能や各種代謝系などが阻害される。オゾンによって農作物の光合成速度、成長、収量および可食部の品質などが低下する。また、オゾンは樹木の光合成速度や乾物成長などを低下させる。そのため、農作物や樹木にオゾン障害が発現すると、食料問題や気候変動などの地球レベルの環境問題が加速し、カーボンニュートラルの実現を困難にする。したがって、日本においては、植物保護のための光化学オキシダント(オゾン)の環境基準を早急に設定し、大気中のオゾン濃度を低下させ、その植物被害の緩和策を実施していく必要がある。本講演では、植物に対するオゾンの影響を概説し、演者らの最近の研究や今後の課題などを紹介する。

第346回 2023年6月16日(金)14:00~17:00

土居秀幸(京都大学大学院情報学研究科)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

情報学からアプローチする生態学・生物学(Informatics Approaches on Ecology and Biology)

 情報学のさまざまな技術、シミュレーション、統計解析・モデリング、データベース構築などの発展と、超並列シークエンス、環境DNA、衛星観測、自動観測などの観測技術の進展により、生態学・生物学において、広範な地域や時間スケールでのデータ収集が可能となってきた。さらに、GBIF、ANEMONEに代表されるようなデータのオープン化、データベース化により多くの大規模データを取得できるようになってきた。これにより、これまでのデータでは明らかにできなかった生態学・生物学のさまざまな命題にアプローチすることができるようになってきた。そのような背景から、本講演では、我々のグループで行ってきた、群集生態学や生態系動態、生物学的な命題へのアプローチについて情報学を用いたさまざまな研究について紹介し、今後の生態学・生物学において、どのように情報学からアプローチするかについて議論したい。


鈴木健大(理化学研究所バイオリソース研究センター)

この講演は、zoom配信のみに変更となります

時系列による因果推定と生態系における情報の流れ (Causal inference for time series and information flow in ecosystems)

 生態系は様々な生物、物理、化学プロセスの複合システムであり、その観測で得られるデータの取り扱いは、既存の時系列ベースの因果推定手法では困難な場合がある。このような問題に対処するため、私たちは時系列の予測可能性に基づくフレームワークである”EcohNet”を提案している。EcohNetはニューラルネットワークの一種(エコーステートネットワーク)と、その入力変数の漸進的な選択によって実装され、あるターゲット変数について予測誤差を最小化する最も少ない予測変数集合を特定したのち、各変数の固有の貢献度を評価する。EcohNetはグレンジャー因果性のコンセプトに基づいているが、一般的なベクトル自己回帰による実装などと比べて高い柔軟性を有している。EcohNetについて紹介し、生態系における「情報の流れ」という観点から、非線形時系列解析(CCM)や情報理論(トランスファーエントロピー)に基づく手法との関連を概観したい。

スペシャル 2023年6月12日(月)15:00~16:00

Matthew Barbour (Université de Sherbrooke, Canada)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

Eco-evolutionary dynamics in plant-insect food webs

 Global change is reshaping biodiversity across scales — from the genetic makeup of populations to the composition of species in ecological communities. These cross-¬scale changes often unleash an array of indirect effects that make it difficult to predict ensuing ecological and evolutionary responses due to the complex network of interactions species are usually embedded in. In this seminar, I will share a series of field and lab experiments with plant-insect food webs that seek to better understand the interconnected nature of biodiversity across scales. I will begin by showing how genetic variation within species can scale up to influence food-web structure and species coexistence. I will then discuss how the diversity of species in a community can feedback to shape genetic and phenotypic variation in interacting populations. Throughout, I will argue that understanding these eco-evolutionary processes is critical for predicting how biodiversity will be reorganized by environmental change.

スペシャル 2023年6月8日(木)14:00~

Carlos Martínez Núñe (Agroscope, Switzerland)

(この講演は、zoom配信のみとなります)

Olives alive: Effects of agricultural management and landscape complexity on biodiversity and ecosystem services in olive groves

 Intensive agriculture is a main driver of biodiversity loss worldwide. With this threat to biodiversity, agricultural systems also face the risk of losing ecosystem services provided by biodiversity. Yet, we still do not know how to efficiently increase biodiversity and ecosystem services in key agroecosystems such as olive groves, one of the most socioeconomically important crop worldwide. In this talk, I will present an overview of the seven main studies produced during my PhD thesis, which aim to understand how agricultural management, landscape complexity, and their interaction affect biodiversity and ecosystem services in olive groves in southern Spain.

第345回 2023年5月19日(金)14:00~17:00

杉本貢一(筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

植物の多様性を利用して植物の防衛メカニズムを明らかにする(Usefulness of natural variations for gene identification in plant defense)

 固着生活を送る陸上植物は外敵から逃げることができないために食害等の攻撃に対して脆弱なイメージがありますが、実際には様々な防衛システムを発達させることでこの地球上を生き抜いています。私は植物が持つこの精緻な防衛システムがどのようにして成り立っているのか、そのメカニズムに興味があります。またそのメカニズムを証明するためには遺伝学的な手法が強力なツールになるだろうと考えています。主にラボ実験で用いられてきたこのツールを実世界に展開することで、植物がどのようにしてこの世界に適応してきたのかを詳らかにしたいと夢見ています。
 今回のセミナーでは最近論文発表をすることができた、植物が揮発性化合物を受け取るメカニズムとしての揮発性化合物配糖化現象とその配糖体化を行う酵素遺伝子を同定するに至った話を簡潔に紹介します。また最近の進展として、植物表皮に存在する毛状組織・トライコーム形成遺伝子の同定に関する話をする予定です。これら2つのプロジェクトは栽培品種とその近縁野生種との違いや、野生種のエコタイプ間での違いを手掛かりにして、遺伝子の同定にたどり着くことができました。最後にこれらの研究の源泉となる植物リソースに関する情報を共有させていただきます。


上船雅義(名城大学農学部)

(この講演は、センター第2講義室における対面とセンター内限定のzoom配信のハイブリッド形式となります)

ゼニゴケの植食者に対する防衛 (Defense of the liverwort Marchantia polymorpha against herbivores)

 近年,コケ植物の病原微生物に対する誘導防衛の研究が報告され,病原微生物によって防衛遺伝子の誘導,JAの蓄積やSAの増加,全身獲得抵抗性(SAR)に類似の反応が明らかになってきた.植物が進化の過程でどのように病原微生物に対して防衛能を獲得してきたのか議論が進んでいる.一方,コケ植物の植食者に対する防衛の研究は,コケ植物内に含まれる物質に摂食阻害効果や忌避効果があることを明らかにしているだけで,コケ植物が植食者に対してどのような防衛を行っているのかに関してはあまり研究が進んでいない.コケ植物の植食者に対する防衛の解明は,植物が進化の過程でどのように植食者に対して防衛能を獲得してきたのかを議論する際の手助けとなる.本セミナーでは、ゼニゴケの植食者に対する防衛に関する研究成果を紹介する。

スペシャル 2023年4月26日(水)14:00~16:00

深見 理(スタンフォード大学生物学科 地球システム科学科)

(この講演は、センター第2講義室における対面形式のみとなります)

花の微生物群集の代替安定状態と農地での応用の可能性(Alternative community states and agricultural applications of flower microbes)

 花の蜜には細菌や酵母などからなる微生物群集がみられます。これらの微生物は咲いてまもない花にはいませんが、花を訪れる昆虫や鳥などによって蜜に運ばれてきます。このとき、どの微生物種がいつ、どれだけ運ばれてくるかによって、蜜の中で細菌が優占する場合と酵母が優占する場合があり、このふたつは群集生態学で代替安定状態とよばれている現象の例といえます。代替安定状態は植物と送粉者の共生関係を変え、また、微生物の影響は送粉者を介して花から花へと波及していきます。その間、微生物には迅速な進化もおこり、変化した形質は送粉共生の強さをさらに変えていくようです。これらについて、カリフォルニアのハチドリが送粉する植物を対象にした研究をもとにお話します。この研究は2010年ごろから継続しているのですが、ここ数年は長野県飯島町のソバ畑の花にみられる微生物の研究も進めています。ソバの研究で分かってきた花の微生物の応用の可能性についてもお話しします。全体を通して、研究のきっかけとなった大学での授業や共同研究者との出会いなど、論文には書くことのない裏話も多く交えながら紹介したいと思います。

第344回 2023年4月21日(金)14:00~17:00

占部城太郎(東北大学大学院生命科学研究科)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

生態化学量論からみた環境変化と摂餌生態(Ecological stoichiometry for understanding environmental changes and animal’s feeding ecology)

 生態化学量論は、生元素のバランスを鍵として生態諸現象を理解する理論的枠組みである。その根幹は、性質・挙動が異なる元素の統合体として生物を捉えることで、エネルギーなど単一パラメータでは一見矛盾しているような現象を、多元パラメータのもとで理解することにある。生態化学量論の起源はLiebigの最少律に遡るが、海洋学や陸水学など元素定量がしやすい水圏での研究を中心に発達してきた。本セミナーでは、それら生態化学量論の歴史を簡単に振り返るとともに、演者が長年取り組んできた動物の栄養接種(=化学量の維持)に対する環境変化影響、特に人間活動に伴う大気二酸化炭素濃度上昇の影響に関する研究を紹介する。また、近年では遺伝子からの生命(生態)現象の理解が飛躍的に進展しているが、物質レベルでの生命(生態)現象を理解する生態化学量論は、遺伝子(核酸はきわめてリン含量の多い物質)から生態系にいたる諸過程をわかりやすく理解する枠組みにもなることを示す。


蒋 夢奇(京都大学生態学研究センター)

(この講演は、センター第2講義室における対面とzoom配信のハイブリッド形式となります)

植物プランクトンの増殖に必要な窒素とリンの相対要求量に対する栄養塩レベルの影響 (Changes in relative nitrogen:phosphorus requirements for phytoplankton growth with absolute nutrient levels and their macromolecular basis)

 窒素(N)とリン(P)は、植物プランクトンの生化学的機能に利用される重要な栄養元素であり、これらの元素を持つ栄養塩類は水圏生態系における植物プランクトンの成長を制限する。植物プランクトンの成長とNとPの相対的供給量(N:P供給比)との関係の解明は、富栄養水域でのアオコの抑制や、貧栄養水域での一次生産の増加に関する研究など、さまざまな栄養レベルの水域における植物プランクトンの増殖を理解する上で重要な課題となっている。先行研究のほとんどは、NあるいはPの濃度を固定した上で、さまざまなN:P供給比における植物プランクトンの増殖のみについて検討してきた。しかし、N:P供給比とともに重要と考えられるNやPの栄養塩類の絶対量については、これまで用いられているようなNあるいはPが一定濃度での実験系では解明できない。本研究では、NとPの栄養塩類の絶対濃度とN:P供給比の影響を組み合わせ、異なる栄養レベルにおける植物プランクトンのN:P供給比についての増殖を評価した。さらに本研究では、先行研究で得られた結果も用いて、異なる濃度(栄養レベル)における植物プランクトンのN:P相対的要求量を評価した。本研究では、3種(Chlorella vulgaris, Anabaena variabilis, Microcystis aeruginosa) についての本研究の実験結果と 、先行研究 (Franketal.[2020] およびKunikane et al. [1984])における5種 (Ankistrodesmus sp., Chlamydomonas reinhardtii, Scenedesmus obliquus, Staurastrum sp., Scenedesmus dimorphus) についての結果を用いて、Nと Pが異なる栄養レベルにおいてさまざまなN:P供給比を設定し、各植物プランクトンの増殖を評価した。さらに、植物プランクトンのN:P相対的要求量の変化のメカニズムを解明するため、C. vulgarisを植物プランクトンのモデル生物として用い、増殖率仮説 (Growth rate hypothesis, GRH)の検証を行った。C. vulgarisの細胞内容物 (タンパク質、RNA、クロロフィル a) を定量し、GRH が低栄養条件下での植物プランクトンの成長に適用できるかどうか、また、植物プランクトンのN:P相対的要求の変化を導く生体高分子の因果関係を検討した。検討したほとんどの植物プランクトン種で、栄養レベルが高い系(富栄養環境) では、植物プランクトンの増殖に最適なN:P供給比が有意に低くなった。すなわち、N:P供給比に対する植物プランクトンの増殖において、N制限からP制限への移行には明確な境界がなく、植物プランクトンの増殖に必要な N:P供給比は周りの栄養レベルによって変化し、栄養レベルが低い環境下では N要求量がP要求量よりも高くなることが明らかとなった。さらにC. vulgarisにおいて、 N制限下ではGRHが適用できなかった。また、低栄養レベルでは PよりもNへの要求量が高い結果が得られ、P制限下でのN、タンパク質、バイオマスの間に有意な因果関係が示された。すなわち、低栄養条件下で C. vulgarisの増殖を制限する主な要素は、PよりもむしろNであることが明らかとなった。本研究は、植物プランクトンに関わるN:P供給比の問題に取り組むに際し、栄養塩類の絶対量の重要性を実証した。

第343回 2023年2月17日(金)14:00~17:00

三谷曜子(京都大学野生動物研究センター)

(この講演は、zoom配信となります)

鰭脚類:海と陸に生きる動物の生態と行動(Pinnipeds: ecology and behavior of animals living in ocean and land)

 鰭脚類は、食肉目に属する四肢が鰭状の動物で、アザラシ科、アシカ科、セイウチ科がある。繁殖や換毛、休息を陸上で、採餌を水中で行う水陸両棲の哺乳類であり、すべての海域に生息し、数種は淡水域にも生息する。潜水し、オキアミや魚類、頭足類、底性動物などを捕食する。多くの種が繁殖・換毛期後に回遊を行うことが知られているが、メスの多くは生まれた場所に帰る。進化的に鰭脚類は単系統でイタチ上科に近いが、アザラシ科とアシカ・セイウチ科の系統分化が起きるまでは陸上生活をしており、別々に海に進出したことが考えられている。アシカ科とアザラシ科には多くの違う点があり、例えばアシカ科の数種では脳の半分が眠り、半分が覚醒しているという状態の半球睡眠が確認されているが、アザラシ科では確認されていない。本セミナーでは、これら鰭脚類の生態と行動について紹介する。


木下こづえ(京都大学野生動物研究センター)

(この講演は、zoom配信となります)

動物たちのストレスを糞中ホルモンから評価する-希少ネコ科動物編- (Evaluation of physiological stress in endangered felids using fecal hormone)

 生息環境が変化すると、野生動物の生理的ストレスはどのように変化するのか?体外環境が変化すると、個体は恒常性を維持するためにホルモンを分泌する。ストレス応答に関与するホルモンの変化を調べれば、上記の謎を明らかにできると考える。ホルモンは血中を流れ標的細胞で作用したあと、肝臓で代謝され、糞や尿へと排泄される。つまり、糞中には個体の生理的ストレス情報が含まれている。今回着目するネコ科動物は、最高次捕食者としてさまざまな生態系の維持に関わっている。多くが絶滅の危機に瀕しており、その生息密度は低いため、直接観察が難しい。そのため、彼らの落とし物である「糞」から、いかに排泄者の情報を取得するかが鍵となる。本セミナーでは、環境変化とネコ科動物の糞中ストレスおよび性ホルモン濃度変化の関係について紹介する。

第342回 2023年1月20日(金)14:00~17:00

藤井佐織 (国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所)

(この講演は、zoom配信となります)

土壌動物群集を紐解く試み:食物とハビタットを兼ねるリターの形質評価から (Untangling the enigma of soil animal diversity by a focus on litter traits related to food and habiat qualities)

 土壌動物の多様性と分解者としての機能に対する関心は年々高まっているが、それらを決定する土壌動物の群集動態のパターンや制御要因については根本的に解明する手がかりがないままである。講演者らは、現在、これまで主に土壌動物の食物源と見なされてきた植物リターが、土壌動物のハビタットとしても機能していることに再注目し、リターのハビタット形質の整理に取り組んでいる。本発表では、ハビタット評価の重視に至った経緯も含め、これらの研究についてお話しする。加えて、1960年代以降の土壌生態学の発展の流れや、土壌動物学と関わりの深い群集理論に触れながら、土壌動物の群集研究が行き詰ってきた原因についても議論できればと考えている。


前藤 薫(神戸大学大学院農学研究科)

(この講演は、zoom配信となります)

寄生蜂の無性生殖は進化的な袋小路なのか?(Is asexual reproduction of parasitoid wasps an evolutionary dead end?)

 他の昆虫を捕食寄生する寄生蜂には産雌単為生殖を行うものが多く、細胞内共生細菌のほか、潜性(劣性)の核遺伝子や近縁種間の交雑がその原因とされてきた。単為生殖には減数分裂を伴うものと、それを伴わない真の無性生殖がある。いったん無性生殖化した系統は進化的デッドエンドではないかと思われるが、そうでもないらしい。多分何らかの(共生細菌ではない)細胞質因子によって無性生殖しているコマユバチ科寄生蜂に着目し、MIG-seqによるSNP解析を行ったところ、有性集団から母系の異なる無性集団へと核遺伝子が流れている様子が見えてきた。高い増殖率をもつ無性集団が、有性集団を制圧してしまわない理由についても考察したい。

第341回 2022年12月16日(金)14:00~17:00

山本哲史(農研機構 農業環境研究部門)

(この講演は、zoom配信となります)

生態的並行種分化のゲノミクス:クロテンフユシャクで生じた異時的種分化(Genomics of parallel ecological speciation: the allochronic speciation of Inurois punctigera

 平行種分化は種分化が自然選択によって促進されることを強く示唆する現象として、進化生態学における中心的な研究テーマとして取り組まれてきた。似たような形質の分化が繰り返し生じるには、祖先的な集団に幅広い遺伝的変異が維持されており、そこから派生した集団に似た自然選択がかかることで並行的に生殖隔離を伴う形質分化が生じると考えられる。しかしながら、祖先集団と派生集団の区別は容易ではなく、平行種分化のプロセスは必ずしも明らかではない。
 冬期活動性蛾類の1種クロテンフユシャク(鱗翅目シャクガ科)は、冬期に繁殖を行う蛾である。日本には冬期環境の地理的変化が大きく、冬季環境が比較的温暖な地域では真冬に繁殖するが、冬期が長く真冬に厳冬環境となる地域では、初冬(繁殖)型と晩冬(繁殖)型に分化する。本講演では、地理的にはなれて分布する北日本と南日本の初冬型と晩冬型について、集団ゲノミクス解析によって明らかにしたそれらの起源について発表する。


野村康之(龍谷大学 食と農の総合研究所)

(この講演は、zoom配信となります)

雑種の新奇形質が生み出す、ちょっと不思議な集団遺伝構造(Novel traits of hybrids cause unique population genetic structure)

 雑種形成は新奇形質を生み出す駆動力の一つである。私は、このような雑種形成によって生じる新奇形質の進化生態学的な役割について明らかにするために、チガヤ Imperata cylindricaを研究の対象としてきた。チガヤには西日本において4月に咲き、大きな根茎通気組織を持ち、湿った環境を好む早生型(E型)と、5月に咲き、小さな根茎通気組織を持ち、乾いた環境を好む普通型(C型)が存在する。また、これらの2生態型の雑種が、特に東北地方において両親を上回る数生育している。私たちの研究では、この雑種集団にはF1雑種しか存在しないことが明らかになった。なぜ雑種はF1しか存在せず、また、なぜ東北地方では両親を上回る数のF1が生育しているのだろうか?この原因として、F1雑種で生じた(1)秋への開花期シフトおよび(2)根茎通気組織の大きな表現型可塑性が影響していると考えられた。本セミナーでは、これら新奇形質がチガヤ集団に与えた影響を議論する。

第340回 2022年11月18日(金)14:00~17:00

仲澤剛史(國立成功大學生命科學系)

(この講演は、zoom配信となります)

個体成長の観点を相利共生に取り入れる:実証的証拠と理論モデルのレビュー(Incorporating an ontogenetic perspective into mutualism: a review of empirical evidence and theoretical models)

 個体成長による個体差は生物の最も基本的な側面であり、食物網の動態をよりよく理解するために生活史ステージ(もしくは体サイズ)を考慮した被食―捕食者関係はますます研究されてきている。しかし、ステージ構造のある相利共生やその生態学的影響についてはほとんど知られていない。本講演では、まず、様々な相利共生(受粉、種子散布、栄養、防御など)においてステージ構造化された相互作用に関する文献情報を統合し、一般的に自然界の相利共生にはステージ構造があることを明らかにする。さらに、ステージ構造化された相利共生の生態学的影響や進化的メカニズムに関する私の最近の理論的研究をオムニバス形式で簡単に概観する。結論として、実証的・理論的な取り組みを以て個体レベルの相互作用データを収集し群集生態学の理論に取り入れる必要があることを提言する。そのような研究努力は生物多様性保全や生態系管理に新たな知見をもたらすと同時に、種間相互作用の概念に関する群集生態学のパラダイムシフトを呼び起こすものである。


中臺亮介(国立環境研究所 生物多様性領域)

(この講演は、zoom配信となります)

自然界・人間社会において樹木個体の存続と成長がもたらす影響(Effects of persistence and growth of individual trees in nature and human society)

 生物多様性研究とその関連分野において、これまで種の在不在の情報や各種の量の情報を中心に研究がなされてきた。一方で、私達が直接観察することのできる個体の情報はあまり注目されてこなかった。本発表では、個体情報が他の分類群に比べて多く存在する樹木を対象として、個体の存続と成長を通して見える知見について紹介する。前半では個体の存続や成長が森林の種組成の時間変化に与える影響についていくつかの研究例を示す。後半では長期間存続し続け巨木となった個体が人間社会に与える影響(つまり、生態系サービス)とその背後にある駆動要因(気候や個体の大きさなど)について、研究について紹介する。本発表の最後には生物多様性研究や関連分野における個体情報の有用性と今後の展開についても議論したい。

第339回 2022年10月21日(金)14:00~17:00

高橋英樹(東北大学大学院農学研究科)

(この講演は、zoom配信となります)

病気を起こさないウイルスは植物に何をもたらすのか?(What do nonpathogenic viruses do to plants?)

