京都大学 生態学研究センター

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第271回 2015年11月20日(金)14:00~17:00

修士課程2回生 平野友幹

今回の生態研セミナーでは横浜国立大学大学院環境情報研究室の辰巳晋一さんと生態学研究センターの岩崎貴也さんにご講演頂いた。

辰巳さんは群集集合則と局所群集と生態系機能についてお話いただいたあとに局所群集を決める要因として系統情報について触れられた。この系統情報を用いた群集生態学の研究は近年盛んに行われており、草本群集などを用いた実証研究では系統的多様性が増加すると一次生産量や安定性が増加することが分かっている。従来まで系統的多様性が低い局所群集は環境要因によるものであるが、系統的多様性が高い局所群集では系統的に近い種間で競争が起こった結果であると解釈されてきた。しかしながら、演者はこれらの考えは安定状態を前提としているため、実際の野外で観察される群集は安定的な状態ではなく過渡期であるため、この解析では問題があると提言した。そこで、数理モデルに遷移の時間軸を導入した解析を行ってみると、過渡期で系統的多様性が高くなり安定期で低くなることが明らかになった。そして実際に落葉分解菌を用いて菌類の多様性を見てみると、系統的多様性が過渡期で高くなり、安定期で低くなることが示された。これは分解の初期では糖など多くの系統で容易に利用できる物質が分解されるが、分解の後期ではリグニンなどの一部の系統しか分解できない物質しか残らないためだと推測される。また、時間が最も説明力の高いパラメータであることも確認され、安定期であるか過渡期であるかを区別することの重要性が示された。

岩崎さんは日本を舞台にした系統地理学的研究についてお話いただいた。これまでの系統地理研究では、それぞれの研究が一種のみを対象として遺伝構造を解析し議論していたが、演者はこれらの研究から得られた複数の種の遺伝的分化をモデル化して同時に扱う手法を開発した。この解析からある一つの地域における一般性の高い分布変遷史の解明が期待される。実際に日本の温帯林に生育する樹木計8種について解析を行うことで、複数の種で遺伝的なまとまりが共有されている地域集団が複数見つかった。これらの地域集団は氷河期におけるレフュージアであると予想され、生態ニッチモデリングを用いると、一部の地域集団を除いて過去の分布適地と一致した。この研究から、日本の温帯林を形成するために重要な集団の進化的単位が明らかになったが、これらの集団がどのような歴史のもとに形成されたのかは分かっていない。集団間の系統樹はその遺伝的分化が小さいために少数の分子マーカーを用いた分子系統樹では再現できないことがこれまで指摘されていたが、演者はゲノム全体を読む分子的手法用いて集団動態モデルを解析する新しい手法を開発した。それは、集団間の系統樹のモデルを人為的に作成した後に分岐年代や集団サイズなどのパラメータを設定し、モデル上で集団動態を動かしてみて実際のデータに合致する確率が高いモデルが尤もらしいモデルといえるというものである。実際に演者はこの解析を林床性草本であり、二倍体と四倍体が混在するミスミソウとコンロンソウについて行っている。ミスミソウは北陸の二倍体の集団で花色の多型があるため、北陸集団から各地の集団に分化することが予想されたが、その予想とは違い、関西で四倍体集団が形成された後に、関東や北陸、東北の集団が形成されたことが分かった。また、コンロンソウではロシア集団と韓国集団に分化した後にロシア集団から北海道各地、本州各地に分化し、さらに本州の一部と韓国の集団が混ざることで九州四国集団が形成したことが分かった。この研究の大きな意義は分布変遷の歴史を統計的に推定検証が可能になったことであるが、その集団系統樹を人為的に作成しないといけないことから、作成しなかった系統樹に関しては解析がされないという問題点がある。しかし、集団動態を明らかにするモデルが開発されたことの意義は大きく、全ての植物区における現在の分布形成の歴史を解明することも可能になるだろう。

第270回 2015年10月16日(金)14:00~17:00

修士課程1年 蔡 吉(サイキチ)

