京都大学 生態学研究センター

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第282回 2016年12月16日(金)14:00~17:00

杉浦 綾(農研機構 北海道農業研究センター)
UAVからのフィールドモニタリング
Field monitoring using an unmanned aerial vehicle

栽培研究や育種選抜過程で行われる圃場作物の形質評価あるいは生長計測は、手作業や目視評価によって行われるものがほとんどであり、多大な時間と労力を要し、一部は主観によるものになる。そのため、試験規模によっては、得られるデータ数は大きく制限され、生育期間を通して作物状態を把握するに十分なものが得られない。このような問題を解決する手段として小型無人航空機(UAV)による圃場空撮を行い、生育情報を客観的なデータとして効率的に収集できるハイスループットフェノタイピングの開発を行った。大規模圃場を対象として、画像による生長動態の把握や病害の自動検出、形状の3次元再構成技術など、これまでに行ったフェノタイピングの事例を紹介する。

田野井 慶太朗(東京大学大学院農学生命科学研究科)
放射性同位元素を用いた植物におけるイオン等の分布変化の可視化
Visualization of the ion movement in a plant using radio tracer

植物の成長を観察する際、植物体内のモノが透けて見られたらよいのに、、、そんな望みに少し近づける技術を2種類紹介します。ともに、放射性物質を用いた可視化技術です。 1つめは、物質動態のライブイメージングです。この技術は、根や葉から吸収された物質の動きを非破壊で連続的に可視化します。セミナーでは現在可能な限りの元素について動画とともに紹介したいと思います(Sugita et al. Plant Cell Physiol 2016, 57, 743-753)。 2つめは、切片イメージングです。細かい分布を見たい場合、組織切片を作成して顕微鏡観察することがあると思います。ここでは、水に溶けている物質において切片イメージングするために、すべての工程を凍結下で行うことにしました。凍結切片に対し「ミクロオートラジオグラフィ」と呼ばれる古くからある手法を適用することで、放射性物質の可視化の解像度の精密化をはかりました(Hirose et al. Plant Cell Physiol 2014, 55, 1194-1202)。 これらに加えて、現在計画中のイメージング手法についても情報共有したいと考えています。どのような手法がどのように活用できるか、議論を深められれば幸甚です。

スペシャル 2016年12月13日(火)15:00~

Daniel Epron (Forest Ecophysiology, University of Lorraine)
The fate of carbon in trees: Transfer rates and residence times

Pulse-labelling of trees with stable carbon isotope (13C) offers the opportunity to trace the fate of carbon into the tree and its release to the soil and the atmosphere. Based on several studies we have conducted so far on oak, beech, pine, eucalypt and rubber trees, I will present our current knowledge on residence times in several tree and forest compartments, and our understanding of the rate of C transfer belowground (species differences, environmental drivers, seasonality). I will further introduce my research plan in Japan related to phloem conductance and transport capacity at tree and stand level.

第281回 2016年11月11日(金)14:00~17:00

花田 智(首都大学東京大学院理工学研究科)
酸素非発生型光合成 ─光合成の起源と進化─
Anoxygenic photosynthesis -Origin of photosynthesis and its evolutionary pathway-

酸素非発生型光合成とは、その名の通り、酸素発生を伴わない光合成のことである。酸素発生型光合成がシアノバクテリアにしか認められないのに対し、この酸素非発生型光合成はバクテリアの中に広く見られ、系統的に離れた6つの系統群に散在している。また、シアノバクテリアではふたつの光化学系(光化学系IとII)が光合成に関与していることが明らかとなっているが、酸素非発生型光合成を行うバクテリアでは一方の光化学系しか持たないことが分かっている。ゲノム配列に基づく系統解析からも、酸素非発生型光合成は酸素発生型光合成より古い起源を持っていることが示されている。しかし、光合成の起源やその進化過程に関しては未だ議論の渦中にあり、明確な結論は出ていない。本セミナーでは、酸素非発生型光合成の生理学的多様性を詳しく説明するとともに、未だ謎多き光合成の起源や進化過程について論じ、更に30億年前の古地球の生態系の絵姿を夢想してみたいと考えている。

吉田天士(京都大学大学院農学研究科)
ウイルスメタゲノム解析は水圏生態学に何をもたらすのか
What does viral metagenomics provide for future marine ecology?