 自然界において植物はしばしば病徴を示すことなくウイルスに不顕性感染しており、本来ウイルスと宿主植物は共生に近い相互関係にあるものと推察されている。一方で、食料を生産するための農業という営みが、病原性をもつウイルスを顕在化させた可能性が指摘されている。本セミナーでは、病原体としてのウイルスと共生者としてのウイルスの両面からウイルスを捉えることにより、植物に感染するウイルスの真の姿を紹介したい。病原性をもつウイルスの感染は宿主植物に病徴を誘導するが、それに対して宿主植物は免疫システムを構築して自己を防御する手段を進化させてきた。一方、宿主植物に明瞭な病徴を示すことなく不顕性感染しているウイルスは、単に植物組織内に存在しているだけではなく、植物の生命活動に様々な役割を果たしていることが、近年明らかになってきている。これまで病原体として研究されてきたウイルスが持つ新たな役割について話題を提供したい。


増田 税(北海道大学大学院農学研究院)

(この講演は、zoom配信となります)

キュウリモザイクウイルスのYサテライトRNAの生き残り戦略(Survival strategy of Y-satellite RNA of cucumber mosaic virus)

 キュウリモザイクウイルス(CMV)は、しばしばサテライトRNA(satRNA)と呼ばれる短いnon-coding RNAに寄生されている。Y-サテライトRNA(Y-sat)に寄生されたCMVがタバコに感染すると、タバコの葉は鮮やかな黄色に変化する。葉の黄化は必ずしも光合成を低下させない。黄色はY-satからRNA silencing で生成するsiRNAがクロロフィル合成酵素のmRNAをターゲットした結果である。黄化タバコはCMV伝搬を担うアブラムシを優先的に誘引する。さらに、黄化タバコで吸汁したアブラムシはじきに赤く変化し、その後、数日で翅を形成する。このとき、Y-satから作られるdsRNAは、アブラムシの体内に入り、アブラムシのRNA silencingによって、翅形成に関わる遺伝子群の発現を制御する。Y-satは、タバコを黄色に変化させ、そのタバコにアブラムシを呼び寄せて、その後、アブラムシに翅を形成させ、最後に有翅アブラムシをプライベートジェットにして周囲に拡散する。

スペシャル 2022年10月3日(月)13:00~14:30

Jinliang Wang (Institute of Zoology, Zoological Society of London, London)

(この講演は、zoom配信となります)

Fast and accurate population admixture inference from genotype data from a few microsatellites to millions of SNPs

Model-based (likelihood and Bayesian) and non-model-based (PCA and K-means clustering) methods were developed to identify populations and assign individuals to the identified populations using marker genotype data. Model-based methods are favoured because they are based on a probabilistic model of population genetics with biologically meaningful parameters and thus produce results that are easily interpretable and applicable. Furthermore, they often yield more accurate structure inferences than non-model-based methods. However, current model-based methods either are computationally demanding and thus applicable to small problems only or use simplified admixture models that could yield inaccurate results in difficult situations such as unbalanced sampling. In this study I propose new likelihood methods for fast and accurate population admixture inference using genotype data from a few multiallelic microsatellites to millions of diallelic SNPs. The methods conduct first a clustering analysis of coarse-grained population structure by using the mixture model and the simulated annealing algorithm, and then an admixture analysis of fine-grained population structure by using the clustering results as a starting point in an expectation maxmization algorithm. Extensive analyses of both simulated and empirical data show that the new methods compare favourably with existing methods in both accuracy and running speed. They can analyse small datasets with just a few multiallelic microsatellites but can also handle in parallel terabytes of data with millions of markers and millions of individuals. In difficult situations such as many and/or lowly differentiated populations, unbalanced or very small samples of individuals, the new methods are substantially more accurate than other methods.


第338回 2022年9月16日(金)14:00~17:00

今田弓女(愛媛大学大学院理工学研究科)

(この講演は、zoom配信となります)

コケへのカモフラージュにおける昆虫のクチクラの機能(Exploring function of insect cuticle: a study of moss mimic crane-flies)

 昆虫の擬態において体色・模様・構造物はいかに関わっているだろうか。シリブトガガンボ亜科(ハエ目シリブトガガンボ科)の幼虫は、コケまたは被子植物を食べる昆虫であり、体色、模様、体表を覆う多数の肉質突起によって、植物にカモフラージュする。演者らは、シリブトガガンボ類を対象に、幼虫の生態と形態、およびそれらの進化経路を調べてきた。
 本群の幼虫形態の観察から、種ごとに異なる肉質突起の配列や形状が明らかになった。また、幼虫の内部構造と運動の観察から、体の側面にある突起が体の安定化と運動の補助の機能を果たす可能性が示唆された。さらに、幼虫の体色を定量的に解析した結果、幼虫の体色およびその変異幅は種ごとに異なるものの、背景色に合わせて変化することが判明した。こうした体色の可塑性は半透明のクチクラを通した背景の透過によってもたらされていると考えられる。シリブトガガンボにおけるクチクラの著しい変形と透過は、いずれも幼虫の体の輪郭検知を難しくし、コケへのカモフラージュに寄与すると考えられる。
 最後に、昆虫のクチクラの生態学的な機能についての展望を述べる。


鈴木誉保(東京大学 大学院新領域創成科学研究科)

(この講演は、zoom配信となります)

蝶の擬態の遺伝基盤・系統進化・群集生態(Genetic basis, phylogenetic evolution, and community ecology of camouflage and mimicry in butterfly wings)

 擬態は適応の典型例であり、生態・進化生物学のモデル形質として注目されてきた。なかでも、枯葉や岩へと隠蔽型擬態をしたり、ミューラー擬態などの標識型擬態など多様な模様をみせる蝶は、ウォレスの時代から注目され、現在でもフロントランナーの一つである。演者は、形態学によるアプローチにより模様の作られ方を読み解き、系統比較法を利用して模様の系統進化を明らかにしてきた。
 本セミナーでは、蝶の擬態について最近の進展(遺伝基盤、発生とゲノムなど)について触れながら、演者が取り組んでいるマクロ進化プロセスの視点から擬態をお話する。系統レベルの進化からみて擬態がどのように理解できるのかを議論する。また、擬態の系統的慣性と群集構造が関連していることも見えてきつつあり話題を提供したい。

スペシャル 2022年9月15日(木)13:00~15:00

Angélica González (Department of Biology & Center for Computational and Integrative Biology, Rutgers University / Visiting Associate Professor, Center for Ecological Research, Kyoto University)

(この講演は、zoom配信となります)

Nutrient dynamics: perspectives from microcosm experiments to large-scale surveys and global syntheses

Chemical elements are the building blocks of life and they are found in different proportions in the biomass of living organisms across domains of life. The elemental composition of living organisms or elemental phenotype represents the outcome of selective pressures and biophysical constraints acting on the chemical needs of life to build biomass and perform biological functions. Human activities are modifying major biogeochemical cycles and the trophic state of many habitats worldwide. These alterations are predicted to continue to increase, with the potential for a wide range of impacts on the structure of ecological communities and ecosystem functioning. In this talk, I will discuss how the use of multiple approaches can lead to new insights and better understanding of the patterns and mechanisms of organismal to whole-ecosystem stoichiometry, and their responses to changes in biogeochemical cycles.


Wan-Hsuan Cheng (Taiwan International Graduate Program (TIGP)–Earth System Science Program, Academia Sinica, Taipei, Taiwan / Visiting Scholar at Ryukoku University)

(この講演は、zoom配信となります)

New index of functional specificity to predict the redundancy of ecosystem functions in microbial communities

An ecosystem function is suggested to be more sensitive to biodiversity loss (i.e. low functional redundancy) when focusing on specific- type functions than broad-type functions. Thus far, specific-type functions have been loosely defined as functions performed by a small number of species (facilitative species) or functions involved in utilizing complex substrates. However, quantitative examination of functional specificity remains underexplored. We quantified the functional redundancy of 33 ecosystem functions in a freshwater system from 76 prokaryotic community samples over 3 years. For each function, we used a sparse regression model to estimate the number of facilitative Amplicon Sequence Variants (ASVs) and to define taxon-based functional specificity. We also used Bertz structural complexity to determine substrate-based functional specificity. We found that functional redundancy increased with the taxon-based functional specificity, defined as the proportion of facilitative ASVs (= facilitative ASV richness/facilitative ASV richness + repressive ASV (ASVs reducing functioning) richness). When using substrate-based functional specificity, functional redundancy was influenced by Bertz complexity perse and by substrate acquisition mechanisms. Therefore, taxon-based functional specificity is a better predictive index for evaluating functional redundancy than substrate-based functional specificity. These findings provide a framework to quantitatively predict the consequences of diversity losses on ecosystem functioning.

スペシャル 2022年7月29日(金)14:00~17:00

Christine L. Weilhoefer (Departments of Biology & Environmental Studies, University of Portland/Visiting Associate Professor, Center for Ecological Research, Kyoto University)

(この講演は、zoom配信となります)

Nutrient limitation of benthic primary production in rivers: a comparison between Japan and the Pacific Northwest of the US

Human activities can be a major source of nutrients to freshwater ecosystems. However, the delivery and concentration of these nutrients can vary temporally due to both climatic and land use factors. Benthic microalgae (BMA) biomass and community structure in freshwater lotic systems are often limited by inorganic nutrient availability. In the Pacific Northwest of the US, agricultural activities add nutrients to catchments during the dry, summer months, when rivers are uncoupled from their catchments. While in Japan, the agricultural season coincides with the rainy season when rivers and catchments are connected. We examined patterns of nutrient limitation of BMA biomass in two rivers in the Pacific Northwest, US and four rivers in Shiga, Japan along a land use gradient. Our results demonstrate that nutrient limitation correlated to catchment land use, but patterns were not consistent between the US and Japan. In the US, nutrient limitation was highest in watersheds draining pristine catchments, while in Japan, the greatest nutrient limitation was observed in catchments with mixed land use.


Luki Subehi (Research Center for Limnology and Water Resources, National Research and Innovation Agency (BRIN) – Indonesia)

(この講演は、zoom配信となります)

Overview and finding unique characteristics of various tropical lakes in Indonesia

Indonesia is listed among the 12 megadiversity countries, ranked as the first in Asia in the number of freshwater fish species. As the settling of water volume, it harbors many species of fish communities. Moreover, there are 5,807 inland waters (lakes and reservoirs) in Indonesia, covering about 586,871.64 Ha of area. Tropical inland water is one of the unique ecosystems which are usually functioning in both ecological and economic services. Recently, there is an increasing need to conserve and maintain the ecological balance of inland water systems which are subjected to massive pressure. Several problems faced are as follows: (1). Lake damage: Level of sedimentation, pollution, eutrophication, highly reduced quality and quantity of water; (2). Lake utilization: Hydropower plant, agriculture, fisheries (aquaculture/floating cage), usable water, religious and culture values, tourism (including lake uniqueness, accessibility, amenity-infrastructure and society condition); (3). Local government’s and society’s commitment to wisely manage lakes (master plan, local regulation, managing committee); (4). Strategic lake: lakes featuring strategic functions of national interest; (5). Biodiversity (including endemic fish species, aves and vegetation); and (6). Carbon urgency (the challenge against global climate change). Besides Indonesia has a largest caldera lake (Lake Toba, 1,130 Km2 area) in North Sumatera and the deepest tectonic lake (lake Matano, 590 m depth) in South Sulawesi. There Are also more than 100 oxbow lakes in Kalimantan Island and some saline lakes (salinity more than 40 ppt) in the eastern part of Indonesia. The capabilities of the economic values of these inland waters and ecosystem should be balanced. In order to maintain the sustainability of the lakes, basic ecological information is necessary for the next study.

第337回 2022年7月15日(金)14:00~17:00

藤田 香(東北大学大学院生命科学研究科)

(非公開(生態研メンバーのみ)となります)

ビジネスと生物多様性・自然資本の国際動向(International Trends in Business and Biodiversity/Natural Capital)

 今年夏に、国連の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催され、2030年までの世界目標が採択される予定だ。生物多様性・自然資本はビジネス界や金融界にとっても重要なテーマになっている。企業はサプライチェーンにおいて生物多様性に及ぼす影響や依存度を把握し、それを低減するための方策をとり、その取り組みを開示することが求められている。自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の枠組みに沿って開示することが求められており、開示情報を金融機関が投融資に生かすという流れが始まりつつある。企業にとっても、企業がつくる商品を購入する我々消費者にとっても、生物多様性保全のことを考える必要性が高まっている。


金本圭一朗(総合地球環境学研究所/東北大学)

(この講演は、zoom配信となります)

サプライチェーンを通じた生物多様性の損失の推定(Biodiversity losses embedded in global supply chains)

 私たちの消費は複雑なグローバル・サプライチェーンを通じて、消費している場所とは全く異なる場所で種を絶滅の危機に晒していることが明らかになってきた。本講演では、グローバルサプライチェーンデータベースとIUCNのレッドリストを用いて、187カ国における15,000の製品生産、消費者を結ぶ50億以上のサプライチェーン、そして、25,000の絶滅危惧種の関係を明らかにする。その結果、貿易が約1/3の種を絶滅の危機に晒していることを示す。その中でも、日本の木造住宅の建設が、日本の製材業、そして、パプアニューギニアでの森林伐採を引き起こすサプライチェーンが、世界で最も種を絶滅の危機に晒していることを明らかにする。さらに、種の生息域と、絶滅危惧の原因、そしてグローバルサプライチェーン情報を統合することで、ある国の消費が世界のどこで生物を絶滅の危機に晒しているのかを明らかにする。

第336回 2022年6月24日(金)14:00~17:00

山口保彦(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)

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分子サイズを鍵にして水圏溶存有機物の動態と物質循環的役割を再考する(Reconsidering the size-reactivity continuum model of aquatic dissolved organic matter

 湖沼、海洋等の水圏環境において、溶存有機物(DOM)は、その生産・変質・分解等のプロセスを通じて、炭素・窒素等の物質循環を駆動し、生態系に大きな影響を与えている。温暖化等の環境変動に対する水圏DOMの応答を明らかにするためにも、DOMの反応性(分解されやすさ)を決定するメカニズムが、特に重要な課題だが、未解明な部分が多く残っている。これまでに、DOMの特性の中でも、特に分子サイズと生分解性が関連する傾向が明らかになってきた。1996年には「サイズ-反応性連続体モデル」(比較的易分解な高分子DOMが微生物に分解を受けて、難分解な低分子DOMに徐々に変換されていくとするモデル:Amon & Benner, 1996)が提唱され、広く受け入れられてきた。しかし、このモデルの実験的な根拠は、提唱から四半世紀以上が経過した現在でも、ごく断片的でしかない。本発表の前半では、演者らが最近進めてきた、琵琶湖湖水等を用いた有機物分解実験により、DOMの分子サイズ別の分解速度を詳細に推定する研究を紹介する。分子サイズと生分解性の関係性について、従来のモデルでは説明できない実験結果が得られており、修正した新たなモデルを提案する。さらに発表後半では、DOMの分子サイズ別分解速度の知見を、琵琶湖における天然のDOM動態解析に応用した研究を紹介する。湖深水層は従来、「有機物がゆっくりと分解されていく場」と概ね考えられてきたが、我々の解析からは、特に高分子DOMの活発な生産と分解が起きており、「隠れた高分子DOM循環」が存在することが示唆された。こうしたDOMの動態が、物質循環や微生物生態系に果たす役割についても議論したい。


木田森丸(神戸大学大学院農学研究科)

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南極湖沼における溶存有機物の分子組成の規定要因(Drivers of molecular composition of dissolved organic matter in Antarctic lakes)

 一滴の天然水の中には数百の有機成分が溶けており、これらは総称して溶存有機物と呼ばれている。溶存有機物を構成する各成分は極めて希薄(< nMオーダー)であるが、総体として地球表層最大の炭素プールのひとつとなっている。溶存有機物の分解性は分子組成に大きく依存していることが知られており、分子組成の規定要因の解明が求められる。しかし、分子組成の複雑さや影響要因の多様さから、分子レベルでの理解には多くの課題が残っている。ひとつの方策として、考慮すべき影響要因を限定することで、結果の解釈を容易にすることが期待される。
 本発表では、人為的な影響が小さく、集水域土壌由来の有機物流入も限定的な南極の湖沼における「微生物由来」溶存有機物の分子組成を規定する環境要因について発表する。また、このような単純系において、溶存有機物の分子的多様性(Chemodiversity)がどの程度発達しうるのかについても、進行中の解析を交えて考察する。

第335回 2022年5月20日(金)14:00~17:00

宮崎祐子(岡山大学学術研究院環境生命科学学域)

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雄性両全性同株ケツユクサにおける個花の環境応答型性決定とその適応的意義 (Environmental floral gender determination and its adaptive significance of flowers in andromonoecious Commelina communis f. ciliata

 植物の性表現は多様性に富み、個体単位の性表現では種子植物のうち90%以上は個体が両性花・雌花・雄花の組み合わせによる花を一個体内に咲かせる性表現型を有しており、何らかの環境要因あるいは発達過程によって個々の花の性が決定する。動物における性決定では環境依存的な性決定機構とその適応的意義について研究が進んでいる。一方、植物における環境依存的な性決定については、古くからその現象については報告されているが、どのようにして温度、日長、栄養状態等の複数の環境因子が性決定に作用するのか明らかになっていない。本発表では植物が両全性から雌雄性を獲得する進化の途中の表現型の一つとされる雄性両全性同株の一年生草本ケツユクサを用いた、個体内の資源状態と日長条件が両性花を誘導するメカニズムおよびその適応的意義についての研究を紹介したい。


韓 慶民(森林総合研究所植物生態研究領域)

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資源動態アプローチによる林木結実豊凶現象の解明(Mechanisms of mast seeding and associated resource dynamics in temperate forest trees)

 植物の開花・結実は、自身が次世代の子孫を残す重要なイベントであるだけでなく、送粉者や種子捕食者に貴重な活動源を提供し生物多様性を支える基盤としての役割も担う。植物個体群の各個体の種子生産が一定の空間スケールで同調しつつ大きく年変動する現象は、種子生産の豊凶あるいはマスティングと呼ばれる。この現象は古くから様々な視点から研究されてきた。その中、その意義を進化生態学的な視点から解釈する研究(例えば「捕食者飽食仮説」など)が熱帯から温帯まで様々な植物群で実証された。一方、そのメカニズムについては、よくわかっていない。本研究では、長期にわたる豊凶の観測データをも加えて、非構造炭水化物と窒素資源の樹体内における配分と貯蔵の定量的な解析を通して、マスティングの生理的機構の解明を目指してきた。本日はブナ結実豊凶の鍵が窒素であることについて報告する。また、ブナ科の他樹種では炭素資源も重要であることを紹介する。

第334回 2022年4月22日(金)14:00~17:00

岩崎貴也(お茶の水女子大学 基幹研究院自然科学系)

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ユーラシア大陸の温帯に広域分布するアブラナ科植物ジャニンジンを対象にした分子系統地理・適応進化研究 (Phylogeographic study and adaptive evolution of a widely distributed temperate plant in the Eurasian continent, Cardamine impatiens

 ユーラシア大陸における温帯は、日本を含む東アジアからヒマラヤ・西アジアを介してヨーロッパまで、連続的に東西に広がっている。この範囲内にはブナ科樹木をはじめとした近縁な植物グループも多く分布しているが、それらがどのようにして広い大陸の東西にまで広がり、地域間で分化したのかについてはまだ十分には分かっていない。我々は、この進化史を調べるモデルとして、アブラナ科タネツケバナ属のジャニンジンに着目した。この植物はユーラシア大陸の温帯に広く生育する超広域分布種であり、近縁なシロイヌナズナの分子遺伝学的情報も活用できるという利点がある。また、通常は森林の林床に生育するが、海浜環境に生育する特殊な集団など、各地での局所適応の存在も示唆されている。本講演では、ゲノムワイドSNPsに基づく分子系統地理学的解析によってジャニンジンの分布変遷史を明らかにした研究を中心に紹介した上で、今後の展望や課題についても広く議論したい。


首藤光太郎(北海道大学総合博物館)

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ツツジ科イチヤクソウ亜科で生じた菌従属栄養進化からわかったこと・まだわかっていないこと(Findings and tasks obtained by stuies on mycoheterotrophic evolution in pyroloids (Ericaceae))

 光合成を行わず,菌根菌に有機物を依存する完全菌従属栄養植物は,ラン科を始めとした17科に見られる植物群である。近縁な緑葉植物と比べて特殊な形態や生態を示し,このような特徴は近縁種との比較を困難にすることから,その系統や進化過程には謎が多い。ツツジ科イチヤクソウ亜科のイチヤクソウ種複合体は,発達した葉をもち光合成と菌従属栄養栄養を同時に行う部分的菌従属栄養種と,葉が鱗片状に縮小し菌従属栄養に強く依存した種を含み,これらの中間的な形態を示す個体もしばしば見られる。近縁な関係間で異なる菌従属栄養レベルを示す個体を比較できることから,同種複合体は菌従属栄養植物の進化過程を研究する上で有用な系であると考えられる。本講演では,演者が修士・博士課程で着手した同種複合体の系統分類学的研究から,その後のイチヤクソウ亜科における研究展開,現在抱えている興味と課題について紹介したい。

第333回 2022年2月18日(金)14:00~17:00

松崎慎一郎(国立環境研究所・生物多様性領域)

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高頻度観測と国際連携による新たな湖沼研究の展開(High-frequency observations and international collaborations open new door in lake ecological research)

 センサーやロガーの技術発展によって、秒単位・分単位という高頻度で、様々なパラメーターを自動で観測できるようになってきた。湖沼においては、水温や水位など従来からあるセンサーに加えて、pH、溶存酸素量、濁度、溶存有機物、光量子、クロロフィル量、フィコシアニン量などが高頻度で観測できるようになっている。これらのセンサーを活用した先行研究を紹介しながら、霞ヶ浦での観測例、野外操作実験例を示し、得られた新しい知見や乗り越えるべき障壁について紹介したい。また、Global Lake Ecological Observatory Network (GLEON:国際湖沼ネットワーク)の活動に参加していることから、長期モニタリングデータに基づく国際的な湖沼間比較研究の成果についても紹介する。最後に、高頻度観測や国際連携を通じて、気候変動影響の評価や適応策の検討にどのように貢献できるかについて議論したい。


沈 尚(京都大学工学研究科、現・国立環境研究所琵琶湖分室)

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水圏生態系におけるウイルスの役割(Roles of viruses in aquatic ecology)

 海や湖でティースプーン1杯の水をすくうと、1,000万ほどのウイルスが存在している。このほとんどは細菌に感染するウイルスである。ウイルスは細菌に感染すると、自身を細胞内で複製し、最終的に細胞を破壊する(溶菌)。この一連の感染現象は細菌の数や多様性を制御するだけでなく、水圏の生態系・炭素循環にも大きな影響を及ぼしている。我々の研究グループは、わずか100 nm程度のウイルスが水圏の生態系・炭素循環にどのような影響を与えているかについて、様々な角度から研究を進めてきた。たとえば、透過型電子顕微鏡を用いて、細菌がウイルス感染している様子を観察し、琵琶湖でのウイルス感染による細菌の死亡率を推定した。またメタゲノム解析を駆使して、琵琶湖の表層や深層で優占する細菌とそれに感染するウイルスの定量的な動態解析も行った。本講演ではこれらの研究を紹介しながら、これからのウイルス研究についても議論を深めていきたい。

第332回 2022年1月21日(金)14:00~17:00

山口暢俊(奈良先端科学技術大学院大学)

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シロイヌナズナにおける高温順化の分子機構(Epigenetic regulation of heat memory in Arabidopsis thaliana)

 植物は一度受けた高温の経験を記憶し、次の高温に対して一定期間耐性を保持する。この現象を高温順化と言う。エピジェネティックな遺伝子の発現制御が植物の発生や環境の応答に重要な役割を果たすことがわかっていたが、高温順化におけるその役割は不明であった。このセミナーでは、抑制的ヒストン修飾であるH3K27me3を除去する酵素である4つのJUMONJI(JMJ)タンパク質が高温順化を制御するメカニズムを紹介する。シロイヌナズナでは、このJMJタンパク質が高温順化に必要である。一度高温にさらされると、JMJタンパク質は分子シャペロンをコードするHEAT SHOCK PROTEIN22 (HSP22)HSP17.6C遺伝子座にあるH3K27me3を除去し、その状態をしばらく維持する。そのため、次の高温が来ると、JMJがそれらのHSP遺伝子を即座に活性化し、生存を可能にすることがわかった。さらに、このメカニズムは実験室の均一な温度条件だけでなく、変動するフィールドの温度環境でも起こることを明らかにした。そのため、フィールドの植物もこのメカニズムにより高温順化をしている可能性が考えられた。さらに、セミナーでは最新の研究の成果についても紹介する予定である。


西尾治幾(滋賀大学データサイエンス教育研究センター)

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季節トランスクリプトームで迫る植物の適応進化(Adaptive evolution of plants approached by seasonal transcriptome)

 植物の季節的な環境適応では、種間で類似した形態を示すことが多い。例えば、春、夏の暖かい季節に開花する、秋から冬に紅葉する、ロゼット形態で越冬するなどの形質が多くの植物で共通して見られる。この季節的な種間類似性は、植物の形態変化と密接に関わる遺伝子発現のレベルでも捉えられる可能性がある。発表者は、これをトランスクリプトーム季節砂時計と名付け、この仮説の検証に取り組んでいる。発表者は、アブラナ科ハクサンハタザオのトランスクリプトーム・エピゲノムの季節変化と各遺伝子の古さを解析し、この仮説を支持する結果を得た。しかし、これはハクサンハタザオ一種のみの結果であるので、進化的に離れた種間でトランスクリプトームを比較することで、季節的な種間類似性を検証することが求められる。この研究に関して、現在行っている取り組みを紹介する。また、統計モデリング、機械学習の手法をトランスクリプトーム・エピゲノムデータに適用することで、植物の季節適応の分子的背景を調べている。特に、状態空間モデルとベイズ推定を用いた研究を紹介したい。

第331回 2021年12月17日(金)14:00~17:00

佐藤拓哉(京都大学生態学研究センター)

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生物群集による寄生者感染動態の制御:ハリガネムシ感染経路における中間・終宿主の種多様性効果(Ecological community and parasite’s infection dynamics: the effects of intermediate and definitive host species richness on the trophic transmission of a hairworm parasite)

 寄生者の感染動態は、それらを取り巻く生物群集に規定されているはずである。また、マラリアや鳥インフルエンザ等、人間社会に負の影響をもたらす感染症の流行も、複雑な生物間相互作用に制御されていることが認識され始めている。そうした中、「宿主の多様性は感染リスクを抑制するのか?」について、盛んな実証・理論研究が展開されている。しかし、多くの先行研究は単純な生活史をもつ寄生者を対象としており、生活史を通して中間宿主と終宿主を渡り歩くような複雑な生活史をもつ寄生者の制御における種多様性の効果を検証した研究は非常に稀である。本発表では、寄生生物ハリガネムシ類を対象として、中間宿主と終宿主の種多様性が感染動態の制御にどのように関わるかを検証した実証研究を紹介する。また、そうした実証研究に基づいて、長期の寄生者感染動態を理解・予測するための理論-実証アプローチについて、特に実証研究者の立場から議論したい。


瀧本 岳(東京大学大学院農学生命科学研究科)

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生物多様性と感染症:ベクター媒介性感染症リスクへのベクター種数の効果(Biodiversity and infectious diseases: effects of vector species richness on the risk of vector-borne infectious diseases)

 感染症の制御は人々の福祉・健康や家畜・農作物・野生生物の管理にとって重要である。近年の研究から、感染症の宿主となる生物の多様性には感染症リスクを希釈する効果や逆に増幅する効果があることが分かってきた。その一方で、特定の生物が宿主間の感染を媒介するベクター媒介性感染症において、ベクター生物の多様性が感染症リスクに与える影響を調べた研究は少ない。本発表では、ベクター媒介性感染症のリスクとベクター多様性の関係を調べた理論研究を紹介する。また、感染症の制御には病原体・宿主・ベクターが構成する感染症ネットワークを把握することが重要である。そこで、ベクターや宿主の生物多様性の効果を野外の感染症ネットワークにおいて定量するアプローチについても議論したい。

第330回 2021年11月26日(金)14:00~17:00

隅田明洋(京都府立大学大学院生命環境科学研究科)

(この講演は、zoom配信となります)

樹木の個体間競争は個体のどのような変化をともなうか?(How does intraspecific competition in a tree population bring about changes to each individual?)