今回の生態研セミナーでは、総合研究大学院大学先導科学研究科の大槻久氏と京都大学大学院農学研究科の土畑重人氏にご講演頂きました。

大槻久氏は数理生物学の専門家で、「非協力者排除の進化メカニズム:類似性と評判の効果」というタイトルで、ご自身の研究を話されました。前半の発表は、集団からの非協力者の排除メカニズムに関するお話しです。大槻氏はシュードモナス属の細菌やハリナシバチの例を挙げて、自然界に広く存在する非協力者の現象を話しました。細菌のマット状の集合体や社会性昆虫のコロニーは個体間の協力行動によって維持されているが、働かない非協力者が時々出現します。非協力者は何もせずに利益を得ているので、その存在はコロニー全体の適応度を下げることになります。それ故に、協力を維持するために、非協力者の排除をしなければなりません。協力の維持の仮説は3つ通りありますが、今回論議されたのは血縁認識です。ハミルトンの法則(rb>c)によると、利他行動は血縁者の間で行われると予想されます。血縁度は協力行動の遺伝子座によるが、遺伝子座は普通分からないので、実際には何らかの表現型など間接的な手がかり(cue)によって協力するかどうかを決めることになります。大槻氏はそのようなシステムに注目し、理論モデルを作って利他行動の進化条件を調べました。その結果、b/cが一定以上になると協力が進化することが分かりました。特に、cueの値が変化しやすいほどが協力が成立しやすくなります。後半の発表は、人間社会の間接互恵性の進化に関する話題で、大槻氏は社会的評判が判断材料となる場合の協力行動の成立条件に関する数理モデルについて話されました。どんな相手に対して、どんな行動を取るのか(do good or not do)など、すべての行動パターンを考えて、膨大な計算をしました。その結果、どの戦略がどの条件下でESSになるのかがはっきり分かりました。また、非協力者(DDDD)が常にESSになるという結果も得られました。

次の発表者である土畑重人氏は進化生態学の専門家で、アリなどの社会性昆虫を中心に研究を行っています。前半の発表では、土畑氏は社会性昆虫の協力行動についてお話しされました。協力行動は個体にコストを生じるので進化的に失われやすいと思われるが、それでも保たれている原因について、土畑氏はアミメアリに対する研究を通じて解明しました。アミメアリコロニーの中では、女王が存在せず、すべての個体が繁殖能力を持っています。その中には、産卵のみを行う働かない女王型が存在します。女王型は生存率が高く沢山の子孫を残せるが、女王型が多くなると逆にコロニーの生存率は低くなります。そのため、女王になるかワーカーになるかは、集団的にコントロールされていると考えられました。ただ、女王になるかワーカーになるかについては個体側にもある程度の選択権があり、例えばニホンミツバチでは過剰な女王が生じます。しかし、アミメアリの場合、幼虫の行動はワーカーによって制御されていて、結果的に女王が一定の数に維持されました。後半の発表は種間の遺伝共分散が駆動する種間関係の進化に関する話です。個体は自身の表現型のみならず、他個体の表現型によって自身の適応度が変わります。その場合、自分の形質と相手の形質との共分散が重要になります。血縁選択や性選択では同種内の遺伝共分散が重要な意味を持ちますが、相利関係やミュラー擬態といった種間関係の進化でも形質の共分散が大きな役割を果たします。ここで一つの例として挙げられたのはミュラー擬態です。例えば種Aが自分の危険性を捕食者に警告するために、鮮やかな色彩と模様(警告色)を持つ。捕食者が種Aの毒性を知り、種Aを捕食しない。同時に、全く別種のBが存在し、種Bが種Aと同じような色や模様を形成します。これにより、種Bが毒性物質を作らなくても、捕食者から逃れるようになります。このような擬態関係では、捕食者が媒介者となって、自分の適応度が他種に影響されます。他の研究事例も加え、最後に「遺伝共分散は進化を加速する」という結論が得られました。 今回のセミナーでは進化学及び理論生態学の発表が中心となっているので、少し分かり難かったです。でも、レポートを作成する際は他の資料を参考し、他分野の知識を得る機会ができて、すごく勉強になりました。

第265回 2015年4月17日(金)14:00~17:00

修士課程1年 蔡 吉(サイキチ)