海洋に高密度に浮遊するウイルスは微生物への感染・溶菌を通じて、海洋物質循環に深く関与し、微生物多様性にも大きく影響を及ぼす。しかしながら、ウイルスには共通遺伝子がない、宿主由来遺伝子との区別が困難な機能遺伝子がある、遺伝子の多くが登録配列にない、ことがウイルス生態学のボトルネックとなってきた。このような中、海洋ウイルスメタゲノム(ビローム)から、多数の完全長ウイルスゲノムを構築することに成功した。例えば古細菌ポリメラーゼを含むゲノムや鉄硫黄クラスター合成遺伝子を含むゲノムといった新たなウイルスゲノムを含む。また、リードをこれらゲノムにリクルートすることにより、海洋に優占するウイルスの定量的動態解析および転写動態解析が可能となりつつある。解読技術の発展に端を発するウイルスゲノミクスは、これらの障壁を取り払い、海洋生態学に何をもたらすのだろうか。本公演で議論を深めたい。

第280回 2016年10月21日(金)14:00~17:00

日本典秀(農研機構中央農業研究センター)
害虫防除技術確立のためのDNAマーカーを用いた天敵評価
Evaluation of biological control agents by using DNA markers

近年、微小農業害虫は次々と薬剤抵抗性が発達しており、従来の化学農薬による防除が困難になってきている。また、化学農薬による環境汚染や、散布労働者への安全面の問題もある。そこで、生物的防除資材(天敵)による防除が広がってきているが、安定性やコストの面から、十分に普及しているとは言えない。そこで、DNAマーカーを用いて天敵を評価することで、技術確立を効果的に行えないか、検討が進められている。本講演では、私がこれまで扱ってきたヒメハナカメムシ類やカブリダニ類を主な材料に、種の識別、移動分散や捕食ー被食関係の解明について紹介するとともに、天敵利用による害虫防除について考察したい。

杉山暁史(京都大学生存圏研究所)
根から分泌される植物代謝物の根圏生態系での機能
Function of root-secreted metabolites in rhizosphere

根の近傍の土壌である「根圏」には多様な微生物が存在する。根圏微生物はコンソーシアムを形成し、植物の生育と密接な関係を有すると考えられている。植物が根圏微生物へ与える影響として、細胞壁成分や根細胞の離脱の他、ムシゲルや植物特化代謝物(二次代謝産物)の分泌が挙げられる。私たちは植物の根から分泌される植物代謝物に着目して、根圏生態系における動態と機能の解明を目指している。セミナーでは、ダイズの根から分泌されるイソフラボンの圃場環境下での機能に関する研究と、コーヒーノキ根から分泌されるカフェインについての研究を紹介し、根圏生態系での植物代謝物の機能について議論したい。

第279回 2016年9月16日(金)14:00~17:00

伊勢武史(京都大フィールド科学教育研究センター)
人と自然の関係を解明する-多面的なアプローチ
Clarifying the relationship between people and nature: interdisciplinary approaches

人と自然のかかわり方は多面的だ。人はさまざまな自然からの恩恵を受け、また自然環境に適応する仕方で暮らしてきた。その一方で人は自然に大きな影響を与えてきた。この、人と自然の双方向のかかわり合いの一端を理解するための、2つの研究プロジェクトを紹介する。 ひとつは、環境変動下における森林生態系の変動の将来予測である。気候などの環境条件と森林生態系は複雑な相互作用を持っている。本プロジェクトでは、コンピュータシミュレーションとデータ同化技術によって将来予測の高精度化を試みている。データ同化技術は既存の生態学的データを将来予測に用いるための枠組みであり、これの実用化により、これまで蓄積されてきた大量のデータを、客観的・総合的に利用することが可能になる。 もうひとつは、人が本質的に持つ自然への「気持ち」を進化心理学の視点から解明する試みである。近年発展の著しいウェアラブルデバイスを用いた先進的な研究を紹介する。