 樹木が草本と最も異なる点は、地上部が何年も生育を続けることである。草本個体群では個体間競争が1年のうちに決まるが、生育が長期にわたる樹木個体群ではどのように個体間競争が起こるのだろうか?これを知るためには長期にわたる調査が必要であるが、多くの場合その測定項目は幹の胸高直径だけか、あるいはそれに樹高の測定を加えただけである。本セミナーでは、胸高直径や樹高の毎木測定だけでは到底わかり得なかった樹木個体群の競争過程について報告した2つの論文の紹介を行う。これらの論文では、20年に渡って実施された常緑針葉樹ヒノキの個体群に対する詳細な毎木調査結果を用い、個体間競争が個体にどのような変化をもたらしたか、また、気象要因は個体間競争のプロセスにどのような影響を与えたか、について解析した。この研究紹介とともに、その結果から見えてきた森林生態学とその周辺の研究分野との関連についても言及したい。


森 茂太(山形大学農学部)

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ブナ個体の根系/地上部(呼吸、重量、表面積)配分スケーリング―水獲得から炭素獲得型へのシフト―(Ontogenetic shift of root/shoot allocation in Fagus crenata

 樹木個体の根系と地上部への代謝産物の配分はゼロサム関係にあり、これを芽生え~成木で明らかにすることは生長に伴うCO2収支の推移メカニズム等の理解につながる生態学の中心的課題である。しかし、根系と地上部への配分は光や水分環境だけでなく、芽生え~成木のサイズに応じてシフトし、その配分機構は複雑で十分解明されていない。そこで、日本国内の5産地のブナ337個体(優勢~被圧個体を含む)の個体全体の根系と地上部の呼吸、重量、表面積を芽生え~成木で1本毎に正確に実測した。その結果、呼吸、重量、表面積のすべてにおいて、対数軸上の「根系―個体重量」には上方向に凸、「地上部―個体重量」には下方向に凸(初期低下を伴う)の非線形スケーリング(2漸近線の混合累乗式)が選択された。これは、環境や産地に係わりなく実生期に根配分(特に根表面積)は低コストで急増し(Kurosawa, Mori et al. 2021)、成木になるにつれ根系配分は低下して、個体機能は水獲得型~炭素獲得型にシフトすることを示す。

第329回 2021年10月15日(金)14:00~17:00

Richard Karban (University of California, Davis / Visiting Professor, Center for Ecological Research, Kyoto University)

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Individual Variation in Communication Among Plants

 Induced resistance allows plants to increase their defenses when risk of herbivory is great. Plants perceive volatile cues from damaged neighbors to induce resistance. We have studied communication and induced resistance in sagebrush (Artemisia tridentata) in California. Induced resistance in response to volatile cues released by experimentally damaged neighbors reduces herbivore damage. Choice experiments with beetles indicated that beetles avoided induced leaves, leading to damage that was more evenly distributed among leaves on plants.
 Recently, we have become interested in variation among individual plants in communication. Different individuals in a population emit different volatile profiles and these groups of volatiles are called chemotypes. Chemotypes may be analogous to languages. Individuals were found to communicate most effectively with other individuals of the same chemotype. Individuals were also found to communicate most effectively with kin compared to unrelated strangers.
 We have borrowed from the more developed field of animal communication to guide our studies. When risk of predation is high, animal alarm calls tend to converge to one or a few calls that all individuals can understand. When risk of predation is low, animal alarm calls tend to be more diverse so that individuals use private channels to communicate with kin. We have found a similar pattern with sagebrush – populations that have experienced high rates of herbivore pressure had fewer chemotypes and populations that have experienced low rates of herbivore pressure exhibited more diverse chemotypes.
 Recent studies in animal behavior have found that individuals of many species exhibit consistent “personalities,” tendencies that are consistent across different situations and over time. We conducted an experiment in which we transferred volatiles from different emitters to different receivers and found that some individuals were consistently more effective communicators than other individuals. The identity of the receiver explained 65% of the variation in herbivory while the identity of the emitter explained 5%, still a statistically significant fraction. Individuals that were good receivers were also good emitters. Pairs of individuals that were effective communicators in one year were also effective communicators in the following year.
 In conclusion, individual variation should not be considered as just experimental “noise” because plant individuals vary consistently in behavioral traits that are ecologically important.


山尾 僚(弘前大学農学生命科学部)

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血縁認識に基づいた植物間コミュニケーション(Plant-plant communication based on kin-recognition)

 多くの植物は種子や花粉の分散制限により近縁個体と集団で生育している。演者はオオバコ Plantago asiaticaをモデル系として、近縁個体や非近縁個体に対する応答と情報伝達を明らかにする研究に取り組んできた。その結果、近縁個体特異的な情報伝達や多様な協調的応答が見つかってきた。本講演では、オオバコで発見された血縁認識を基盤とした植物間コミュニケーションについて包括的に紹介し、植物の社会生活の多様性から生物群集を理解するための着想について議論する。

第328回 2021年9月17日(金)14:00~17:00

山道真人(クイーンズランド大学生物科学科)

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多種共存の生態-進化フィードバック(Eco-evolutionary feedbacks of species coexistence)

 変動する環境に対して生物はすばやく適応し、迅速な適応進化はさまざまな生態学的動態に影響しうる。しかし、現代の共存理論では競争種内の遺伝的変異を考慮せず、形質は進化しないと仮定することが多い。そこで本発表では、迅速な進化が競争排除と安定共存に与える影響について、数理モデルを用いて調べた研究を紹介する。まず、種内適応荷重が共存にもたらす影響について示す。種内の社会的・性的相互作用における利己的な遺伝子型が密度依存選択によって進化する場合、個体数が多い種では利己的な個体が増えて増殖率が減少する(種内適応荷重)ため、群集レベルの負の頻度依存性が共存を安定化することになる。次に、迅速な進化と振動依存の共存との関係について説明する。競争優位な種が個体群動態を不安定化する一方で、増殖と死亡のトレードオフを持つ競争劣位の種が迅速に進化して系を安定化するような状況では、相対的非線形性によって時間的な変動を介した共存が起こる。最後に、競争における生態-進化フィードバックを競争能力の比とニッチ分化を通じて理解し、さまざまな共存メカニズムや表現型可塑性、迅速な進化の相対的な重要性を定量化する現在進行中の研究について簡単に紹介し、将来の展望について議論する。


鈴木太一(マックスプランク発生生物学研究所 腸内微生物科学グループ)

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ヒト-腸内微生物の共多様化と哺乳類の生態や進化に与える微生物の意義(Codiversification of gut microbiota with humans and the role of microbes in mammalian ecology and evolution)

 動物は、正常な発育や健康に重要な役割を果たす微生物群集を保有しており、宿主と微生物の共進化の機会を生み出している。しかし、宿主と微生物の間で共有されている進化の歴史や選択圧を研究することは、特に複雑な腸内微生物群集を持つ哺乳類の宿主において、依然として困難である。本研究では、ヒトの集団内および集団間で、大人と子供から得られた腸内微生物の複数種で、共多様化していることを明らかにした。世界5カ国で採取された糞便メタゲノムから得られた細菌株の遺伝子型とヒトの遺伝子型を用いて解析した結果、一般的な腸内細菌のいくつかの種は何千世代にもわたって垂直伝播(親から子供に伝播)されてきたことが示された。また、母親と子供の間でも菌株が共有されていることがわかった。集団間での菌株の移動パターンから、人類の腸内細菌の起源がアフリカにあることも示唆された。第二の研究テーマでは、野生のハツカネズミをモデルとし、フィールドと飼育下実験の両方のアプローチを組み合わせ、腸内微生物群集が宿主にどのような選択圧を与え、宿主の環境適応に影響するのかを探った。また、現在進行中の野生マウス微生物群集の進化実験についても触れ、微生物群集への選択圧だけで、宿主の進化なしに5世代以内に宿主の形質を変化させることが可能であることを示す。最後に、共進化の有無にかかわらず、腸内微生物が宿主の生態や進化にどのような影響を与えるのか議論する。

第327回 2021年7月16日(金)14:00~17:00

細田奈麻絵(国立研究開発法人 物質・材料研究機構)

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生物から学ぶ可逆的接着技術(Reversible adhesion technology learning from living things)

 ハエやテントウムシなどの昆虫はガラスのような平坦な表面でも滑り落ちずに垂直にも逆さまにも歩くことができます。昆虫の脚には、接着性に優れた剛毛が生えており、これにより接着と剥離を繰り返しながら歩いています。本講演では、脚裏の構造、接着の原理、接着の限界、植物と昆虫の攻防、バイオミメティクスについて解説致します。


塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)

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東南アジア熱帯に見られる風変わりな葉形態形成の仕組みを探る(Evo-devo studies on leaf morphogenesis: Peculiar types of leaves observed in SE Asian tropics)

 シロイヌナズナをモデル研究対象として研究が進み、葉の形態形成の仕組みの理解が進んできたおかげで、また様々な技術進歩のおかげで、熱帯の植物のようなこれまで実験室に縁遠かった植物についても、葉のエボデボ研究が可能な時代となってきた。今回は私達の研究室で進めている葉のエボデボ研究から、東南アジアでの現地調査がきっかけとなって進めてきた2テーマについて紹介する。1つはイワタバコ科のいわゆる一葉植物Monophyllaeaである。この植物は種子発芽後に2枚の子葉を展開するが、その間にいわゆる芽を持たない。その代わり2枚の子葉が競争し、勝ったほうが永続的成長を行ない、その基部から花序を出す。どんな遺伝子の変化がこのような無限成長し花まで咲かせる葉という、変わった体制を生んだのだろうか?もう1つは、葉身の基部を蟻の巣に提供するボルネオ固有のシソ科植物Callicarpa saccataである。この属では唯一この種だけがこうした形態を持つが、興味深いことに中南米のノボタン科Tococa属もそっくりの形態形成をしてアリと共生する。本セミナーではこれらの話題について、それぞれの自生地の様子も交えつつ、現在の理解を紹介する。

第326回 2021年6月25日(金)14:00~17:00

吉田 健太郎(京都大学大学院農学研究科)

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コムギ、エギロプス属植物の小進化と異質倍数化(Microevolution and allopolyploidization of Triticum and Aegilops species)

 コムギ、エギロプス属植物の多くは、自殖であり、人為的な種間交雑による異質倍数体が作出できることから、異質倍数体の遺伝機構を探究するのに優れた植物である。野生種は、種間だけでなく種内においても多様な形質多様性がある。私たちは、野生種の遺伝的多様性と形質多様性を紐付けることによって、これら種の小進化ならびに異質倍数体化を駆動する遺伝機構を探究している。これまでの3種の野生2倍体の遺伝的多様性研究から、これらの種には、遺伝的に分化したリネージがあり、リネージ独自の形質が見られ、生息環境への適応との関連が示唆された。これらの野生種と異質4倍体のマカロニコムギを親とした人為的合成倍数体を作出したところ、合成倍数体の形質は、遺伝子量効果により染色体数が多い方の親に類似する傾向があり、特に遺伝子の転写レベルで顕著であった。遺伝子量効果により緩和されるが、野生種の形質多様性は、これらを親とした人為合成倍数体に伝達された。


有村 源一郎(東京理科大学先進工学部)

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植物と虫の分子レベルでの駆け引き(Molecular bases of plant-insect interactions)

 植物が害虫に被食されると防御応答が誘導される。食害された植物では、まず害虫が分泌する“エリシター”が認識され、それぞれの害虫に抵抗するための特異的かつ多彩な防御応答を引き起こされる。さらに、植物がエリシターを認識することで引き起こされる細胞内外の情報伝達および揮発性化合物などを介した植物と他生物(害虫の天敵や近隣の植物など)とのコミュニケーションのメカニズムも近年、解明されつつある。本研究では、害虫の唾液に含まれるエリシターと微生物等が誘導・調和をもたらす植物の防御応答の分子機構ならびに、エリシターや揮発性化合物といった情報化学物質を介した次世代の有機農業技術の開発のための基盤研究について紹介する。

第325回 2021年5月21日(金)14:00~17:00

石村 豊穂(京都大学大学院人間・環境学研究科)

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極微量炭酸塩の高精度安定同位体比分析システムの開発と応用研究(Development of the ultra-microscale stable isotopic analytical technique of CaCO3

 炭酸塩(CaCO3)の炭素酸素安定同位体組成(δ13C, δ18O)は,生成当時の環境履歴をその同位体値に記録することから,半世紀以上にわたり世界中の地球科学研究で活用されてきました.特に海洋生物が作る炭酸塩の安定同位体組成は,海水のδ18O(塩分変動・全球氷床量)と水温履歴,そして溶存無機炭素(DIC)のδ13Cを記録するので,物質循環や環境変動メカニズムの解明に関わる基礎情報として重要な研究対象となっています.近年では環境変動のさらなる高解像度解析が必要とされていますが,分析技術に限界がありました.Ishimura et al.(2004, 2008)はこれまでの1/100程度のサンプル量で分析可能な分析システム(MICAL)を開発し,高時間分解能での同位体履歴の解明や複合分野での新たな萌芽的な研究を発展させてきました.本セミナーでは,炭酸塩の安定同位体比分析の現状と課題について,そして微量分析技術の開発の流れと,地球科学分野および水産分野への応用研究の展開について紹介します.


舘野 隆之輔(京都大学フィールド科学教育研究センター)

(この講演は、zoom配信となります)

様々な環境傾度に沿った森林生態系の窒素循環の変化(Changes in nitrogen cycling in forest ecosystems along various environmental gradients)

 森林生態系の窒素循環の理解には、植物―微生物―土壌の相互作用系が様々な環境傾度に対してどのように変化を理解することが重要である。貧栄養な環境への樹木の応答の結果、分解されにくい落ち葉が土壌分解系に供給されることや、貧栄養な環境で樹木が、光合成産物を細根や菌根に配分して、効率的に窒素を吸収することなどが知られている。また近年は、これまでブラックボックスだった土壌微生物に関する知見も次世代シーケンサーの発達に伴い急速に増え、土壌中での無機化や硝化などの窒素形態変化に関わる微生物の環境応答なども次々と明らかにされている。さらに樹木との共生微生物である外生菌根やアーバスキュラ菌根など菌根タイプの違いが、土壌中の炭素蓄積量や窒素循環の違いを生み出すことも指摘されている。セミナーでは、これまで日本国内外の様々な森林で行ってきた窒素循環に関するプロセス研究を紹介したい。

第324回 2021年4月16日(金)14:00~17:00

Alberto Canarini (Center for Ecological Research, Kyoto University)

(この講演は、センター内限定のzoom配信と対面のハイブリッド形式となります)

Soil microorganisms and climate change: current knowledge and prospects

 The soil microbiome governs biogeochemical cycling of carbon and nutrients vital for the growth of plants and animal life. Understanding and predicting impacts of climate change on soil microorganisms and the ecosystem functions they govern, present a major challenge as we direct our research efforts towards one of the most pressing problems facing our planet in the Anthropocene. During this talk I will summarize the current knowledge and give insights into recent experimental manipulations of different climate change aspects. I will also focus on present knowledge gaps and on recent promising experimental approaches opening new avenues on the study of climate change effects on soil microorganisms.


西野 貴騎(京都大学生態学研究センター)

(この講演は、センター内限定のzoom配信と対面のハイブリッド形式となります)

ノコギリカメムシにおける新規な微生物共生系(Novel microbial symbiotic system in the saw-toothed stinkbug)

 共生現象は生物多様性と進化機構を説明する一つの重要な要素と考えられる.細菌,原生動物,真菌などのさまざまな微生物が昆虫と共生しており,膨大な研究蓄積があるが,多くは共生細菌に関するものであり,共生真菌の研究は比較的進んでいない.共生細菌についても,その存在が示唆されながら詳しい報告のない昆虫の分類群がまだ多数存在する.そういった昆虫類における新奇な共生系の探求は,共生関係の進化や多様性を読み解く手がかりとなりうる.
 ノコギリカメムシ (Megymenum gracilicorne) を含むノコギリカメムシ科(Dinidoridae)は,雌成虫後脚に扁平な器官の存在が報告され,聴音器官とされてきた.ところが同部位が白色の糸状物質に覆われるという古い学会報告もあり,当該器官の正体は謎であった.一方,ノコギリカメムシが属するカメムシ上科 (Penatomoidea) では一般に、共生細菌を保有するための中腸共生器官が存在する.しかしノコギリカメムシについては,独特な構造の狭長な中腸共生部位の形態学的な記載はあったが,どのような共生細菌が存在するかは全く不明であった.本研究は,本種における新奇な共生系を解明したものである.
 ノコギリカメムシの雌成虫後脚器官および糸状物質の実体の解明をめざし,飼育・観察,真菌の単離培養,組織学的観察,菌叢解析を行った.その結果,後脚扁平部に糸状菌が繁茂することが確認され,産卵時には雌がその糸状菌を卵に塗付する行動をとり,卵表面が菌糸で覆われる様子が観察された.組織学的な観察から,後脚扁平部の表面に分泌組織とつながった多数の小孔の開口が同定された.これらの結果から,雌後脚扁平部は糸状菌を培養する外部共生器官であることが判明した.日本各地から収集したノコギリカメムシの後脚扁平部および卵表面の菌の分子系統解析を行ったところ,個体内、個体間、集団間で糸状菌に多様性が見られたが,大部分は冬虫夏草に近縁なノムシタケ科 (Cordycipitaceae) の特定の系統に属していた.培養法および非培養のamplicon-seq法により、雌後脚の菌叢は同雌に由来する卵表面の菌叢と概ね一致することが示された.これらの結果より,ノコギリカメムシは何らかの機構で特定のグループの糸状菌を後脚扁平部で選択的に培養し,卵表面への塗布行動によって効率的に糸状菌を卵に接種していることが判明した.さらに、共生機構の分子基盤への洞察を得ることを試みた.後脚のRNA-seq により,雌後脚では結合性タンパク質の遺伝子や輸送関連タンパク質の遺伝子が高発現していることが示唆され,卵表面物質の質量分析により、結合性タンパク質や抗微生物ペプチドの存在が示唆された.すなわち,雌後脚では糸状菌の維持のために代謝が活発になっている可能性,卵表面では抗微生物ペプチドにより微生物をコントロールしている可能性,卵及び後脚で遺伝子は異なるものの,ともに結合性のタンパク質が重要な役割を果たしている可能性が推察された.
 ノコギリカメムシにおける腸内細菌の局在,系統,伝達様式,可培養性,適応度への影響などについて,組織学的観察,野外個体の中腸盲嚢部に由来する細菌 16S 領域の配列決定,卵および幼虫に由来する細菌 16S 領域の配列決定,中腸摩砕物由来の菌の培養,菌の供与/非供与による飼育実験などを行った.組織学的解析により,桿状の共生細菌が中腸共生器官の盲嚢内腔に局在することが観察された.日本各地の野外個体の共生細菌を調べたところ,Pantoea属に近縁な腸内細菌科 (Enterobacteriaceae) の多様な細菌が検出され,多くは他のカメムシ類で環境由来の共生細菌として報告されてきたものであった.卵及び幼虫由来の細菌 16S の配列を解析したところ,母親の共生細菌と必ずしも共通しておらず、安定な垂直感染は見られず,共生細菌の環境獲得が示唆された.中腸摩砕物を培地に塗布したところ,ほとんどの共生細菌が培養可能であり,共生細菌の環境獲得仮説と整合的であった.腸内細菌を供与/非供与で孵化幼虫を飼育したところ,腸内細菌獲得により宿主の生存率が上昇することが示唆された.
 本研究において,(i) 他に類を見ない新奇な糸状菌との共生器官をノコギリカメムシの後脚に発見し,(ii) ノコギリカメムシ科の腸内共生細菌を初めて微生物学的に同定し、その多様性と環境獲得を解明した.今後の展望としては,後脚共生器官における共生の分子機構および生物機能に関する詳細な研究,多種多様なノコギリカメムシ類における後脚共生菌および腸内細菌の比較研究などが挙げられよう.