今回の生態研セミナーでは、国立環境研究所の大橋春香氏と総合地球環境学研究所の菊地直樹氏にご講演頂きました。

大橋春香氏は「統合的な野生動物管理にむけた社会科学と生態学の融合的アプローチ:イノシシ問題を事例に」というタイトルで、人間社会と野生動物の間に起こるさまざまな問題を話されました。近年、里地里山において野生動物による農林業被害が深刻化しています。特にイノシシによる農業被害が大きく、年間の被害金額が56億円にも達しています。従来の対策は、おもに国や県からの指針に基づくトップダウンの計画により行われてきました。しかし、ハンターの高齢化などの問題により、捕獲者が減少していて、捕獲量が減っています。また、イノシシの自然増加率がかなり高く、増加数が捕獲数を上回る傾向が見られています。

これらの課題を解決するには、市町村や集落レベルでのボトムアップ型のアプローチも同時に行い、国や都道府県との連携を行うことによって、現場を踏まえた制度設計を目指す必要があると大橋春香氏は述べました。まず、大橋春香氏はイノシシの生息地を調査しました。イノシシの跡(糞、掘り起し、巣など)を追跡し、衣食住に関する好みを調べることで、イノシシの主な生息地が放棄雑木林、放棄竹林、耕作放棄地であることが分かりました。これらの土地は人の管理が少なく、食糧や肥料や資材も利用されなくなり、イノシシにとって住みやすい環境になってしまいました。その結果、イノシシの数が急増したのです。また、大橋春香氏は自動撮影カメラを使って、一年間の間にイノシシの活動時間を調べました。従来、イノシシは夜行動物と思われていましたが、大橋春香氏の調査によると、イノシシの活動パターンはかなり柔軟らしいのです。集落から200m以内に生息しているイノシシは人の活動時間を避けて活動します。イノシシは集落のまわりにある餌(農作物、野菜)を好みますが、集落にいる人間は嫌います。そこで、イノシシは人間のいない隙に忍び込み、採餌などをします。大橋春香氏は現場で調査をして、イノシシの生態と地域の状況を理解し、獣害に対する様々な対策手法を考えました。その上で、大橋春香氏は以下の対策手法を組み合わせて、獣害に総合的に対処する重要性を強調されました: 1)動物をへらす:捕獲する、2)動物を増やさない:餌をしない(網、ネット、電気柵などを使って、放棄地への侵入を阻止する)、3)動物を誘き寄せない:人間活動を増加する。

次に、菊地直樹氏は「コウノトリの野生復帰を軸にした包括的再生」というタイトルで、コウノトリの生態および野生復帰の試みを紹介しました。コウノトリは東アジアを中心に分布する大型水鳥です。また、コウノトリは人間との生活圏と重なることが多いので、人の生活と深く関わっています。しかし、明治期の乱獲および農薬の影響で、コウノトリの数は激減し、野生のコウノトリが絶滅に瀕しました。昭和期に入ると、兵庫県や豊岡市などによるコウノトリの保護増殖の活動が展開されました。コウノトリを保護するために、動物園にいる個体を人工飼育で増やし、野生馴化訓練することも進めました。十数年の研究および地元の人の努力によって、コウノトリの野生復帰を軸にした自然再生が軌道に乗り始めたようです。その中で、「コウノトリの地域資源化」という考え方が紹介されました。コウノトリがいる風景は一つの観光資源として、地元の経済を刺激します。また、「コウノトリ育む農法」が進んでいることも紹介されました。コウノトリ育む農法とは、コウノトリの餌場となる水田を増やすことで、人と自然が共生する豊かな環境を目指した自然農法です。この農法による収益は農薬を使う農法とあんまり変わらないので、農家の協力を得られます。

最後に、菊地直樹氏は「レジデント型研究者」について話されました。レジデント型研究者とは、地域に定住する研究者・専門家であると同時に、一人の市民・生活者でもあるという二面性を持つ人のことです。「二つの立場に立っているからこそ、見えることがあります。地域環境問題の解決には、レジデント型研究者の存在が重要です」と菊地直樹氏は述べました。