桜井 良(立命館大学政策科学部)
社会科学的アプローチから考える生物多様性保全と地域再生の可能性
Potentials for achieving biological conservation and community development based on findings of social science research

本発表では、横浜市における地域緑化推進事業のモデル地区で実施した社会科学的アプローチからの研究の成果を報告する。住民が主体となったボトムアップによる自然環境の保全が、地域における自然の保全や再生を持続的かつ効果的なものにするために有効とされ、住民参加型の住環境の緑化などの取り組みが全国で行われている。しかし、多くの取り組みは、住民の地域への愛着、コミュニティに対する意識、緑化活動への参加意欲など社会的側面が評価されることがなく進められている。本研究では、住民への質問紙調査や、モデル地区の「花と緑の会」の理事への聞き取り調査をもとに、生物多様性の保全・創出と地域再生・活性化を両立させるための方策について考察した。一連の研究の結果は、3つの論文にまとめられており、本発表ではそれぞれの論文の内容を順番に説明する形式で議論を進めたい。具体的には、1.様々な緑化活動に対する住民の参加意図に影響を与える要因の分析(Biological Conservation誌掲載)、2.コミュニティへの愛着と緑化意欲との関連性の分析(環境科学誌掲載)、3.「花と緑の会」の住民理事と大学理事(研究者)との緑化活動に対する意識の相違の分析(人間と環境誌掲載)について報告する。

第278回 2016年7月15日(金)14:00~17:00

中井亮佑(国立遺伝学研究所 系統生物研究センター)
辺境に生きる微生物たち
Fascinating microorganisms in extreme environments

私は極限環境生物の生き様、またその適応と進化に関心を持ち、北極や南極、砂漠など地球の辺境に生きる微生物を調べてきた。また現在は、生物サイズの極限としての超微小バクテリアの探索も行っている。具体的には、「ろ過」除菌に用いられる孔径0.2マイクロメートルのフィルターを用いて環境試料をろ過し、そのろ液から極微小生物を探索している。その結果として、河川水のろ液から終生を極小サイズ(大腸菌の細胞体積の約40分の1)で過ごす細菌を分離した。分子系統解析の結果によると、この細菌は世界各地の淡水環境に広く分布するLuna2 系統であることがわかった。また一方、サハラ砂漠産砂れきの懸濁ろ液からは、培養後の細胞サイズが10マイクロメートル以上にまで大きくなる糸状細菌を分離した。この細菌は、顕微鏡下でらせん状や小さな球状の細胞も観察され、生活史の一時期でその形態が変化する。多様な細胞形態を持つこの細菌は系統学的な新規性が高く、プロテオバクテリア門の新綱分類群を代表する新種として報告した。このように、普通の細菌より小さいがウイルスよりは大きい「生物と非生物の間」に生きる微生物が存在する。本セミナーでは、演者らが分離した超微小バクテリアの系統的多様性やゲノム構造について報告するとともに、南極大陸での野外調査の様子なども紹介したい。

リュウ キン Xin Liu(滋賀県立大学環境科学部)
淡水産カイアシ類Eodiaptomus japonicusの異なる温度・餌環境に対する生理的応答;琵琶湖における人為的影響に対する評価
Physiological responses of a freshwater copepod Eodiaptomus japonicus on different temperature and food conditions, evaluating anthropogenic impacts in Lake Biwa

人為的活動による地球温暖化や富栄養化が、水圏生態系における一次生産や食物網にどのような影響を与えるのか注目されている。カイアシ類は湖沼生態系における一次消費者であり、水圏食物網の要であることから、これへの環境変動の影響を評価することは重要である。Eodiaptomus japonicusは、琵琶湖の動物プランクトンにおいて周年優占するカイアシ類であり、琵琶湖生態系における鍵種である。本研究では、これの生活史特性に与える水温と餌濃度の影響を明らかにした。これにより、富栄養化と地球温暖化が本種の個体群動態と生産に与える潜在的な影響を評価した。結果は、温暖適応した本種の成長や再生産が、水温および餌環境に強く影響を受けることを示し、餌不足影響が水温依存であることを示すことができた。特に、餌不足環境では高温において成長効率が低下することを明らかにしたが、これは高温条件下での代謝コストの増大が原因であった。これら実験結果を用い、琵琶湖における本種個体群の長期変動解析を行ったところ、琵琶湖における本種の生産は、21世紀末までには栄養環境が変わらなければ温暖化によって促進されるが、温暖化による一次生産の減少を仮定すると、抑制される可能性が示唆された。