第323回 2021年2月26日(金)14:00~17:00

東條 元昭(大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科)

(この講演は、Zoom配信となります)

ピシウム菌の分類と生態 (Taxonomy and ecology of Pythium)

 卵菌の主要な分類群であるピシウム菌(広義)について、その分類と生態に関わる特性を各地での演者らの調査事例を中心に紹介する。ピシウム菌(広義)は狭義のPythium属、Globisporangium属、 Phytopythium属などから成り現在約200種が知られる。ピシウム菌(広義)の主な生息場所は土壌だが、植物が生育できる場所にはいずれかの菌種がたいてい生息している。本菌には重要な植物病原が含まれる。ピシウム菌(広義)の生態は菌種によって大きく異なるので生態の違いは個々の菌種の防除にも大きく影響する。


別役 重之(龍谷大学 農学部 植物生命科学科)

(この講演は、Zoom配信となります)

植物-微生物相互作用を時空間的側面から考える(Spatiotemporal consideration of plant-microbe interactions)

 植物-微生物相互作用の分子機構に関して、特にモデル生物を用いた数多くの遺伝学的・生化学的解析が行われ、多くの重要なことが明らかとなってきた。これら知見を感染現場で再構成すること、つまり、植物組織の局所に感染した微生物がどのように病原性を発揮し、それに対して植物の多細胞組織がどのように免疫応答を活性化させていくのか、ということを知ることが、植物-微生物相互作用解明に向けての大きなステップと考えられる。そこで我々は、シロイヌナズナとPseudomonas syringae pv. tomatoというモデル実験系を用いて、植物免疫と細菌病原性の時空間的動態を顕微鏡下で可視化する系を構築し、植物免疫に重要であるが強い相互拮抗関係にある植物ホルモン、サリチル酸とジャスモン酸のシグナル経路が、それぞれ感染部位周辺の異なる領域で活性化されることなどを明らかにしてきた。このような植物-微生物相互作用の時空間的動態に関して紹介する。

第322回 2021年1月15日(金)14:00~17:00

小野田 雄介(京都大学大学院農学研究科)

(この講演は、Zoom配信となります)

植物の形質多様性のパターンとそのメカニズム (Leaf trait diversity of woody species in relation to temperature)

 植物の形質多様性と生活史戦略との関係の解明は植物生態学における長年の課題である。植物の生活史戦略に強く関係する重要な形質について、様々な種や環境において網羅的に評価する研究が、近年活発に行われ(形質生態学ともいう)、ローカルスケールでの棲み分けだけでなく、広域スケールでの形質多様性のパターンも明らかになってきた。これらの形質のパターンが生じるメカニズム(環境要因と植物の成長生存原理との相互作用)を、理論も交えて一般化することができれば、植物の形質多様性を体系的に理解できるようになると期待される。セミナーでは、葉の形質多様性のルールや、広域スケールでのパターン、そしてそのメカニズムについてご紹介したい。(余裕があれば、落葉樹と常緑樹の形質の季節変化とRNAseq解析についても触れたい。)


本庄 三恵(京都大学生態学研究センター)

(この講演は、Zoom配信となります)

RNA-seqで明らかにする長期継続感染における植物―ウイルス相互作用 (RNA-seq reveals plant-virus interaction during persistent infection under seasonal environment)

 植物ウイルスの感染は、しばしば大量枯死などによって顕在化する一方、顕著な病徴を示さず広くに蔓延する場合も多いことが分かってきた。免疫機構を持たない植物は一度ウイルスに感染すると治癒しないことから、感染個体は長期にウイルスの影響を受けると考えられるが、ウイルスが野生植物にどのような影響を与えているのかはよくわかっていない。本発表では、RNA-seq解析によって明らかになった多年生草本ハクサンハタザオとそれに感染するカブモザイクウイルスの長期継続感染と、宿主遺伝子発現の季節応答についての研究を紹介する。RNA-seqでは機能と紐図けられた全遺伝子の発現情報が得られることから、網羅的な表現型データの取得手段として有効である。このRNA-seqが、生態学においてどのように活用できるかについても議論したい。

第321回 2020年12月18日(金)14:00~17:00

尾坂 兼一(滋賀県立大学環境科学部)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

土壌微生物活性の季節性が降水時における森林集水域からの窒素流出量に与える影響について (The hydrological and biogeochemical controls on nitrogen export from watersheds in rainfall and snowfall-melt event)

 降水は1年のうち限られた期間の現象であるが、生態系内、生態系間での物質輸送に与える影響は計り知れない。一方で、1年の大半が非降水時であること、ピンポイントでの降水のタイミングは予測が難しく調査予定が立てづらいこと、大規模な降水は頻度が少ないことから、生態系内や生態系間の物質動態の概念モデルは非降雨時を対象にしていることが多い。もちろん降水時における各種生態系からの物質流出に関する研究はその重要性から数多く行われているが、非降水時の物質動態研究と比べると圧倒的に研究例が少なく、降水時の物質動態は非降水雨時の物質動態ほど理解が進んでいないのが現状である。
 本セミナーではまず森林流域における窒素循環-窒素流出の季節性について、非降水時の概念モデルと降水時のデータを比較することで、非降水時の概念モデルをどの程度降水時に適用できるのかを検討する。
 また、降水時、非降水時に行った琵琶湖流入20河川の窒素化合物、同位体比のデータから降水時、非降水時に琵琶湖に流入する窒素化合物の起源の違いや、各種土地利用が琵琶湖の栄養塩に与える影響について包括的に明らかにすることを試みたので、その発表を行う予定である。


兵藤 不二夫(岡山大学異分野融合先端研究コア)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

同位体組成からみた無脊椎動物の食性の特徴 (Characterization of feeding habits of invertebrates by the isotopic compositions)

 動物の食性に関する情報は、その動物の生態だけでなく、生態系の栄養塩やエネルギーの流れにおける役割を理解する上でも重要である。無脊椎動物は地球上の生物種数や動物バイオマスの大部分を占めるが、体サイズが小さく、直接採餌行動が観察しにくいため、多くの種で食性がよくわかっていない。動物の食性を調べるには、従来の野外での観察や、最近では腸内や糞のDNA解析が有効な手法である。一方、長期にわたった餌資源の重要性の評価するため、炭素と窒素の同位体を用いた手法も広く用いられている。近年では、放射性炭素同位体を用いて、生態系の炭素循環速度に関する情報を組み込むことで、腐植連鎖への依存度など、より詳しい食性を理解することができる。一般に気候や植生、遷移段階、林齢などの環境変化は、無脊椎動物の個体数や種数、種組成に大きな影響を与えることが知られている。しかし、生息地間の同位体のベースラインの変動を補正した同位体組成には多くの種で有意な変化がないことが最近の研究からわかってきた。今回のセミナーでは同位体を用いた食性に関する研究をレビューし、シロアリ、アリ、クモなど陸上の無脊椎動物の食性に関してどのような知見が得られているのかを紹介する。そして、同位体のデータを生態学的に解釈する上で重要なベースラインの補正の妥当性や環境変化に対する無脊椎動物の同位体組成の安定性の意味するところについても議論したい。

第320回 2020年11月20日(金)14:00~17:00

細田一史(大阪大学国際共創大学院学位プログラム推進機構)

(この講演は、Zoom配信となります)

1万を超える人工生態系により生態系と生命の謎に迫る (10,000-over synthetic ecosystems toward understanding life and ecosystems)

 人間と大腸菌は全く違うが、ほぼ同じともいえる。生態系でも同様に、アマゾンとシロアリ腸内の生態系は全く違うが、やはり本質的な共通点があるだろう。大腸菌は「モデル生物」の一つとして、世界中での無数の実験により今でも生命とは何かについて新しい発見をもたらしている。もし同じく手軽なモデル実験生態系があって、これをたくさん見れば、楽しい発見があふれ出てくることは間違いないだろう。私達は、凍結できる生物種のみを用いることで世界中にて再現でき、系を閉じたままでも全種同定可能で一度に何千という条件を試験できて、かつ、多様な相互作用を含む12種微生物からなる生態系を構築した。まだVer.0だが、既に確率的挙動、キーストーン種、進化、振動、生態系間競争、温度応答予測などが見えているため紹介したい。今後は誰でも扱えるよう改善していく予定であり、分子から生態系までが皆の掌の上になる。そのとき生態系や生命の謎にどのようにして迫れるのか、この点も議論されたい。


竹本和広(九州工業大学大学院情報工学研究院)

(この講演は、Zoom配信となります)

微生物群集構造の推定:共起ネットワーク分析と代謝ネットワーク解析 (Inferring microbial community structure: co-occurrence network approaches and metabolic network analysis)

 微生物は種間相互作用(相互主義や競争など)通して生態系を形成しており、このような生態系のネットワークを推定することは医学・環境分野で重要である。この文脈において、共起ネットワークがよく用いられるが、その妥当性は単に統計モデルを用いて評価されているだけである。そこで我々は、Lotka-Volterra方程式を用いたより現実的なシミュレーションを行い、よく用いられる微生物生態ネットワーク推論手法の妥当性を総合的に評価した[1]。その結果、先行研究とは異なり、最新の手法の予測性能は、従来の手法とほぼ同等かそれ以下であった。また、予測性能は相互作用の種類にも依存していた。これらの結果は、共起ネットワークアプローチの限界を示している。そこで私たちは、Reverse Ecologyという代替的なアプローチも検討している。微生物間の代謝クロストークを用い、代謝ネットワーク解析を用いて微生物群集構造を推定するEstimator of COmmunity Structure based on MetabOlic networkS(ECOSMOS)を開発した[2]。ECOSMOSは、微生物集団のスナップショットを用いて、代謝ネットワーク解析から同定された栄養代謝物に基づいて、協調的相互作用(栄養の供給)と競合的相互作用(栄養の奪い合い)を推論するものである。さらにECOSMOSは、ランダム行例理論に基づき、相互作用の強さや種の豊富さから生態系群集の安定性や反応性を評価できる。例として、糖尿病患者と健常者の間で微生物群集の構造や機能がどのように異なるかを調べているのでいくつか結果を紹介したい。

[1] H. Hirano and K. Takemoto, BMC Bioinform 20, 329 (2019).
[2] 竹本和広, 実験医学増刊 35, 211 (2017); http://takemoto08.bio.kyutech.ac.jp/ecosmos-lite/

第319回 2020年10月16日(金)14:00~17:00

吉田丈人(総合地球環境学研究所・東京大学大学院総合文化研究科)

(この講演は、Zoom配信となります)

人口減少時代における気候変動適応としての生態系を活用した防災減災 (Eco-DRR)の評価と社会実装 (Research and Social Implementation of Ecosystem-based Disaster Risk Reducton as Climate Change Adaptation in Shrinking Societies)

 河川の氾濫による浸水や土砂災害などの自然災害が近年頻発している。気候変動の影響が拡大しつつあると懸念されており、自然災害へのより良い適応が地域社会に求められている。一方、日本の多くの地域社会は人口減少と少子高齢化の問題をかかえている。しかし人口減少は、これまで集約的に利用してきた土地(市街地など)を、自然や半自然の粗放的な土地利用(自然生態系や農地生態系)に見直すことができるチャンスもつくる。自然災害リスクは、ハザード(気象条件)と曝露(土地利用によってハザードに曝さらされる程度)と脆弱性(影響の受けやすさ)が組み合わさって発生するが、土地利用の見直しにより曝露を下げることで、リスク全体を低く抑えることが可能である。生態系と生物多様性がもたらす多様な恵みを活かしながら同時に防災減災することは、地域社会の持続可能性にとって必須であり、このような生態系を活用した防災減災の手法(Eco-DRR)を広く社会に実現すべく研究と実践を進めている。本講演では、総合地球環境学研究所において多数の共同研究者と共に進めているプロジェクト研究(FY2018~2022)の成果を紹介する。


島谷幸弘(九州大学大学院工学研究院)

(この講演は、Zoom配信となります)

流域治水への転換に見る国土の再生への期待 (Hope for the recovery of our land by basinwide comprehensive flood disaster management)

 国土交通省が流域治水対策を打ち出したが、これは流域から出てくる水を処理する手法から、流域全体からの流出を抑制するという手法への治水システムの大きなパラダイム転換である。山地、農地、渓流、河川、都市など全ての集水域の土地利用の在り方を問うものであり、人工化した国土の再自然化が大きなカギを握る。

第318回 2020年9月18日(金)14:00~17:00

大澤剛士(東京都立大学大学院都市環境科学研究科)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

戦略的な外来植物管理-小笠原における研究と実践  (Strategic management for alien invasive plants -case for Ogasawara islands-)

 世界自然遺産にも指定されている小笠原諸島は、「進化の実験場」という呼び名があるほど特殊な生態系が形成されており、単位面積あたりの固有種数は国内でも上位に位置している。その反面、海洋島という性質、さらには主要産業が観光であることも影響し、国内の自然保護地域において有数と言ってもよい水準で外来生物の脅威にさらされている。このため、駆除活動等、その管理に向けて多大なる資金および労力が投入されている。外来生物の適切な管理を実現するためには、コストと実効性を勘案した管理戦略が求められる。本講演では、まず既往研究および演者の考えをもとに、戦略的な外来生物管理に向けた基本的な考え方を説明する。続いて、小笠原諸島において特に問題視されている木本であるアカギ、ギンネム、モクマオウを対象に、戦略的な管理の実現に向けた現状と課題を述べる。最後に、ギンネムを対象に、戦略的な管理の実現に向けた演者自身の研究を紹介する。

畑 憲治(日本大学商学部)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

海洋島における外来哺乳動物の攪乱と駆除に伴う生態系の変化 (Loss of ecosystem functions caused by severe disturbances of feral goats in oceanic islands can limit restoration)

 海洋島では外来哺乳動物の採食、踏圧による攪乱の結果、生態系の改変、劣化が起きている。生態系の保全、復元のために外来哺乳動物の駆除が実施されている。駆除後の生態系の回復の可否は駆除前の攪乱に伴う生態系機能の改変・劣化の程度に依存すると考えられる。本講演では、野生化したヤギの攪乱を受けた小笠原諸島の媒島におけるヤギ駆除前後の草地生態系の変化のプロセスに関する研究について紹介する。これらの研究では攪乱による植生の退行と土壌流出に伴う植生の状態と土壌化学特性の改変との関係に着目した。また、これらの研究から示唆されたヤギ駆除前後の生態系の変化のプロセスから、Novel ecosystemの概念を使って外来哺乳動物によって攪乱を受けた島嶼生態系の復元についてより柔軟かつ現実的な枠組みを提案する。

第317回 2020年7月17日(金)14:00~17:00

門脇浩明(京都大学フィールド科学教育研究センター)

(この講演は、オンラインによりライブ配信されます)

植物土壌フィードバックと温帯林樹木群集のダイナミクス  (Plant-soil feedback and the dynamics of temperate forest communities)

 植物土壌フィードバックは、植物―土壌生物―非生物的土壌条件間の相互作用であり、近年の研究によって、植物種の多様性、および群集構造に大きな影響を与える要因であることが示唆されている。演者は、野外操作実験によって菌根菌がどのように植物土壌フィードバックに介在し、樹木群集の構造や動態に影響するのかについて調べてきた。実生の成長に関連する各種パラメータ、土壌化学組成、土壌微生物群集や地上の植食性昆虫や捕食者群集の網羅的解析によって見えてきた植物土壌フィードバックの効果について説明する。とくにこれまで見過ごされてきた実生個体群の成長の不均一性に与える影響や、地上の植食性昆虫や捕食性昆虫の役割などについて新たな結果を示す。それらの結果を踏まえ、植物土壌フィードバックの研究において、今後生態学者が取り組むべき課題について提案する。

山内靖雄(神戸大学大学院農学研究科)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

植物が放出する緑葉揮発性成分2-ヘキセナールの生理機能の解明 ー植物のコミュニケーションツールとしてのみどりの香りー (How plants use volatiles as communication tools?)

 植物を特長付ける香り成分の一つであるみどりの香りは、葉が傷害を受けた際に迅速に放出されるが、その生成は植物自らの酵素系が支えている。本セミナーで取り上げるみどりの香り(E)-2-Hexenal(2-Hal)は、傷害に加え高温・酸化ストレスを受けた際にも放出され、植物自身の非生物的ストレス応答を強力に誘導することから、内因性の情報伝達物質として機能していると考えられる。またその受容機構は、動物や昆虫の嗅覚受容に関わる膜タンパク質と構造上の類似性を有するタンパク質を欠損したシロイヌナズナ突然変異体で2-Hal感受性が低下していたことから、植物にも嗅覚と類似した香り受容機構が存在することが示唆されている。このように植物は能動的に香り物質(情報伝達物質)を放出し、それを受容することを通じて情報を他者とやりとりすることが可能な機構を備えている。私達は香り物質を植物のコミュニケーションツール”Phyto-language”として捉えることを提唱しており、本研究を一事例として紹介したい。

第316回 2020年6月19日(金)14:00~17:00

野田口理孝(名古屋大学生物機能開発利用研究センター)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

タバコ属植物の接木能力の研究から見えた接木・傷・寄生の共通原理  (Study on Nicotiana grafting revealed a common mechanism among grafting, wound healing and parasitism)

 接木は二種以上の植物を人がつなぐ技術であり、農業では有史より利用されている。しかし、その分子様式は明らかでなく、接木不親和という組み合わせの制限が技術の適用範囲を限定していた。本発表では、接木不親和を乗り越えて様々な維管束植物と接木することのできるタバコ属植物に着目した研究を紹介する。タバコ属植物の類稀な細胞接着能力は、特定のグルカナーゼの働きが重要であることが見出された。さらに研究を他の植物にも展開すると、同じグルカナーゼが傷修復にも重要であることが示唆された。興味深いことに、寄生植物がホスト植物に寄生する際にもこのグルカナーゼが働いており、植物の細胞接着に普遍的に働く酵素が存在することが明らかとなった。発見は、現象の一部であり、他にも共通する機構が介在している可能性がある。新たに見出しつつある現象についても議論したい。

内藤健(農研機構遺伝資源センター)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

こうして私はVignaに惚れた~耐塩性進化の多様性と可能性~ (I am mesmerized -Diversity and utility of salt olerance evolution in the genus Vigna-)

 Vigna属はヤバい。海岸、石灰岩地帯、砂漠や湿地など、全く異なる環境に適応した種がいるからだ。10年前にVignaと出会い、私は学生時代の夢を思い出してしまった。スーパークロップを作って食糧問題を解決したいなどという青臭い夢を、だ。だってそうだろう。この植物なら、どストレートの遺伝解析で勝負できてしまうのだから。そして今の世の中は、何と言っても塩害や、灌漑による地下水の過剰消費が深刻だ。しかしVigna属では独立に何度も耐塩性進化が起きていて、しかもそれぞれがユニークな耐塩性機構を獲得しているのだ。そんな彼ら(あえて人称で呼ぼう)に魅せられた私は、ゲノムを解読し、交雑集団を育成し、そして放射性物質にも手を出した。今回は、そんな私とVignaを巡る、愛と憎しみの物語をお話しさせて頂こう。

第315回 2020年5月15日(金)14:00~17:00

中野伸一(京都大学生態学研究センター)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

琵琶湖深水層に発達するちょっと変わった微生物ループの生態 (A unique microbial loop in the hypolimnion of Lake Biwa)

 琵琶湖北湖では、夏季から秋季にクロロフレクサス門に属するCL500-11細菌が深水層の全細菌群集において圧倒的に優占する。また、細菌食者であるキネトプラスチド鞭毛虫が本細菌と同時期かつ同所的に原生生物群集で圧倒的に優占する。さらに、琵琶湖深水層では、これらの微生物が優占する時期に腐植様の溶存有機物(DOM)の蓄積が見られる。すなわち、琵琶湖の深水層では腐植様DOMを餌資源として増殖したCL500-11細菌とキネトプラスチド鞭毛虫から構成される、深水層に特有の微生物ループの存在が推察される。これら琵琶湖の結果は、他の国内外の大水深湖沼でも確認された。以上により、我々は、大水深湖沼の深水層に特有の微生物ループを提唱している。本講演では、我々の研究グループがここ10年間で進めてきた研究成果を紹介すると共に、現在進行中のプロジェクトについても紹介する。

奥田 昇(京都大学生態学研究センター)

(この講演は、センター内のみでのZoom配信となります)

超学際研究における生態学の役割:流域ガバナンスを事例として (Ecology in transdisciplinary science: case study of watershed governance)

 総合地球環境学研究所は、地球環境問題の根底にある人と自然の相互作用環を理解するために文理融合による学際研究に加え、社会と協働して問題解決を図る超学際研究を推進する。演者は、生態学研究センターを核として、「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会-生態システムの健全性(2015-2019年度)」と題するプロジェクトを主宰した。本プロジェクトは、社会経済活動からリンや窒素が自然界に過剰に排出されることによって生じる「栄養バランスの不均衡」がもたらす富栄養化や生物多様性低下などの地球環境問題に焦点を当てた。水・物質循環の基本ユニットである流域を対象として、地域と流域の課題を解決し、流域圏社会-生態システムの健全性を向上するガバナンスのアプローチを試みた。制度や技術による問題解決を図ってきた日本の琵琶湖流域、および、人口増加と経済発展によって環境問題が深刻化するフィリピンのラグナ湖流域の比較を通して、住民が地域の課題解決に取り組むことが、結果として、流域の環境問題の解決に結びつくよう、住民・行政・研究者など社会の多様な主体が協働する「流域ガバナンス」のしくみとその有効性を検討した。
 本講演では、地域に寄り添い、身近な自然を守る活動を内発する「虫の眼」の調査と流域のマクロな視点から流域の健全性を構成する3つの要素(生物多様性・栄養循環・しあわせ)の空間パタンを見える化する「鳥の眼」の調査により、異なる階層の主体間でコミュニケーションを促す流域ガバナンスの事例を紹介する。生態学が異分野連携や社会協働において果たす役割について考えるきっかけとしたい。

第315回 2020年4月17日(金)14:00~17:00 開催中止となりました

本セミナーは、コロナウイルスが依然として拡大している厳しい状況を鑑みて、開催を中止いたしました。予定されていた講演の要旨はそのまま掲載させていただきます(2020年3月26日)。

Matteo Convertino (北海道大学大学院情報科学研究科)

Critical Interactions: Disentangling Environment-Biota Complexity across Life Scales in Basin Ecosystems

 A unified theoretical and computational multiplex metacommunity model is presented to infer, predict and design complex ecosystems at different biological and spatio-temporal scales.  The fundamental role of the environment (specifically hydrogemorphological networks) and critical interactions is highlighted in shaping functional species networks, extreme events, and phase transitions associated to healthy and dysbiotic ecosystems states. The model is proposed for ecosystems of increasing complexity form rivers, wetlands, to ocean systems in which species populations and communities are analyzed.  Patterns of collective organization and early-warning indicators are proposed to assess the optimality of ecosystems and their divergence. The quest is for a general metabolic theory of basin ecosystem function (such as information processing machines) which leads to understanding complex environmental dynamics underpinning biota organization, bio-inspired monitoring technology design, and multiscale ecosystem engineering for desired ecosystem services. Examples of ongoing microbiome engineering projects connecting science and technology are provided for aquatic and terrestrial ecosystems as well as ecohydrological design where ecological function is explicitly taken into account.