今回のセミナーは「生態系と社会」というテーマで、以上のお二方からご講演をいただきました。大橋春香氏と菊地直樹氏の研究は、私たちが普段行っている生態学の基礎的な研究と違って、生態系だけではなく、生態系と人間・社会との関係のあり方までが研究対象になっていますので、斬新さと面白さが感じられます。これから、生態系と人間社会のかかわりを意識しながら、自分の研究を進めるのも良いかもしれません。

修士課程1年 山岸栄大

4月17日の生態研セミナーでは、国立環境研究所の大橋春香さんと総合地球環境学研究所の菊地直樹さんにご講演いただいた。生態系と人間活動という共通テーマのもと、大橋さんは「統合的な野生動物管理にむけた社会科学と生態学の融合的アプローチ:イノシシ問題を事例に」、菊地直樹さんは「コウノトリの野生復帰を軸にした包括的再生」というタイトルで、それぞれお話しされた。

大橋さんはまず、エネルギー革命によってたきぎの需要が減少して里山が荒廃したこと、過疎や高齢化に伴い耕作放棄地が増加したこと、野生動物の狩猟をおこなう人口が減少したことなどがイノシシによる害獣増加の大きな原因になっていることについて触れ、野生動物に畑を荒らされることによる営農意欲の低下が耕作放棄地の更なる増加に繋がるという悪循環についても言及された。続いて定点カメラを利用したイノシシの生態的な調査の結果から、彼らの生活時間・空間が思いのほか柔軟なものであることを示された。イノシシは人間の狩猟期や人間の集落付近ではおもに夜間に活動する。一方で、非狩猟期や集落から離れた人間との接触頻度が低い場所ほど夜行性の傾向が弱まるようである。こうしたデータはイノシシが人間を避けて活動していることを強く示唆しており、駆除による個体数抑制や策による侵入の阻止などとともに、集落における人間活動の活性化が被害減少の鍵であると大橋さんは主張された。ほかにも社会科学と生態学の融合という視点から、ともすれば獣害という視点だけから捉えられるイノシシへの対策をある種の地域活性化のイベントにしてしまう取り組みについてもご紹介いただいた。中でも興味深かったのは、対策の対象となる野生動物の生態について、村に住む方々にお話しする場を定期的に設けていたことである。野生動物の存在によって直接的に被害を受け、また対策の主体となる方々にこうした情報を還元することは非常に重要なことだと私は思う。従来の国や県が主導するトップダウン型の方策に比べ、集落の現場の実情に基づいた柔軟かつ迅速な対策が可能になると予想されるからである。

菊池さんのご講演のテーマは野生絶滅種であるコウノトリの野生復帰であった。菊池さんはまず、農薬の過剰な散布などといった人間活動をコウノトリ絶滅の主要因として挙げ、昭和期から展開されてきた保護活動の概要を紹介された。さらにここ数年の取り組みとして、野生復帰を中心に据えつつコウノトリを文化的・観光資源的に価値のあるものとして捉えなおす「包括的再生」という考え方を提示された。その際、観光資源という一元的な見方では必ずしも収益が見合わないという事実が私には非常に印象的で、ただでさえ技術的に困難であろう絶滅種の再生・維持という問題が、思っていた以上に複雑であることを感じた。同時に、こうした問題へ現実的に取り組むにあたり、私が普段触れている基礎的な生態学研究がどのように役立ちうるのかを考える機会となった。菊池さんはさらに、コウノトリの野生再生プロジェクにご自身が関わってきた経緯を踏まえ、研究者が対象とする地域住民としても当事者的な立場を有する、「レジデント型研究」についても紹介された。一人の人間が実際に複数の当事者性を行き来することの必要性を十分に理解することは私にとって難しいことであったが、地域住民にとって多元的な価値を持つコウノトリを再生するためには様々な人の立場に立って考える必要があるのだと思う。

お二人のご講演は「害獣対策」と「野生絶滅種の再生」という、ある意味では対照的なテーマのもとになされたが、ともに野生生物への人間の働きかけの現場に関する研究であった。基礎的な生態学ではこうした視点は重視されないが、生態学の研究が実際に意味を持つためには人間社会と野生生物の関わり方に関する深い理解が必要になるだろう。人間社会が野生生物とうまく付き合っていくためにも、地域住民による野生生物の生態の理解と基礎研究を社会にどう役立てるかという視点が重要になるはずだ。