第277回 2016年6月17日(金)14:00~17:00

山村則男(同志社大学文化情報学研究科)
トキと里山の自然再生
Toki and Ecological Restoration of SATOYAMA

日本のトキは1981年に野生絶滅しており、現在、新潟県佐渡島に野外で生息しているトキは中国から贈呈・供与された5個体を繁殖・放鳥して野生下に再導入したものであり、2016年3月27日の個体数は149である。この佐渡個体群について、永田・山岸 (2011) は中国の個体群パラメータ (Ding 2004) を用いて存続可能性分析を行った。佐渡島では2012年から4年間連続して野生繁殖が成功したので,これらのパラメータを用いて新たに分析を行った。佐渡には「トキと暮らす郷づくり」認証米基準があり、減農薬と生き物を育む農法を採用した米を認証し付加価値を与えている。その結果トキの採食環境が改善されたと考えられ、成鳥および幼鳥の生存率が中国のパラメータ値よりも改善されている。しかし、繁殖成功率が中国のパラメータ値よりもかなり低いので、放鳥をやめると減少して絶滅に至ることがわかった。シミュレーションには、決定論的モデル、および、誕生・死亡確率過程モデルを用いた。確率モデルでは、雌雄および1歳の若鶏と2歳以上の成鳥を区別した。さらに、巣場所の制限を考慮して繁殖ペア数の上限を導入した。確率変動は (1)人口学的変動と (2)ヒナの巣立ち率の年次変動を考慮し、100年後の絶滅確率を1000回のシミュレーションによって求めた。放鳥をやめても存続する自立個体群を確立するためには、今後、繁殖成功率を高めるとともに少なくとも80以上の繁殖ペアを確保できる環境条件の維持が必要である。

吉山浩平(滋賀県立大学環境科学部)
光と栄養塩を巡る植物プランクトン資源競争理論
Phytoplankton competition for nutrients and light in a water column

水域生態系において植物プランクトンは,上方から透過する光と下方より拡散する栄養塩を巡り資源競争をおこなっている.その競争の場となる水塊は,不均一な乱流により鉛直的に混合され,資源と植物プランクトンの分布に影響を及ぼす.今回のセミナーでは,鉛直一次元空間における植物プランクトンの光-栄養塩競争理論について論じる.最初に対照的な物理条件下における二つの解析方法,完全混合条件下におけるIout-R*理論および不完全混合条件下におけるゲーム理論アプローチを紹介する.次に,夏季において一般的に湖沼や海洋で見られる成層条件下における植物プランクトンの光-栄養塩競争について,上記二つの方法を組み合わせることにより解析する.光と栄養塩の利用に関してトレードオフの関係にある2種間の競争の場合,5通りの共存パターンが得られ,光競争に有利な種は,明確に区別される二つのニッチを示すことが明らかになった.一つは,中栄養状態の水塊における競争相手種の下方,もう一つは富栄養状態の水塊表層である.また,数種類の双安定定常状態が得られた.3種間の競争では,トレードオフの形に依存して,競争の結果が大きく異なることが示された.本研究により,鉛直空間における植物プランクトンのニッチ形成は,水塊の物理条件により大きく影響されることが明らかとなった.