門脇 浩明(京都大学フィールド科学教育研究センター)

植物土壌フィードバックと温帯林樹木群集のダイナミクス (Plant-soil feedback and the dynamics of temperate forest communities)

 植物土壌フィードバックは、植物―土壌生物―非生物的土壌条件間の相互作用であり、近年の研究によって、植物種の多様性、および群集構造に大きな影響を与える要因であることが示唆されている。演者は、野外操作実験によって菌根菌がどのように植物土壌フィードバックに介在し、樹木群集の構造や動態に影響するのかについて調べてきた。実生の成長に関連する各種パラメータ、土壌化学組成、土壌微生物群集や地上の植食性昆虫や捕食者群集の網羅的解析によって見えてきた植物土壌フィードバックの効果について説明する。とくにこれまで見過ごされてきた実生個体群の成長の不均一性に与える影響や、地上の植食性昆虫や捕食性昆虫の役割などについて新たな結果を示す。それらの結果を踏まえ、植物土壌フィードバックの研究において、今後生態学者が取り組むべき課題について提案する。

スペシャル 2020年2月28日(金)14:00~15:30

Ji Zhou (Head of Data Sciences, Cambridge Crop Science, UK; Professor of Crop Phenomics, Nanjing Agricultural University, China)

Multi-scale crop phenomics for breeding resource use efficiency cereal crops between the UK and China

 With the development of cross-disciplinary research, plant phenotyping and phenotypic analysis have become a popular research domain in recent years, an area catalysed by a range of technologies such as computer vision, remote sensing, machine learning and deep learning. Phenotyping is aiming to collect evidence of plant during its entire life cycle and at different scales. Using indoor and outdoor phenotyping platforms in the UK and China, we are studying a variety of key performance-related phenotypes for both wheat and rice. We analysed different levels of phenotypes for cereal crops, from cells, tissues, organs and plants, to plots and fields, in a high-throughput and reproducible manner. Phenotypic analysis results are then utilised for gene discovery, crop breeding, cultivation, and agricultural production. In the seminar, the speaker is going to talk about these platforms and how they are applied in studying resource use efficiency for wheat and genetic variation for rice. A number of new deep learning and computer vision approaches will also be introduced, which unravel how to extract complex traits that enabled us to link traits to key genes in multi-year field experiments.

第314回 2020年2月21日(金)14:00~17:00

立木佑弥(首都大学東京大学院理学研究科)

数理的アプローチと実証的アプローチの融合による生態学現象の理解促進 Mathematical Modeling for the interpretation of ecological phenomena

 生態学研究において力学系などの数理モデルの活用は現象の直感的な解釈を助け、理論の整理に役立てられる。数理モデルから導かれる予測を実証的データによって確認し、更に問題を深めていくことが可能となる。本講演では、数理モデル活用法のうちの2つのアプローチを具体例として提示したい。1つ目は、現象の質的理論予測を行い、それを実験的に確認するアプローチである。シンプルな数理モデルを構築することのメリットは直感的な理解が容易いことである。この利点を活用することで、生態学現象に対して、質的予測を導き、これを検証することができる。2つ目のアプローチは数理モデルに含まれるパラメータを推定し、それにより構築されるモデルを解析するアプローチである。パラメータを実データによって制約を与えることで、より生物学的にもっともらしい領域について議論することが可能となる。これらのアプローチそれ自体は生態学や物理学など自然科学で従来用いられてきた手法であるが、講演者自身の研究事例から、興味深い生態学現象に関する事例を挙げたい。

瀬戸繭美(奈良女子大学理学部)

エネルギーで読み解く微生物相互作用と微生物代謝の進化 Bioenergetic challenges of understanding the microbial interactions and metabolic evolution

 生命誕生の場の有力な候補の1つとして深海熱水系が挙げられており、近年これを裏付けるように全ての生物の共通祖先(LUCA: Last Universal Common Ancestor)が水素ガスと二酸化炭素からエネルギーを獲得していた可能性が示された。動物がエネルギー源を好気呼吸反応に頼るのに対し微生物のエネルギー源は多様であり、深海のような場所で利用可能なエネルギー獲得反応は好気呼吸と比較して一般的にエネルギー生産性が非常に低い。近年の我々の研究は、このような環境下における微生物増殖において協力的な関係が非常に重要な要因であった可能性を示唆する。本発表では代謝エネルギーの基礎について説明し、エネルギー生産を介した微生物相互作用について幾つかの例を紹介した後、我々がエネルギー計算と微生物増殖モデルを組み合わせることで得た結果と着想について紹介する。

第313回 2020年1月17日(金)14:00~17:00

石野 史敏(東京医科歯科大学難治疾患研究所)

哺乳類のゲノム機能はどのように獲得されたのか?―ゲノムインプリンティングとレトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子― Mammalian-specific genomic functions: genomic imprinting and retrotransposon-derived acquired genes

 哺乳類(真獣類と有袋類)に見られる胎生という生殖機構や高度の脳機能の獲得はどのようなゲノム機能の変化によってもたらされたのだろうか?哺乳類特異的ゲノム機能という観点から、エピジェネティクスの例としてゲノムインプリンティング、ジェネティクスの例としてレトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子を取り上げ、これらが現在の哺乳類の個体発生システムにおける機能を説明し、さらには哺乳類進化に果たした役割を議論したい。ゲノムインプリンティングは父親・母親に由来するゲノムのみから遺伝子を発現する片親性発現機構である。2倍体生物の利点を捨て一見不利な片親性発現機構がなぜ進化上保存されているのだろうか?その生物学的意義についてコンフリクト仮説とコンプリメント仮説を紹介する。また、数多くのレトロトランスポゾン由来の獲得遺伝子はどのように獲得されたのか?その方法から進化機構における競合原理と協調原理について議論したい。

角谷徹仁(東京大学大学院理学系研究科)

ゲノム内の寄生と共生:シロイヌナズナのトランスポゾンと配列特異的抗抑制系の進化 Evolution of sequence-specific anti-silencing systems in Arabidopsis

 植物や脊椎動物のゲノム中には、トランスポゾンなどの反復配列が多く分布し、これらは、さまざまな経路で宿主の表現型に影響する。トランスポゾンの転移は潜在的に有害であるため、その大部分はDNAメチル化などのエピジェネティックな機構で抑制されている。一方、この抑制に対抗してトランスポゾンが増殖する機構については、ほとんどわかっていない。今回、シロイヌナズナのトランスポゾンにコードされるタンパク質による配列特異的な抗抑制とその進化について報告する。配列特異的な抗抑制によって、このトランスポゾンは宿主のダメージを最小にしながら増殖できる。洗練された寄生因子は宿主へのダメージを減らしながら増殖し、さらには、宿主に有益な因子にまで進化しうると推察される。

第312回 2019年12月20日(金)14:00~17:00

徳地直子(京都大学フィールド科学教育研究センター)

森里海連環にむけた社会連携の構築の試み Social system for Connectivity of hills, humans and oceans

 フィールド科学教育研究センターでは、森里海連環に向けた教育研究活動を行っている。今回は、日本財団の支援によるプロジェクトにおける社会連携活動について紹介する。プロジェクトでは、陸域と海域の連環を、陸域の環境要因が海域の状態(生物生産や多様性など)に与える影響から示すことを目的として研究が行われている。現在、環境DNAなどの研究が進められているが、一方で得られた研究成果を社会に還元し、共有することが必要である。そのため、陸域・海域を取り巻くステークホルダーとの連携を行い、得られた知見を共有する仕組みを模索している。ここでは、異なるステークホルダーとの連携の試みについて紹介する。

磯部一夫(東京大学大学院農学生命科学研究科)

土壌微生物の窒素循環機能と環境応答 Role of soil microbes in nitrogen cycling and their response to environmental change

 土壌に生息している無数の微生物は、有機物の分解、物質循環、植物の病害防除など、生態系の中で様々な欠かすことのできない役割を担っている。そのような土壌微生物の群集組成は、季節的に空間的に変化するだけでなく、気候変動を含めた様々な環境の変化に対しても応答することが、これまでの研究において報告されている。このことから土壌微生物の変化や応答のしやすさ(時にしにくさ)が生態系の成り立ち、維持、変遷において重要な役割を担っていると考えられる。ただし土壌微生物はあまりに多様であるために、その変化や応答を予測することは難しい。本セミナーでは、土壌微生物の群集組成や群集機能の季節的あるいは空間的な変化が、窒素循環や植物の成長においてどれほど重要なのかについて、いくつかの森林で行ってきた研究を紹介し、議論したい。また、土壌微生物の群集組成が環境の変化に対してどのように応答するのか、理解と予測を目指して、環境応答の系統的保存性に着目したアイデアについても議論したい。

第311回 2019年11月15日(金)14:00~17:00

安元 剛(北里大学海洋生命科学部)

ポリアミン-CO2を捕捉する生体物質~ Polyamines – A biogenic substance for CO2 capture

 生体物質であるポリアミンは分子内に複数のアミノ基を有する脂肪族アミンの総称で、すべての生物の細胞内に高濃度で存在しており、細胞の増殖や分化に必須である。我々は、複数のアミノ基を有するポリアミンが、水溶液中でCO2と効率よく結合して、CO2を溶液中に溶かし込み石灰化を促進することを見出した。ポリアミンのCO2捕捉能力が海洋生物の石灰化および植物の光合成に寄与している可能性があると考え研究を行っている。生体物質による新たなCO2輸送機構を明らかにすることは、大気CO2削減に新たな可能性を与えると期待できる。

山路恵子(筑波大学生命環境系)

内生菌が関与する鉱山跡地・自生植物における金属耐性機構の解明 Root-endophytic fungi could enhance metal-tolerance in plants naturally growing at mine sites

 鉱山跡地で自生する植物は生理的・生態的にも高濃度の重金属や酸性環境に適応し、様々な重金属耐性メカニズムを発達させている。近年、植物のストレス耐性を増強する能力が高いとされる内生菌の機能に注目が集まっている。本発表では、鉱山跡地に自生するリョウブとススキを対象に、内生菌の関与した重金属耐性機構について化学的な側面から考察する。リョウブは内生菌の接種により生育が促進され体内の重金属濃度を低減できることが明らかとなった。また、ススキはシデロフォアを産生する内生菌によって増強されるアルミニウム耐性を獲得しており、酸性環境で吸収しやすいアルミニウムを高濃度蓄積できることが明らかとなった。両植物は、鉱山跡地では植物と内生菌が共に生残できるように相互作用を発達させ、適応していると推測された。また、本研究室では他の自生植物における内生菌が関与した重金属耐性機構についても解明しており、それらについても説明したい。

スペシャル 2019年10月24日(木)14:00~17:00

Luisa Isaura Falcón Alvarez (Universidad Nacional Autónoma de México)

Bacalar lagoon microbialite reefs

 Microbialites are highly diverse bacterial communities that represent modern similes of the oldest life forms, stromatolites (dated >3.5 Ga). Bacalar lagoon, in Mexico, harbors the largest freshwater microbialite occurrences of the world, yet diverse anthropogenic activities are changing the oligotrophic conditions of the lagoon. In this seminar, we will review current research aimed at the exploration of the microbialites in Bacalar lagoon, in order to analyze their microbial genetic diversity and correlate the environmental parameters that structure these communities following a 16S rDNA sequencing approach. Results suggest that there are two main microbialite bioregions associated to gradients in conductivity, bicarbonates, ammonium and NOX. The difference between these microbialite bioregions was further associated with a strong anthropogenic pressure on water quality (agriculture, landfill leachate, lack of water treatment infrastructure and intensive tourism).

Christine L. Weilhoefer (Visiting Associate Professor, Center for Ecological Research, Kyoto University / University of Portland)

The use of microalgae as a bioassessment tool in large-scale aquatic surveys within the United States

 Bioassessment is the evaluation of the health of an ecosystem based on the community of organisms that live within it. The bioassessment approach is used by scientists and resource managers around the world to quantitatively measure the ecological health of aquatic ecosystems and to monitor the impacts of stressors on these ecosystems. This seminar will focus on the utility of microalgae in the bioassessment of aquatic ecosystems. Microalgae are ideal organisms for aquatic bioassessment due to their short lifespans, rapid reproduction rate, and sensitivity to a variety of environmental conditions, particularly nutrients. Data from several microalgae-based bioassessments conducted throughout the United States on lakes, streams, wetlands, and coastal areas will be presented.

スペシャル 2019年10月21日(月)14:00~17:00

Horst Malchow (Institute of Environmental Systems Research School of Mathematics / Computer Science, Osnabruck University Barbarastr. 12, 49076 Osnabruck, Germany)

Functional response of competing residents and invaders to environmental variability

 The possible control of competitive invasion by infection of the invader and multiplicative noise is studied. The basic model is the Lotka-Volterra competition system with emergent carrying capacities. Several stationary solutions of the non-infected and infected system are identified as well as parameter ranges of bistability. The latter are used for the numerical study of diffusive invasion phenomena. The Fickian diffusivities, the infection but in particular the white and colored multiplicative noise are the control parameters. It is shown that not only competition, possible infection and mobilities are important drivers of the invasive dynamics but also the noise and especially its color and the functional response of populations to the emergence of noise.  The variability of the environment can additionally be modelled by applying Fokker-Planck instead of Fickian diffusion. An interesting feature of Fokker-Planck diffusion is that for spatially varying diffusion coeffcients the stationary solution is not a homogeneous distribution. Instead, the densities accumulate in regions of low diffusivity and tend to lower levels for areas of high diffusivity. Thus, the stationary distribution of the Fokker-Planck diffusion can be interpreted as a refection of different levels of habitat quality [1-5]. The latter recalls the seminal papers on environmental density, cf. [6-7]. Appropriate examples will be presented.  References [1] Bengfort, M., Malchow, H., Hilker, F.M. (2016). The Fokker-Planck law of diffusion and pattern formation in heterogeneous media. Journal of Mathematical Biology 73(3), 683-704. [2] Siekmann, I., Malchow, H. (2016). Fighting enemies and noise: Competition of residents and invaders in a stochastically uctuating environment. Mathematical Modelling of Natural Phenomena 11(5), 120-140. [3] Siekmann, I., Bengfort, M., Malchow, H. (2017). Coexistence of competitors mediated by nonlinear noise. European Physical Journal Special Topics 226(9), 2157-2170. [4] Kohnke, M.C., Malchow, H. (2017). Impact of parameter variability and environmental noise on the Klausmeier model of vegetation pattern formation. Mathematics 5, 69 (19 pages). [5] Bengfort, M., Siekmann, I., Malchow, H. (2018). Invasive competition with Fokker-Planck diffusion and noise. Ecological Complexity 34, 134-13. [6] Morisita, M. (1971). Measuring of habitat value by the \environmental density" method. In: Spatial patterns and statistical distributions (Patil, C.D., Pielou, E.C., Waters, W.E., eds.), Statistical Ecology, vol. 1, pp. 379-401. Pennsylvania State University Press, University Park. [7] N. Shigesada, N., Kawasaki, K., Teramoto, E. (1979). Spatial segregation of interacting species. Journal of Theoretical Biology 79, 83-99.  

Merlin C. Kohnke (Institute of Environmental Systems Research School of Mathematics / Computer Science, Osnabruck University Barbarastr. 12, 49076 Osnabruck, Germany)

Spatiotemporal patterns in a predator-prey model with Holling type IV functional response

 A simple reaction-diffusion predator-prey model with Holling type IV functional response and logistic growth in the prey is considered. The functional response can be interpreted as a group defense mechanism, i.e., the predation rate decreases with resource density when the prey density is high enough [1]. Such a mechanism has been described in diverse biological interactions [2,3]. For instance, high densities of filamentous algae can decrease filtering rates of filter feeders [4].  The model will be described and linked to plankton dynamics. Nonspatial considerations reveal that the predator may go extinct or coexistence (stationary or oscillatory) between predator and prey may emerge depending on the choice of parameters. However, including space, the dynamics are more complex. In particular, spatiotemporal irregular oscillations can rescue the predator from extinction. These oscillations can be characterized as spatiotemporal chaos. Possible underlying mechanisms for this phenomenon will be discussed.  References [1] Freedman, H. I., Wolkowicz, G. S. (1986). Predator-prey systems with group defence: the paradox of enrichment revisited. Bulletin of Mathematical Biology, 48(5-6), 493-508. [2] Tener, J. S.. Muskoxen in Canada: a biological and taxonomic review. Vol. 2. Dept. of Northern Affairs and National Resources, Canadian Wildlife Service, 1965. [3] Holmes, J. C. (1972). Modification of intermediate host behaviour by parasites. Behavioural aspects of parasite transmission. [4] Davidowicz, P., Gliwicz, Z. M., Gulati, R. D. (1988). Can Daphnia prevent a blue-green algal bloom in hypertrophic lakes? A laboratory test. Limnologica. Jena, 19(1), 21-26.

第310回 2019年10月18日(金)14:00~17:00

岸田 治(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)

侵入先で毒性を発揮するアズマヒキガエル~国内外来種の脅威を探る~ Toxicity appeared: exploring the impacts of an alien toad on native amphibians in Hokkaido

 「外来種の研究してみたい」という学生の短絡的な要望を受け、私の研究室では4年前に国内外来種アズマヒキガエルの影響を調べる研究を開始した。簡単な水槽実験で分かったことは、北海道の在来両生類(エゾアカガエルとエゾサンショウウオ)の幼生が、ヒキガエルの孵化幼生や胚を食うと中毒死するということだった。ヒキガエルの仲間は有毒なものが多いとは聞いてはいたものの、まさか日本のヒキガエルが、しかも孵化前後の胚が、捕食者を死に至らしめるほどの毒性を持つとは知らなかった。以来、私たちは野外調査と操作実験を繰り返し、ヒキガエルの毒性効果の実態を明らかにしてきた。本講演では、シンプルではあるが相互作用研究の醍醐味が感じられる一連の研究を紹介し、地道なナチュラルヒストリー研究が外来種の生態と影響を明らかにするうえで不可欠であり、在来種の保護策を考える上でも役立つことを議論する。

田畑諒一(滋賀県立琵琶湖博物館)

分子遺伝解析に基づく固有種を中心とした琵琶湖産魚類の起源と歴史 The origin and history of endemic fishes in Lake Biwa based on molecular genetics

 約450万年の歴史をもつ古代湖「琵琶湖」とその周辺域には、約60種の淡水魚が生息している。琵琶湖の魚類は、脊椎動物では唯一、10種・亜種以上の琵琶湖固有種を含む分類群であり、その形態や生活史は多様性に富んでいる。こうした琵琶湖固有魚類の起源や適応進化、またその魚類相の形成史については、生態、形態、化石記録、などに基づき、さまざまな議論が行われてきた。そこで、本発表では、固有種を中心に琵琶湖産魚類の歴史を明らかにするために行ったmtDNA部分塩基配列データによる系統解析と集団遺伝解析の結果を紹介する。  また、一部の種については、ミトゲノムデータや核DNA、RNA-seqデータなどに基づく解析も行っている。それらは、上記のmtDNAデータを概ね支持しているが、一部で従来とは異なる結果も得られた。 これらも併せた上で考えられる琵琶湖産魚類の起源や歴史についても紹介したい。

第309回 2019年9月20日(金)14:00~17:00

西條雄介(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科)

植物による病原菌・内生菌の認識と制御 How do plants recognize and control pathogens and endophytes?

 植物は、自然界でつねに体表や体内に生息する細菌や真菌等の微生物群集と相互作用しながら、生存や環境適応を図っている。植物に感染する微生物は病原菌から常在菌・共生菌へと多岐にわたり、環境変動に応じて感染形態をダイナミックに変化させるものもいる。栄養や湿度・温度等の環境因子が共生の成立や植物病害の発生に大きく影響することもよく知られた事実である。植物の免疫は、細胞表面で微生物の構成成分や自己のダメージシグナルを認識する受容体に加えて、感染生物が繰り出す感染促進因子(エフェクター)を認識する細胞内受容体に大きく依存している。本講義では、植物免疫システムの概観とともに、植物が病原菌を認識する基本原理について解説する。また、植物が微生物情報と環境情報を統合して免疫応答や微生物共生を調節する仕組みについて最近分かってきたことや最先端の取組みの一端についてご紹介したい。

小山時隆(京都大学大学院理学研究科)

細胞から見る植物の1日 The circadian system of plants from a cell’s point of view

 多くの生物は概ね1日の周期を刻む概日時計を持ち、昼夜の環境変動下での活動をうまく調整している。植物に限らず生物一般に、細胞一つ一つが概日時計を持っている。個々の細胞が『細胞時計』としてふるまう一方で、植物のような多細胞生物では細胞どうしで時刻情報のやり取りをすることで、個体全体で時間を共有している。生物の概日時計の時刻を非侵襲的に知る方法として、生物発光レポーター系を用いた実験系が使われる。概日リズムを発現する遺伝子のプロモーター活性を利用することで、概日時計の示す時刻を発現量(発光量)のリズム(の位相)として知ることが可能となる。形質転換植物の個体/器官の発光観測に加えて、細胞レベルの発光観測が可能となり、様々な階層の時計の時刻を知ることができるようになった。これらの観測を通して理解されてきた、細胞時計の精度や品質、個体内での挙動の調整の仕方、明暗への合わせ方などについて紹介する。

スペシャル 2019年8月2日(金)15:00~16:30

Ji Zhou (Project leader, Earlham Institute (EI), Norwich Research Park (NRP), UK / Professor of Crop Phenomics, Nanjing Agricultural University, China)

Combining machine learning and computer vision to address challenges in multi-scale plant phenotyping for crop improvement

第308回 2019年7月19日(金)14:00~17:00

長谷川元洋(同志社大学理工学部)

中型土壌動物の群集構造と様々な森林攪乱の関係 The relationships between soil mesofaunal community structures and forest disturbances

 森林林床では、中型土壌動物トビムシやササラダニが多様な群集を形成することが知られており、その多様な群集の形成要因として、生活史、食性、住み場所の分化などが挙げられています。これまで、京都近郊などで行われた研究では、トビムシ群集の遷移は食性と対応していることが明らかになり、様々な分解過程にあるリターが多様な資源勾配をうみ、それが多様な土壌動物群集を作り出す事が示唆されてきました。一方、森林伐採や樹種の転換等の攪乱が土壌動物群集構造の変化を引き起こすことが報告されています。その原因としては、上記に示したような、住み場所や落葉層の資源構成の変化が攪乱によって生じていることが考えられます。そこで、かく乱を模して、落葉の供給が止める、落葉層の構造を変化させる等の操作実験行い、土壌動物群集の構造がどのような原因で変化するかを明らかにする研究も進めています。  本セミナーではこのような研究の概要をご紹介するとともに、今後予定している、土壌動物の特性(trait)や、安定同位体などを用いた研究についてご意見をうかがえれば幸いと考えています。

金子信博(福島大学食農学類)

土壌生態学からみた保全農業の設計 Designing conservation agriculture based on soil ecology

 農業における生態学の研究は農地やその周辺の生物の保全に主眼がおかれ、農業生産力との関係はあまり考慮されてこなかった。また、農地における生物多様性は、主に鳥類や訪花性昆虫を対象としており、土壌の生物多様性に関する研究は少ない。  保全農業とは、農業の持続可能性を高めるために1)不耕起・省耕起、2)有機物マルチ、3)輪作を同時に実行する農法を指し、小規模家族農業の経営を向上する方法として国連食糧農業機関(FAO)から推奨されている。この農法の考え方は生態学的には、土壌の生物多様性を高めることで、植物—土壌フィードバックを活用して低コストで安定した農業生産を目指す農法と解釈できる。  農地管理の違いが土壌の食物網構造に与える影響を、野外操作実験と農家の圃場での調査によって調べた。自然の物質循環から大きく逸脱してきた現代農業をより持続可能な形に修正するために、土壌の生態系機能の評価を用いて保全農業の普及をめざす方法を提案する。

第307回 2019年6月21日(金)14:00~17:00

戸田陽介(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所)

画像定量における表現学習の利用と理解を通じた植物フェノタイピングへの挑戦 Plant phenotyping via utilization and understanding of representation learning in image quantification

深層学習技術の発展により、人間のように柔軟かつ複雑な情報解析が実現つつあります。特に関連技術の利用が易化したことにより、情報科学分野のみならず様々なシーンで活用されはじめています。植物科学ドメインにおいても、画像定量、すなわち植物表現型定量に絶大な力を発揮すると期待されています。しかしながら、従来と比べ利用が易化したとはいえ、教師データの整備から最適な深層学習ネットワークの選定など多くの考慮すべきパラメーターが潜在しており、適用事例は未だ限られています。現在私は植物画像定量をテーマとして、深層学習を活用した種々の画像解析パイプラインを構築しており、それらについて紹介すると同時に本分野の現状と展望について議論したいと思います。  さらにまた、深層学習モデルの可視化を通じた特徴量の解釈の試みについても紹介したいと思います。一般に深層学習を活用した解析はブラックボックスと呼ばれ、人間にとってその判断プロセスは理解不能でした。モデルが画像のどのような特徴量に着目して判断しているのかわからなければ改良もできませんし、信用力も獲得できません。さらには特徴量自体が生物学的に意味のある要素を構成している可能性もあり、避けて通ることはできません。そのような課題を解決するため、近年提唱されてきた可視化技術を網羅的に適用したサーベイを行いました。病害虫診断などにおける事例を紹介したいと思います。

木庭啓介(京都大学生態学研究センター)

安定同位体を用いた生態学研究:今後にむけて Stable isotope techniques applicable to the ecological studies: recent progress in the methodologies and the future directions

 安定同位体比を用いた生態学研究は食物網構造解析や人為窒素影響評価などさまざまに行われてきている。1990年代-2000年代に世界中で展開された、測定の簡易化と必要資料量の微量化に伴い、生物試料のCN同位体比測定は今や「普通」の測定項目となっている。一方でその解析においては未だ多くの不確実性が伴っているのも事実で、それらの解決なしでは今後の進展は難しい状態にある。  本発表では、この20年軽元素安定同位体比自然存在比を用いた研究、それを支える分析技術がどのように変遷を遂げてきたかを、専門とする環境中の微量無機態窒素を中心に紹介するとともに、今後どのような展開が可能か、特に京都大学生態学研究センターの安定同位体比共同利用の枠組みの中でどのような展開が可能かについて紹介したい。これを通じて、DNAと比較してなかなか取り組むことが難しいと思われる安定同位体比を、一つの研究ツールとして、いろいろな方がいろいろに利用していただくきっかけになればと考えるものである。

スペシャル 2019年6月10日(月)14:00~

Michael Bode (Queensland University of Technology)

Creating empirically-validated models of pelagic larval dispersal

 Most coral reef fish spend their larval stage dispersing in the open ocean. The distance they travel has important implications for coral reef ecology and conservation, but our current understanding of where larvae go is limited because our data is sparse, and our simulation models are unvalidated. I will outline new methods for validating oceanographic simulations of larval dispersal using genetic parentage assignment datasets. I will then apply them to a case-study ofPlectropomus maculatus dispersal from the southern Great Barrier Reef in Australia. A coupled oceanographic-biological model of larval dispersal was constructed for the system, based on our best understanding of the species’ behaviour (adult spawning, larval behaviour and ontogeny). This model was parameterised to match an extensive genetic parentage dataset that collected and analysed a large number of adults and juveniles in the system (> 2,000), and positively identified 69 parent-juvenile relationships, over distances of up to 200 km. I will then describe two different examples of how larval dispersal can have a substantial impact on the conservation and management of reef fish metapopulations.