第276回 2016年5月27日(金)14:00~17:00

Shixiao Luo(South China Botanical Garden)
The diversity and evolution of pollinaiton systems in the early-diverging flowering plant family Schisandraceae

The early-diverging flowering plant family Schisandraceae (Illicium, 40 species; Kadsura, 16 species; and Schisandra, 22 species) holds great potential for understanding the origin of traits that are characteristic of more derived evolutionary lineages. Schisandra and Kadsura species bear separate staminate and pistillate flowers. Illicium was historically segregated in the Illiciaceae, and bears bisexual flowers, but is now known to be unambiguously sister to the Schisandra-Kadsura clade. We try to use an integration of pollination biology, molecular phylogeny, and character-evolution inferring methods to analyze coevolutionary/pollinator shift relationships between Schisandraceae plants and their pollinators. Our field work finds that, in Asia, gall midges are effective and exclusive pollinators for Kadsura, Schisandra and Illicium subgen. Cymbostemon. Trees of subgen. Cymbostemon bear red bisexual flowers which are pollinated by gall midges, but intriguingly exhibit post-anthetic floral thermogenesis as a pollinator reward; this suggests that floral heating—possibly an ancestral trait in the family—has been co-opted for post-anthetic nurturing of gall midge larvae. Species of subgen. Illicium often bear white flowers and were pollinated beetles. Previous studies have revealed that three species in Schisandra and Kadsura are also pollinated by pollen-eating gall midges (Cecidomyiidae), with pistillate flowers offering no pollen reward (deceit pollination). In this presentation, I will show a highly diversified species-specific pollination mutualism between the basal angiosperm family, Schisandraceae, and a resin gall midge genus, Resselillea. In this association, each host species is pollinated the females of one (or rarely two) resin midge species who lay eggs in the flower (male and female or bisexual), and the larvae feed on the post-anthetic secretion of flower for growth. These results also suggest that the diversification of insect-pollinator mutualism in early angiosperms may have been facilitated by the exploitation of preexisting sensory biases of herbivores.

遠山弘法(九州大学大学院理学研究院)
植物群集の多様性を決定する要因
The factors determining the diversity of a plant community

局所的な群集の種組成は、環境によるフィルタリングと種間の競争排他のバランスで決定される。環境フィルタリングは、生育環境に有利な形質を共有する種間の共存をもたらし、競争排他は資源をめぐる競争によって近縁種を群集から除くはたらきを持つ。近年、群集組成に種の系統情報を加えて解析し、生態的プロセス(環境フィルタリング、競争排他)と進化的プロセス(種分化、絶滅)がどのように交互作用し、群集内、群集間の種の分布を決めているのかを明らかにする研究が行われてきている。本講演では、この系統的群集構造解析という手法を用いて、局所的な植物群集の種組成における環境フィルタリングと種間の競争排他の相対的な重要性を評価した3つの研究事例について紹介する。また、現在我々が取り組んでいる、東南アジア熱帯林の多様性評価に関する話題(調査の様子、種同定、新種記載など)についても触れたいと思っている。

参加レポート

第275回 2016年4月15日(金)14:00~17:00

向井裕美(森林総合研究所)
基質振動が一斉孵化を促進する:亜社会性ツチカメムシ類における親と胚の相互作用
Vibrational signals for synchronous hatching: Parent-embryo interaction in the subsocial burrower bugs

卵生生物の胚は,卵殻という閉鎖的な環境で発生を進め孵化を待つ.卵殻は,外環境の様々なリスクから胚を保護すると同時に,情報受容の困難さや可動域の制限など様々な制約を胚に与える.このような胚の制約的状況を打開するために,親が子を育てる種においては,親への強い依存とそれに伴う相互作用が生じることが予想されるが,その詳細を明らかにした研究は極めて少ない.雌親が卵保護や給餌などの保育を行う亜社会性ツチカメムシ類では,塊状にまとめられた数十を超える卵のほぼ全てが一斉に孵化する.我々は,フタボシツチカメムシとその近縁種において,ある特定の期間に雌親が与える基質振動が胚の一斉孵化を促進することを明らかにした.本講演では,カメムシの振動受容システムについても紹介しながら,親と胚の特異なコミュニケーション系の進化背景について考察したい.

鈴木俊貴(京都大学生態学研究センター)
鳥たちに言語はあるか?
Do birds have their own language?

耳を澄ませばどんな場所でも必ずと言っていいほど聞こえる音。それは鳥の鳴き声だ。都市にも山にも農村にも,鳥たちはとてもありふれていて,季節を問わず鳴き声を交わし合う。しかし,こんなに身近な鳥たちの鳴き声が,どのような意味を持ち,彼らの生存や繁殖においてどのように役立っているのか,長いあいだ謎に包まれていた。 私は,シジュウカラ科鳥類(カラ類)を対象に,鳴き声のもつ意味や情報伝達の適応的意義を研究してきた。本セミナーでは,カラ類の警戒声にみられる音響構造の特異性や文法規則に着目し,それらが情報伝達にどのようにかかわり,発信者および受信者にどのような適応度上の利益をもたらすのか,最新の研究成果を含めて紹介したい。また,行動生態学,比較認知科学,言語学の融合的なアプローチが動物のコミュニケーション研究にどのような進展をもたらしうるか,その可能性についても議論したい。

第274回 2016年2月26日(金)15:00~18:00

齋藤 茂(岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)・バイオセンシング研究領域・細胞生理研究部門)
脊椎動物における温度感知機構の進化
Evolution of thermosensory system in vertebrates

温度感覚は環境温度の変動に応答し、生体の恒常性を維持するために欠かせない生理機構であり、動物が多様な環境に適応する際にも重要な役割を担ってきたと考えられる。温度感覚の分子機構は哺乳類を中心として解析が進み、温度センサー分子として温度感受性TRPチャネルと呼ばれる一群のイオンチャネルが同定されてきた。これらのチャネルは温度や化学物質などの多様な刺激により活性化されるマルチモーダルなセンサー分子として機能している。我々は、痛みとして感知される温度(高温、低温)および刺激性化学物質のセンサー分子として働くTRPチャネルを遠縁な脊椎動物種間で比較してきた。また、異なる温度環境に適応したツメガエル種間の比較解析も行い、温度センサー機能の進化的変化が行動レベルの種間差を生み出してきたことも明らかにしてきた。本セミナーでは温度感受性TRPチャネルの進化的変化が感覚刺激に対する行動の種間差にどの様に寄与してきたのか、また、それらの機能変化を生み出した分子基盤に関する最新の知見を紹介する。

阿形清和(京都大学大学院理学研究科)
再生現象に学ぶ細胞社会の生態学
Investigating cellular systems underlying multicellular organisms by regeneration study

われわれ生物物理学教室の岡田節人門下生たちは、個体を<細胞の社会>として捉える訓練を受け研究を展開してきた。特に、私の場合は、<細胞の社会>の一部が破壊された時に、どのようにして元の状態を再生するのか—という<再生の研究>を一貫して行ってきた。生態センターの方にわかりやすく説明するとすれば、生態系の仕組みを理解するのに、生態系が破壊された時にどのようにして復元されるかを調べることで、生態系が成り立っている仕組みを理解しようというイメージである。ここでは、プラナリアやイモリといった脳や手足を再生できる生き物を使った研究によって、初めて明らかにされた多細胞生物の体ができる仕組みについて解説したい。また、再生できる生き物と再生できない生き物との違いは何なのかを明らかにすることで(生態系を再生できる場合とできない場合の違いを明らかにしたイメージ)、再生できない生き物を再生できるようにした成果(今まで復元できないといわれてきた生態系を再生させることに成功したイメージ)についても報告する。

第273回 2016年1月15日(金)15:00~18:00

今野浩太郎(国立研究開発法人 農業生物資源研究所 昆虫科学研究領域)
植物の被植防衛をスペシャリスト植食者が打破して食べているのになぜ地上 生態系は緑で植物だらけなのか?:
植食動物・肉食動物の具体的なバイオマス を予測する食物網新数理モデルが示す現実
Why are the terrestrial ecosystems green and plant-rich despite the adaptations of specialist herbivores to plant defenses?:
The realities that a novel parametrized mathematical food web model indicates