横溝裕行(国立環境研究所)

A new population statistic for comparative plant demography - Inter-stage flow matrix

 Population matrix models enable us to derive population statistics that describe the life history characteristics of species or populations such as life expectancy, elasticity and population growth rate. I developed a new population statistic, inter-stage flow matrix, which explicitly describes the inter-stage flows of individuals derived from projection matrices and stable stage distributions. I compared the inter-stage flows of several functional groups using projection matrices from the Plant Matrix Database, COMPADRE version 4.0.1. Inter-stage flows describe distinct demographic properties compared to elasticity and other population statistics. Elasticity describes how a perturbation will influence future population growth rate. In contrast, inter-stage flow directly describes current contributions to population growth rate (at present). Inter-stage flow matrices have potential to provide unique ecological insights that complement other population statistics.

第306回 2019年5月17日(金)14:00~17:00

岩崎渉(東京大学大学院理学系研究科)

“メタ”生態系解析のためのバイオインフォマティクス Bioinformatics toward “meta”-ecosystem analysis

 現在の地球上の複雑な生態系は、一体どのようにして形作られたのか、形作られているのか、そして形作られ得たのか。演者は、これらの疑問に答える上で、これまでは決して得ることができなかった大規模かつ様々なデータを最大限に活用し、読み解いていくことが必要だと考え、これまで、そのためのバイオインフォマティクス技術を開発するとともに、そうして開発した技術を用いたデータ駆動型研究に取り組んできた。特に本講演では、環境DNA解析のためのバイオインフォマティクス(Mol. Biol.Evol., 2018)、システマティックな微生物ゲノム進化解析としての“メタ”ゲノム解析(ISME J., 2018)、微生物群集データのメタ解析(Nat. Commun., 2017)、さらに、微生物群集のエピゲノム解析、すなわちメタエピゲノム解析(Nat. Commun.,2019)などについて取り上げ、今後の展望について議論したい。

森本大地(京都大学大学院農学研究科)

有毒アオコ原因ラン藻とウイルスの相互作用 The interactions between toxic bloom-forming cyanobacteria and its viruses

 富栄養化した淡水湖沼で発生するラン藻の異常増殖、いわゆるアオコは世界各地で水質の低下や家畜の斃死などの問題を引き起こしている。代表的なアオコ原因ラン藻Microcystis aeruginosaはゲノム上の「ウイルス感染履歴」に基づくと、非常に多種多様なウイルス感染の影響を受けることが示唆されている。しかし、本種感染ウイルスはMa-LMM01のみと分離例に乏しく、アオコ−ウイルス間相互作用は長らく未知であった。このような中、感染培養系を用いたトランスクリプトーム解析により、本種感染ウイルスの感染様式と宿主のウイルス感染に対する応答を明らかにした。さらに、発展著しいウイルスメタゲノムおよびメタトランスクリプトーム解析を組み合わせる事で、環境中の新規本種ウイルスのゲノム情報や転写動態、生態学的役割が明らかになりつつある。長期にわたって持続するアオコとウイルスはどのような関係にあるのか、ウイルスは何をもたらすのか、本講演を通して議論を深めたい。

スペシャル 2019年4月17日(水)15:00~

Allen Herre (Smithsonian Tropical Research Institute, Panama)

Coevolutionary Vignettes of (Mostly) Mutualistic Interactions

 I will discuss the implications of recent empirical advances in our understanding of the evolution and ecology of species interactions, with special reference to the constellation of organisms associated with figs,and the interactions between host plants and their foliar endophytic and arbuscular mycorrhizal fungi (AMF).

第305回 2019年4月19日(金)14:00~17:00

鏡味麻衣子(横浜国立大学大学院環境情報研究院)

水域生態系の真菌類:多様性、時空間変動および生態系機能 Fungi in aquatic ecosystems: Diversity, spatial-temporal dynamics and ecosystem functioning

 次世代シークエンサーが汎用化され、海洋や湖など水域生態系からも多様な真菌類が検出されている。その多くは生態が不明の菌類であり、Dark Matter Fungi(DMF)と呼ばれる。群集の組成や機能の把握には、Microbial Dark Matterの正体を解明する必要がある。我々はDNA解析と顕微鏡観察、単離培養を組み合わせることでDMFの多くはツボカビなどの下等菌類で、植物プランクトンに寄生する系統であることを明らかにすることに成功した。また、ツボカビを含めた水生菌類の群集組成は、植物プランクトンや水草など自生性有機物と、陸上から花粉や落ち葉など他生成有機物の質や量の影響を受けることが見えてきた。さらに菌類は、バクテリアと基質をめぐり競争することで溶存態有機物の質を改変していること、動物プランクトンの重要な餌であり食物網を駆動していることも判明した。本セミナーでは、これまでの研究で明らかになってきた水生菌類の多様性と時空間変動パターンおよび物質循環における機能を紹介する。

三木 健(龍谷大学理工学部)

水域生態系における細菌の群集集合と炭素蓄積のフィードバック Feedback between bacterial community assembly and carbon accumulation in aquatic ecosystems

 海洋の微生物群集は炭素循環過程に深くかかわっている。 Nianzi Jiaoらは、微生物群集と微生物食物網内の被食-捕食関係によって難分解性の溶存有機物(RDOM)が生産されているとの「微生物炭素ポンプ(Microbial Carbon Pump)」仮説を提唱している。生理学的視点からすれば、この微生物炭素ポンプが成立する理由として、細菌が個体の生存を最大にするためにRDOM(例えば安定な構造を実現できる細胞膜成分)を産生しているからだと考えるが自然であろう。本研究では、群集集合および群集‐環境間のフィードバックという群集生態学の概念に基づいて、生態学的機構も働いている可能性を調べた。 細菌-炭素循環間フィードバックを考慮した数理モデルの解析とおよび海洋の有機炭素に関する公表データのメタ解析を通じて、我々は海洋における炭素蓄積に対する群集生態学的機構の潜在的な影響を示すことをめざしている。

第304回 2019年2月15日(金)14:00~17:00

板井啓明(東京大学大学院理学系研究科)

Ⅰ.琵琶湖湖底のマンガン・ヒ素動態に関する地球化学的研究 Geochemical cycle of manganese and arsenic in Lake Biwa

Ⅱ.水銀安定同位体比の生態学的応用について Application of mercury stable isotope ratio for the ecological research

(I) 湖水におけるマンガンとヒ素の動態研究は、1世紀以上の歴史があり、琵琶湖でも1980年代後半までに基礎的な知見は網羅されている。しかし、2010年以降の我々の調査から、湖底表層のマンガン・ヒ素の分布が1970年代と比較して変化していると思われることから、堆積物中および間隙水中を対象に、これら元素の化学形態分析による動態解析を進めている。講演ではこれまでの観測結果と課題について紹介する。 (II) 水銀安定同位体比は、大気圏-水圏-生物圏間の水銀動態解析に有効なツールとして、とくに2007年以降世界的に研究が進められてきた。水銀には7つの安定同位体比が存在するが、これら全ての同位体核種の相対比を精密測定すると、質量に依存しない同位体分別 (MIF)が認められる。一部の光化学反応に特異的なMIFは、生態学においてはメチル水銀の摂取深度の指標になることが指摘されている。講演では、北西太平洋のカツオを用いた研究例について紹介する。

山口保彦(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)

微生物による水圏有機窒素の生産と分解:アミノ酸と窒素同位体比を用いた解析 Microbial production and degradation of organic nitrogen in aquatic environments indicated by amino acids and nitrogen isotope analysis

 海洋や湖沼などの水圏環境において、溶存態有機窒素(DON)や粒子状有機窒素(PON)など、非生物態の有機窒素の動態は、栄養塩の分布を駆動するなど、物質循環や生態系の中で重要な役割を果たしている。しかし、有機炭素に比べて、有機窒素に関しては研究事例が少なく、生産や分解など動態に関わるプロセスに、より多くの不明点が残されている。本セミナーでは、演者がこれまで取り組んできた、アミノ酸の化合物レベル窒素同位体比や鏡像異性体比を指標として用いた、環境中有機窒素の動態解析手法の開発(微生物培養実験、分析法改良など)と、水圏環境(北太平洋、琵琶湖など)への応用事例を紹介する。特に、水圏のDONやPONの生産と分解のプロセスに、従属栄養微生物が果たす役割やそのメカニズムを議論する。

第303回 2019年1月18日(金)14:00~17:00

時田恵一郎(名古屋大学大学院情報学研究科)

生態ネットワークの種個体数分布 Species Abundance Distribution of Ecological Networks

 群集生態学において、多様性、安定性および種個体数分布(SAD)の関係が「前世紀の生態学に残された問題(May, 2000)」のひとつとして議論されてきた。特に、ハベル(2000)の中立理論に基づき、単一栄養段階からなる群集のSADについての理論的理解が今世紀に入って大きく進んだ。一方、複数の栄養段階にわたって様々なタイプの種間関係をもつ非中立的な種からなるより複雑な生態系に対しては、May(1973)のランダム行列理論にもとづく線形安定性解析が「多様性と安定性の関係についての論争」を引き起こしたが、最近では、そのような線形モデルの制限を超えて、非線形モデルに対する統計力学的解析が行われ、多様性、安定性およびSADに対する大域的かつ定量的な情報が得られるようになってきた。これまで我々は全結合系における種内競争の強さや種間相互作用行列の対称性とSADとの関係を分類してきたが(Tokita 2004, 2006; Yoshino, Galla and Tokita, 2008; Tokita 2015)、ここでは疎結合型の種間相互作用がSADを本質的に変え、これまで野外調査でもいくつか報告はあったものの理論的には予測されたことのなかった多峰型のSADをもたらすことを示す(Obuchi, Kabashima and Tokita,2016)。さらに、疎結合型の種間相互作用をもつ群集においては、多様性が相利型相互作用の割合の単調増加関数とならないことも示す。これは、スペシャリストの多い群集においては、相利関係が多種共存を促進する因子にならない場合があることを示唆する。本研究は一般的なレプリケーター力学系に基づくものであるので、理論的な予測は群集生態学だけでなく、生態疫学、集団遺伝学、ゲーム理論、化学反応ネットワーク、遺伝子制御ネットワーク、言語進化等でも実証される可能性があり、疎結合型相利種間相互作用の重要性がそれらの分野に広く影響を与える可能性がある。

望月敦史(京都大学ウィルス・再生医科学研究所)

遺伝子ネットワークの構造に基づく細胞運命決定システムの制御 Controlling cell fate specification system based on network structure

 多くの生命機能に多数種の遺伝子が関わり、それら遺伝子間の制御関係がネットワークと呼ばれるほどに複雑であることが明らかにされてきた。これら複雑なシステムから遺伝子活性のダイナミクスが生じ、ダイナミクスこそが生命機能の起源なのだと考えられている。例えば、ホヤの初期発生で7種の組織の分化をつかさどるシステムとして、90以上の遺伝子と数百の制御を含む遺伝子制御ネットワークが同定されている。一方で制御ネットワークは相互作用の骨格だけを示しており、その情報に加えて関数やパラメータを仮定した数理モデルを構築しなければ、ダイナミクスを決定できないと考えられてきた。これに対して我々は、制御ネットワークの構造だけから、一部の重要な分子を決定できる数学理論を、初めて構築した。この理論は、ネットワークの構造だけから決まるノードの部分集合Feedback vertex set(FVS)を観測/制御することで、システム全体のダイナミクスを観測/制御できることを保証する。この理論に基づき、実際のホヤ肺を用いて細胞分化システムの制御実験を行った。FVSとして定められた5つの遺伝子を人工的に活性化あるいは抑制する25通りの網羅的制御実験を行った。制御実験の結果得られた操作胚の遺伝子発現の多様性は、正常発生で観察される7種の組織のうち、6種を含むことが分かった。ホヤの遺伝子ネットワークの情報は、細胞分化を説明する上で、ほぼ完全でありながらまだ未解明部分が残ることが示唆された。この研究は、京都大学大学院理学研究科の佐藤ゆたか准教授らとの共同研究である。

第302回 2018年12月21日(金)14:00~17:00

中村太士(北海道大学大学院農学研究院)

日本の河川の現状と課題−生息場環境、生態系のつながり、気候変動に着目して− Current status of Japanese rivers, focusing on habitat environment, ecosystem linkage, and climate change

 河川生態系の基盤をなす環境は、流況(flow regime)、流砂系(sediment regime)、そして森林動態(forest dynamics)によって形成されると考えている。近年この3つの要素バランスが崩れ、1~2m程度の河床低下と河道の樹林化が全国の河川で起こっている。その結果、水域はもちろん陸域の生物相にも影響を及ぼしている。こうした河川景観の変化が生物生息場環境、ならびに生態系のつながりに与える影響に着目して、北海道で実施してきた研究をトピックスとして紹介したい。特に蛇行河川のもつ意味、河道の樹林化、水域ネットワークの意義について、底生動物、魚類、鳥類、食物連鎖の視点から調査した内容を紹介する。また、直線化された河川の再蛇行化やダムからの人工放流による砂礫河原の再生について、BACIデザインによるモニタリング結果を示し、その効果と限界について述べたい。最後に、気候変動に着目して現在実施しているプロジェクト内容を中心に、その適応策としてグリーンインフラの考え方についても紹介したい。

中川 光(京都大学フィールド科学教育研究センター)

シカがもたらす河川生態系の変化 Changes in a stream ecosystem by deer overabundance

 シカの個体数増加による大規模な森林生態系の改変は世界各地の温帯地域で大きな問題となっているが、それが水域生態系に与える影響はほとんど検討されていない。シカ食害により下層植生の衰退が生じた京都大学芦生研究林において、林床の裸地化が河川環境および魚類群集にもたらした影響を11年間継続して行ってきた目視観察と環境測定のデータをもとに検討した。その結果、特に2010年以降、大型の礫が優占する河床が砂地へと置きかわり、それに対応して大型の礫を好む一部の種(ウグイ)の減少と砂地を好む種(カマツカ)の増加が観察された。これらの結果は、もしも芦生研究林において現在生じている河川生態系の変化を食い止めようとする場合には、森林生態系を含めた集水域スケールでの長期的な視野を伴った保全対策が必要となることを示唆している。

スペシャル 2018年11月19日(月)10:30~12:00

Stacey Halpern (Professor, Pacific University/Guest Research Associate, Center for Ecological Research, Kyoto University)

Insect herbivore effects on population dynamics of the clonal weedSolanum carolinense

 Understanding what determines population size and how it changes over time is a central question in basic plant ecology. It also has important conservation applications to both threatened and invasive species. This project asks whether insect herbivore effects on individual plant fitness also influence plant population dynamics. Herbivores may affect plant populations by altering the population growth rate (λ), a density-independent measure. They may also affect population regulation by changing patterns of density dependence in the plant population. Assessing herbivore effects on density dependence is required to determine whether herbivores affect the equilibrium population size of a plant, a key assumption of biological control efforts and the enemy release hypothesis. We tested the effects of herbivores on population dynamics over four years using experimental populations ofSolanum carolinense in its native range. The experimental populations varied in plant density and herbivory, which affected plant size and reproduction; oviposition by a specialist beetle (Leptinotarsa juncta) also increased on plants growing at lower density. Using data from these populations, we parameterized models, and described population dynamics with and without herbivores. Herbivores affected population growth (λ), though effects varied in magnitude and direction among years. Herbivores also altered density dependence, sometimes increasing it and sometimes decreasing it. Finally, herbivores reduced equilibrium plant population size, with effects again varying among years. These results demonstrate that understanding how herbivores contribute to plant population processes like invasions or control of weedy species requires accounting for density dependence, but that herbivore effects on plant population dynamics vary greatly among years. Herbivore effects may also differ in introduced populations in Japan, where preliminary results show lower damage levels than in the US and the loss of a latitudinal gradient in damage.

第301回 2018年11月9日(金)14:00~17:00

石川麻乃(国立遺伝学研究所)

DHA合成能が担う新規環境への適応放散の遺伝基盤 Molecular and genetic basis underlying freshwater colonization and adaptation in sticklebacks

 生物の新規環境への進出は、適応放散や爆発的な種分化、形質の多様化を引き起こす。この新規環境への進出能力には生物種間や集団間で違いがあり、少数の限られた系統が何度も新規環境に進出する一方、他の多くの系統はその新規環境に全く進出できない例が観察されてきた。しかし、この違いがどのような遺伝子や遺伝的変異の違いによって生じているのかは全くわかっていない。そこで、私たちはトゲウオ科イトヨ属の淡水進出に注目し、高い淡水進出能力を持つイトヨGasterosteus aculeatusと、これを持たないニホンイトヨG. nipponicusを材料に新規環境への進出能力の違いを規定する遺伝基盤を解析した。本発表では、淡水域への進出の鍵遺伝子であると考えられたDHA合成酵素とそのコピー数増加の遺伝基盤について紹介し、それらがイトヨの淡水域進出とその後の適応放散へ果たした役割を議論する。

高山浩司(京都大学大学院理学研究科)

汎熱帯海流散布植物の全球的系統地理:長距離種子散布の進化的帰結 Global phylogeography of pantropical plants with sea-drifted seeds

 熱帯・亜熱帯の海岸域には、マングローブに代表される独特の植生が発達し、海と陸をつなぐ生態系として重要な役割を果たしている。一方で、このような植生帯に分布する個々の種が、どのように現在の分布域を獲得し、維持していきたのかは、よく分かっていない。本セミナーでは、熱帯・亜熱帯域を中心に地球を一周する分布域を持つ“汎熱帯海流散布植物”を対象に、全球規模の野外調査と分子マーカーによる系統地理学的・集団遺伝学的研究をおこなった結果を発表する。特に、アオイ科フヨウ属のオオハマボウやヒルギ科ヤエヤマヒルギ属の遺伝構造に関する研究結果を中心に、1)汎熱帯海流散布植物の誕生と分布形成の歴史、2)”超”長距離種子散布の実態とその帰結、3)海流散布植物の内陸適応について議論したい。

第300回 2018年10月19日(金)14:00~17:00

梅原 亮(広島大学環境安全センター)

アオコ毒素の環境動態 Dynamics of cyanotoxin in ecosystems

 富栄養化および地球温暖化に伴い世界中で有害藻類発生(HABs)の頻発化および大規模化が懸念されており、その発生抑制および藻類が産生する毒素による環境影響について研究が進められている。有害金属や残留性有機汚染物質(POPs)等と同様に、藻類が生産する自然毒の環境中における動態を把握することは、環境リスクを考える上で重要である。淡水域では、Microcystis 属などの有毒なアオコ(シアノバクテリア)が産生する毒素によって、貴重な水源を汚染するという問題を抱えており、飲料水および生活用水としての水の利用を制限されることがある。代表的なアオコ毒素であるミクロシスチン類は、物理化学的に安定な物質であり、哺乳類の肝臓に対してきわめて高い毒性を示すことが知られている。本講演では、干拓調整池および隣接する海域を含む生態系をモデルに、アオコ毒素ミクロシスチン類の環境動態について、アオコの発生要因や毒素生産量の研究結果と共に紹介したい。

石川可奈子(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)

琵琶湖南湖における水草管理に関する研究 Submerged macrophyte management in the South Basin of Lake Biwa

 琵琶湖南湖では1994年の大渇水以降、透明度が回復する一方で沈水植物が大量繁茂し、「生態系レジームシフト」が起きたと言われている。水草の大量繁茂は取水、航路、漁業障害、悪臭、景観悪化をもたらすだけでなく、水の動きを停滞させ、沿岸域でのアオコや湖底の酸素不足を招いて問題となっている。そこで、水草の刈取り除去等の対策を行うとともに、水草管理に関する研究を行ってきた。水草繁茂とアオコ、効率的な水草刈取りと除去方法と時期、優先的に刈り取る場所を決める指数、刈取り除去と周辺生物との関係、望ましい水草量、ロジスティックモデルによる生長予測、刈取り除去の影響評価、有効利用等、また、最近では水草を刈り取った後に糸状ラン藻類のマットが見られ、新たな問題も生じている。本セミナーでは、これまでの研究事例から増えすぎた水草を管理することの難しさについて、過去の対策および研究事例をもとに議論したい。

第299回 2018年9月21日(金)14:00~17:00

馬場友希(農研機構 農業環境変動研究センター)

水田における環境保全型農業が生物多様性および害虫防除サービスに及ぼす影響 Effects of environmentally friendly farming on biodiversity and biological control potential in rice paddy ecosystems

 近年、農地は単なる作物生産の場としてのみならず、生き物の棲み場所としての役割を担うなど、その多面的な機能が注目されている。また農業活動そのものも花粉媒介者による送粉サービスや、捕食者による害虫防除サービスなど、生物に由来するさまざまな生態系サービスを享受しているため、持続可能な農業を目指す上で農地の生物多様性保全は重要な課題である。このような背景から化学合成農薬や化学肥料の使用量を減らすなど、生き物に配慮した環境保全型農業(有機栽培・減農薬栽培など)の普及・推進が図られている。一方、環境保全型農業が生物多様性および生態系サービスに及ぼす影響は欧州の畑地を中心に精力的に研究が進められているが、アジアの代表的な農地である水田における研究事例は極めて乏しい。そこで、本講演では、農水省委託プロジェクト研究の成果を基に、環境保全型農法が水田の生物多様性および重要な害虫防除サービスを担う広食性捕食者群集に与える影響を検討した研究成果を紹介する。またこれらの成果を踏まえ、今後必要な研究アプローチについても議論したい。

中森泰三(横浜国立大学大学院環境情報研究院)

菌類と菌食性小型節足動物の相互作用におけるきのこ形質の役割 Role of sporocarp traits in the interaction between fungi and fungivorous microarthropods

 きのこ(菌類の子実体)の形質は、その菌類が生き残っていく上でどのような働きをしているのだろうか。私たちはきのこの形質の機能を、菌食動物との相互作用の観点から説明しようと試みてきた。きのこは菌類の胞子散布器官である一方で、多くの菌食動物と相互作用しており、菌食動物は菌類の胞子散布を阻害したり助けたりしうる。きのこの形質は各々の環境のなかで胞子散布効率を高めるように進化してきたと考えられる。菌食動物のなかでトビムシは、体長1mm前後と小型である。トビムシに着目することで、きのこの微視的な形質の機能について理解を深めることができる。本セミナーでは、菌類と菌食性トビムシの相互作用において、きのこの形質が果たす役割(被食防衛や動物による胞子散布の促進)について議論する。

第298回 2018年7月20日(金)14:00~19:00

高橋佑磨(千葉大学大学院理学研究院)

(1)共存問題で紐解く種内変異の多様性効果 Linking evolution and ecological functions of genetic diversity

 種内の表現型の多様性や多型は幅広い分類群の生物で認められる現象であり、古くからその維持・共存機構が検証されてきた。一方で、種内の多様性は、種の多様性ほどその生態的機能は検証されてこなかった。本講演では、種間比較を用いた解析やイトトンボやショウジョウバエなどを用いた実証を通じて、種内多様性の進化とその生態的機能の関係についての一般則を探ろうとした研究の成果を紹介するとともに、種多様性–機能関係との共通性についても少しだけ議論したい。

(2)研究活動で役立つ資料デザインの基本:多様性に配慮した伝わる資料の作り方 Information design principles for scientific presentation

 プレゼン資料や研究費の申請書などの資料は、「情報」と「人」とを結ぶ架け橋です。そのため、読みづらい資料や見づらい資料、すなわち、受け手に負担を強いる資料は、情報伝達の効率を下げたり、誤った情報を伝達したりしてしまいます。結果として、研究成果や研究計画が正当に評価されにくくなるかもしれません。受け手に与えるストレスや負担は、図や文字、文章に潜むノイズを減らすことや受け手の多様性(色覚の多様性など)を理解し、配慮することで取り除くことができます。このとき、デザインのルールを知ることがなによりも大切です(=センスは必要ありません!)。本講演では、実例を交えながら、「デザインのルール」やその背景にある「伝わる理由」をたっぷりと紹介します。

第297回 2018年6月15日(金)14:00~17:00

齋藤智之(森林総合研究所東北支所)

山火事影響下における熱帯性タケ類の開花習性と更新過程 Gregarious flowering habit and regeneration process of tropical bamboos under the influence of forest fire

 熱帯地域を起源とするタケ類は、東南アジア地域において種類が多く多様性も高い。タイの熱帯季節林は、下層に複数のタケが高い優占度で共存している。タケササ類は旺盛な栄養成長を繰り返す一方で、その多くは数十年に一度広範囲に且つ多個体が同調して一斉開花し、その後枯死するという特異的な生活史特性を有する。しばしば排他的で密生した群落を形成するタケササ類の一斉枯死は木本実生の定着を促し、森林の更新に大きな契機を提供する。そのため、一斉開花は森林植生における多種共存機構や生物多様性の動態解明を進めるうえで重要な事象となっている。一口にタケ類といっても、熱帯のタケと温帯のタケでは、生活型、群落構造、開花習性にいたるまで顕著な違いが認められる。タケササ類の生活史特性や繁殖特性については、近年日本において知見が蓄積されつつあるが、熱帯のタケ類については解らないことが多い。そこで、タイの熱帯季節林に共存するタケ類4種について開花期から更新初期過程に至る時期のジェネット(個体)およびラメット(稈)のデモグラフィーデータを取得し、一斉開花と更新を開始したタケ種のジェネット数の変動に関わる死亡要因について検討した。また、セミナーではタケ・ササ類の生活史に関する一般的な話題から、今回のトピックスの位置づけについても紹介する予定である。

岡部拓也(静岡大学大学院総合科学技術研究科)

葉序進化の駆動力は何か? What drives the evolution of phyllotaxis?

 葉や花など植物の側生器官が茎の周りにつく「付き方」(葉序)に規則があることは古来知られている。対生・輪生や互生(螺旋型)といった型がある中でも、特に一般的な螺旋型葉序は、花弁の数や胞子葉のなす螺旋の数がフィボナッチ数となる点が一般の興味を引いてきた。葉序は生物進化の精妙さを示す顕著な例にもかかわらず「なぜ?」に答える科学的説明が存在しない。観察される型の特異性(特定の型の「運河化」)とあわせて注目すべきは現象の普遍性である。生育環境の多様さどころか系統を異とする類似器官においてさえも共通の規則性が観察される。葉序は外部環境への適応の結果とは考え難く、形態的収れんをもたらす駆動力は(その存在自体)自明ではない。ここでは葉序現象の全体像と問題の要点を解説するとともに数理モデル的説明を紹介したい。葉序の規則性は自然選択の結果なのだが、環境への適応ではなく内部的な適応によると結論する。

第296回 2018年5月18日(金)14:00~17:00

藪田慎司(帝京科学大学生命環境学部)

動機づけの葛藤行動と進化 Evolution of motivational conflicting behaviors

 攻撃と逃避のように、両立しない行動の動機づけが同時に高まり、それらの葛藤に陥った動物は、しばしばそのどちらでもない第3の行動を行います。例えば、なわばりの境界で隣のなわばりの所有者と向かい合ったドゲウオは、攻撃でも逃避でもなく砂を掘るような行動を行い、ホシムクドリは闘争中に羽繕いをします。このような動機づけの葛藤状態で行われる行動には、転位活動、両義的活動、転嫁活動、自律神経系支配反応などのいくつかのタイプが認められ、闘争や求愛で行われるディスプレイ行動の多くは、これらが儀式化したものと考えられています。動機づけの葛藤行動はけっしてめずらしい行動ではなく、多くの動物で頻繁に観察されます。しかしなぜこのような葛藤行動が行われ、進化的に維持されてきているのかまだ明らかになっていません。私たちは、動機づけの葛藤状態で第3の行動を行うことを、不確実性の下でより適切な意思決定を行うための進化と考え、そのモデル化を行っています。今回のセミナーでは,動機づけの葛藤行動や闘争で用いられるディスプレイの紹介と、それら進化を説明するための2つのモデルについてお話しする予定です。

亀田佳代子(滋賀県立琵琶湖博物館)

カワウは害鳥か?益鳥か?—カワウの生態系機能と生態系サービス・ディスサービス Is the Great Cormorant a pest or benefactor?: ecological function and ecosystem services and disservices of the Great Cormorant

 多くの海鳥類は、水域の魚介類を食物とし陸上で集団繁殖を行うことから、生態系の中では水域から陸域への物質輸送機能を持つ。そのため、地球規模の物質循環や、陸揚げされた養分が肥料となることにより、人々に基盤サービスや供給サービスを提供している。カワウという鳥も、内陸部の湖沼や河川で採食し、水辺の森林で集団繁殖を行うことから、他の海鳥と同様の物質輸送機能を持つ。しかし、人との接点が多いことから、アユなど漁業対象種をめぐる競争や、繁殖活動と排泄物による森林衰退が問題となることが多い。こうしたカワウと人との軋轢を軽減しかつ生態系サービスを享受するためには、生態系サービスとディスサービスが生じる要因を明らかにし、両者のバランスをとる必要がある。そのためには、カワウの生息数や物質輸送の規模だけでなく、人による水域や森林の利用形態や社会的背景、異なる時空間スケールでの検討なども必要になる。セミナーでは、人文・社会科学研究者との共同研究の成果も含め、カワウと森と人との様々な関わりについて紹介し、カワウによる生態系サービスとディスサービスに関わる要因について検討したい。

スペシャル 2018年4月24日(金)15:00~

Marc T. J. Johnson (Distinguished Visiting Associate Professor, Center for Ecological Research, Kyoto University / University of Toronto, Mississauga)

Evolution in the urban jungle

 Urban areas represent the fastest growing ecosystem on earth, in which the development of cities dramatically changes the biotic and abiotic environment to create novel ecosystems. Despite the importance of urbanization, we have little understanding of how urbanization affects the evolution of species that live in cities. In this talk, I will review our current knowledge of about the effects of cities on multiple evolutionary processes, including mutation, gene flow, genetic drift and natural selection. I will then describe our work examining how these evolutionary processes affect the ability of plants to adapt to urban environments. I will conclude with a discussion of existing gaps in our knowledge and a description of the first global study of urban evolution, in which we are looking for Japanese collaborators.

第295回 2018年4月20日(金)14:00~17:00

中屋敷 均(神戸大学大学院農学研究科)

ウイルスは生きている Are viruses alive?

 「生命とは何だろう?」----- 生物学を志した学徒で、その問いに一度も思いを巡らしたことのない人などいないだろう。しかし、「生命とは何か」というタイトルの学会発表など、ついぞ聞いたことがない。むしろ「生命とは何か」は、商業出版の「ポピュラーサイエンス」と呼ばれる分野で人気のあるテーマである。私は、アカデミックな研究者があまり関わることのない、この商業出版の世界にひょんなことから足を踏み入れることになり、2016年に「ウイルスは生きている」という一般向けの本を上梓させて頂いた。今回の講演は、近年のウイルス・微生物のゲノム解析で明らかとなった興味深い話題をいくつか紹介しながら、この本のタイトルにある「ウイルスは生きているのか」という問いを中心にしたい。ポピュラーサイエンスとアカデミックサイエンスのはざまを漂いながら、「生命とは何か?」を聴衆の皆様と共に考えていくものにできたらと思っている。

小山耕平(帯広畜産大学環境農学研究部門)

樹木の枝分かれ構造は対数正規分布する末端枝サイズの差異を生成する A lognormal distribution of the lengths of terminal twigs on branches of elm trees

 大きさが倍々に増えていく(または減少していく)物体の最終サイズが対数正規分布する過程は乗算過程(ジブラ過程)と呼ばれ、経済学において貧富の格差が広がっていく過程や、鉱物含有量の地理的分布の偏りを生成する過程として、生物学以外の分野においても様々な現象が報告されていた。今回、発表者らの研究グループは樹木(十勝帯広の森林に自生するハルニレ)の枝分かれ構造から末端の枝サイズが対数正規分布になることを形態計測により実証した。これまでの樹木生理生態学では、樹木全体のサイズおよび機能を扱うスケーリング理論およびアロメトリー理論と、個々の葉や枝の可塑性(変化)を取り扱う生理生態学の理論との間には接点がなかった。本研究の成果から、とても複雑で、まともに計算するのが難しいはずの森林の枝葉の集団の成長および機能を、比較的簡単な確率モデルとして取り扱うことが出来るようになることが期待される。 (Koyama et al. 2017Proc Roy Soc B 284:20162395)

第294回 2018年2月16日(金)15:00~17:00

入江貴博(東京大学大気海洋研究所)

海産ベントスの種内変異と幼生分散に関する謎 Intraspecific variation and larval dispersion of marine benthos

 海産ベントスでは、幼生期をもたない直達発生の種から、1年近くにわたる長期の浮遊幼生期間をもつような種まで、初期生活史に著しい多様性が見られる。浮遊幼生の野外での生態情報は非常に乏しく、とりわけ個体群間での遺伝的交流の実態を正確に理解することは、海産ベントスの研究における最大の未解決問題である。幼生の研究が難しい理由は、対象が非常に微小であるうえに、分布域は広大で、さらには全個体群をまたいだ総個体数は莫大であることにある。そのいっぽうで、昨今めざましい躍進を見せているDNAシーケンシングの高速化と並列計算機の高性能化は、これまで困難だった課題に挑む動機を我々に与えている。本講演では、私がこれまで研究を続けてきた潮間帯に棲むタカラガイを対象に、この数年間で進めた幼生に関する研究の途中経過と今後の展望を紹介したい。。

スペシャル 2018年2月2日(金)15:30~17:00

白水 貴(三重大学大学院生物資源学研究科)

見えないきのこの多様性を探る—子実体×菌糸体×環境DNA Exploration for hidden mushroom diversity: fruiting body × mycelium × environmental DNA

 きのこやかびなどの真菌類は陸上生態系における共生者・寄生者として様々な動植物と相互作用ネットワークを構築するとともに、強力な分解者として物質循環の要ともなっている。一方、150万種とも1000万種ともいわれる多様性のほとんどが未知の状態にあり、この情報不足が分類や生態・進化に関する研究の障壁となっている。真菌類の多様性探索法は、古くは子実体(きのこ)採集にはじまり、培地による菌糸体の分離培養,DNAクローニングや次世代シーケンサーを用いた環境DNA解析と、技術の進歩とともに発展してきた。これらの方法にはそれぞれ一長一短があり、研究目的に合った方法を選択する必要がある。しかし、方法の比較や効率的な併用についてはほとんど検討されていない。本セミナーでは、子実体採集、分離培養(改変Dilution to Extinction法)、環境DNA解析(DNAクローニング、次世代シークエンサ—)の3つを併用したきのこ類の多様性探索について紹介する。

第293回 2018年1月19日(金)14:00~17:00

岩見真吾(九州大学大学院理学研究院&JSTさきがけ)

Ecological Epidemiology:ECOEPI(えこえぴ)研究の展開 New era of ECOEPI in Japan

 2016年4月1日よりECOEPI Virtual Institute(http://ecoepi.jp/)というネットワークを組織して、昆虫・動物と人のインターフェイスにある感染症を対象とした研究領域である"Ecological Epidemiology"、略して「えこえぴ」に関する研究を国内外のチームと共同で進めています。生態研セミナーでは、私達が行っているPure Science(純粋科学)とSocial Implementation Sience(社会実装科学)の両側面からえこえぴに関する話題を提供したいと思います。具体的には、長崎大学熱帯医学研究所と共同研究で行っている南アフリカにおけるマラリア流行動態の解析及び予測研究について報告いたします。そして、このような専門的な研究の背景にある生態学・個体群動態の面白さを社会一般の方々、あるいは、中高生に伝えるために開発したウェブアプリケーションである"Virtual ECOSYSTEM"について紹介したいと思います。また、時間が許せば、このVirtual ECOSYSTEMを社会実装するために行っている活動についてもお話できればと思います。

中谷友樹(立命館大学文学部地理学教室&立命館大学歴史都市防災研究所)

感染症の過去・現在・未来をみる空間疫学 Spatial epidemiology with perspectives on the past, present and future of infectious disease outbreaks in Japan

 健康リスクの地理的な差異やその環境要因との関係性といった空間的な疫学分析研究は、近年では空間疫学と総称されます。それは、疾病・健康指標のデータから地理的な健康リスク分布を効果的に見えるものとし、対策に有用な新たな知識を引き出します。地理情報システム(GIS)の発達、地理情報の充実、空間統計学モデルの高度化によって、空間疫学の可能性は飛躍的に高まり、現在ではさまざまな研究課題に用いられるようになりました。本セミナーでは、もう1つの演題にあわせて、感染症の空間疫学に焦点をあて、流行の近代期の記録(例えば腸チフス)から、近年のインフルエンザや梅毒等の流行、さらには温暖化に伴うデング熱流行リスクの拡大といった話題を通し、日本における感染症流行の過去・現在・未来を地理的に描き出す空間疫学研究を紹介します。そこで活用される空間モデル、地理的視覚化の方法、様々な地理情報の可能性や課題とともに、時間が許せば同様に空間分析研究を発展させてきた生態学分野での研究との関連性などを議論できればと思います。

第292回 2017年12月15日(金)14:00~17:00

北島 薫(京都大学大学院農学研究科)

湿潤熱帯林の日陰という極限の環境 Tolerance of the ultimate shade in the understory of tropical moist forests

 耐陰性は、植生遷移と森林動態の理解において最も重要な概念といえよう。しかし、耐陰性の仕組み、すなわち、樹木種の間の耐陰性はどのような生理的生態的な形質の違いによってもたらされるかについては、相反する仮説が存在する。今日のセミナーでは、パナマの湿潤熱帯林で、Tachigali versicolor (Fabaceae)の実生の生存と成長を同一コホートで29年観察した結果、実験的にすでに0.8% の光しか届かない林床でさらに90%の被陰処理をした実験、また、60種以上において実生の機能形質と生存確率を比較した結果などを紹介する。これらの結果から、樹木の実生が、光合成の光補償点ギリギリの日陰で生き延びるためには、光合成収入と成長速度を最大化するような資源配分ではなく、多様な天敵に対する防御ができる丈夫な体を持つこと、さらに、負の成長を余儀なくされたのちに速やかに回復するために、ある程度の資源は貯蔵しておくことが重要ということが示される。

小林 真(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)

寒冷地に特有な撹乱と気候変動が北方植生へ及ぼす影響 Effect of unique disturbance and climate change in cold biome on northern vegetation

 大量の炭素蓄積など重要な生態系能を担っている一方で、気温上昇による影響が大きい北方林や北極圏ツンドラ — その構造や機能の将来像を予測するには、寒冷地に特有な植生の維持機構を理解する必要がある。植生は撹乱により動的に維持されている。演者らは、北極圏ツンドラの土壌凍結、北方林における山火事などの自然撹乱が、植生を動的に維持するメカニズムを研究してきた。これまでの研究から、ツンドラでは強度の土壌凍結が発生してからの経過時間によって種多様性に違いが生み出されていること、北方林の山火事後に更新する植物の成長は、火事で生成される炭によって支えられていることなどが明らかになった。また、北方林で進行している雪解け時期の早まりが、植物へ及ぼす影響について、私たちの研究林で行っている大規模操作実験により明らかになってきたメカニズムについても紹介したい。

第291回 2017年11月17日(金)14:00~17:00

嶋田正和 (東京大学大学院総合文化研究科)

共存か消滅か?-2種の寄生蜂の推移行列から適応進化を見る! Coexistence or extinction?: projection matrix analysis and adaptive evolution in two Anisopteromalus parasitic wasps

寄生蜂ゾウムシコガネコバチAnisopteromalus calandrae とその隠蔽種A. quinariusの推移行列は、両種で生活史パラメータが大きく異なり、elasticity(適応度λへの各行列要素の敏感さ)の比較解析の観点で興味深い。A. calandraeは産卵管でストローを作り宿主の体液を吸汁するので、餌(ハチミツ)の有無によらず多産で、寿命は約40日である。一方、A. quinariusは宿主を吸汁しないので、無給餌では少産で寿命も約4週間だが、給餌条件では生産数はA. calandraeに近づき、寿命も80日以上生きて、表現型可塑性が大きい。競争置換実験では、A. calandraeは種内競争が厳しく、A. quinariusに対しても強い負の種間干渉作用を示して、産卵管による殺卵で相手の生産力を大きく低下させた。A. quinariusが成虫期後半を長く生きてもelasticityはゼロに等しく、適応度に最も効くのは羽化までの生存率と羽化直後の生産力だった。よって、この実験条件ではA. quinariusは共存できないことになるが、実際にはこの2種は欧米で広く共存している。広域共存の鍵となるのは、異なる一次宿主の生息場所であることが分かった。

土畑重人(京都大学大学院農学研究科)

昆虫を用いた社会性進化の実験的検証 Experimental tests of social evolution in insects

演者は,社会性の適応進化をテーマに,理論研究と実証研究との橋渡しをすべく研究を行っている.セミナーでは昆虫を対象とした以下の2つのトピックについて話題提供する.1) 社会性昆虫の一種アミメアリの野外集団において,利他性を示さない「裏切り系統」が混在していることを突き止め,利他性を示すワーカー系統との間で生じる適応上の対立関係(公共財ジレンマ)の実証を行った.これは,多細胞生物において遺伝的基盤をもつ社会ジレンマの厳密な検証を行った初めての研究である.2) 個体間の社会的相互作用が形質進化に及ぼす影響を定量するため,貯穀害虫アズキゾウムシの室内飼育集団に血縁選択をかける実験を継続中である.アズキゾウムシでは複数の幼虫が豆粒内で資源競争関係にあり,競争形質の進化が競争相手との血縁度(きょうだいか否か)に応じて変化することを期待したものである.暫定的な結果として,高血縁度処理の集団で自己犠牲的に相手の適応度増加に貢献しているとみなせる形質が進化した.

第290回 2017年10月20日(金)14:00~17:00

佐々木(関本)結子 (東京工業大学生命理工学院)

植物細胞外脂質の進化と多様性 Evolution and diversity of land plant extracellular lipid

 植物の陸上環境への適応は現在の陸上生物の繁栄に至る重要な転換点であったと考えらえる。このような適応過程を理解するために、私達は水陸両生の藻類であるKlebsormidium nitens (車軸藻植物門 クレブソルミディウム藻鋼、以下クレブソルミディウムと表記)に着目し、ドラフトゲノム配列を報告した(Hori et. al.,Nat commun2014)。  比較ゲノム解析の結果、クレブソルミディウムのゲノム上には陸上植物型のクチクラワックス生合成遺伝子群の存在が示された。そこで、クレブソルミディウムのワックス成分の分析を行った結果、その主成分はトリアシルグリセロールとアルカンであり、細胞壁画分からは多量の脂肪酸が検出された。そのため、クレブソルミディウムは脂質と糖タンパク質より構成されるクチクラ様の疎水層を持つが、その組成は陸上植物のクチンとは異なる組成であると考えられる(Kondo et. al.,Front Plant Sci.2016)。  陸上植物とクレブソルミディウムのクチクラワックス組成を比較した結果、陸上植物ではクチクラワックス組成が高度に多様化していることが明らかになった。本発表では陸上環境への適応におけるクチクラの役割について考察する。

田中和幸(タキイ種苗(株))

種苗会社での野菜育種の現状と新技術の応用例 Traditional vegetable breeding in seed company and application of new breeding technology

 野菜の品種改良(育種)は、古くは各地域の環境に適したより良い個体(地方固定種)の選抜と維持から始まり、より多くの形質を一つの品種に持たせる交雑種(F1)の活用へと変遷してきました。その過程では常に人間の求める要求や経済性に則した選抜圧がかけられ、有用な遺伝子を集積した系統が選抜されてきました。偏った見方をすると、人為的な選抜圧による植物種の進化と見る事も出来ます。近年、多くの作物のゲノム情報の活用が可能となり、その改良の速度が加速してきています。また、今まで出来なかった改変も実現できるようになってきました。そのような育種技術の変遷の過渡期である今、伝統的な育種で為し得た部分と、それを超越した革新技術で進める品種改良についていくつかの具体例を示して、農作物の改良の方向性について話題提供をします。

第289回 2017年9月15日(金)14:00~17:00

Richard Karban (Visiting Professor, Center for Ecological Research, Kyoto University / Department of Entomology and Nematology, UC Davis)

What can plant biologists learn about communication from animals?