植物は昆虫などの植食動物に対して防御タンパク質や2次代謝物質などの物質や乳液・乳管などの防御組織を発達させている。これに対しスペシャリスト植食昆虫は生理生化学的あるいは行動的な適応をみせ植物の防御を完璧に打破して食べている場合が多い。セミナーの前半では講演者がこれまで発見してきた植物の多様な防御機構と、スペシャリスト植食昆虫の生理生化学的あるいは行動的な適応メカニズムに関する化学生態学的研究の内容を紹介する。 ところで、スペシャリスト植食者が植物の防御をうち破って食べている現状は、植物が昆虫に食べ尽くされてしまっていることを意味しているだろうか。現実は多くの地上生態系では、植物はほとんど食べられておらず、植食者を含めた動物のバイオマスは非常に少なく植物だらけの緑の世界が広がっている。このような緑の世界が生じる原因については、Lotka-Volterra, HSS仮説,Rosenzweig MacArthurらやOksanenらによる食物網(連鎖)系に関する数学的議論があったものの、具体的に一定の範囲の生態系にどれだけの植食動物が存在していて年間どれだけの割合の植物を食べているか具体的に予測できる理論はなかっためこれらの議論・仮説は具体性・現実性を欠いたものに終始し、また実測値と比較した仮説の検証の方法も限られていた。そこで講演者は物質の流れとその平衡に注目し、食物網(連鎖)における各食物段階のバイオマスを物理単位付き(例えばkg protein / m3)の具体量として予測できる新数理モデルを作り出した(Konno, 2016 Ecological Monographs, in press). このモデルから森林生態系で予測される、植食動物、肉食動物のバイオマスは100mg湿体重/m2程度と非常に小さく、予測される葉の年間被食率も数%程度と非常に低く、緑の世界あるいは植物だらけの世界が、植物の栄養価が動物のそれより低く見通しが良く肉食者の探索効率の高い地上生態系で必然的に成立することが予測された。またモデルの予測値(バイオマス・被食率)は森林生態系やサバンナ生態系における実測値と桁が一致しており、この比較的単純な数理モデルがほとんど前提条件なしに植食者・肉食者のバイオマスを正しく予測できることが判った。このモデルはそのほかにも1.植物だらけの地上生態系に比べて地中・水圏では動物の多い生態系が現れうること、2.植物の低栄養価、タンニン・プロテアーゼなどの致死的でない量的防御・栄養的防御が確かに植物の被食率を下げ植物にとって防御として働くこと、3.植食者の成長速度が小さい生態系(サバンナのような)では肉食者/植食者比が小さくなり、いわゆるピラミッド形の食物網ができあがるが、植食者の成長速度が植食昆虫のように成長速度が極めて速い森林生態系などでは肉食者/植食比が大きくなり(場合により1より大きくなり)ずんどう型あるいは逆ピラミッド形の生態系が出現しうること、4,肉食者のギルド内捕食が平衡解の安定性を増すだけでなく、植食動物の現存量や植物の被害食率を増加させることや、栄養防御(量的防御)が機能する前提条件になったりすること、5,森林―草原の遷移条件、他数多くのことを予想・考察できる。本講演では限られた時間の中で植物-植食動物-肉食動物の間の食物網関係や植物の防御の昆虫に対する効果の本質について迫ってみたい。

乾 陽子(大阪教育大学教養学科)
アリ植物をとりまく昆虫たちの化学生態
Chemical ecology of ant-plant dwellers

アリ植物とは、被食防衛のために体内にアリを営巣させ飼養する植物種である。アリ植物は攻撃的な共生アリに良好に防衛されているにもかかわらず、これに特殊化し食草や住処として利用する好蟻性昆虫がいる。多くの好蟻性昆虫は、宿主アリが同胞認識に使う体表の化学成分を化学擬態することが知られており、化学擬態はこうした昆虫がアリの攻撃を免れるための普遍的な戦略と言われてきた。しかし、東南アジア熱帯雨林に分布するオオバギ属アリ植物や着生シダアリ植物に見られる好蟻性のシジミチョウやゴキブリでは、これまでに知られた化学擬態を行う種がむしろ稀で、種によってさまざまな化学的戦略によってアリ植物上での成長生残を果たしていることが分かってきた。アリと植物の関係の多様性が、これをとりまく昆虫たちの化学戦略の多様さを生み出しているのかもしれない。アリ植物の中を覗いて見える独特の相互作用系を化学的視点から紹介する。

参加レポート