Animal communication and behavior are far better understood than similar processes in plants. Plants lack central nervous systems but nonetheless face similar selection pressure to sense their environments and to respond appropriately. Human behaviorists differentiate between judgment and decision making. This distinction may also be useful for plants. Plants that do not respond appropriately may err in judgment or decision making.

Animals and plants differ in other important ways. Plants tend to be less mobile; instead of fleeing, they redistribute defenses or valuable resources. Plants tend to be made up of redundant, modular organs; this allows them to be better able at accomplishing multiple tasks simultaneously. Plants can generally tolerate attack and loss of tissues better than animals; this makes induced defenses a more profitable strategy for plants than for animals.

Junji Takabayashi (Center for Ecological Research, Kyoto University)

A novel enzyme secreted from spinnerets of feeding silkworms hampers green leaf volatile production in mulberry leaves

In response to herbivory, plants emit volatile organic compounds, such as green leaf volatiles (GLVs) and volatiles terpenoids that attract carnivorous natural enemies of herbivores. The attraction was called induced indirect defense of plants against herbivores. Since the attraction of natural enemies is maladaptive to currently infesting herbivores, it is likely that herbivores have evolved to suppress the production of such volatiles to make themselves more inconspicuous to natural enemies. However, this possibility has not yet been tested. Here, we clarified this in a tritrophic system of mulberry plants, silkworms and parasitoid flies, Zenillia dorosa. Silkworms suppressed the GLV production in mulberry leaves by using a novel enzyme in the spinneret secretion, and its function was only for this suppression. The suppression made silkworms less conspicuous to the parasitoid flies. This study showed that herbivorous insects could manipulate induced-indirect defense in plants.

安定同位体生態学セミナー(公開)(京都大学生態学研究センター 第2講義室)2017年7月27日(木)14:00~15:30

Erik Hobbie (University of New Hampshire, http://www.eos.sr.unh.edu/Faculty/Hobbie)

Isotopic Explorations of Fungal Functioning in Ecosystems

Fungi are ubiquitous in terrestrial ecosystems, with many either being key decomposers (saprotrophs) or forming symbioses with many of the dominant plants of temperate, boreal, and tundra ecosystems (ectomycorrhizal fungi). In this latter function, fungi receive carbon as sugars and in return supply nutrients to their host plants, with fungi differing greatly in their exploration strategies and enzymatic capabilities. Here, we explore fungal functioning using stable isotope (C and N) and radiocarbon measurements, including: (1) saprotrophic lawn fungi as integrators of competition between C3 and C4 grasses in lawns, (2) wood decay fungi partitioning resources among species based on the age of the wood being assimilated; (3) fungivorous small mammals preserving a signal of organic nitrogen uptake by fungi in their hair, and (4) linking exploration type in ectomycorrhizal fungi to enzymatic capabilities, carbon demand, and where fungi are active in the soil profile.

公開セミナー (京都大学生態学研究センター 第2講義室)2017年6月29日(木)14:00~

Masanori Fujimoto (University of Florida, Department of Microbiology & Cell Science)

Microbe mediated ecological processes in natural and engineered systems

In this seminar, Dr. Fujimoto, a research assistant professor at the Soil and Water Sciences Department in the University of Florida, will present an overview of his previous research projects that explored fundamental ecological processes related to microbes in both natural and engineered systems. He will first discuss his dissertation research which dealt with microbial successions on embryos of endangered fish species Lake Sturgeon in the face of changes in environmental conditions due to anthropogenic activities. He will then turn to addressing his early postdoctoral work on the assessment of ballast water treatments for invasive species controls using a next generation sequencing (NGS) platform called “Ion Torrent”. He will also provide a brief overview about his postdoctoral research on bacteria-driven biogeochemical processes in Lake Michigan. The main focus of his presentation will be on his most recent work at Marquette University that includes key findings on microbial syntroph diversity and abundance in anaerobic digestion. He will conclude his talk with his current project regarding nutrient cycles in the Everglades ecosystems and future plans at the University of Florida including practical application of fundamental microbial mediated processes to solve both local and global issues. The various projects he will discuss all share a common thread of seeking to better understand the roles of microbes and the threats our activities pose to fundamental ecological processes.

Jack (John B.) Sculley (Berkeley Initiative in Global Change Biology, University of California, Berkeley and Research Centre for Palaeoclimatogy, Ritsumeikan University)

Forecasting basin-scale shifts in productivity in response to climate change using artificial stream channels, biological surveys, remote sensing and paleo-proxy indicators from marine and lacustrine sediment cores

Evaluation of the decadal-scale importance of food-web processes as controls of river primary production is difficult due to the paucity of long-term studies and low frequency of depositional environments which would allow retrospective fossil analysis. In addition, the potential for riverine subsidies to nearshore marine environments during low nutrient (downwelling) conditions typical during winter and spring has only recently been explored. To address this issue we quantified siliceous remains of freshwater diatoms from a well-dated undisturbed sediment core in a nearshore marine environment to estimate how epiphytic production in the Eel River, N. California may have varied over 80 years, including 21 with direct monitoring of changes in diatoms on their macroalgae host Cladophora. In addition we quantified potential nutrient subsidies from the Eel River Basin to the Cape Mendocino nearshore ecosystem using chlorophyll a concentrations monitored by satellite from 1986-2001, in-stream channel experiments and 3D model studies. We report that the abundances of freshwater diatom frustules exported to Eel Canyon sediment from 1988-2001 were positively correlated with annual biomass of Cladophora surveyed over these years in upper portions of the Eel basin. Over the entire 25-year survey, peak algal biomass was higher in summers following bankfull, bed-scouring winter floods. These patterns are congruent with studies suggesting that bed mobilizing floods scour away overwintering grazers, releasing algae from spring and early summer grazing. During wet years, growing conditions for algae could also be enhanced by increased nutrient loading from the watershed, or more sustained summer base flows. Total annual rainfall and frustule densities in laminae over a longer 83 year record were weakly negatively correlated, however, suggesting that positive flood effects on annual algal production were primarily mediated by “top down” (consumer release) rather than “bottom up” (growth promoting) controls. In addition, we report significant, strong correlations between observed winter/spring marine chlorophyll a and annual biomass of Cladophora. The results of in-stream channel experiments and 3D NPZ model studies suggest that the Eel River Basin may subsidize marine plankton blooms during winter/spring downwelling conditions, with potential implications for temperate river-ocean interfaces worldwide.

第288回 2017年7月21日(金)14:00~17:00

後藤龍太郎(京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所)

住み込み共生する二枚貝の進化と適応 Evolution and adaptation in commensal clams

陸上の生態系では、送粉共生、菌根共生、種子散布共生、アリによる防衛共生など、植物と動物の共生関係が溢れています。一方、海洋では、植物が関わる共生関係は少なく、その代わりに動物同士の共生関係が卓越しています。例えば、クマノミとイソギンチャク、ハゼとテッポウエビ、掃除魚と掃除される魚の共生関係はよく知られた例です。さらに、他の動物の体表や巣穴を住みかとして居候する様々な生物が織りなす「住み込み共生」の多様性の高さも海洋の生態系を特徴づけるものの一つです。

今回の発表では、ウロコガイ科という二枚貝を主な題材として、海洋の住み込み共生者の進化と適応について紹介する予定です。ウロコガイ科は最も種数が多い二枚貝の科で、多くの種がそれぞれ決まった動物の体表や巣穴内部で共生生活を営みます。共生生活と独立生活という対称的な生活様式の進化的変遷、動物門を越えた寄主転換による多様化、共生生活への形態的適応などのトピックを中心に、フィールド調査の様子も交えつつ、お話する予定です。

金尾太輔(京都大学大学院人間・環境学研究科)

好白蟻性ハネカクシの多様性と進化 Biodiversity and evolution of termitophilous rove beetles

シロアリと特異的に関わる好白蟻性昆虫は、これまでに12目39科もの分類群より知られている。その中でも、甲虫目ハネカクシ科ヒゲブトハネカクシ亜科における好白蟻性種の種多様性は群を抜いて高い。好白蟻性ハネカクシには、腹部が肥大した寄主シロアリによく似る体形や、カブトガニのように扁平な体形など、非常に特殊な形態を呈する種が数多く含まれる。また、一般的に寄主シロアリと種特異的に関わる好白蟻性ハネカクシは、近縁種が同じシロアリを寄主として同所的に生息していることも多い。

演者はこれまでに、ヒゲブトハネカクシ亜科における好白蟻性種の更なる種多様性とその進化史の解明に向け、熱帯地域を中心とした野外調査を基盤に分類学的・系統学的研究を行ってきた。研究の進展により、これまでに未調査の地域より多数の未記載種が発見されたほか、同種とされているものでも地域ごとに分化し、複数の隠蔽種が含まれていることが明らかとなった。また、亜科内の幅広い分類群を対象とした分子系統解析により、亜科体系の混乱や好白蟻性種の複雑な進化史が明らかになりつつある。本公演ではこれらの成果に加え、好白蟻性ハネカクシの基礎生態の解明に向けた研究成果の一部も紹介する。

第287回 2017年6月16日(金)14:00~17:00

小林和也(京都大学フィールド科学教育研究センター)

身勝手な遺伝子が築く社会と群集 Selfish genes establish complex community

かつてダーウィンによって自然選択説が提唱された際、立ちはだかった壁の一つにアリやハチなどの社会性昆虫がいた。ダーウィンの自然選択は、より多く子供を残すような性質が集団中に広まっていくと予測したが、アリやハチなどの社会性昆虫では、巣内のごく少数の個体(女王アリや女王バチ)だけが繁殖し、その他の多くの個体(働きアリや働きバチ)は子供を産まない。なぜこのような子供を産まないという性質がアリやハチの仲間に広くみられるのだろうか? この疑問に対し、1964年にW.D.ハミルトンは、働きアリは自分の親の繁殖を助け、同じ遺伝子を共有する兄弟姉妹を増やすことで、次世代に自分の遺伝子をより多く残していると考えた。即ち、自分の直接の子供の数ではなく、遺伝子の数を増やす性質が集団中に広まっていく。このアイデアは血縁選択説と呼ばれ、特に社会性のアリやハチが生産する子供の性比と血縁選択の理論予測が良く合致したことで、不妊の進化を説明する仮説として注目されてきた。しかし、近年、血縁選択説の普遍性に疑問が投げかけられている。その論拠の一つとして、アリやハチと同じく真社会のシロアリでは既存の性比理論による検証が不可能だったことが挙げられ、普遍性に疑義が呈されている。

本セミナーでは我々の研究グループが行った理論的拡張とその実証をご紹介したい。そこでは、血縁選択説をアリやハチ以外の生物でも検証する方法を確立し、実際にシロアリの社会に血縁選択が働いていること示した。この結果は、シロアリにおいても、働きアリは遺伝子の数を最大化するように振る舞っていることを示している。

また、現在私が進めている研究として、この「全ての個体は自らの遺伝子数を最大化する」という進化の原則が種の壁を越えてその地域の生物群集に与える影響を示し、遺伝子レベルの最適化が自然界に及ぼしている影響について議論したい。

庄田慎矢(奈良文化財研究所/ヨーク大学)

土器に残された脂質からせまる縄文海進期の日本海沿岸の食 Organic residue analysis for the reconstructing of cuisine in the coastal area of the Japan Sea during the Holocene sea level rise

 私達が行っている先史時代の研究において、ヒトがどのような自然資源をどのように加工し食料として利用していたのかは、極めて重要な検討課題である。近年、イギリスを中心とした海外では、遺跡から頻繁に出土する土器から脂質を抽出し、その化学的特性を把握することにより、どのような飲食物が調理加工されたのかを復元しようとする研究が盛んに行われている。日本でも、演者らの研究により、福井県鳥浜貝塚の縄文草創期から前期(14k-5k BP)の土器が、水産物を主たる対象として用いられていたことが示されている。本発表では、朝鮮半島にも土器が登場する完新世海水面上昇期(8k-6k BP)の環日本海沿岸地域の複数の遺跡において、上述と同様の傾向が見られるのか、あるいはその傾向が鳥浜貝塚に特有のものであるのかを検討する。対象とするのは、福井県鳥浜貝塚、秋田県菖蒲崎貝塚、佐賀県東名貝塚、蔚山市細竹貝塚、蔚珍郡竹辺里遺跡の5遺跡から得られた土器胎土粉末試料143点、土器付着炭化物試料78点である。これらの試料について、GC-MSによる生物指標の同定やフィタン酸におけるSRRジアステレオマー比率の測定、GC-c-IRMSによる個別脂肪酸の安定炭素同位体比の測定を行った。分析の結果、全ての遺跡において、水生生物に特有の生物指標や、フィタン酸における高いSRRジアステレオマー比率、海産物に対応する値の個別脂質安定炭素同位体比が確認された。今回の分析対象とした遺跡においては、共通して水産物を強く指向した調理内容が復元され、この傾向が鳥浜貝塚だけに特殊なものではないことが明らかになった。日本海沿岸地域にみられたこうした共通性は、同じ時期にユーラシア大陸に暮らしていた人々のそれとは大きく異なっていることから、先史時代における資源利用や食文化における大きな地域的特色を指摘できる。

第286回 2017年5月19日(金)14:00~17:00

Karel Simek (Biology Centre AS CR, Hydrobiological Institute)

Community dynamics of bacteria and bacterivorous flagellates modulates carbon flow to higher trophic levels in freshwater ecosystems

Small protists, largely heterotrophic flagellates, are considered to be the major link connecting dissolved organic material, bacteria and the grazer food chain in aquatic ecosystems. We are now facing a paradox in contemporary microbial ecology: high throughput molecular techniques have provided detailed insights into bacterioplankton community composition, but this is in sharp contrast to our knowledge concerning the ultimate fate of particular bacterial groups. Ignorance of dynamics, both bottom-up and top-down induced, translates into the discovery of high proportions of particular lineages in freshwater bacterioplankton but this may not imply that these bacterial groups grow rapidly or play an important role in carbon flow to higher trophic levels.Selective grazing of flagellates on bacteria has been suggested to modulate bacterioplankton community composition. However, the flagellate predator-bacterial prey relationships are so flexible that changes in the prey community, vice versa, may induce extremely rapid changes in the flagellate predator community as well. We show that the rapid flagellate growth, as detected by their feeding on different bacteria, tightly corresponds to doubling times for rapidly growing bacterioplankton groups. Notably, different bacterioplankton species likely represent different food quality resources for flagellate communities, affecting their growth, community dynamics and carbon flow to higher trophic levels. However, our knowledge of these essential aspects of carbon dynamics in plankton environments is quite limited.In this seminar, I present our research on the flagellate predator-bacterial prey trophic interactions, efficiency of carbon transfer from relevant bacterioplankton groups to the predators, and some novel techniques allowing us to study these trophic interactions at a high taxonomic resolution. We propose a conceptual model explaining the strong linkages between rapid bacterial community shifts and succeeding flagellate predator community shifts, which optimize prey utilization rates and carbon flow from various bacteria to the microbial food chain.

Luisa I. Falcon Alvarez(Visiting Professor, Center for Ecological Research, Kyoto University / Professor, Universidad Nacional Autonoma de Mexico)

Biogeography and phylogeny ofSynechococcus: Lake Biwa and Mexican lakes, home of sister groups

Cyanobacteria have evolved to be one of the most diverse and ancient groups of bacteria on Earth. They contribute significantly to global primary production via photosynthesis and some in addition to the nitrogen cycle via nitrogen (N2) fixation. Cyanobacteria are common components of aquatic ecosystems, responsible for ~40% of global CO2 fixation. Genome scale analysis suggests that oxygenic photosynthesis evolved early in the cyanobacterial radiation. The capacity to use water as electron donor in oxygenic photosynthesis, with its consequent generation of free oxygen, most likely appeared by 2,700 million years ago (MYA). Picocyanobacteria are common in lakes and oceans, where Synechococcus are amongst the dominant genera. Synechococcales are a non-monophyletic diverse group comprising both unicellular and filamentous forms, all with parietal thylakoids. Although the ecological relevance of this group is widely acknowledged, questions regarding the phylo-genesis of Synechococcus remain unclear. So far we know that there are endemic Synechococcus, whereas other members of the genus relate to environmental parameters including salinity, and certain species are widely distributed, while others are constrained. Recent advances in the field have suggested that Synechococcus form clades with specificity to oceanic, epilimnetic saline and freshwater ecosystems. Interestingly, Lake Biwa Synechococcus isolates are closely related to strains from Lake Atexcac in central Mexico. Both lakes are freshwater, P-limited environments that sustain large populations and diversity of picocyanobacteria, including Synechococcus. The Biwa/Atexcac cluster is further associated to subalpine lake Synechococcus, as well as to high altitude Patagonian lakes. The vast genetic dispersal of certain Synechococcus strains makes them an excellent model to study both biogeographic patterns in microorganisms and adaptation mechanisms from closely related picocyanobacteria inhabiting a vast geographical and environmental range. I will discuss the proposed approach to work with Synechococcus from different ecogeographic regions as a model to help explain the phylogenetic relationships in the group, as well as ecological parameters related to s diversity. The study models are Synechococcus from Lake Biwa as well as other strains from Mexican lakes. We want to understand the life history behind similar Synechococcus strains retrieved from highly different environments. This study aims to unravel what are the contributing factors that explain co-occurrence of Synechococcus from distant environments and if there are other components of the bacterioplankton assemblage also shared between geographically distant sites.

第285回 2017年4月21日(金)14:00~17:00

東樹宏和(京都大学生態学研究センター)

誰も知らない生物間相互作用を求めて Exploring novel interactions in ecosystems

従来の群集生態学では、現実の自然の中から「植物群落」や「節足動物群集」といったサブセットを抜き出すことから研究が始まるのが常であった。しかし、この人為的なサブセットの中で見出される知見の蓄積だけでは、生態系レベルの動態を本質的に理解することはできないであろう。次世代シーケンシングによるDNAバーコーディングを始めとする技術が登場した現在、一人の生態学者がさまざまな生物群を研究対象とすることが可能になってきた。動物・植物・真菌・原生生物・細菌の多様性と自然史に関する知識を果敢に統合した先にこそ、まだ誰も思いつきもしない群集・生態系動態の鍵が隠されているのではないだろうか?本発表では、動物・植物・真菌・原生生物・細菌を対象に進めてきた未知相互作用の研究について、最新の知見と手法を紹介しながら語りたい。また、次世代シーケンシングやDNAバーコーディングを用いた研究の次に来るべき分野の動向についても議論したい。

宇野裕美(京都大学生態学研究センター)

複雑環境の中の食物網 Food webs in the heterogeneous world

自然環境は多様で空間的に複雑な構造を持つ。また、その環境は季節や一日の時間によって大きく変化する。そんな中、生物は各々の成長段階や環境変化に応じて、様々な景観の間を移動し利用している。自然界での生物間相互作用を理解するうえでは、このような環境の複雑性と生物の移動・フェノロジーを考慮することが必要不可欠である。私はこれまで、自然の中でも特に複雑な環境を有する河川―渓畔林生態系を対象として、その空間的な複雑さや環境の季節変化が生物多様性の維持に果たす役割や、生物間相互作用に与える影響について研究してきた。本セミナーでは、河川渓畔林食物網のなかで重要な役割を果たす水生昆虫が複雑で変化に富む河川環境をどのように利用し、さらにその動態が河川渓畔林食物網にいかに影響を及ぼしているかについて紹介する。

第284回 2017年2月24日(金)14:00~17:00

光永 靖(近畿大学農学部)

持続的漁業を目指したテレメトリーによる琵琶湖魚類の行動解析 Telemetry study on native and alien fish in Lake Biwa for sustainable fishery

これまで琵琶湖の在来・外来魚類に超音波発信機を挿入して放流するテレメトリー調査を行ってきた。湖に設置した34台の自己記録式受信機,和船に搭載した1チャンネル受信機,モーターボートに搭載した4チャンネル受信機を用いて,行動を解析した。ビワマスは北湖全域で表層から底層まで広く利用していること,ニゴロブナは産卵期に特定の水温域を目指して南湖内を移動すること,オオクチバスは2月に大きく移動するため刺し網などの受動漁具での捕獲が有効であることなど,持続的な漁業に向けた行動解析結果を紹介する。

木村里子(京都大学フィールド科学教育研究センター)

音響観測で探るイルカの生態:アジアの超沿岸域に棲むスナメリを例として Passive acoustic monitoring for dolphins and porpoises: a case of finless porpoise living in shallow waters in Asia

水棲生物の多くは、光や電磁波と比べて伝達減衰の少ない音を利用しています。中でも鯨類は、コミュニケーションや環境認知等に音を積極的に用いています。近年この特性を利用し、鯨類の発する音を受信して存在位置や行動を割り出す、受動的音響観察と呼ばれる手法が広く用いられるようになってきました。

私は、この手法をアジアの沿岸域各地で適用し、イルカ類の行動や生態を明らかにしようと研究をおこなっています。主な対象は、スナメリというアジアの沿岸域、河川域にのみ生息する小型のイルカです。大きな回遊をせず一生を沿岸域のみですごすため、継続的なモニタリングが最も必要となる海棲哺乳類種の一つです。しかし、本種は目視観察による発見が難しく、野生下における行動や生態があまり明らかになっていませんでした。

本発表では、発声行動、日周性、来遊パターン、分布の季節変化、個体群の分断、資源量など、スナメリの発する超音波を捉えることで見えてきた、彼らの生態について紹介させていただきたいと思います。

第283回 2017年1月20日(金)14:00~17:00

村瀬雅俊(京都大学基礎物理学研究所)

未知への挑戦‐未来創成学の展望‐ Challenging to Unknown Situation: Perspectives on the basis of Advanced Future Studies

グローバル化によって、人類は政治・経済・情報・産業・医療・教育など多様なシステムの集中化と脱集中化を繰り返し、世界総体はあたかも巨大生命システムと化した。その結果、あるシステムの最適化・効率化が別のシステムの脆弱化を招き、システム全体が崩壊に至るという”相殺フィードバック”に、私たちは翻弄され続けている。安定な時代には有効であった、一度に一つの方法、固定されたものの見方を適用するという伝統的な縦割り的アプローチは、もはや通用しない。今こそ、斬新な視点に基づく、新たなアプローチが望まれている。本セミナーでは、既存科学の限界に挑むべく、未来からの視点を駆使する「未来創成学」の展望を、具体例を示しながらご紹介したい。

大串隆之(京都大学生態学研究センター)

生態進化ダイナミクス:「故き」を温ね「新しき」を知る Eco-evolutionary dynamics: Studying the past to learn the new things

自然界における生物の存在様式は、個体・個体群・群集・生態系という生物学的階層によって特徴づけられる。このため、種々の生態現象を理解するには、各階層での現象を個別に扱うのではなく、生物階層間をつなぐ相互作用に基づく必要がある。しかし、20世紀の生態学は各生物学的階層に分かれて発展してきたため、進化と生態プロセスを統合するという発想が欠如していた。ようやく21世紀に入って、「生態進化ダイナミクス(Eco-evolutionary Dynamics)」の考え方が台頭し始め、進化と生態を結ぶ研究領域を拓く機運が急速に盛り上がっている。ここで忘れてはならないのは、生態進化ダイナミクスは今世紀になって新たに生まれた視点ではないということだ。進化と生態を結ぶという考え方は、今を去る半世紀前、1960年から70年代にかけて大きく花開いた個体群動態研究に見ることができる。野外において適応形質が個体群動態に果たす役割についての先駆的な試みとして、(5万匹の個体識別マーキング調査に基づく)植食性テントウムシの実証研究を振り返り、生態進化ダイナミクスの観点から再考したい。

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